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第13話

武田勝頼「佐竹義重が上杉景虎を狙う事。景虎が義重の下に奔る事を阻止するために必要な事か……。」

跡部勝資「それでありましたら。」

武田勝頼「申してみよ。」

跡部勝資「はい。佐竹が景虎を関東管領として厩橋城に君臨させておいた方が得である。と義重に認識させる事では無いでしょうか?」

武田勝頼「となると必要な条件は?」

跡部勝資「義重が上杉謙信との関係を維持したい。と感じるのは謙信の本拠地越後から齎される鉄砲と弾薬であります。その中継地点となるのが上杉景虎の居る厩橋城であります。ここを介さない事には、義重が鉄砲弾薬を手に入れる事は出来ません。」

武田勝頼「そうだな。」

跡部勝資「ここで問題となるのが上杉景虎であります。彼は上杉謙信の養子でありますが、北条氏政の弟でもあります。今後謙信が関東に入る事はありません。景虎を守るのは北条であります。現状、上杉と北条の関係は修復していますがいつ元の状態に戻っても不思議な事ではありません。互いに関東管領を自認していますので。

 もし上杉と北条の関係が破綻を来した場合、景虎は上杉と北条のどちらに付く事になるのか?答えは1つ。景虎は兄氏政の側に立つ事になります。氏政は即座に兵を動かし、越後から見た上野の入口である沼田の占領に取り掛かります。沼田を奪いさえすれば、さしもの謙信も関東に入る事は困難となってしまうからであります。

 こうなりますと常陸と下野を除く関東の全てを北条に抑えられ、北からは蘆名の圧迫を加えられる事になります。加えて対北条戦において無くてはならない鉄砲と弾薬の供給が断たれる事になります。佐竹の待つ運命は自ずと定まって来る事かと。

 これが義重が恐れる最悪の筋書きでは無いかと。」

武田勝頼「これを防ぐためには、仮に北条と上杉が仲違いをしたとしても、上杉景虎が中立を貫くか上杉側に留まる事の出来る体制が採られていなければならない?」

跡部勝資「その通りであります。」

武田勝頼「しかし今の上杉が上野に大兵を割くだけの余裕は無い?」

跡部勝資「はい。」

武田勝頼「それならば景虎が上杉陣営に留める。北条側に奔らせないよう景虎周りの人員を上杉陣営で固める必要がある?」

跡部勝資「勿論、北条との折衝の役目。関係維持に務める事の出来る人物であります。」

武田勝頼「謙信は誰を付けようと考えているか。探って来て……。」

跡部勝資「勿論であります。越後に行って参ります。」


 跡部勝資。内藤昌豊と真田信綱の西上野を管轄する両名を伴い躑躅ヶ崎に到着。


跡部勝資「殿。戻りました。」

武田勝頼「越後での交渉。感謝致す。」

跡部勝資「有難うございます。」

武田勝頼「して謙信はどのように言っていた?」

跡部勝資「あまり気にしていなかったように見受けられました。そんな謙信の様子を受け、こちらから以下の要望を伝えました。

1、関東に通じている人物。

1、佐竹との秘密を守り通すことの出来る人物。

1、上杉景虎を見限らない人物。

以上の3点であります。」

武田勝頼「それに対し謙信は何と?」

跡部勝資「『打ってつけの人物が1人居ます。』と。」

私(武田勝頼)「ほう。」

跡部勝資「この人物の名前を聞いた時、私が出した要望に不備がある事に気付きました。」

私(武田勝頼)「それは誰である?」

跡部勝資「はい。その人物の名は……。」


 山内上杉憲政。


内藤昌豊「跡部殿。申し訳ない。彼が来たら関東以前にうちが持たない。」


 内藤正豊が管轄する西上野の家臣の多くは元々山内上杉憲政の重臣長野業正率いる箕輪衆。一見、元主君が来るのであれば問題無いように思うのでありますが……。


内藤昌豊「(箕輪衆は)憲政を見限って、独自路線を貫いて来た国人衆。そんな彼らのすぐ側に彼が戻って来るのは勘弁願いたい。」

跡部勝資「内藤殿の訴え。尤もであります。故に謙信に対し、新たな要望を提示。再考を願い出た次第であります。」

内藤昌豊「その条件とは如何に?」

跡部勝資「『北条とも話が出来る人物をお願いします。』と要望しました。」

真田信綱「景虎なら出来ますね……。ただ景虎が直接氏政と話し合いの場を持つのは危険であります。」

跡部勝資「はい。北条の色が濃くなるのは避けたい事態であります。」

内藤昌豊「その後、謙信は誰を出して来た?」

跡部勝資「そこ何ですよ。問題なのは……。」

武田勝頼「問題とは?」

跡部勝資「謙信は

『上杉の家臣の中で、景虎と共に上野に入りたいと志願する者が居ない。』

と。それはそうでありましょう。謙信は北陸に勢力を拡大しようとしています。そこで活躍すればする程、収入を増やす機会を得る事になります。

 一方の上野は現状維持であります。拡大する事はありません。加えて上野でいくさをする。上杉に刃を向ける可能性があるのは武田と北条であります。上杉はその両者と和睦をしました。つまり防衛のためのいくさも発生しない事になります。当然でありますが、収入が増える見込みはありません。維持出来て当たり前の評価しか得る事が出来ない場所に、誰が行くでしょうか?」

武田勝頼「誰も居ないのか?」

跡部勝資「越後に居る者で名乗り出る者は居ませんでした。ただその中にありまして手を挙げた人物が3人居ます。1人は河田重親であります。」

 河田重親は上杉謙信が関東入りした際、これに従軍。以来越後から関東に入る入口。沼田城の城代を任された人物。特筆すべきは……。

跡部勝資「謙信と氏康が同盟を結んだ際、越後側の取次を担ったのが河田重親であります。謙信からの信頼厚く、北条氏政も知る人物であります。」

真田信綱「河田を厩橋に異動させる?」

跡部勝資「そこが問題となっています。」

武田勝頼「と言うと?」

跡部勝資「河田が沼田に入って15年の月日が流れています。その間、河田は領内の振興に取り組んで来ました。それがやっと実を結ぼうとしているとか。加えて彼は近江の出。越後に基盤はありません。やっとの思いで得た本貫地が沼田であります。

『そこを離れたくはありません。』

と伝えているとの事であります。」

武田勝頼「それに対し謙信は?」

跡部勝資「謙信よりも上杉の家中から賛同の声が上がっています。これは私や内藤よりも真田の方がわかるでは無いかと。」

真田信綱「亡き御館様の支援の下である事は重々承知していますが、今私が管轄した場所は父が自らの手で切り開いた地であります。そこを離れる事は出来ません。」

武田勝頼「駿河一国と引き換えと言ってもか?」

真田信綱「今ある場所に加えてでありましたら考えますが、転封でありましたらお断り申し上げます。」

武田勝頼「謙信はどのような沙汰を下した?」

跡部勝資「『沼田は引き続き河田重親に任せる。それは変わらない。ただし武田と上杉が同盟を結んだ事により、西から沼田を狙われる心配は無くなった。厩橋が破られない限り、沼田に兵を置いておく必要は無い。その分を厩橋に振り替え、景虎を支えてくれ。』と。」

内藤昌豊「沼田が丸裸になるぞ?」

真田信綱「誑かさないで下さい。そんな事をしましたら甲斐信濃が四方八方から攻め込まれる事になってしまいます。」

内藤昌豊「その考えがあれば問題無い。ただ前線同士で揉め事になる恐れはある。全員に周知する事。忘れるで無いぞ。」

真田信綱「わかりました。」

跡部勝資「宜しいでしょうか?」

内藤昌豊「申し訳ない。」

跡部勝資「先の同盟締結の際、河田は上杉方の取次の任にあたっています。その実績がありますので謙信は今回も河田に北条との折衝の役目を依頼。河田も承諾しています。これについて。」

武田勝頼「うちとしても問題は無い。それで宜しいかな?」

内藤昌豊「御意。」

跡部勝資「問題はここからであります。先程の河田同様。謙信の命を受け、上野で活動している人物を提示して来ました。そうです。厩橋城代北条高広であります。彼は上杉謙信の関東入り以来。厩橋城代として主に上野の統治にあたっていました。特筆すべきは、関白様が京に戻られた後。謙信の気持ちが関東から遠のく中、北条方並びに我らとの攻勢に対処。今の勢力圏を維持した事であります。しかし彼には問題があります。そうです。北条高広には上杉謙信に対する忠誠心に欠ける部分があります。

 これまで北条高広は、二度に渡り謙信から袂を分かつ行動に打って出ています。その内、最初の原因を作ったのは我らであります。

 その前年。信濃を追われた村上義清の要請に応じた上杉謙信は信濃に出兵。我らと相対する事態に発展しています。これを見た亡き御館様は策を練ります。目的は越後国内を攪乱させ、謙信の信濃入りを阻止するため。様々な越後の国人衆に働き掛けた結果。我らになびいたのが当時、越後刈羽郡を領していました北条高広でありました。この叛乱は、事前に露見したため失敗に終わりました。」

武田勝頼「今も存命で、しかも厩橋を任されている。と言う事は……。」

内藤昌豊「来る者は拒まずが謙信でありますので。としか説明の仕様がありません。」

跡部勝資「その後謙信の下で奉行として活躍した北条高広は、先程も述べましたように謙信の関東入りに従軍。そのまま関東に残り、上杉方の最重要拠点である厩橋城を任される事になりました。」

武田勝頼「頑張ったね。」

跡部勝資「ここまででありましたら

『若気の至りだったね。』

で済むのでありましたが……。」

内藤昌豊「北条高広の遍歴はこれで終わりではありません。再び謀反を起こします。その際、彼が拠り所にしたのが北条氏康でありました。」

武田勝頼「(……何があったの?)」

内藤昌豊「殿の仰る通りであります。北条高広には同情すべき点があります。先程跡部が述べましたように、謙信の関東に対する気持ちが段々と薄れて行きました。その中、取り残されたのが北条高広であります。3年かな?」

真田信綱「そうでしたね。」

内藤昌豊「上杉家臣としての未来を憂いたのでありましょう。彼は北条氏康の家臣として活動する事になりました。そんな最中に発生したのが。」


 越相同盟。


跡部勝資「北条高広が見限った上杉謙信と、新たな主君として仰いだ北条氏康が和睦を結んでしまいました。」

武田勝頼「(居場所が無い……。)」

内藤昌豊「流石に不憫に思ったのでありましょう。北条氏政が仲介の労を取り、北条高広は三度謙信の家臣に復帰を果たし、現在に至っています。」

武田勝頼「もし佐竹が優位に立った時……。」

跡部勝資「北条高広がどのように動くのか?懸念すべき材料であります。」

武田勝頼「ここまでを整理してくれるか?」

跡部勝資「わかりました。上杉謙信が景虎と共に関東に入れようと考えているのは元関東管領の山内上杉憲政。彼を用いる理由は、恐らくでありますが我らを混乱させるためでは無いかと考えられます。2人目の河田重親は、謙信が最も信頼する人物であります。そして3人目の北条高広は彼の持つ実務能力もさることながら北条、武田との繋がりを持っているからでは無いかと。」

真田信綱「すみません。」

跡部勝資「何でしょうか?」

真田信綱「本音で仰っているわけでは……。」

跡部勝資「私は一部私心を入れてはいますが、謙信の話を伝えているだけであります。」

真田信綱「景虎の立場は……。」

跡部勝資「そうならぬよう謙信も配慮を示しています。最後3人目。憲政も含めれば4人目に指名したのが遠山康光であります。彼は北条と上杉の同盟締結の際、北条側の窓口として活躍しました。しかし同盟は破綻。その責任の全てを背負わされた康光は出奔。景虎が残る越後に駆け込んだ人物であります。」

内藤昌豊「越後での処遇は?」

跡部勝資「現在、彼は景虎の側近としての任にあたっています。その景虎が厩橋に異動となるのでありますから、当然康光も彼と行動を共にする事になります。」

武田勝頼「景虎からの希望でもある?」

跡部勝資「確かな情報ではありませんが。」

内藤昌豊「信綱はどう思う?」

真田信綱「康光の事でありますか?」

内藤昌豊「其方の父も信虎様とのいくさに敗れ、上野に追われていた時期があるであろう。」

真田信綱「はい。」

内藤昌豊「その時其方も。」

真田信綱「はい。父の姿を見ていました。」

内藤昌豊「何をしていた?」

真田信綱「山内上杉憲政に旧領回復のための支援を求めると共に、上野内で。良い表現を使いますと人脈作りに励んでいました。」

内藤昌豊「何のために?」

真田信綱「はっきりと申しますと山内上杉が頼みにならないのであれば、上野で自立を目指す。場合によっては憲政排除に乗り出す事も想定して。でありました。」

内藤昌豊「康光が北条時代の所領は何処である?」

跡部勝資「ほかの遠山一族とは異なり相模に所領を構えていました。」

内藤昌豊「簡単に越後まで逃げる事は?」

跡部勝資「出来ません。」

内藤昌豊「となると氏政から何か託されているものがある?」

跡部勝資「可能性はあります。」

内藤昌豊「その事を謙信は?」

跡部勝資「謙信は遠山康光を信用しているのは事実であります。ただ何処を信用しているのかはわかりませんし、彼を上野に送り出す理由も定かではありません。」

武田勝頼「機能するかな?」

跡部勝資「少なくとも景虎の下、統一した動きは出来ないでしょう。」

武田勝頼「空中で分解しないか?」

跡部勝資「条件付きでありますがそれはありません。」

武田勝頼「その条件とは?」

跡部勝資「謙信の存在であります。景虎は謙信からの支援。人や鉄砲を始めとした物資の供給があって初めて関東管領としての威厳を保つ事が出来ます。その事は景虎や彼に付けられた者全てが把握しています。故に勝手な真似など出来ませんし、もししようものなら。」

武田勝頼「謙信か氏政。そして我らの誰かに報復される運命にある?」

跡部勝資「ここに佐竹も加わります。ただ崩れるきっかけも秘めています。そうです。越後に問題が発生した時。謙信の身に異変が生じた時であります。」

武田勝頼「自らの地位を担保するものが揺らいだ瞬間。景虎に付いている者共は、己が生き残るために行動を起こす事になる?」

跡部勝資「はい。」

武田勝頼「景虎自身に力が無いため、景虎の下に集結する事はあり得ない?」

跡部勝資「間違いありません。」

武田勝頼「どうしようか?」

内藤昌豊「そのままで宜しいでは。」

武田勝頼「しかしあそこが乱れては……。」

内藤昌豊「少なくとも謙信が生きている間は、内側から揺らぐ事はありません。謙信の様子に変わった事は?」

跡部勝資「医者ではありませんのでわかりませんが、普通にされていました。」

内藤昌豊「謙信は此度の和睦で北陸に集中出来る環境が整いました。これまで抱えていました関東と信濃への急な移動からのいくさから解放される事になりました。それだけ身体を蝕む要因を減らす事が出来た事になります。」

武田勝頼「謙信健在はまだ続く?」

内藤昌豊「はい。ただ謙信にも当然寿命と言うものが存在します。その前に織田徳川とのいくさに目途を立てなければなりません。そして来る関東管領崩壊に備える必要があります。」

跡部勝資「上杉景虎を守るのは北条高広と河田重親が率いる部隊であります。この内、河田が優先するのは上杉家の利益であります。景虎を見限る事はありません。一方の北条高広については、その時にならなければわかりません。」

武田勝頼「山内上杉憲政と遠山康光は?」

跡部勝資「憲政は越後に援兵を求める事になるかと。難しいのが遠山康光であります。彼と氏政の関係がどうなっているのか?であります。」

内藤昌豊「氏政が景虎救援を名目に上野に乱入する可能性がある?」

跡部勝資「はい。」

内藤昌豊「北条高広の動向も不透明?」

跡部勝資「はい。」

内藤昌豊「これに後れを取ってはならぬ。幸い河田は謙信より兵を厩橋に回すよう指示されている。となると信綱。」

真田信綱「はい。」

内藤昌豊「手薄となった沼田攻略への備え。怠ってはならぬぞ。」

真田信綱「わかりました。」

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