31 トーマニカの生き残り④
「…どうゆう、意味、だ」
掠れた、片言の言葉が漏れる。
暫く発していなかった声は酷く出しづらい。
「そのまんまの意味ですよ。奥さんも、お子さんも諦めるのはまだ早いって言ってるんです」
女は続ける。
「…どう、やっ、て」
真っ暗だった視界に僅かな光が。
ああ、希望を、持っても良いのか。
「奥さんと、お子さんたち、探しましょう。…方法は彼が知っているみたいですよ」
目を細めて肩のあたりを指差す女を初めて正面から見つめ、なんのことかわからないというように首を廻らせた。
◆◆◆◆◆◆
(あらよかった。目があった)
心のなかでほっと溜息をつきながら、ヨリは浮かべた微笑みが不自然にならないよう意識して維持していた。
この男の抱える絶望ったら。
深くて重たくて、それはもう精霊や小人がいれば裸足で逃げ出すくらいの酷いものだった。
絶望は闇だ。闇は闇を呼び、魔を作る。
『よくないもの』の棲みかとなり、災厄となる。
このまま放置して自由を得たら、彼は真っ先に妻子を探しに山野に入るだろう。
このあたりの山々は「人でないものたち」の力の強い領域である。
無事に妻子を取り戻せるならば良い。
だが、見たところただの人である男が、「人でないもの」が悪意を持って引き起こした事態を解決できるとは思えない。
せいぜい、途半ばで不慮の事故にあうか、「人でないもの」にちょっかいを出されるか、運良く妻子の元に辿り着いたとしても、悪意を持った元凶に返り討ちにされるかして。命を落とすだろう。
そうなったとき、この男の闇は災厄の種として申し分のない、格好の餌となる濃度だった。
そんなものを「ただの人」である男が身の内に抱えて正気を保っていることに驚きである。
大抵は、自分の闇と呼び寄せた闇に囚われ食らわれ己を失う。
何れにしても、自らの闇を放出させて、より大きな闇に組み込むか組み込まれるかの違いである。
闇は虎視眈々と狙っているのだ。
絶望なんて、抱えるもんじゃない。
(この子が守っているんだわ)
男の肩の上で、びょこんぴょこんと跳び跳ねながら存在をアピールしているこれは、あれだ。
巨樹の記憶で見た、産まれてすぐに世界へ還ってしまったという仔熊だ。
兄弟熊と共に生き永らえることはできなかったけど、世界の一部になって、母熊や家族を見守っていたのだろう。
どういった事情で男の元にいるのかはわからないが、ぴょんぴょんぱたぱたと、一生懸命男から立ち上る闇を蹴散らしている。
「ヨリ、この人の着てる服!力『使って』るよ!」
オリヴィエルも気がついたらしい。
そう。
この儚きものは、男の衣服の飾り紋様に憑いた物霊だった。