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第18話

武田勝頼「気になる事とは?」


 主立った家臣らが武田勝頼本陣に到着。


高坂昌信「本当に奥平の使者かどうかでありますか?」

山県昌景「高坂の働きにより、貴重な情報。織田信長が岡崎に到着している事。を得る事が出来ましたし、恐らく事実である事も理解しています。そして徳川家康と共にこちらに向かって来る事も事実でありましょう。そして奴を捕獲した場所が、狼煙台として活用されて来た事実も把握しています。ただ……。」

内藤昌豊「何か引っ掛かる点でも?」

山県昌景「長年、三河で活動している私であるが……鳥居強右衛門なる者を私は知らない。」

武田勝頼「三河に携わった経験のある馬場はどうだ?」

馬場信春「う~~~ん。山県以上の知識は私にはありません。」

武田勝頼「鳥居強右衛門なる人物を知って居る者は?」


 答える者無し。


武田勝頼「他に不審者は?」

山県昌景「確認していません。」

武田勝頼「となると……。」

山県昌景「狼煙を使って城に合図を送っていた事は認めていますので、鳥居が使者であった事は確かであります。ただ気になる事が……。」

武田勝頼「どうした?」

山県昌景「鳥居は奥平の直臣では無く、此度のいくさに参戦している某かに従って。正確には個人的に城に入った。奥平から見て陪臣となるかも怪しい者であります。」

馬場信春「我らの包囲網を突破する事が出来る。土地勘があるから選抜された可能性は?」

高坂昌信「(ん!?地場の者か……?しまった。菅沼正貞に確認しておくべきだったか……。)」

山県昌景「可能性があるとすれば、それでありましょう。ただ……。」

馬場信春「どうしたのだ?」

山県昌景「使者として機能するかどうかも怪しい所がありまして……。」

馬場信春「どう言う事だ?」

山県昌景「まず他家に赴く際に必要な儀礼を把握していません。これは彼の能力に問題があるでは無く、単に知らないだけであります。もし岡崎に信長。変な者をたくさん抱えている織田信長が居なかったら、援軍要請は失敗に終わった可能性が高かったのでは無いか?と。

 加えて上司が誰であるのかも定まっていない。謂わばいくさで稼ぐために城に入ったような人物を奥平貞昌が何故抜擢したのか?城の中には、徳川家康は勿論の事。織田信長とも面識のある者。それも貞昌の直臣も入っていますし、家康から派遣された家臣も居ます。

 貞昌が何故彼らを使者として立たせなかったのか?私には理解する事は出来ません。」

穴山信君「少し宜しいかな?」


 穴山信君は今の甲斐南西部本拠地を構え、駿河江尻城も託されている武田御一門衆。


武田勝頼「構いません。歓迎します。」

穴山信君「小笠原信興と会う機会があって。」

山県昌景「高天神の?」

穴山信君「そう。あの小笠原だ。」


 小笠原信興は徳川時代。高天神城の城主を務め、武田勝頼と対峙。開城後は駿河重須1万貫に栄転した人物。


山県昌景「彼が此度の件と繋がりでも?」

穴山信君「直接は無い。しかし鳥居なる者。奥平の家臣でも無ければ、松平の家臣でも無い。ただいくさのためだけに城に入った者が何故使者となったのか?がわかるかも知れぬ。」

山県昌景「聞かせて下さい。」

穴山信君「小笠原信興が城主を務める高天神城が我らに攻められた際、信興は幾度となく浜松の家康の所に援軍依頼の使者を派遣したそうな。その都度その使いは家康からの返事を携えて高天神に戻ったそうな。返事は決まって

『援軍は出す。』

と。しかし援軍が到着する事無かった。兵糧も乏しくなった高天神城の様子を見た信興は殿の要請に応じ、城の明け渡した次第である。ここまでは皆が知っている事であると思う。」

山県昌景「存じ上げています。」

内藤昌豊「いやお前。その時の当事者であったろうに。」

山県昌景「話の腰を折るわけにはいかぬであろう。続きをお願いします。」

穴山信君「高天神開城の際、殿は我らに従う事も自由。家康の下に帰る事も自由である事を伝えている。武田に帰順した者も居れば徳川に留まった。浜松に帰った者も居る。

 で。問題はここからであります。高天神が攻められた際、高天神と徳川家康が居る浜松城を往復した者が居る。匂坂牛之助なる人物である。

 包囲されている中、命懸けで脱出し家康からの

『援軍は出す。』

の返事を持って、幾度となく往復するも肩透かしを食らう日々を過ごした牛之助でありましたが……。彼は今何処に居るでしょうか?」

山県昌景「確か彼はうちに移る事を断ったハズ……。」

穴山信君「その通りであります。牛之助はうちの誘いには乗らず、家康の下に戻って行きました。嘘をつき続けられた相手の所に。何故でありましょう?」

山県昌景「高天神城内でいろいろ言われたのであろう。

『本当に浜松に行って、家康に会って来たのか?』

とか……。」

穴山信君「その辺りにつきまして信興は

『黙秘します。』

と言っていました。」

馬場信春「そうだよな。そうでも無ければ嘘つきの所に戻らないわな。」

穴山信君「浜松に戻りました匂坂牛之助でありますが、彼は今何をしていると思われます?」

高坂昌信「考えられる事とすれば、我らに取られた高天神を奪還するため某かの任務が与えられている?」

山県昌景「しかし高天神周りに匂坂なる者が活動している様子は見られぬ。」

跡部勝資「見落としでは無く?」

内藤昌豊「山県をなじるで無い!」

跡部勝資「そう言う意味で申しているのではありません。」

山県昌景「見落としていたら申し訳ない。わかる範囲でしか無いが……、匂坂が動いている形跡は無い。」

馬場信春「で。匂坂は今、何をしている?」

穴山信君「山県殿の仰る事、間違いありません。匂坂は高天神の周囲には居ません。」

武田勝頼「では何処に?」

穴山信君「何処にも居ません。何故なら彼は……。」


 徳川家康の命により、切腹に処されたから。


穴山信君「理由は武田と通じたからであります。」

馬場信春「事実か?」

山県昌景「うちに来るか。徳川に留まるか。を選択させる際に接触はしている。しかし高天神攻略時に匂坂と関わってはいない。」

穴山信君「全てでっち上げであります。高天神後、徳川に留まった者が3名居ますが、その3名が3名とも同様の罪により切腹が命じられています。家康が何故そのような事をしたのか?答えは1つであります。」

武田勝頼「結果的に嘘となった

『援軍を出す。』

の言を広められる事を阻止したかった?」

穴山信君「仰せの通りであります。匂坂は高天神の窮状を訴えるため、家康の居る浜松を命懸けで往復しただけであります。家康にあれだけ肩透かしを喰らわされ続けたにも関わず、徳川に留まった人物であります。」

武田勝頼「最低でも謝罪の1つはしない事には……。」

高坂昌信「家康の立場上、出来なかったのでありましょう。殿もそうでしたよね?」

穴山信君「しかし口封じは失敗に終わっています。匂坂が行って来た事。徳川に留まった者共が我らと通じていなかった事は家康を含む徳川家中の者が皆。知っている事であります。

 加えて家康の窮状。単独ではうちと戦う事が出来ない事。信長がもう少しで浜松に到着する所であった事も皆が知っています。ですので徳川に留まった者を普通に処遇していれば問題無かったのでありましたが……。」

高坂昌信「長篠城内は

『徳川のため、命懸けで役目を果たしても匂坂牛之助の末路が待っている……。』」

穴山信君「はい。本来使者となるべき立場の者が皆。城を出る事を拒絶したのでは無いかと。」

馬場信春「それで徳川家中の者ですら知られていない鳥居強右衛門が岡崎に向かう事になった?」

穴山信君「想像の域を出る話ではありませんが。」

跡部勝資「奥平の家臣はもとより、家康より派遣された徳川の家臣ですら援軍依頼の使者に立つ事を拒絶した。となりますと、長篠城内に居る者皆。家康の事を信用していない事になりますか?」

穴山信君「ここに本来使者になり得ることの無い、誰の直臣でも無い鳥居強右衛門が居る事がその証拠である。」

馬場信春「しかし現時点長篠城内の者共が、家康を見限っている事を意味しているわけでは無い。」

跡部勝資「確かか?」

山県昌景「兵糧庫焼討目的で城に迫った時の様子を見る限り、城内に綻びは見られなかった。」

高坂昌信「今、織田信長と徳川家康が岡崎に居る事がわかっている。そして鳥居が訴えた長篠城からの危急に接した信長が兵を出す事を了承している。つまり援軍は確実にやって来る。」

内藤昌豊「岡崎からここに到着するまでにはどれくらいの日数を要すると見ている?」

山県昌景「聞く所によると信長軍は、1刻で5里進む事が可能と言っている。」


 2時間で20キロ。


山県昌景「しかしそれは織田領内を移動する時の話。通り道の民を活用し、食べ物に馬の餌。酒に明かり。更には疲れた兵を鼓舞する民からの励ましの声。極めつけは現地まで別の者が武器を運ぶため手ぶら移動する事が出来る。これらが全て準備されているから出来る事であって、今回通る徳川領にはその体制は整っていない。そう考えると、信長がここに到着するのは恐らく3日後。」


 岡崎から豊川を経由して長篠までの距離は約70キロ。


跡部勝資「それまでに城を落とす事が出来ないか……。」

山県昌景「力攻めでは難しい。」

跡部勝資「しかし城内の者共は皆。家康を信用していない。信長が来ない事には援軍を出さない事を高天神の経験から知っている。」

馬場信春「それは間違いない。」

跡部勝資「つまり今、長篠城内の者共が結束しているのは家康では無く信長。」

馬場信春「信長の援軍が到着すると言う確実な情報は、長篠城内に齎されてはいない。」

高坂昌信「誰かさんがいたずらしては居ますが……。」

武田勝頼「……うむ。」

跡部勝資「今、長篠城には大量の弾薬が備蓄されています。我らの攻撃を凌ぐに足るだけの量が残されています。しかし兵糧はそうではありません。山県殿の活躍により、焼討に成功しています。水の手を絶つ事は出来ていませんが、城内を不安にさせるに足る戦果であります。ここに彼らが頼みの綱としている人物。織田信長からの援軍が来ない事を告げられた場合、長篠城は内から瓦解します。」

武田勝頼「……。」

高坂昌信「如何されましたか?」

武田勝頼「いや、鳥居なる者が何故使者に立てれたのかがいまいちわからぬ。」

高坂昌信「と言われますと?」

武田勝頼「鳥居は奥平の直臣でも無ければ、(長篠城に入った)松平の家臣でも無い。となると岡崎に居る徳川家康もその存在を知らない。土地勘があるから選ばれた。実際、城の脱出に成功しているのであるのだから。それはわかる。しかし鳥居の様子を聴く限り……。」

山県昌景「武士の作法を知りません。」

武田勝頼「下手をすると岡崎城で門前払いを喰らう危険性もあった。仮に目通り出来たとしても、却って家康の心証を悪くする恐れもあった。」

山県昌景「否定する事は出来ません。」

武田勝頼「そんな鳥居が消去法とは言え何故使者に選ばれたのか?そして援軍依頼に成功する事が出来たのか?」

高坂昌信「実際、接して見て感じる事はあったか?」

山県昌景「そうですね……。長篠城の使いである事。岡崎で徳川家康だけでなく、織田信長に会った事。そこで援軍要請に成功した事。出兵の手筈が整っている事。そして武田を打ち破る事。それら全てを包み隠す事無く言って来ました。」

高坂昌信「吐いたのでは無く?」

山県昌景「堂々と。であります。鳥居は死を恐れていません。その立ち居振る舞いが使者に選出された理由であり、織田信長を動かすのに成功したのでは無いか?そのように見ています。」

跡部勝資「其方もその1人なのでは無いのか?」

山県昌景「そうかも知れぬ。」

跡部勝資「もしかしますと今、長篠城内では家康よりも鳥居の方が信頼されているかもしれません。家康は信長と一緒で無ければ動けません。一方の鳥居は返事を持って帰る仕事が残されていたとは言え、独りで烽火台に戻って来ました。恐らくでありますが、鳥居は城に戻ろうと考えていたのでは無いか?と。しかしこちらには幸い。向こうには不幸にも捕らえられてしまいましたが。もし家康が鳥居の立場でありましたら……。」

馬場信春「織田信長と一緒に長篠城に向かう事になっていた?」

跡部勝資「高天神の匂坂の二の舞は嫌でしょうから。」

穴山信君「確かに。」

跡部勝資「その鳥居強右衛門が長篠城手前に進み出て徳川の援軍が来ない事を宣言した場合、城内はどのような事態に陥る事になるでしょうか?鳥居は奥平の家臣でも無ければ、松平の家臣でもありません。このいくさのためだけに雇われた兵であります。きちんとした処遇で以て採用すれば、鳥居を動かす事は可能であります。」

高坂昌信「いやしばしお待ちを。」

跡部勝資「3日後には信長が到着します。時間は御座いませぬ。」


 しばらくして……。


山県昌景「鳥居強右衛門。我らの考えに同意しました。」

武田勝頼「……そうか。」

馬場信春「殿。如何為されましたか?」

武田勝頼「鳥居は

『私は奥平の使いである。既に岡崎には織田信長と徳川家康が居る。即座に出兵し武田を討ち果たす!!』

と宣言した人物。」

山県昌景「如何にも。」

武田勝頼「同じく

『もはや隠しているような物は無い。あとは存分にすれば良い。』

と……。」

山県昌景「既に死を覚悟していました。」

武田勝頼「それが我らの要請に応じるものか……。」

跡部勝資「鳥居が同意しているのでありますぞ。」

武田勝頼「確かに。ただ長篠城の前に出て、

『援軍は来ない!!』

とのたまうのは鳥居の口からになる……。」

高坂昌信「皆の前で何を言うかは鳥居次第であります。彼のこれまでの言動を見ていますと、奥平を裏切るとは思えませぬ。」

跡部勝資「鳥居は奥平の家臣ではありませんし、松平の家臣でもありません。それに彼はこのいくさ限りで雇われた立場。城は完全に包囲されたままでありますし、彼自身。我らに囚われています。そこで我らとの約束を破ったら、どのような運命を辿る事になるのか。流石の鳥居でもわかる事でありましょう。」

高坂昌信「確かに鳥居と奥平を繋ぐものは、このいくさしか無い。それは紛れもない事実である。しかし気になる事がある。」

跡部勝資「気になる事とは?」

高坂昌信「織田が来る事。徳川が来る事。それも出立の手筈が整っている事まで、隠す事無く率先して述べた事である。それを聞いた我らはどのような行動に打って出るか?」

山県昌景「急ぎ城を落とすため兵を動かすか。織田徳川に備えるべく城の囲いを緩めるか。」

高坂昌信「城に兵糧は無い。長篠側は早期の決着を目指しているに違いない。その方策として、我らを攻め込ませ鉄砲や異風筒で殲滅する。もしくは手薄となった囲いを突破し、織田徳川との合流を目指す。」

馬場信春「戦術の一環?」

高坂昌信「そうで無ければ、何かを隠すハズであります。そして今回。城の目の前に出る機会を得たとなれば……。」

内藤昌豊「『あと3日耐えよ。そうすれば織田と徳川がやって来る!!』」

高坂昌信「既に命は尽きていると覚悟を決めていると考えれば。」

跡部勝資「そこまでする理由が見当たりません。」

高坂昌信「可能性があるとするならば……。」

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