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イースト・ヤードの魔法使い  作者: さびお
走れトロイカ編
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6 あの森越えて黒い瞳が待っている

地区ごとに自治がとられているフィンランディア王国では、(コミューン)内で起こった出来事については、その地区を治める行政機関に裁量が任されている。

民事でも刑事でも、起こった事件について「王国に報告すること」が領主の義務であり、「解決は領内で」がこの国の基本姿勢であるが、領内での解決が難しい問題が起こった場合はこの限りではない。


それは、前例のないこと。

因果関係が不明なこと。

人知を超えて不可解なこと。

等々。


問題を起こすのはなにも人間だけではない。

「誰が」、または「なにが」、「何のため」に起こしたのか。

その調査のために、痕跡を感じることのできる感応力持ちが現地に送られる。


例えば、不可思議事の犯人が小人や妖精のいたずらがヒートアップしたもので、その要因が一ヶ所に集まりすぎているからだと判断された場合。

対処としては、彼らの好物で誘いだし、一定数には他所へと引っ越していただくか、または彼らの嫌いな音や動物を使って丸ごと追い出してしまう、のどちらかの策が取られる。


稀に人間側の住人が怒り心頭で、強行手段を依頼されることもあるのだが---いたずら好きだが、好かれるとその場所に幸せを運んできてくれる存在でもある小人や精霊なのだ。

もともとこの世界でともに生きるもの同士、平和的解決の方をお薦めしている。

彼らはミルクたっぷりのパン粥が大好物だ。


始末が悪いのは、もっと「良くない何か」が「悪意をもって」しでかしたもの。

それらは天罰や悪魔の仕業などと呼ばれている通り、須く(たち)が悪く、放って置くと人命に関わる事態に発展しかねない。


個人若しくは、村や街単位で「人ではないもの」に恨みを買って、現在進行形で報復を受けている状態の場合。

恨みの原因を取り除き、その怒りへの「対価」を払わなければならないのだ。


人間の世の中とは価値基準の異なっている「人ではないもの」の世界において、この「対価」の落としどころを見つけ出すのに、時間と労力がたっぷりかかり、非常に骨が折れるのである。


そういった、『原因のわからない困ったこと』が起こった各地区に赴き、現地調査をして報告、若しくは原因究明をして報告、或いは解決したのち報告を上げるのが、小役人(ロッタ・スヴァルト)であるヨリ(とオリヴィエル)の職務である。


今回はラップランド西南地域が担当の行政官からの要請による派遣で、周囲の山岳地帯一体を調査しに来ていた。


ことの起こりは10日ほど前、山間(やまあい)の小さな集落から救助要請が入ったところに始まる。

総世帯数20にも満たないその村の住人は、もともと隣国の帝国領に暮らしていたサーミを祖にもつ人々だった。

続く飢饉と貧しさに耐えかね、数十人が一団となって、難民として国境を越えてそのままラップランドに住み着いた。


ここで不幸だったのは、古くから帝国領内で取られている北方少数民族への融和政策により、彼らをサーミ人足らしめていた、言語や文化・生活様式が崩壊してしまっていたことだ。


王国領のラップランドの町のひとつに保護された、帝国から流入した人々は、はじめの頃こそサーミの文化に馴染もうと努力したが、何世代も前に崩壊した文化はそう簡単に取り戻せるものではない。


帝国では禁止され処罰の対象であった、サーミの言葉や伝統的な食事・慣習は全てラップランド内で生きており、土着の信仰…特に自然全てに神が宿るとして敬うサーミの生活に混乱した。

受け入れた町の人々も、同じ見た目の同じサーミの民であるはずの来客が、彼らの常識を全く知らない異邦人であることに戸惑うばかりであった。


結果、言葉を覚え、どうにか暮らしていける生活の基盤が整うと町を出て、近くの原野をいちから開拓し、新たな自分達の村を興すに至った。

そうして出来たのがトーマニカという名の、約20世帯が暮らす小さな村だった。


もとが帝国の極北部に広がる海で、海獣の狩猟や漁を生業としていた民である。王国に居を移してからも男たちは海へ狩猟に行き、女たちは海からの水産資源を加工したものを売ることで、近隣のサーミの町村から生活に必要な物資を調達して暮らしていた。


フィンランディア王国にあって王国調でない、ラップランドの中にあってサーミ文化に生きていない彼らの作り出す物々は異色で物珍しく、長い冬を引きこもって過ごす習慣のあるラップランドの人々に好意的に受け入れられていた。


そうして、豊かではないながらも、迫害されることも搾取されることもなく、なんとか自分達の力で生活を成り立たせていた矢先。


トーマニカ村の人々が、製品を卸していた街の警ら隊の詰所に駆け込んできたのだ。

巨大な熊に村が襲われていると。

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