コンビニ行ったら魔王だらけで草、でも大人だから…毅然とした態度を貫く
……なんか、腹減ったな。
そういえば、今日はまだ何も食べていない。
最後に何か食ったのは…昼間の、ハンバーガーセット。
……もう16時間も何も口にしていないのか。
なんか、食うかな。
………何もないな。
そうだ、昨日の夜中に、最後のカップ麺を食ったんだった。
今の時刻、3:32。
当然、スーパーはやっていない時間帯だ。
……コンビニでも行くか。
スマホを持って、靴をはいて、徒歩6分。
………?
なんか…イベントでもあったのかな?
やけに、コンビニの中に人がいる。
……ま、いっか。
てれれれれれん♬
てれてれれん♪
「いらっしゃませー」
やややる気のない、眠たそうな店員の声。
レジの向こう側で、こちらを見向きもせずに…発注用のタブレットを触っている。
……せめて顔ぐらい上げて客を確認したらどうなんだ。
もし俺が暴漢だったりしたらどうするつもりだ。
そんな事を思いつつ、ずかずかと弁当売り場に向かい……
「あ、すみません」
お菓子の棚のある通路から、勢いよく誰かが飛び出してきてぶつかりそうになった。
「いえ、こちらこそ、ごめんなさ…
謝られたので、とりあえず無難に返事をしようとして…言葉をのんだ。
……なに、この人。
おおよそ、夜中に出歩いていなさそうな…派手な衣装。
床を擦る黒いマント、真っ黒い腰よりも長い長髪、とんがったブーツ、LEDライトを反射してキラキラと光る黒い宝石のネックレス、ゴテゴテとした指輪が全部の指にはまっていて…何より、頭から立派な角が生えている。
……どこをどう見ても、魔王そのものだ。
なにか…、イベントでもあったんだろうか。
そういえば…ここから歩いて10分ほどのところに、ライブスタジオがあったような気がする。
思わず、目が…くぎ付けになる。
こんなに出来のいいコスプレは、見たことがない。
……さりげなくカウンター横のホットスナックを見るふりをして、様子を窺う。
俺の視線には全く気付かず、魔王はレジに並んで…何かを買っている。
「袋いいです」
店員が袋がいるか聞く前に、自己申告をして…真っ赤なエコバッグをポッケから取り出して広げ、ポテトチップスとヨーグルト、BOXティッシュを詰め込んでいる。
「…988円です」
「ペイペイで」
~♪
「ありがとーござーっす」
「ありがとう」
てれれれれれん♬
てれてれれん♪
魔王はごく普通に、買い物を済ませて…店を出て行った。
……なんか、すごいもの、見たな。
ほんの少し、得をしたような気分で…おにぎり売り場へ……、って。
………ちょっと待て。
なんか……、店内に……。
めっちゃ……、魔王っぽい人が、いる。
変な王冠をかぶってる人、黒い翼が生えてる人、目が赤い人、肩に魔物の爪っぽいものが乗っている人に、龍の鱗みたいな刺青がある人、変な仮面をかぶってる人……、棚があって全体像は見えないが、鹿の角っぽいものやユニコーンの角っぽいものが、雑誌コーナーらへんを移動している。
全員が全員、オリジナリティのある魔王の姿で、思い思いに買い物をしている。
たまに談笑している人もいる。
……いったいどんなコアなイベントがあったんだろう。
ま、俺には……関係ない世界の事だとは思うけど。
……あんまりじろじろ見るのも失礼だろう。
極力視線を向けないようにして、明太子の爆弾おにぎりとギガプリン、ジャスミンティのペットボトルとカップ焼きそばを持って、レジまで移動する。
ヒツジっぽい角の生えた魔王が、会計をしている。
……かごの中には、細かいお菓子がいっぱい入っているのが見える。
この時間帯、ここのコンビニには店員が一人しかいない。
まあ……気長に待つか。
やけにリアルなくすんだ角と、皮っぽいつやつやした尻尾を眺めながら…順番が来るのを待つ。
店内には、最近人気のボーカロイドの曲がかかっている。
何となくざわついているのは、魔王同士で何かしゃべっているからだろうか……。
「これはこれは…、珍しく……」
「いいもんだよ、そう……、僕の時は……」
イマイチ……、会話の内容が聞き取れない。
こんなミーハーな格好はしているが、魔王たちは皆…店内での会話のボリューム感に気をつかうことができる、良識的な大人なのだろう。
「そうだね…、たぶん……」
「そのうち、会える……」
「お待たせしました、お次の方どうぞ―」
プリンをカウンターにのせ、その前におにぎりを置いて、横にカップ焼きそばを……。
「あっ!」
手を滑らせて、ペットボトルを落としてしまった。
慌てて、それを拾おうとしたら……後ろの、魔王が。
「はい、どうぞ」
長い爪の生えた手で、丁寧に拾ってくれて、キバの生えた口元で、にっこりと…すごいな、どう見ても本物にしか見えないぞ。
「ありがとうございます」
……驚いたりしては、失礼だしな。
冷静に、ごく普通に、ほんの少し愛嬌をもって…、お礼を伝えておく。
「袋どうしますか」
「いや…いいです」
「1111円です」
「アイディーで」
~♪
「ありがとうござっしたー!お次の方どうぞー」
両手に買ったものを抱えて、ペットボトルを拾ってくれた魔王に…ペコッと頭を下げてから、出口に向かい。
「いい若者だったね」
「あれは……、たぶん……かな?」
「いやぁ、昔の自分…出しますよ……」
てれれれれれん♬
てれてれれん♪
「「「「あはははは……」」」」
背中の方で、陽気な笑い声が上がっているのを……聞き。
なぜだか……、わからないけれど。
自分も…いずれ、魔王になるんだろうな、と。
漠然と……、思った。