第41話
山県昌景「牛久保の件で揉めたか?」
馬場信春「如何にも。菅沼定忠の了承を得るのに難儀した。」
山県昌景「了解を得る事は出来たのか?」
馬場信春「何とかな。徳川と言ううちとの天秤に掛ける相手が居なくなった事。奥平貞能の末路が無ければどうなっていた事か……。」
山県昌景「条件を出して来たのか?」
馬場信春「流石に働き次第と言うわけにはいかぬ。かと言って今ある所領の一部を渡すのも今後の悪い例として残す事になってしまうため良くない。因って今回は金で以て解決する事に相成った。尤もこれも良い方法では無い事は重々承知している。」
山県昌景「奥平も含め彼らを引き入れるため、実現不可能な餌を撒いた責任はこちらにある。仕方ありません。この件について殿は……。」
馬場信春「一任されている。勿論報告しなければならないが。」
山県昌景「因みにその金は永続的に支払われる?」
馬場信春「いや。今回限りの解決金とした。一度に払う額は大きくなるが、不労所得を永続させるのに比べればまだ良い。」
山県昌景「物価高等を理由にごねられても困るからな。」
馬場信春「そうだな。尤も我らの側に留まり続けた定忠の助けは今後も必要である事に変わりは無い。」
山県昌景「確かに。」
馬場信春「後は……跡部に頭を下げるだけの事。」
山県昌景「それが一番しんどいですね。」
馬場信春「……全く。」
山県昌景「『足助の功と引き換えですからね。』
とか言われそうだな……。」
馬場信春「一緒に頭下げてくれる?」
山県昌景「頭下げて済む事ならば幾らでも。」
馬場信春「頼み。」
馬場信春と山県昌景は、医王寺の武田勝頼本陣に戻り足助攻略と田峯での顛末を報告。了解を得るや否や一目散で跡部勝資の下を訪ね謝罪。宿老2人による思わぬ謝罪に驚いた跡部は、菅沼定忠への解決金の全て額を武田から出す事を即決。勝頼の了承を取り付けた跡部はいくさが終わって必要無くなった金銭兵糧をかき集め、これらを解決金の頭金として田峯に搬送。その任を請け負ったのは勿論内藤昌豊。宿老格の。それも昨日一昨日決まったばかりの解決金を持参しての訪問に驚いたのは田峯城主菅沼定忠。
『これは急がねばならぬ。』
と菅沼定忠自らが医王寺の武田勝頼を訪ね謝辞。事に次第を把握する事が出来ていない武田勝頼。変な空気。ただけっして悪い空気は流れていない中、
武田勝頼「皆が集まったようなので。」
と論功行賞と今後の方針についての軍議が催されたのでありました。
論功行賞を終えた武田勝頼は甲斐に帰国。遅れて足助での役目を終えた武藤喜兵衛が躑躅ヶ崎の館に出仕。
武田勝頼「おう喜兵衛か。大義であった。」
武藤喜兵衛「ありがとうございます。ただ足助周辺の治安維持のほとんどは、殿からお借りしました家臣と兄のおかげであります。」
武田勝頼「其方から送られた足助の図。皆に見てもらった。早速馬場に依頼し、改修に取り掛かっている。」
武藤喜兵衛「ありがとうございます。それで論功行賞の結果はどのようなものになりましたでしょうか?」
武田勝頼「そうか。まだ聞いていないか。まずはお前の兄2人と小幡については譜代衆に格上げとなった。」
武藤喜兵衛「それは何よりであります。」
武田勝頼「所領を渡す事が出来ない代わりなのではあるのだが……。」
武藤喜兵衛「いえ。亡き父も喜んでいるはずであります。」
武田勝頼「山県に負担が掛かっていた駿河については駿府を直轄。残る富士川以西は穴山。東部は小山田にお願いする事になった。遠江の内、高天神についても直轄。残る遠江に奥三河。今回獲得した足助周辺は山県に託す事になった。」
武藤喜兵衛「馬場様については?」
武田勝頼「馬場本人の希望でもある飛騨への再進出を許可している。」
武藤喜兵衛「狙いはそれだけでは無いでありましょう?」
武田勝頼「謙信の邪魔をするつもりは無いが、北陸の一向宗との連携も依頼している。織田対策と交易路の確保が主な目的となる。」
武藤喜兵衛「高坂様は?」
武田勝頼「川中島の開発許可並びに川中島の先方衆に奥平貞昌を就任させる事となった。」
武藤喜兵衛「内藤様は?」
武田勝頼「富士川と川中島を除く領内の人と物の流れにまつわる利権を付与する事になった。」
武藤喜兵衛「効率の悪い所ばかりのような気もしますが……。」
武田勝頼「富士川と川中島は敵方と衝突となる危険性のある場所でもある。その心配の無い。安全地帯で仕事した方が、警備費用を浮かせる事が出来る分。儲けを増やす事が出来ると思うのだが。」
武藤喜兵衛「でもそこを通らないと……。」
武田勝頼「お金に換える事は出来ないがな。」
武藤喜兵衛「……後は跡部様については?」
武田勝頼「加増を打診したのだが断られた。」
武藤喜兵衛「何故でありますか?」
武田勝頼「『ただでさえ人が足りない所に領国経営等足枷以外の何者で無い。』
と……。」
武藤喜兵衛「では何の報酬も無し?」
武田勝頼「いや。そう言うわけには行かないからさ……。」