29 トーマニカの生き残り②
男の肩にちょこんと乗っている小さい何か。
初めはこの地方に住みついている小人の類いだと思っていた。
ケルミの街や街道沿いで、あんなに姿を現していた小人たちはドルトナートに入った途端ぱたりと見なくなった。
ここは兵営の街で、住人の1/3が内地から移動してきた軍人とその家族、もう1/3は軍人相手に商売をしようと入ってきた商人とその家族、残る1/3が病院などの軍事施設の運営のための職員とその家族で占められている。
この地にかつて住んでいたサーミの人々はとっくの昔に他の土地へと移住してしまっており、ラップランドでありながら北方色の薄い、王国文化の街だといえる。
従ってここには、他の地域に見られるような自然崇拝も精霊信仰も全くない。
あるのは実利と武力と、大陸文化がもたらした王国風の一神教。
小人たちも数々の精霊も、存在を肯定されないような居心地の悪い土地には棲み付けないので、堪らず街から去ったのだろう。
小人や精霊が呪い消費することで、その土地に力が溜まらないよう、滞ることのないよう均す作用がある。
使われないで蓄積された力は、淀んでしまったり変なところで溢れだしたりしてしまうからだ。
ここは精霊と神秘の大地、ラップランド。
それでなくても土地の待つ力が強い場所なのだ。
溢れだしてしまった力は思わぬものに力を与えてしまうことがある。
『成る』にはまだ早い、良くできた細工物とか、前の持ち主の思いが強すぎる道具とかだ。
そうゆう、受け皿になりやすいものが入ってくると、余っている力を引き寄せてしまう。
部屋の端でうなだれている男の肩に載っているのも、恐らくその類いのものだろう。
物霊の成り損ない。
そのまま年数が経てば、あるいは自力で『成った』かもしれない…と思わなくもないが。
もしもの話をしても仕方がない。
現に、うっかり姿を現してしまったであろうその小さいものは、ひどく弱く不安定で、物霊というよりは生まれては消えていく精霊のような存在感だ。
それが一生懸命ヨリに向かってアピールしている。
他の、…後ろにずらりと並んだ警ら隊の隊員たちは勿論、オリヴィエルすら気がついてないようだ。
(話を聞くならあの子。もしくは彼に聞くのが良さそうね)
これから自分がとるべき方向性を定めたヨリは、憔悴しうなだれている男性に声をかけるべく近づいていった。