第12話
ここに内藤昌豊が到着。
武田勝頼「内藤。どうしたんだ?」
内藤昌豊「えっ!?殿からのお呼びと聞いて参ったのでありますが。」
高坂昌信「すみません。忘れていました。呼んだの私であります。」
武田勝頼「で。どのような用件で?」
内藤昌豊「あの……帰っても宜しいでしょうか?」
武田勝頼「申し訳ない。来るとは聞いていなかったので。」
跡部勝資「内藤殿をお呼びしたのは他でもありません。上杉景虎についてであります。上杉景虎の関東管領就任並びに厩橋に入城する事について上杉謙信、北条氏政双方から同意を取り付ける事が出来ました。
しかしこの事について謙信が懸念する材料があります。景虎が氏政の弟である事。関東で主力を展開する事が出来るのは北条だけとなってしまう事。結果、氏政が景虎の名を使って関東の秩序を乱す恐れがある事。以上の3点であります。」
内藤昌豊「景虎の面倒を私が見ろとでも?」
高坂昌信「いえ。そうではありません。内藤殿は来る織田徳川とのいくさに無くてはならない人物の1人であります故、上野の。うちに利益の無い役目を負わせるわけには参りません。同じ事は真田兄弟にも言える事であります。」
跡部勝資「先程、この事について謙信の対策を殿に報告していました。」
内藤昌豊「重複する事があるのは申し訳ないが、教えていただけぬか?」
跡部勝資「はい。謙信は、北条が滅びる事は望んでいません。しかし北条に関東を取らせる事も望んでいません。そして自らが関東に入る事もありません。そのため謙信は関東に居る北条と相対す事の出来る人物への支援を考えています。その人物は常陸の佐竹義重。今後謙信は義重に対し、貸し借りの関係とならぬよう取引の形態を採りますが鉄砲と弾薬の供与をする方針を固めています。」
内藤昌豊「私が佐竹の立場であったら同意する事は出来ないな……。かと言って上杉と北条が同盟し、かつ常陸と同じ北関東(上野)に拠点を構える謙信を敵に回すわけにはいかないか……。佐竹と北条の戦いは続く。物量戦となると北条に分がある。義重はいづれ苦渋の選択を迫られる事になる。それを謙信は望んでいない。かと言って無尽蔵に鉄砲を渡してしまうと佐竹が北条を破る。安全な上野が脅かされる危険性もある。故に無償では無く、佐竹の持っている産物と交換の形で弾薬を提供する事により供給量に制限を加える。謙信の目的は現状維持。」
跡部勝資「その通りであります。」
内藤昌豊「しかしそれを実現させるためには、まだやらなければならない事があるぞ。」
上杉による佐竹支援実現のために必要な事。それは……。
内藤昌豊「跡部から報告が来ていると思われますが、佐竹と上杉の勢力圏を繋ぐ道のりの安全確保されていません。ただこれまで最も危険地帯でありました武蔵と上野国境については北条と上杉の和睦により解決しています。
しかし新たな問題が発生しています。それは北条氏政が関宿を手に入れた事であります。関宿は川で隔てられた北関東と南関東の中で唯一陸路での移動が可能な場所であります。彼の地が北条の勢力圏になった事に伴い、これまで佐竹上杉から見て安全でありました下野が北条の侵入に晒される事態に陥っています。
この動きに佐竹義重が対応する事により事無きを得ては居ますが、北条と佐竹の国力差は如何ともし難い所があります。その過程。北条優位な状況の中。もし上杉が佐竹に鉄砲弾薬を供与している事が発覚した場合、上杉と北条の和睦は間違いなく破綻する事になります。これを防ぐ上野から常陸までの安全を確保するのは佐竹義重の仕事になります。謙信が手を貸す事は出来ません。謙信にその意思はありませんし、主力は北陸に向けているため下野に兵を出す余裕はありません。勿論関東は北条に託す。北条のいくさには不介入が原則でありますので。
仮に上杉と佐竹の関係がバレなかった。順調に佐竹の国力が高まったとしましても、関東の秩序が守られる保証はありません。何故かと言いますと……。」
佐竹義重が兵を動かすのは自らの勢力拡大のため。
内藤昌豊「であります。佐竹義重は今、下野のほかに常陸南部から下総。更には陸奥で同時にいくさを繰り広げています。現状、三方共佐竹優位に推移していますが上杉と北条が同盟を結ぶ事になりました。そのため氏政は北(上野)を気にする事無く、房総半島に下総。そして下野に兵を動かす事が可能となっています。これら地域をこれまで牽制したのが上杉謙信であります。その彼が関東を棄てる決意を固め、織田信長とのいくさに臨む事になりました。つまり彼ら。里見に結城。そして宇都宮は謙信の助けを借りる事が出来なくなりました。そんな彼らと謙信が頼みにする事になったのが佐竹義重であります。佐竹に謙信程の国力はありません。ありませんし、義重は勢力拡大のために兵を動かしています。謙信のように無償の奉仕をするためではありません。彼が優先するのは勝てる相手。勢力圏を拡大することの出来る相手であります。
ですので関東の秩序を守るために行った鉄砲弾薬の供与が思わぬ形。佐竹と北条が衝突する事を避けながら互いに勢力の拡大に奔る危険性がある事も忘れてはなりません。その総仕上げとなる場所が……。」
武田勝頼「佐竹義重は景虎に北条もしくは上杉。場合によっては双方との縁を切らせる。言う事を聞かないのであれば亡き者にする?」
内藤昌豊「上杉謙信は関東に入る事はありません。義重は謙信の力を借りる事は出来ません。義重が謙信との繋がりを維持する。上杉景虎を関東管領として崇める理由は、謙信の持つ豊富な鉄砲と弾薬を仕入れる事が出来るから。ただ1つであります。その通商路を確保するのは佐竹義重自身であります。途中にある下野の宇都宮単独では北条の攻勢を退ける事は出来ません。義重の力が必要となります。北条は強敵であります。折角仕入れた鉄砲と弾薬が補給路を維持するために使い果たしてしまう可能性も十分に考えられます。
加えて義重は陸奥の蘆名とも争っています。謙信にとって重要となる東の安全を確保するためにも佐竹と蘆名が争う必要がある。と謙信は考えています。その蘆名と北条が手を結んだ場合、流石の義重も妥協を余儀なくされます。場合によっては滅亡の淵に追い込まれる危険性があります。これに殉じる義重では無いと見ています。」
高坂昌信「蘆名か北条のどちらかに攻撃対象を絞る可能性がある?」
内藤昌豊「はい。」
武田勝頼「可能性が高いのは?」
内藤昌豊「攻略し易いのは蘆名でありましょう。特に今、義重が相対しているのは蘆名と関係を持っている陸奥の国人とのいくさでありますので。
しかし北条と同盟を結ぶ事は出来ないでしょう。北条は関東の制圧を追い求めています。仮に佐竹が北条と同盟を結ぼうとした場合、氏政が義重に求めるのは従属であります。少なくとも小田領は没収となるでしょう。そして、北条から送り込まれた人物を養子として迎え入れなければならなくなります。つまり佐竹直系は断絶の憂き目に遭う事になります。当然、義重はそれを受け入れる事は出来ません。
話を蘆名に戻します。先程、義重は陸奥で戦っているのは蘆名では無く陸奥の国人と申しました。義重はまだ蘆名の直轄地に手を入れているわけではありません。蘆名は蘆名で陸奥の国人を守るために兵を動かしています。自らの権益を拡大するためではありません。
一方の義重も陸奥に拡大したい。常陸を安全にしたい。と言う意志はありますが、状況によっては。北の安全を確保する事が出来るのであれば妥協する事は可能でありますし、蘆名領は下野に繋がる道を持っています。」
高坂昌信「佐竹と蘆名で北条と戦う?」
内藤昌豊「上杉も。であります。義重は実弾を求めるか?実際に戦ってくれる兵を求めるか?天秤に掛ける可能性があります。」
武田勝頼「うちとしては避けなければならない事態だな。」
内藤昌豊「はい。」
武田勝頼「もし景虎が狙われる事態に陥った時はどうなっている?」
跡部勝資「はい。上杉に北条。そして我らの三者が共闘して、景虎の安全の確保を図る事になっています。」
高坂昌信「その任にあたるのは、上野を管轄する内藤殿になるわけだな?」
跡部勝資「その通りであります。」
武田勝頼「『尤もその恐れは無いけどな。あったとしても誰かが和睦を蔑ろにした時だろ?』が行間に隠されているようにも思うのだが?」
跡部勝資「はい。現状、上野を脅かす勢力は他には居ません。」
武田勝頼「そこに割って入って来るだけの気概を持った人物が関東に居る?」
跡部勝資「はい。それ故、謙信も景虎の関東入りを認めたのでありましょう。」
武田勝頼「佐竹義重を支えるべく、謙信は裏で彼が求めてやまない鉄砲弾薬の供給する事にした?」
跡部勝資「はい。」
武田勝頼「しかしこれが諸刃の剣となる危険性を帯びている事に謙信は?」
内藤昌豊「気付いていないでしょう。もしかしますと義重もまだ。」
武田勝頼「今は蘆名北条双方と戦っているが、標的を1つに。北条に絞り、佐竹と蘆名が手を携えた時。」
高坂昌信「下野における力関係に変化が生じることになります。佐竹が下野を自由に行き来出来るようになる可能性も高まります。と同時に上野と越後を狙われる恐れが生じる可能性も出て来ます。」
内藤昌豊「そうなった場合、謙信の北陸進出は不可能となり、我らの対織田対徳川とのいくさに支障が生じる事になります。そして最も恐れなければならない事態が、」
上杉景虎の命が狙われる事。
内藤昌豊「であります。恐らく景虎は、自衛出来るだけの武力を以て関東には入って来ないものと思われます。その必要はありませんので。もしそこに我らでも無ければ北条でも無い。そして上杉でも無い勢力が景虎の本拠地である厩橋を攻撃した場合、誰が彼を守る任にあたるのか?であります。
我らは対織田対徳川に注力しています。謙信は北陸と越後の行き来を余儀なくされる事になります。そして佐竹が関東管領を蔑ろにする事態となっている。と言う事は、北条とのいくさを優位に進める事が出来ている事を意味しています。つまり氏政も自領の維持に手一杯で弟を助ける事が出来ない状況に陥っている事になります。
さて誰が景虎を助ける事になるのでしょうか?我らが最も恐れる事態。景虎が佐竹と同盟を結ぶ危険性が生じる事になります。これを防ぐ手立てを講じなければなりません。」




