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第35話

 武田勝頼が本陣を構える医王寺近辺某所。


「鳥居殿はいらっしゃいますか?」

鳥居強右衛門「誰だ!?」


 鳥居強右衛門の居る牢の前に現れたのは……。


「私。武田勝頼が家臣。高坂弾正忠昌信と申します。」

鳥居強右衛門「武田の家臣がお見えになったとなりますといよいよ……。」


 長篠城の前に立ち、援軍が来ない事を告げる時が来た。


高坂昌信「いえ。それには及びません。」

鳥居強右衛門「どう言う事でありますか?」

高坂昌信「いくさが終わりました。我が方の勝利であります。」

鳥居強右衛門「えっ!……そうでありますか……。」

高坂昌信「如何なされましたか?鳥居殿は我が方に味方すると誓ったはずでありますが。」

鳥居強右衛門「あっ!?そうでありました。」

高坂昌信「つい今しがたまで奥平の家臣でありました故仕方ありません。」 

鳥居強右衛門「申し訳御座いません。」

高坂昌信「いえ。最初は皆そうであります。ところで鳥居殿。」

鳥居強右衛門「如何なされましたか?」

高坂昌信「武田勝頼より鳥居殿に伝言を預かっています。ここで披露しても宜しいでしょうか?」

鳥居強右衛門「構いません。お願いします。」

高坂昌信「我が殿武田勝頼からの伝言は1つであります。それは……。」


 自分の命を粗末にしてはならぬ。


高坂昌信「以上であります。」

鳥居強右衛門「どのような事でありますか?」

高坂昌信「鳥居殿。」

鳥居強右衛門「はい。」

高坂昌信「其方……我らを唆そうとしていたのではありませぬか?我らに降ったふりをして、長篠城の前に立ち。城に向かって織田徳川の援軍が来る事を宣言するつもりであったのではありませんか?」

鳥居強右衛門「んっ!?いえ。そのような事は……。」

高坂昌信「不思議に思いませんでしたか?」

鳥居強右衛門「と言われますと。」

高坂昌信「武田勝頼からの要求に応じてから日数が経過している事に。恐らく其方は信長から

『2、3日で援軍は到着する。』

と聞いていたはずであります。」

鳥居強右衛門「えっ!?と言う事は援軍は……。」

高坂昌信「心配に及ばず。約束通り織田徳川の援軍はここに来ました。しかし我らに勝つ事は出来ませんでした。ただそれだけの事であります。」

鳥居強右衛門「と言う事は私を用いなくとも……。」

高坂昌信「いえ。そのような事はありません。長篠城の防備に手を焼いていたのは事実であります。そこに織田の大兵がやって来たとなれば、勝つ事は難しいと言うのが正直な所ありました。そこに其方が迷い込んで来ました。そして皆。其方の決断を喜んでいました。城の前に連れて行く寸前でありました。」

鳥居強右衛門「では何故取り止めたのでありますか?」

高坂昌信「忘れた。」

鳥居強右衛門「どう言う事でありますか?」

高坂昌信「何か理屈をこねくり回したとは思うが、その後起こった事が凄すぎて忘れてしまった。ただ1つ言える事があるとするならば……。」


 武田が勝つのが迷惑だろ?


鳥居強右衛門「いえ。そのような事は……。」

高坂昌信「其方の事を調べさせてもらった。其方……市田の出だよな?」


 市田は今の豊川市の中心部諏訪町すぐ西にある市田町の事。


高坂昌信「市田は牧野の所領。斯様な地の者が何故長篠の。それも奥平の所に居るのだ?」

鳥居強右衛門「……。」

高坂昌信「いや。責めているのでは無い。(市田のある)宝飯郡がどのような歴史を辿って来たかを知っている。あそこは京の戦乱の以前から関東と京の騒乱に巻き込まれた場所であった事を。その後の将軍家の争いによって、地場の有力者が変わる場所であった事も。そしてその後の今川と松平の争い。義元が斃れた事に伴う家康と氏真の争い。そして我らと。どうであろう?100年以上戦乱が続いているのではあるまいか?」

鳥居強右衛門「何故それを?」

高坂昌信「其方と同じ宝飯郡の出の者が1人。武田におってな。そいつも苦労したそうな。それこそあらゆる国と言う国を渡り歩き、やっとの思いで今川の家臣になる事が出来る。と駿河に入るも叶わず。うちに流れ着いた者がな。」


 山本勘助の事。


高坂昌信「尤も彼の物言いを裏付ける事が出来る者がおらぬ故、真実の程は定かでは無いが……。ただ仕事は出来た。それが今の私にも活きている。同じ事は武田家中の者も同様である。それが裏付けなのかも知れないな……。」

鳥居強右衛門「その方は今?」

高坂昌信「生きていたら、ここに来たのは私では無かったであろう。」

鳥居強右衛門「わかりました。」

高坂昌信「故郷の戦乱を終わらせたい。そうするためには三河以外の者が居ては困る。ただ家康の力だけでは武田を追い払う事は出来ない。しかし今回は違う。既に信長が多くの兵を引き連れ岡崎に到着している。信長を以てすれば、武田に勝利を収める事が出来る。さすれば三河は信長の傘の下ではあるが、家康が治める事が出来るようになる。家康は三河の出。けっして三河の者を蔑ろにする事は無い。……と言う所では無いかと見ているが、如何だろう?」

鳥居強右衛門「それも先程の方から?」

高坂昌信「いやそうでは無い。私が其方の出自。これまでの経歴を踏まえた上、同じ立場に立たされたらどうするか?を考えた結果。取り止めるよう働き掛けをした。余分な事をした。申し訳ない。」

鳥居強右衛門「高坂様も故郷を追われ……。」

高坂昌信「私の昔話に興味がおありですか?」

鳥居強右衛門「長くなりそうですね……。」

高坂昌信「殿に煙たがれている。」

鳥居強右衛門「でしょうね。」

高坂昌信「止めておこうか?」

鳥居強右衛門「少しでありましたら。」

高坂昌信「聞いてくれる人が居ると嬉しいよ。手短にする。」

鳥居強右衛門「お願いします。」

高坂昌信「私は甲斐の出身で実家は百姓をしていました。過去形になっているのには理由があります。その原因となったのは父の死。当時私は16歳。一家を背負うにはまだ早いと判断されたのでありましょう。姉夫婦が父の土地の全てを相続したため、私は無一文で放り出される事になりました。」

鳥居強右衛門「手短過ぎませんか!?」

高坂昌信「ただ私は恵まれていました。武田信玄公に拾われたのでありますから。」

鳥居強右衛門「どのような経緯で?」

高坂昌信「これは直接信玄公から聞いたわけではありませんが、恐らく興味本位では無かったかと。奥近習で採用された事から察して下さい。ただ私は恵まれていました。信玄公は私に様々な機会を与えてくれました。そればかりでなく、見えない所で私を支えてくれました。少しずつ少しずつ実績を。そのほとんどは信玄公のおかげなのでありましたが……。積み重ねる事により、色眼鏡で見ていた周りからも認めていただけるようになりました。今、この地位にあるのは武田信玄公並びに武田の者全てのおかげであります。

 これからは恩返しをする番である。と考えています。ただうるさ過ぎましたね。当主勝頼から遠ざけられ、老害となってしまいました。」

鳥居強右衛門「しかし今、武田様からの言付けを預かって来られた所を見ますと……。」

高坂昌信「此度のいくさの前、御館様に頭を下げられてな……。不思議な気分であった。」

鳥居強右衛門「と言われますと?」

高坂昌信「美濃で信長を。高天神で家康を破り誰であっても有頂天となる状況にあった御館様が、何故これまでの非を詫びたのか?別に失態を犯したわけでも無い殿が。」

鳥居強右衛門「そんな武田様に諫言された理由は?」

高坂昌信「荒唐無稽とまでは言わないけれども、うまい話に乗ってしまうのだろうな。相手を舐めてしまうのだろうな。某かの成果を上げるため、無理ないくさに突入してしまうのだろうな。そう言う者をこれまで何人も見て来たので。ただ聞いてはくれないだろうな……。諦めの境地になっていた時、急に助言を請うて来たのには驚きました。」

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