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老科学者の空虚な日常

異口、同虫

作者: 一飼 安美

「生態というのは、どの個体でも大まかに同じなんだ」


 老いぼれの科学者が俺に宣った。いくら不出来でも生物学を専攻する学生の端くれ、それくらいはわかっている。アリが何匹集まろうと必要な労働力は同じ割合で捻出され、働かないヤツがいるとしたら巣の中で別の役割を与えられたある種の別生物。そいつらも同じ種類の中で言えば大まかに同じことをするから、生物学が成立する。いちいち違うことをしていたらいくら生態を観察したって追いつかないだろう。馬鹿げた話と思いながら老いぼれに付き合うと、老いぼれは素晴らしいと誉めそやした。図に載るのも馬鹿らしいので聞き流し、老いぼれの話に相槌を打った。


 どのコロニーにいようとアリの生態は同じ。そのコロニーが、ある種の生物の体内だったら?……寄生虫の話だろうか。その生き物がギョウ虫だったとして、人間の体内にいれば大まかに同じ。ほとんど変わらないはずだ。そして老いぼれの話は、さらに馬鹿げたものになった。寄生虫の巣になった、生物の生態はどうだろうか。そんなことを俺に、真剣に聞いてきた。


 寄生された生物が、それぞれにどう行動するか。そこまでの個体差は出るだろうか。どう思う?……ほとんど考えずに、出ない、と答えた。寄生物が宿主の体を操るとして、大したことはしていない。原始的で、強引。結果的にそのような行動を取るだけ。どこぞのカタツムリを見れば、明らかだ。頭というか、目に虫が湧いたカタツムリが皆大まかに同じ行動を取り、自分から鳥に食われに行く、なんて有名すぎて今更言うことでもない。一般でも知っているやつは当たり前に知っているのに、生物学者がする話ではない。落第生だけどな、と最後に嫌味を付け加えると、困ったものだ、と老いぼれは適当に流していた。俺は結論をせかし、何が言いたい?と聞いた。老いぼれは、真剣な様子だった。


「寄生されたのが、人間だったら?」


 ……ここに、ある寄生物を仮定する。先のカタツムリのように、人間の行動パターンを支配する寄生虫のような、何か。これに主導権を奪われた、人間だった生き物は、大まかにどのような行動を取るか。大きな違いが、出ると思うかい?……あまり答えたくなかったが、出ない、と答えた。条件や環境で違うように見えても、行動パターン、判断基準は必ずや似通う。個体差と呼べるものは、出ない。だが人間の社会は複雑で、宿主となる個体も大量のパターンを持つ。気候風土も土地によって違い、文化も違う。根本の生態は、同じなのかもしれないが……ネバダ州の外れか、ジャパンの片隅かで、条件は大きく違う。いい大人がこんな話を真剣にするなんてネバダ州のボロ屋だからある話、他の場所では……そう言いかけて、背筋が凍った。この話は、どこから始まった?なぜここに辿り着き、何を話していた?老いぼれは、当たり前に言った。


「人間の社会は、アリの巣に似ている」


 アリは高度な社会性を持つ生き物だ。人間のような。アリはどのコロニーにいようとも、大まかに生態を異にしない……。やめてくれ!と思わず声を上げた。俺は息を切らし、冷たい汗を流していた。老いぼれは、少しだけ早すぎたようだ、と俺にホットチョコレートを勧めて、落ち着いたら、今日は終わりにしよう、と言ってきた。俺はカップに口をつけず、その日は帰った。


 老いぼれは、最後に言っていた。君も、辿り着いてくれればいいんだが……。どこにだよ、馬鹿野郎。俺は馴染みの喫茶店に入って、飲み物を頼んだ。多分驚いて、気分が悪かったのだと思う。


「ホットチョコレートを」


 いつもは頼まない甘ったるい味に、少し落ち着いた。俺は何も見たのだろう。何を聞いていたのだろう。……これが、夢か幻であればいいのだが……いつか「辿り着いた」時には、また老いぼれを尋ねるだろう。そんな日が来ないことを、切に願っていた。

タイトルを決めてから書いたらタイトルがおかしくなった。

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