22 木鼠のゆらす綱の先②
お食事回です。
ふわりと鼻孔を擽るのは濃厚なソースとバターの香ばしい香り。
宿屋の扉を潜った途端、ヨリとオリヴィエルのお腹がきゅうと鳴った。
「ようやく帰ったかい。料理の準備はできているよ」
調理場から顔を出した女将さんが声をかける。
調理場から漂う、肉の焼ける匂いと香草の香り。
オリヴィエルのお腹が再びきゅるるるっと音を鳴らした。
今日は昼も移動しながらの軽食だったし、時刻は20時を超えようとしているのだ。
「子どもにこんな時間まで食事を我慢させるんじゃない」と女将さんに怒られた。全く同感だ。反省している。
「早くその堅苦しい服を着替えておいで。そのまま食事はしないんだろう?」
真っ赤になってお腹を押さえたオリヴィエルを見て苦笑しながら、女将さんが階段を顎で示す。
「あれ…?あんたそんな小かったかい…?」
階段を上るオリヴィエルを見やりながら、首を傾げた女将さんの言葉を全力でスルーしながら着替えに向かった。
ロッタスヴァルトの制服や、軍服は身に付けているだけで身分を保証してくれる代物なだけあって、上質な生地を使って作られているのだ。
着用時間は短いに限る。
(公式行事や式典も、制服着用で事足りるから便利なんだけどね)
多少飾りを増やす必要はあるが。
なお、1セット目は支給だが2セット目からは自腹での買い取りになる。
(洗い替えとしてもうひと揃い用意しようと相談したら、目が飛び出るような 金額だったのよね…)
遠征1回分がぶっ飛ぶぐらいの金額だった。
もちろん買わなかった。
木綿の普段着に着替えて、再び1階に降りるとオリヴィエルのリクエスト通り、肉がメインのジビエ料理が並んでいた。
「うわあ!美味しそう!」
オリヴィエルが飛び付いたのは赤肉のローストステーキだ。
切り分けられた赤身肉の下には濃厚なデミグラスソースが敷いてある。
「なんの肉だろう。あっさりしていて食べやすい」
肉自体の味付けは塩味のみで、赤身なのにふっくらと仕上げられている。肉が淡白な分、濃厚なデミグラスソースと驚くほどよく合う。
「鹿肉だよ。デミグラスソースか、こっちのリンゴンベリーのソースか好きな方を付けて食べるといい」
リンゴンベリーはコケモモとも呼ばれる鮮やかな赤い果実で、北方地方では欠かせない食材である。
どの家庭でも自家製のジャムが常備され、煮詰めて作ったソースは甘酸っぱく肉料理にとてもよく合うのだ。
「この鹿肉も、デミグラスソースの肉もあたしが仕留めたんだよ」
赤い狐亭は家族経営で、夫婦と3人の息子で分業しているそうだ。
食堂は長男と女将さんの担当で、メニュー開発は長男が、現地調達は女将さんが行っているらしい。
「日々、山野を駆け巡るジビエの肉は脂肪が少なく引き締まっていて、栄養価が高いんだ。低脂肪・低カロリーだしね。鹿や猪のような赤身のお肉は、牛肉の約1/4のカロリーって言われているんだ。」
自家製のパンとマッシュポテトを並べながらジビエについて熱く語る女将さんにふむふむとうなづきながら、クリーミーな色合いのデミグラスソースと鮮やかなリンゴンベリーのソースを交互に絡めて食べる。
アンチョビの入ったマッシュポテト、うまあ。
付け合わせのリンゴのピクルスも含めて、色々な組み合わせで食べることができ食が進む。
自家製のパンも素朴でほのかな甘味があり、コクのある料理にぴったりだ。
オリヴィエルはソースをこのパンでぬぐって完食していた。なるほど。お行儀は悪いけどこのパンの正解は、それだ。
つづいてもう1品出てきたのも肉で、仔羊の骨付きローストステーキだった。
骨部分は仕上げに直火で焼き上げていて、骨の際まで本当に美味しく香ばしい!
「オレンジ果汁をベースにしたソースと合わせることで引き締まった味わいになるんですよ」
厨房にいた長男が、フランべしてワインのアルコール分を飛ばしたソースを持って出てきた。
先ほど部屋まで案内してくれた赤毛の次男とよく似ている。
長男も目の覚めるような赤毛だ。
「北方地方の肉料理には白ワインか、芋で作った蒸留酒ですよ」
飲まれますか?と聞かれて、飲みます!とヨリは二つ返事で答え、酒を選びに席を立つ。
蒸留酒もいいし、黒ビールも捨てがたいな…と悩んでいると、お若いのに渋いですねと長男に苦笑される。
はて。
「あら。私、若くはないですよ」
今年33歳になりますもの。
夫も子どももいますし。
絶句している長男に黒ビールを頼んで、ヨリはオリヴィエルのもとへと戻っていった。
ジビエ料理、美味しいですよね(*^^*)