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イースト・ヤードの魔法使い  作者: さびお
走れトロイカ編
9/37

9 すみませんが可聴音域外なのです

スキー氏の案内で、ヨリとオリヴィエルは村の中央部から東に少し外れた場所にある、開けた広場にやってきた。

今は雪に埋もれているが、もとは草地なのだろう。

村と山肌の中間地点というところで、広場の向こう端から山へと繋がる傾斜が始まっている。

その中央に一本の立派な巨樹が(そび)え立っていた。


『彼が私の基木だよ』


スキー氏がイイ声で紹介してくれる。


樹齢はどれくらいになるのだろうか。

下から見上げると全貌が収まりきらないほどに高く、大きい。

冬でも鮮やかな緑の尖った葉を付け、秋には紅い実を結ぶ種である。

赤銅色の幹肌は、大の男10人で腕を広げても囲みきれない太さを持ち、至るところに啄木鳥が開けた穴や(うろ)を抱えている。


これまでこの場所で、数えきれない程の生き物たちを雨風や寒さから守り、食べ物と寝床を与え、その身で育んできたのだろう。

ちかちかきらきらと、巨樹の周囲を小さな光が取り巻き、瞬いている。

過去と現在の、たくさんの生き物の気配。幸せの記憶。

巨樹の周囲には、そういった生命の光で満ち充ちていた。


トーマニカ村からも近いこの場所は、ほかの木々や背の高い草花はあらかた切り採られ、拓かれている。村の集会や祭り、大掛かりな作業がある時に使われる広場のようだ。

大地と一連(ひとつら)なりになった巨樹は、精霊が宿る土地神として大切にされる。それはトーマニカの人々も同じようで、原野を切り拓く際にも残されたのだろう。

全体にたくさんの小枝を纏って単幹で(そび)え立つ姿は、まさに山野を護る御神樹そのものだった。


その証拠に、村全体を覆っていた禍々しい怒りの気配がこの巨樹の周りでは薄らいでいる。

よくよく見れば森の小人や精霊たちも、巨樹に潜んでこちらの様子を窺っており、過密状態だ。


『数百年前の大雪で折れた幹から私が作られたんだ。』


自然の剪定は偉大だ。

スキー氏の歴史も相当だった。


「…話せるのかよ、こいつと。」


オリヴィエルが胡乱気に聞いてくる。

ここら一体の御神樹に向かってこいつって言わないで。


「…やってみる。」


樹木は、特にうん千年と樹齢を重ねているような巨樹は、深い智慧をもち、時に森羅万象の(ことわり)に通じている。

この村で何が起こったのか全てご存じに違いない、のだが。


「…もしもし、深淵なる森の主さま。ご教授いただきたいことがあるのですが、少しお話ししませんか。」


どおおおおーーーーーーん・・・・


「…お時間、いただけますか。」


ずおおおおーーーーーーん・・・・


重低音が辺りに木霊(こだま)する。

耳の奥がびりびりする。

空気が震え、見えない圧力を感じる。


「あー、もー、やっぱりだー。波長が低すぎて、私の耳じゃ聞き取れない。」


頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。

せっかくこの森の叡知と話せる機会だったのに。

これで今回の任務の完了報告ができたかもしれなかったのに!


「ちっ」

「舌打ちひどい」

「役にたたねーからだろ」

「そうは言いますけどね。小さくて新しい子達ほど『声』は高く幼いの。古く大きいものは低すぎて聞き取れないっていつも言ってるじゃない。」


・・ずもおおお~~~~ん…


樹齢千余年の巨樹なんて、可聴音域が管轄外なのだ。

やいのやいのしているところに、巨樹からも何かコメントを頂いたようだが、如何せん言葉としては聴きとれない。


諦めようかとした時、スキー氏から声がかかった。


『お嬢さんがた。聞き取れないのであれば、私が通訳しますぞ。』

「お願いします!!!」


飛び付く勢いでお願いした。

誰がお嬢さんだ!と激昂している隣の思春期はひとまず放っておく。


『おや、少年だったか。それは失礼した。こちらのお嬢さんは何か力のある原石をお持ちかな。』


よくご存じで。

石ならありますっと、ヨリは胸元からかかる金色の鎖を引き出した。

鎖の先には握りこぶし大の革袋が付いていて、中からアメシストの原石を取り出す。


ヨリの『導き石』。

故郷の(イーストヤード)は石の谷だ。

かつて分厚い氷河に閉ざされていた大地には、貴重な鉱石・原石・天然石など、さまざまな鉱脈が眠っており、フィヨルドと共に地表に姿を表した。

その中には強い力をもつ「原石」を含む鉱脈が多数あり、(イーストヤード)に住む者は、早くて10歳頃から、遅くても12歳までにこれら鉱脈の中から自分の『導き石』を見つけるのだ。


石の声がよく聴こえる『聴き』手であるほど、感応力が高い者ほど、より強い力をもつ「原石」を『導き石』にすることができる。

宝石の原石とは異なるので、導き石は金属鉱石だったり天然石だったり、ただの道端の石が転じることも多い。

ただここで重要なのは、石の呼ぶ声と自らの波長がぴったり合い、これが自分の導き石だと――そう感じる直感だけ。


感応力の高い子供うちに、だがひとりで山野や鉱脈に行って危なくない分別がつく頃…ということで、10歳の誕生日に『導き石』を見つける、というのが(イーストヤード)流行(トレンド)だった。


ヨリは8歳の時に自らの『導き石』と出会い、持ち帰った石が(イーストヤード)の大人達がひっくり返るようなパワーストーンだったため、しばらくイーストヤード中が騒然となった。

その際に、谷の長老達からもらった「感応力No.1」の称号は未だ覆っていない。


…という、曰く付きのヨリの導き石。

アメシストの原石である。


『これはこれは。なんて強さのパワーストーン。しかしとてもよい波長を持っている。お嬢さんにぴったりだ。』


スキー氏に導き石が誉められてにまにましていると、「早くしろ」と言わんばかりに、オリヴィエルに肘でつつかれた。

良いじゃないか。

自分の分身のような石なので、波長が誉められると素直に嬉しいのだ。


しかしあまりのんびりしていられないのはヨリも同じ。

ここでこの怒りの主と出くわしたりなどしたら、オリヴィエルはきっと、『使()()()』しまう。


「えーっと、どうしたらいいでしょうか?」


『これだけの代物だったら、お嬢さんの石があれば十分。基木の洞の中に置いてごらん。』


ヨリの目線の高さほどに、大昔枝が折れたのか、幹が抉れて30センチほどの大きさの洞になっている箇所がある。

入り込んだ雪がクッションのように丸く盛り上がっている上に、革袋から出した導き石をそっと載せた。


『よし。では始めよう。君たちは少し離れていた方が良い。』


少しとはどのくらいか。

大事な導き石から離れるのが心許なく、気持ち2~3歩後退したその時、



どおんっ



空気が一気に重たくなった。

巨樹の歌が始まったのだ。

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