30 トーマニカの生き残り③
オセ・グレインはひどく憔悴していた。
行商に出て留守の間に、何者かが彼の村を襲ったのだ。
襲撃されたと聞いたのは卸先で、半信半疑で戻ってみれば村の様子は一変していた。
夥しい血痕に、倒壊した家屋、散らばる食料。
村が、家が、大切に備蓄した食料が。
見るも無残に壊されている様子は、襲撃者の隠しようのない敵意が滲み出ていた。
村にいて出迎えたのは、愛する家族ではなく被害状況を検分しにきた近隣町村の警ら隊と、ドルトナートからやってきた北方軍の一団だった。
すぐに傍にいる兵士に掴みかかるように家族の安否を確認したが、生きているものはドルトナートの軍の営所に運ばれたという事しかわからかった。
生きているものは。
すぐに村は閉鎖され、生存者とオセを含む事件当時村を離れていた者たちが揃ってドルトナートの兵営所に送られた。
そこの遺体安置所で変わり果てた父親を見つけ、妻子の行方は分からなかった。
事件当初は、生まれが帝国だったことで、帝国からの何らかの襲撃にあったと考えられていたようだが移住してきたのは10年も前なのだ。
そもそも帝国から追われるような大層な身分では全くない。
よって国外からの襲撃の線が消え、軍隊預かりの案件ではなくなったことで、警ら隊の詰め所に引き渡されることになった。
そして現在。
このドルトナートという縁も所縁もない街で保護という名の軟禁生活を余儀なくされ、妻子を探しに行くこともできずに焦燥感だけを募らせている。
子ども達は無事だろうか。
痛い思い、怖い思いはしていないだろうか。
4歳になる長女はしっかり者だが、暗いところが怖く夜のトイレに行けないのだ。
姉の後ろをいつもついて回っている3歳の息子は泣き虫で甘えたがりで、母親の手を握らないと眠れないのだ。
2つ年上の最愛の妻は心優しいサーミの娘なのだ。
この国にわたってきた当初住んでいた街で、サーミの言葉を教えてくれた少女だった。
身重で産み月も目前に控えているので、無理のできない身体なのだ。
いってらっしゃいと笑っていた、早く帰ってきてねと抱きついてきた、産まれてくる赤子の名前をみんなで夜な夜な考えあった。
柔らかな温もりがこんなに簡単に失われるなど思ってもいなかった。
娘の顔が、息子の顔が、妻の顔が。
浮かんでは消え、消えては浮かび。
自分はなぜここに居るのだろうと。
自分だけなぜ生きているのだろうと。
「… …。」
彼らを苛んだ者を一刻も早く見つけ出し、自分が…この手で…この手で…
「… …さん、グレインさん!」
何者かに呼ばれて、反射的に顔を上げる。
無意識に詰めていた息で呼吸が荒くなる。
見知らぬ女が、自分と目線を合わせるために目の前にしゃがみこんでいた。
ここ数日で見慣れた、北方軍とも警ら隊とも異なる見目をした女。
質の良さそうなグレーの衣を纏った女は、目が合うとその目を細めて言い放った。
「絶望するのはまだ早いですよ」