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2.通りすがりの住人

3 通りすがりの住人

 

「それで? コレはどこに転がってやがった?」

 コレと呼ばれているのは床に寝転がったまま全く動かない女性。

「建物に迷い込んでたぜ。良い機会だと思って連れてきたけどよ、コイツ話しかけても何も反応しねえ」

 話の内容を聞くに、少し治安の悪いそうな集団だ。

 だからこそ、次の展開も分かりやすかった。

「ま、いいか。見たところ上物だしな」

 二人組が露骨な笑みを浮かべる。

  ――いつもだったら無視していたけれど。

 厄介事はいつだって唐突にやってくるものだ。

 無視を決め込もうがいつか追い付かれる。

「これくらいすれば気付くんじゃねえか?」

 男たちは随分と楽しそうだ。

 指先が触れた瞬間、女性の目が開く。

  ――ああ、可哀想に……。

 この二人組の結末は既に決まったようなものだ。

 女性は近づく男の首を鷲掴みにするとそのまま床に叩き付ける。何かが折れる鈍い音が響く。

 その直後、もう一人の男がその場に倒れたかと思えばその首を絞めつけた。

「うわぁ…………」

 ぱたぱたと抵抗していた男がすぐにぐったりと動かなくなる。

 一連の暴力には躊躇も配慮もない。

「……いつまで隠れているつもり」

 そう言って彼女はこちらを振り向く。

「貴方、番号は?」

 そう問いかけてくる視線は信じられないほど鋭くて冷たい。

「NF-80072」

「かなり後半なのね」

 さて、ここからどう振る舞おう。

 できるなら彼女と敵対したくない。

「それで? ずっと私を付けていたようだけど」

  ――バレてる。

「それにしてもよく見抜いたね。かなり人間に似せて作られているはずなんだけどな」

 口調は柔らかいが底知れぬ圧は消えない。

「その服装じゃ嫌でも目につくよ」

 地下都市の平均気温は今や氷点下だ。そんな環境をコート一枚で過ごせるわけがない。

「それに、君たちの行動を見ていたから」

 女性の瞳が少し揺らぐ。

 その仕草はまるで本物の人間のよう。

「……何が言いたいの」

「とりあえず、場所を変えよう。温かい部屋と柔らかい椅子を提供するよ」

 女性はその申し出に小さく頷いた。

 

「こんな場所、まだ残ってたんだ……」

 思わずそうこぼしてしまうのも無理はない。

「家みたいだろう」

 きっと遠い過去を知る人ならばこの光景は心に深く刺さるはずだ。

「さあ、座ってくれ」

 彼女は静かに腰かける。その一つ一つの所作が美しい。

 今でこそ殺戮兵器だが、もとは良家の育ちだったのかもしれない。

「それじゃ、本題に入ろうか」

 彼女の表情が切り替わる。緩んでいた空気が急に張り詰める。

「単刀直入に言おう。ここから一歩も外に出ないでくれ」

 彼女の表情はぴくりとも動かない。

「どんな目的があったとしても、我々が日本の復興を諦める事などありえない」

 こちらを射抜くような目。


「復興なんて、進んでいないくせに」

 小さな声。

「だが、電力が使えるのは我々の成果」

「市民のいない都市に意味なんてない」

「だから滅ぼすのかい?」

「そうよ」

 一瞬の迷いすらない。

「……それは、何故」

 彼女は目を伏せ、そして静かに問う。

「貴方には、終わりがある?」

「……この身体が滅びれば」

 彼女は静かに息をつく。

 生暖かい空気が満ちた部屋。

 彼女の顔が歪む。

「私は、ただ死にたいだけ」

 それは機械的な笑み。

「私はね、君よりもずっと長く生きてきた。だからあの戦争がどういうものだったかをよーく見てきた」

 何故だか嫌な予感がする。

「君は戦争の技術に頼っているし、私は戦争のためにこんな身体になって」

 確かに、この機械の身体は戦争を通して生まれた産物だ。ただそれは目の前の彼女も同じ事で――――

「……まさか」

 少女のような笑み。

「気付いた? 私ね、循環兵士だったんだよ」

 循環兵士を見たことはないが、存在を耳にしたことはある。

 人間に寄せられた機械として敵国家に潜入工作を仕掛けたり有事の際は実際に戦わされたりした兵士。たとえ死んだとしても人格だけを抜き取られて再び別の身体で戦わされる人形。

 だとすれば、彼女が自死を望むのも理解できる。

「私はなんの役にも立たなかった。戦争を終わらせるコトも出来なくて、結果として日本だけじゃない、世界が滅んだ」

 彼女の表情は変わらない。

「何も、守れなかったの」

 その言葉の重みはきっと彼女にしか分からない。

「守れなかった罪滅ぼしとでも言うつもりですか。けれどそれは生き残った我々を滅ぼす事ですよ」

 そう反論すると彼女は声を上げて笑い始めた。

「…………何が、おかしいのでしょう」

 彼女はひとしきり笑うと再び口を開く。

「罪滅ぼしなんてそんなこと、考えたこともなかったな。

 だって戦争も人類も私の中ではぜんぶ終わったコトでしょう? だから私が好き勝手に都市を壊しても咎められたりしないよ。貴方も別に都市が壊されたってどうでも良いでしょう?」

 彼女の底が見えない。

「我々には必要です」

「いいや、必要ない」

 彼女は席を立つと部屋から出ていこうとする。

「待て……」

「邪魔しないで」

 扉が乱雑に閉じられる。

 これで彼女の行動を止める術はなくなってしまった。

「……仕方ない」

 カタチあるものはいつか必ず壊れる。

 彼女の場合は、心が壊れていたのだろう。

次でこちらの「snowpiece」は完結します!

カクヨム様の方では同じく「snowpiece」のifを連載中です!

そちらもよろしくお願いします...!

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