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魔法が使えない落ちこぼれ騎士、実は剣聖の生まれ変わりでした

作者: W732

 第一章:魔法使えませんけど何か?~落ちこぼれの華麗なる(?)日常~


 王立騎士学園の白い石造りの校舎は、今日も朝焼けに輝いていた。才能ある貴族の子弟たちが集うこの学園で、リアム・ヴァルフォードは異質な存在だった。彼はヴァルフォード公爵家の四男坊。家柄だけは申し分ない。だが、その才能ときたら……。


「リアム、また魔法陣を逆さまに描いたのか?!」

「おいおい、あいつの詠唱を聞くと、こっちまで魔力が乱れそうだぜ…」

 魔法実技の授業は、リアムにとって地獄だった。彼は致命的なまでに魔法の才能が壊滅的だったのだ。火球を生み出すはずの魔法陣は、なぜか煙を吐くばかりで、たまに成功しても、掌サイズの火の玉がプルプル震えているだけ。詠唱中に舌を噛んで呪文が化け物じみた奇声に変わり、杖はしょっちゅう折れる。彼の周りでは、いつも何かしらの(魔法的な)ハプニングが起こっていた。


 同期の生徒たちは、華麗に魔法を操り、強力な属性魔法を軽々と放つ。彼らの放つ光や炎が訓練場に煌めく中、リアムだけはいつも、隅っこで小さな火の粉を散らしている。「お前、本当に貴族か?」「いや、逆に才能だろ、ここまで使えないの」と陰口を叩かれ、教官からは「ヴァルフォード、お前は向いてない。せめて、座学だけでも真面目にやれ!」と呆れられている。

 リアム自身も、もう慣れていた。慣れすぎて開き直っている節すらあった。

「魔法?ああ、僕には縁のないものですね。別にいいじゃないですか、使えなくても」

 そう嘯きながら、内心では少しだけ、やはり寂しさを感じていた。騎士になるには、魔法が必須科目。このままでは、騎士団の入団試験も受からないだろう。家柄ゆえに学園にはいられるものの、未来の見えない現状に、自己肯定感は地の底に落ちていた。


 そんな彼にとって、唯一の安らぎは学園の片隅にある、忘れ去られたような古びた訓練場だった。埃っぽくて、誰も寄り付かないその場所だけが、リアムの「魔法使えませんけど何か?」という諦めと、わずかな希望を受け止めてくれる場所だった。魔法の授業から逃げては素振りをし、教官に見つかっては罰当番を命じられ、追放(?)されかける日々。

 だが、剣を握っている時だけは、不思議と心が落ち着いた。流れるような素振り、剣の重みが手にしっくりくる感覚。彼が魔法を全く使えない分、剣の訓練だけは人一倍熱心だった。誰もいない訓練場で、ただひたすらに剣の素振りを繰り返す。汗だくになりながら、時には剣の先に風を切る音を聞きながら、彼は少しだけ自分に自信を取り戻せた。


 ある日の午後、リアムがいつものように素振りをしていると、訓練場の片隅に、いつの間にか一人の老人が立っていることに気づいた。学園の剣術師範、ゼノン・ブレイドだった。彼は普段、生徒たちの前に滅多に姿を現さないことで有名だった。

「ほう…面白い剣筋だ」

 ゼノンは、リアムの剣の動きをじっと見つめていた。リアムは素振りを止め、慌てて頭を下げた。

「し、師範!申し訳ありません、こんなところでサボって…」

「サボっているわけではなかろう。お主は、ただひたすらに剣と向き合っておるだけだ」

 ゼノンはそう言って、リアムの剣をじっと見つめた。

「お主、魔法はからっきしだと聞くが、剣の素養は悪くない。いや、むしろ…」

 ゼノンは、リアムの剣の動きに、どこか見覚えのある洗練された動きを感じ取っていた。それは、かつて伝説とされた剣聖の面影だった。しかし、彼の目の前にいるのは、魔法が使えないと揶揄される落ちこぼれ騎士。ゼノンは、この奇妙な状況に興味を抱き、リアムに個人的に剣術を教えることを申し出た。

「師範が、僕に…ですか?」

 リアムは驚いた。誰も見向きもしない自分に、剣術の師範が目を留めてくれるとは。彼は、この申し出に一筋の光を見た気がした。


 だが、リアムの無自覚なチート能力は、この頃から既に片鱗を見せ始めていた。

 ある日、いつものように古びた訓練場で素振りをしていたリアムは、うっかり剣を振りすぎた。すると、訓練場の壁に、まるで鋭利な刃物で削り取られたかのような一直線の溝ができていた。

「あれ?壁に亀裂が…?ああ、古いからな、この壁も」

 リアムは全く気にせず、再び素振りを始めた。近くの木に止まっていた小鳥が羽ばたく。リアムが剣を振ると、その小鳥の羽根だけが、まるで精密機械で切り取られたかのように正確に切断され、ひらひらと舞い落ちた。小鳥は無傷で飛び去り、羽根だけが残された。

「おお、すごいな、僕の素振り!風圧で羽根が取れるなんて!」

 本人は「たまたま」「筋トレの成果かな?」と全く気づかず、一人で感動している。

 しかし、その光景を偶然見ていた下級騎士の一人が、遠くで固まっていた。

「……今、何が起こった?羽根が…いや、そんな馬鹿な…」

 彼の顔は青ざめていた。

 またある日、リアムが素振りをして休憩していると、小さな魔物が訓練場に迷い込んできた。彼は咄嗟に剣を構え、素振りの延長のように一閃した。魔物は、気づけば両断されていた。しかし、リアムは焦った。

「うわ!ごめん!死なせるつもりはなかったのに…!これ、師範に怒られるやつだ!」

 と、魔物の亡骸を見てオロオロしている。魔物が迷い込んだという事実と、剣を振ったら死んでしまったという結果にしか意識が向いていない。

 周囲だけが「今、確かに魔物の魔法攻撃が…いや、あの剣で消し飛んだ…?」と混乱の淵にいた。


 リアムの無自覚なチート能力は、彼の日常に小さな、しかし確実に異様な現象を引き起こしていた。しかし、本人はあくまで「たまたま」「偶然」「僕って運がいいな」と、全ての現象をポジティブに(そしてズレた解釈で)受け止めていた。彼が持つ絶望的なまでの魔法センスと、無自覚な剣の才能。この奇妙なアンバランスさが、彼の「落ちこぼれ」という評価を不動のものにしていたのだった。

 だが、その無自覚な才能が、やがて世界を揺るがすほどの力を持つことに、今の彼は全く気づいていなかった。


 ---


 第二章:夢で学ぶ(物理)剣術講座~剣聖の記憶、強制ダウンロード中~


 ゼノン師範との特訓が始まってから、リアムの生活は一変した。魔法の授業から逃げる時間は減り、代わりに古びた訓練場で師範とのスパルタ特訓が繰り広げられるようになった。

「ヴァルフォード、もっと腰を落とせ!剣は、体の一部だと思え!」

 師範の教えは、一般的な騎士道剣術とは全く異なる、古流の剣術だった。それは、最小限の動きで最大の威力を引き出し、相手の呼吸を読み、一瞬で勝負を決めることを目的とした、実戦に特化した剣術だった。リアムは、師範の指導に食らいつき、ただひたすらに剣を振った。


 その頃から、リアムは奇妙な夢を見るようになった。

 夢の中の自分は、まるで別の人間だった。漆黒の鎧を身につけ、銀色の長剣を携えている。周囲は血と硝煙にまみれた戦場。そして、夢の中の自分は、超人的な剣技を繰り出していた。

 剣は体に吸い付くように動き、一振りで数十人の敵兵を薙ぎ払う。魔法使いが放つ強力な火球や稲妻を、まるで障子紙でも斬るかのように、剣で真っ二つにする。その光景は、現実離れしており、まさに「剣が体の一部であるかのように舞う」という師範の言葉を体現していた。

「うわあああああああ斬ったあああああああああ!!!」

 夢の中で、リアムは興奮して叫んだ。圧倒的な強者の記憶。剣が、まるで意思を持っているかのように、彼の体と一体となって動く。

 しかし、目覚めると、彼の口から出るのは違う言葉だった。

「んー…すげー夢だったな!でも、もっと寝たかったなぁ…」

 彼は夢の内容に感動しつつも、すぐに現実の「睡眠不足」という問題に直面し、二度寝を試みる。夢の中の圧倒的な剣技が、まさか自分の前世の記憶だとは、露ほども思っていなかった。ただの面白い夢として片付けてしまうリアムの思考回路は、どこまでも能天気だった。


 ゼノン師範は、リアムの剣の動きに、確かな手応えを感じていた。リアムが繰り出す素振りの一つ一つに、かつて伝説とされた剣聖の面影が確かに宿っていたのだ。師範は、リアムが魔法を使えない理由や、彼のどこか突き抜けた能天気さにも疑問を抱いていた。

「やはり、あの剣聖と何か関係があるのか…?」

 ゼノンは、密かにリアムの剣の動きと、かつて剣聖が残したとされる文献の記述を照らし合わせるようになった。

「ヴァルフォード、お主は、剣の常識を覆す存在になるやもしれん」

 師範の言葉にも、リアムは「えへへ、師範に褒められちゃった!」と喜ぶばかりで、その真意を全く理解していなかった。


 訓練は熾烈を極めた。師範はリアムに、魔法が飛び交う仮想の戦場を想定した訓練を課した。教官たちが放つ魔法を回避しながら、目標を攻撃するというものだ。

「ヴァルフォード!集中しろ!火球が来るぞ!」

 教官の一人が、リアムめがけて火球を放った。リアムは避けようとしたが、足がもつれて体勢を崩してしまう。

「うわぁっ!やばい!」

 咄嗟に、彼の体が勝手に動いた。剣が、まるで意思を持ったかのように閃く。

 ズバンッ!

 火球は、真っ二つに斬り裂かれた。炎は左右に分かれ、リアムの両脇を通り過ぎて、後方の壁に激突する。

 教官は、泡を吹いてその場に倒れた。周囲の生徒たちは、訓練場が絶対零度の静寂に包まれたかのように、凍り付いていた。

「…え?今、何が…?」

 リアムは、ポカンとした顔で自分の剣を見つめた。

「あれ?僕、今何かしました?」

 彼の頭の中は、疑問符でいっぱいだ。魔法の塊を剣で斬った、という事実に全く結びついていない。

「あ、あの!教官、大丈夫ですか!僕、なんかやっちゃいました?」

 リアムは、倒れた教官に駆け寄ろうとする。

「おい、ヴァルフォード…お前、今、魔法を…斬ったのか…?」

 同期の一人が、震える声で尋ねた。

「え?斬る?何をですか?火球?まさかー!僕、魔法使えないし、そんなことできるわけないじゃないですか!たまたま、たまたまですよ!きっと風圧とか、そういうやつです!」

 リアムは、必死に自分を納得させようと、そして周囲を納得させようと弁解する。

「偶然だ、偶然!」

 そう叫ぶ彼の姿は、まるで奇跡を否定する凡人のようだった。


 しかし、ゼノン師範だけは、その光景を見てニヤリと笑った。

「やはりな…あの夢は、お主の深層意識に残された、剣聖の記憶…」

 師範は、確信した。リアムが魔法を斬り裂いたのは、決して偶然ではない。それは、彼の中に眠る剣聖の力が、覚醒の兆候を見せ始めている証拠だった。

 師範は、倒れた教官を他の生徒に任せ、リアムの肩をポンと叩いた。

「ヴァルフォード。今日から、お主の訓練はさらに厳しくなるぞ」

「ええ!?なぜですか!?僕、何かまずいことしました!?」

 リアムは、師範の言葉に青ざめた。彼にとって、魔法を斬ったことは、ただの「事故」に過ぎず、それが訓練の強化に繋がる理由が理解できなかったのだ。

 その日から、リアムは夢の中で見る剣技と、師範の指導が、より鮮明に繋がっていくのを感じ始めた。夢の中の剣聖の動きは、次第に彼の体にも馴染んでいく。まだ不完全ながらも、その剣術は、学園の他の剣士を圧倒する片鱗を見せ始めていた。

「おかしいな。最近、やたらと体が軽くて、剣も思い通りに動くんだよなぁ。師範の指導のおかげかな?」

 そう無邪気に首を傾げるリアム。

 彼の剣聖としての覚醒は、着実に、そして相変わらず無自覚に進行していた。そして、彼が魔法を斬ったという噂は、学園中に瞬く間に広がり始めていた。


 ---


 第三章:落ちこぼれ騎士、まさかの剣聖爆誕?~魔法を斬る者、現る~


 王国の平和な日常は、突如として破られた。南方の魔の森から、大規模な魔物の群れが出現し、王都へと迫っているという報告が入ったのだ。騎士団は総動員され、魔法師団も連携して迎え撃つ体制を整えた。王国全体が、戦場の緊張に包まれた。


「ヴァルフォード、お前は後方支援だ。いや、むしろ、邪魔にならないように学園の図書館にでも籠もっておけ!」

 騎士団の司令官は、リアムに冷たく言い放った。魔法が使えないリアムは、戦場では足手まといでしかないと見なされていたのだ。

「はぁ、やっぱり僕は足手まといか…」

 リアムは肩を落とした。しかし、彼にとっての戦場は、学園の古びた訓練場だった。司令官の言葉を真に受けた彼は、「じゃあ、僕は僕にできることを」と、魔物対策のための古文書でも読み漁るふりをして、結局いつもの訓練場に直行した。


「よし、誰にも邪魔されないぞ!」

 リアムは、誰もいない訓練場で、ひたすらに剣の素振りを繰り返した。師範との特訓で磨き上げた古流剣術。夢の中で見た剣聖の動きを思い出しながら、彼は剣を振った。

 その頃、王都の防衛線は崩壊寸前だった。騎士団は魔物の数の前に劣勢に立たされ、魔法師団の放つ魔法も、数の暴力と一部の強力な魔物の魔法耐性に阻まれていた。

「くそっ!このままでは…!」

 騎士たちが絶望の声を上げる。

 その時、訓練場に、一体の巨大な魔物が侵入してきた。防衛線を突破し、王都の内部へと侵入してきたのだ。

「うわあああ!魔物だ!」

 訓練場にいた数人の生徒たちが悲鳴を上げ、逃げ惑う。

「何っ!?」

 リアムは驚いた。まさか、自分の隠れ家まで魔物が来るとは。逃げようとしたが、巨大な魔物が放つ強力な魔力弾が、リアムめがけて飛んできた。

 ドォォォォン!!

 避ける間もなく、魔力弾はリアムの目の前まで迫っていた。

「やばい!死ぬ!これは死ぬやつだ!」

 リアムの脳裏に、前世の過労死寸前の記憶が蘇る。せっかく転生して平和な日常を手に入れたのに、ここで死んでたまるか!


 その瞬間、リアムの中で何かが弾けた。

 頭の中に、まるで高画質の映像がダウンロードされるかのように、かつて剣聖が戦場で魔法を斬り裂く光景がフラッシュバックする。彼の体は、もはやリアム自身の意思とは関係なく、勝手に動き出した。

 剣が、まるで意思を持ったかのように、彼の右手に吸い付く。

 キィィィィィィン!

 空気を切り裂くような、甲高い剣の音が響き渡った。

 リアムの剣は、迫りくる魔力弾を、まるで障子紙を斬るかのように、音もなく真っ二つに斬り裂いた! 魔力弾は左右に分かれて、魔物の両脇をすり抜け、後方の壁を抉った。

 そして、その勢いのまま、リアムの剣は、巨大な魔物の懐に飛び込み、その強固な皮膚を、まるでバターでも斬るかのように、一刀両断した。

 魔物は、断末魔の叫びを上げる間もなく、真っ二つに裂かれ、塵となって消滅した。


 その場にいた生徒たちは、石になったかのように固まっていた。

「…え?何が…?」

 リアムは、剣を構えたまま呆然としていた。体に熱いものが流れ込み、剣が彼の体と完全に一体になったような感覚。しかし、何が起こったのか、全く理解できていない。

「あ、あの…僕、何かしました…?」

 彼は、呆然と固まっている生徒たちに問いかけた。

「お、お前…今…魔法を…」

 生徒の一人が、震える声で呟いた。

「斬っ…た…!?」

 別の生徒が、信じられないものを見るかのようにリアムを見つめた。

「え?斬る?何をですか?魔力弾?まさかー!僕、魔法使えないし、そんなことできるわけないじゃないですか!あれは、魔力弾が勝手に消滅したんですよ!偶然です、偶然!」

 リアムは、必死に「偶然」だと主張する。しかし、彼が剣を振るった痕跡と、斬り裂かれた壁の跡が、その言葉を否定していた。


 その様子を、偶然訓練場に駆け込んできたゼノン師範が目撃していた。

「…やはり、お主は…!」

 ゼノンは、リアムの剣から放たれる、圧倒的な「剣気」を感じ取っていた。それは、かつて伝説として語られた剣聖そのものの力だった。

 リアムが魔物を倒したという報告は、瞬く間に騎士団と王宮に伝わった。魔法使いでもない、あの「落ちこぼれ騎士」が、巨大な魔物を一人で、しかも魔法を斬って倒したという事実は、王国全体を大混乱に陥れた。

 騎士団の司令官は、リアムの姿を見て、愕然としていた。

「まさか…あのヴァルフォードが…」

 かつて彼を嘲笑した同期や上官たちは、その信じられない剣技に驚愕し、彼を「落ちこぼれ」と呼んだことを心底後悔した。

「落ちこぼれどころか、バグだろあいつ!」

「魔法が使えないんじゃなくて、魔法を斬れるから使わないだけだったのか!?」

 リアムは、一夜にして、ただの落ちこぼれ騎士から、王国を救う「剣聖の生まれ変わり」として認識されるようになる。彼の名は、瞬く間に王国中に広がり、人々は彼を「魔法を斬る者」と呼び、畏敬の念を抱くようになった。

 しかし、本人は相変わらず首を傾げている。

「なんか、急に周りの僕を見る目が変わったな。あれかな?僕、最近筋トレ頑張ってるから、体つきが良くなったとかかな?」

 リアムの無自覚なチート能力は、彼の認識とは裏腹に、世界に大きな影響を与え始めていたのだった。


 ---


 第四章:剣聖の道、地味に(?)極めます~平和な日常を取り戻すために~


 リアムが「剣聖の生まれ変わり」であることが公になり、王国は熱狂の渦に包まれた。国王はリアムを呼び出し、彼の功績を称え、騎士団の要職を打診した。

「リアムよ!お前こそ、この王国の守護者だ!好きな役職を申せ!」

 国王は興奮気味に言った。

 リアムは、頬を掻きながら答えた。

「えっと、じゃあ…引き続き、訓練場の掃除と、あと、週に一度の剣術指導の許可をください。あと、給料は据え置きで構いませんので、平和な日常を取り戻したいです」

 国王は目を丸くした。

「……それだけか?」

「はい。僕、あんまり目立ちたくない方なので…」

 リアムは、自分の力と立場に驚くほど軽いノリで対応した。剣聖の生まれ変わりであると知っても、「なるほど、だから僕は魔法が使えなかったのか。納得!」という程度で、特に感慨はないようだった。相変わらず、そのチート能力は無自覚に発動し、周囲を戦慄させる。


 剣聖リアムの存在は、王国に新たな秩序をもたらした。魔法偏重の騎士団も、今では剣術の重要性を再認識し、彼の古流剣術を取り入れる動きが出始めた。

 しかし、リアムは相変わらず、自分のペースで剣術を極めようとしていた。

 ある日、リアムは魔法師団の訓練場に顔を出した。

「あ、リアム殿!今日はどうされました?」

 魔法師団の教官が、警戒しながら尋ねた。リアムが来ると、なぜか魔法が消滅する、という不穏な噂が流れていたからだ。

「いやー、最近、剣で魔法を切る練習がしたくて。皆さん、ちょっと僕に魔法を撃ってみてくれませんか?」

 リアムは、目を輝かせながら無邪気に提案した。

 魔法師団の面々は、青ざめた。

「え!?練習台ですか!?やめてください!俺たちの魔法が、文字通り消滅するんです!」

「僕の杖、この間もリアム殿に斬られましたし…」

 悲鳴が上がるが、リアムは構わず、剣を構えた。

「ほらほら、遠慮なくどうぞ!僕、ちゃんと斬りますから!」

 魔法師団員たちは、半泣きになりながらも、恐る恐る魔法を放った。リアムは、飛んでくる火球も、氷の矢も、風の刃も、全てを完璧な剣技で真っ二つに斬り裂いた。その剣技は、まるで魔法の存在そのものを否定するかのように、美しく、そして恐ろしかった。

「うん、やっぱり魔法を斬るのって楽しいな!いい練習になりました!ありがとうございまーす!」

 リアムは満足そうに訓練場を去っていったが、後に残されたのは、魔法力を使い果たして膝から崩れ落ちる魔法師団員たちと、ボロボロになった訓練場だった。魔法を斬るという異質な存在のリアムは、魔力と剣気の流れを無意識のうちに操り、魔法師団の訓練を「剣で魔法を斬る練習台」として利用していたのだ。


 王国を脅かす新たな脅威が現れるたびに、リアムは出動した。強大な魔物、邪悪な魔法使い、そして他国の侵攻。彼らが放つ魔法攻撃は、リアムの剣の前では無力だった。彼は、迫りくる魔法を斬り、敵本体を一刀両断する。

「あれ?なんか、僕が行くとすぐ終わっちゃうな。もっと強いやついないのかな?」

 彼は、常に物足りなさを感じていたが、結果として王国は守られていた。彼の行動原理は常に「楽したい」「トラブルに巻き込まれたくない」という、どこかズレたものだが、結果として世界は救われていた。


 平和な日常を取り戻したリアムは、相変わらず地味な暮らしを愛した。朝は訓練場で素振り、午後は図書館で剣術の古文書を読み漁る。たまに街に出て、領民とのおしゃべりを楽しんだり、美味しい食堂で食事をしたり。彼にとって、剣聖としての力は、あくまで「平和な日常を送るための手段」に過ぎなかったのだ。


 魔法を斬る剣聖として、リアム・ヴァルフォードの名は歴史に深く刻まれた。彼の伝説は、彼の無自覚なチートと、周囲の混乱を伴いながら、滑稽かつ英雄的に語り継がれていく。

「昔々、魔法が使えないと嘲笑された騎士がおりました。しかし、彼は実は剣聖の生まれ変わりで、ついには魔法をも斬り裂き、世界を救ったのでした」

 そう語り継がれる彼の物語は、彼自身の平凡な日常とは、かけ離れたものだった。

 彼は今日も、学園の片隅で、剣の素振りをしている。その一振り一振りが、風を切り、魔力を切り、そして世界の理さえも切り裂く。

「ふー…今日もいい汗かいたな!これで安心して昼寝ができるぞ!」

 剣聖リアムの、地味だけど最高の日常は、まだまだ続いていくのだった。

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