第40話
医王寺武田勝頼本陣。
武藤喜兵衛「殿。」
武田勝頼「どうした?」
武藤喜兵衛「兄上が見当たらないのでありますが。」
武田勝頼「あぁ。それだったら山県と一緒に城攻めに向かっている。」
武藤喜兵衛「えっ!?いくさは終わったのではありませぬか?」
武田勝頼「私もそう思っていたのだが、山県から相談があって……。」
武藤喜兵衛「どのような内容でありますか?」
武田勝頼「山県が言うには
『このいくさで徳川家康を討つ事が出来ました。確証はありませんが織田信長信忠親子も同様であります。
しかし我らが獲得する事が出来たのは長篠城しかありません。長篠城は元々我らの城。謂わば失地を回復したに過ぎません。その原因を作ったのは私、山県昌景であります。』」
武藤喜兵衛「そのような事。誰も……。」
武田勝頼「『そのような事は無い。父信玄の遺言に従ったまでの事。』
と伝え、その点は納得してもらう事が出来た。ただ……。」
武藤喜兵衛「山県様は何と仰ったのでありますか?」
武田勝頼「『本来、自らの手で取り返して当たり前の長篠を。殿(私の事ね。)始め他の方々に多大な迷惑を掛ける事になってしまいました。このままでは収まりがつきません。』
と言って来てな……。」
武藤喜兵衛「それで兵を?」
武田勝頼「あぁ動かしておる。ただ条件を付けた。
『単独行動は禁止する。向かう先はこちらが指定する。けっして無理はするな。討ち死になど許さぬ。』
と……。」
武藤喜兵衛「それで兄上を。」
武田勝頼「それに小幡にもお願いしている。真田、小幡からは逐一報告するよう指示している。」
武藤喜兵衛「向かった先はどちらへ?」
武田勝頼「最終目的地は足助に定めている。岡崎城を目標としていた時、山県が最初に狙っていた場所でもある。下調べも済んでいる事であろうし、いくさの結果を足助の者共も知っている事であろう。周りを囲って様子を見て、抵抗する様ならば威圧だけして戻って来い。と伝えている。」
武藤喜兵衛「そう言えば馬場様の姿も……。」
武田勝頼「馬場は今、古宮……もしかしたら田峯に入ったかもしれぬ。目的は菅沼正貞の長篠復帰と奥平貞昌の赦免並びに川中島移封の了承を得るため。後は特に牛久保についてになるか……。」
武藤喜兵衛「と言われますと?」
武田勝頼「今回の奥平離反の原因の1つが牛久保の取り分で揉めた事にある。今後の野田牛久保攻略の仕方によっては。についての折衝を馬場にお願いしている所である。」
長篠城を出発し、古宮城で態勢を立て直した山県昌景は田代城から大沼城。浅谷城を攻略しながら足助城を包囲。その包囲の最中も別部隊を編成し、八桑城。更には阿摺城を手に入れたのでありました。その方法は全て……。
武藤喜兵衛「『自落した。』
との事であります。これらの城は規模が小さいとは言え、全て我らと境を為す謂わば臨戦態勢にあった城であります。」
武田勝頼「頼るべき大樹が折れてしまうと呆気ないものだな……。」
武藤喜兵衛「はい。」
武田勝頼「味方に被害は?」
武藤喜兵衛「ありません。」
武田勝頼「足助の状況は?」
武藤喜兵衛「長篠のように要塞化されているわけではありませんし、援軍を望む事も出来ません。それに連携する城は皆白旗を揚げてしまっていますので。」
武田勝頼「出向く必要も無いか……。」
武藤喜兵衛「仰せの通りであります。」
2日後。足助城開城の報告が届く。
武田勝頼「足助は最前線。加えて城が堅固とは言えない。かと言って今後の事の打ち合わせをしなければならぬ故。皆を集めねばならない……。」
武藤喜兵衛「論功の事でありますか?」
武田勝頼「それもある。当人不在で決めるわけにはいかないだろう?」
武藤喜兵衛「そうですね……。それでありましたら私が行きましょうか?」
武田勝頼「大丈夫か?」
武藤喜兵衛「少なくとも高坂様よりは戦う事は出来ますし、足助には兄2人が居ます。(長兄の)信綱に(次兄の)昌輝の委任状を託し、昌輝と私を足助に留め。信綱を山県様。小幡様と共に戻しましょう。その間、私は足助の縄張りと弱点の確認。補強すべき点の洗い出しを行います。」
武田勝頼「そこまで言ってくれるのであれば、喜兵衛の意見。採用する。」
武藤喜兵衛「ありがとうございます。」
武田勝頼「ただ……高坂の了承が……。」
武藤喜兵衛「それでありましたら私から伝えておきます。殿からは言い難いと思いますので。」
武田勝頼「恩に着ます。」
高坂昌信の了承を得た武藤喜兵衛は、武田勝頼の手勢の一部を伴い足助城に向け出立。足助城で山県昌景の部隊と合流し、事の次第を報告。それを聞いた山県昌景は手筈通り当地に真田昌輝と武藤喜兵衛を残し古宮城へ移動。時を同じくして古宮城に到着したのは馬場信春。
馬場信春「足助の件は聞いている。見事であった。」
山県昌景「いくさらしい事はしてはおらぬ。ところで其方の方は?」
馬場信春「(菅沼)正貞の復帰と(奥平)貞昌の赦免については問題無く済んだ。」
山県昌景「それは何より。」
馬場信春「ただ問題なのは……。」




