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第7話

高坂昌信「それで原因はわかったのですか?」

武田勝頼「あの後、長坂にも確認した。

『あくまでは推測でありますが。』

と前置きしての話ではあったが。」

高坂昌信「長坂の話。お聞かせ願えますか?」

武田勝頼「『手に入り難くなった時期と一致している事がある。』と。」

高坂昌信「それは何でありますか?」

武田勝頼「『信長が将軍様と共に上洛した後、鉄砲と弾丸の入手が困難を極めるようになった。』と。」

高坂昌信「確かその頃はまだ信長と同盟関係にあったはずでありますが。」

武田勝頼「『同盟関係にはあったのは事実であります。しかし信長が同盟関係ないし和睦を結ぶのはあくまで今の局面を打開するにあたり、敵にしたくは無い相手に対し行っています。和睦が結ばれるや否や信長は自分有利な状況を作り出すべく蠢き始める事を繰り返して来ました。その結果が朝倉の滅亡であり、浅井の滅亡であり、長島の惨劇であります。』」

高坂昌信「信長がうちと同盟を結んでいたのも同じ理由?」

武田勝頼「そう見て間違いない。『織田信長は将軍様を無事上洛させた報酬として、将軍様より副将軍を打診されましたが固辞。代わりに願い出たのが近江の重要港であります草津と大津。そして鉄砲の一大生産地であり、大陸から弾丸を仕入れる堺の直轄化でありました。』」

高坂昌信「それ以後、鉄砲と弾丸の供給が止まってしまった。と。」

武田勝頼「『偽名などありとあらゆる手を使って体裁を整えていたのが実情でありました。』と。」

高坂昌信「今、織田徳川最前線で戦っている山県が鉄砲と弾丸不足に悩まされているのでありますね。」

武田勝頼「そう言う事だ。」

高坂昌信「そうなりますと跡部の働きに掛かっていますね。」

武田勝頼「ん!?上杉との同盟は後顧の憂いを取り除くためであるが?」

高坂昌信「最も大きな理由はそれであるのは確かであります。ありますが上杉と同盟を結ぶ利点はそれだけではありません。」

武田勝頼「教えてくれ。」

高坂昌信「上杉の基本戦術は鉄砲による先制攻撃で敵を怯ませる事にあります。しかもその攻撃は繰り返される事になります。と言う事は多くの弾丸が常に用意されていなければなりません。それを支える経済力が上杉にはあります。それに加え、上杉は堺を介さずに弾丸を手に入れる術を持っています。

 今、うちと上杉は敵対していますので越後から物資を手に入れる事は出来ません。もし敵対関係が解消され、更には織田信長を共通の敵とする事が出来たのであれば。」

武田勝頼「鉄砲と弾丸を使う事が可能になる?」

高坂昌信「ですので跡部には頑張っていただかなければなりません。これは余談でありますが、先程の集まりにおける殿には正直驚かされました。」

武田勝頼「これまで尊大な態度を取っていました?」

高坂昌信「いえ。どちらかと言いますと焦りを感じているように見えていました。」

武田勝頼「焦り?」

高坂昌信「はい。殿は元々武田を継ぐ立場にはありませんでした。それが義信様の一件がありまして武田に戻らなければならなくなりました。これが無ければ殿は恐らくでありますが、今の信豊様のような一族の重鎮として。もしくは山県のような突撃隊長として活躍される事になっていた。実際、殿もそのように考えていたと思われます。

 それからわずか5年で御館様は亡くなってしまいました。御館様は生涯現役を貫かれましたがため、勝頼様にほとんど権限を委譲する事無くこの世を去る事になってしまいました。それだけでも勝頼様は大変な状況に追い込まれる事になってしまったにも関わらず御館様は

『勝頼は正当な後継者では無い。勝頼はあくまで勝頼の息子が元服するまでの中継ぎに過ぎない。』

との遺言を残されました。責任だけ押し付けられて権限は何も無い立場に勝頼様は置かれる事になってしまいました。当然、亡き御館様からの家臣は従いません。当然であります。勝頼様は亡き御館様から当主として認められなかったのでありますから。これを払拭するためには実績を積み上げるしかありません。

 その最もわかりやすく見えるのがいくさであります。故に殿は東濃や高天神と言いました危険を伴ういくさに身を投じる事になってしまいました。その賭けに勝利したから今があります。しかしそれを維持するためには皆が後ずさりするいくさに勝ち続けなければなりません。

 そこに降って湧いた岡崎城からの内通話であります。これまでの殿でありましたら即座に決断を下し、総動員令を掛けたものと思われます。しかし殿は思い留まりました。そればかりか皆の意見を聞いた上で機が熟すのを待つ選択をされました。加えて会議が終わった後、個別での打ち合わせ。それも罵るようなものでは無く。皆が皆。驚いているのは間違いありません。」

武田勝頼「もし岡崎城攻めを決断していたらどうなったと見ている?」

高坂昌信「大岡弥四郎が徳川家中で力を発揮出来ているのは家康信康親子からの信頼であります。彼の地盤ではありません。その大岡が徳川を裏切る。それも武田に従属する。となった場合、話を持ち掛けられた人物がどう思うか?であります。もしその中の誰かが今の現状に不満を覚えていなかった場合、間違いなくその人物は家康に報告します。上に気付かれたら最後。大岡には武力がありません。彼の待つ運命は自ずと……。」

武田勝頼「では私の判断は。」

高坂昌信「殿の変化に驚かされるばかりであります。」

武田勝頼「長篠城についてはどう見ている?」

高坂昌信「質問を質問で返すのは失礼ではありますが、私が何を言っても攻めるのでしょう?」

武田勝頼「そう言わなければ収まりがつかないだろうに。」

高坂昌信「拘る必要は無いと見ています。うちと織田徳川は係争中ではありますが、うちが有利な状況にあります。加えて織田徳川はうちを恐れています。にも関わらず、うちと徳川との境目に位置する長篠城に奥平の息子を容れています。うちが治めていた頃の長篠城では無いのは確実であります。相手が手ぐすね引いて待っている所にわざわざ兵を動かす理由は見当たりません。

 それよりも大事なのは対織田の戦線を拡げる事であります。近江は崩壊しました。越前は一向宗が押さえていますが彼らが他の国に打って出るだけの力はありません。畿内の勢力につきましても、信長が京に入った瞬間に瓦解してしまいました。将軍様も追放され、本願寺は石山で孤立無援の戦いを強いられています。

 今、将軍様は上杉や毛利に助けを求めています。正直に申しますと、亡き御館様が上洛する時にやるべき事では無かったのかな?と。確かに御館様と謙信は敵でありました。ありましたが御館様にも将軍様への思いが無かったわけではありません。本願寺も同様であります。もしあの時、将軍様が三者の仲を取り持っていたのであれば結果は異なっていたのでは無いか?と。うちにも責任があります。謙信の持つ将軍様に対する忠誠心を利用する事が出来なかった事を。

 しかしまだ手遅れではありません。越前に加賀。そして越中の西部を一向宗が押さえています。謙信はこれら3国を通過する事が出来るようになりますし、場合によっては飛騨も。飛騨の南に位置するのが織田信長の本拠地岐阜であります。ここに西の毛利が加わったら、流石の信長も三河にまで手を回す事が出来なくなります。」

武田勝頼「織田と徳川は同盟関係にあるぞ?」

高坂昌信「先程も述べました。信長が同盟を結ぶのはどのような時か?であります。先年の御館様とのいくさの時、信長自ら入る事は出来ませんでした。家康に対しては

『三河に撤退せよ。』

と助言しています。信長自らと家康を天秤に掛けた時、信長は躊躇する事無く自分を選ぶ事になります。そのためにも今、跡部が行っている交渉の足を引っ張らぬよう。(高坂昌信の管轄であり上杉との境を為す)信越国境において、細心の注意を払っている所であります。」

武田勝頼「1つお願いがあるのだけど……。」

高坂昌信「『長篠に出陣しろ!』でありましょう。上杉との和睦もそのためである事はわかっていますので。」

武田勝頼「其方が(北信濃から)離れても大丈夫か?」

高坂昌信「謙信の事ですか?謙信はこちらが変な事をしない限り約束を守ります。それに……。」

武田勝頼「何か気になる事があるのか?」

高坂昌信「先程の話し合いの中で気になる点がありまして。」

武田勝頼「構わない。教えてくれ。」

高坂昌信「勝ちが続いているためであるとは思われますが、皆が皆。好戦的になり過ぎています。山県については仕方のない所があります。これまで奥三河の国人衆との関わりが強く、その中でも最も重用していた奥平親子に裏切られてしまった。家康に引き抜かれる形で。しかも今、最前線とも言える長篠城を守っているともなれば

『舐められるわけにはいかない。』

となるのは自然な流れであります。

 しかし先程も述べましたが長篠城にそれ程の価値を見出していません。うちからはいつでも攻める事が出来る場所にありますし、それこそ野田城を手に入れれば孤立させる事も可能でありますので。そうなれば、どんな仕掛けを施そうが意味はありません。

……と言う話を本来であれば馬場様や内藤。事務方の長坂様や跡部が制御しなければならないのでありますが。しかしその話が出る事はありませんでした。

 馬場様はわかります。奥三河の衆を最初に束ねたのは馬場様でありますので。山県と同じ思いになる事。理解出来ます。しかし他の連中はそうではありません。冷静に判断する事が出来る立ち位置にいるはずなのでありますが……。まぁ彼らの立場もわかります。山県が結果を残す中、何も出来ていないと感じている内藤の焦り。掛かった費用がわかっているが故に、成果を上げなければならない考えに囚われる長坂様や跡部。

 あまりにも勝ち過ぎてしまっているがため、皆が皆。勝てるものとなっているのが心配でなりません。」

武田勝頼「その中の1人が私です。申し訳ない。」

高坂昌信「内藤を殿の所に連れて行った価値がありました。こちらこそ非礼な行いをした事お詫び申し上げます。」

武田勝頼「で。長篠城の事なのだが。」

高坂昌信「山県に依頼しているのですよね?」

武田勝頼「大岡に探りを入れるよう指示している。」

高坂昌信「それでありましたら殿。」

武田勝頼「どうした?」

高坂昌信「私に考えがあります。」

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