14 ゆりかごはまるい月の下に①
巨大な暖炉に浮かぶ巨大な女性の生首。
もとい、親愛なる大叔母上であり、ロッタ・スヴァルトの上官であり、ヨリの勤める学院の偉大なる教授陣の1人、ノーリッツ・カッサンドラである。
彼女はヨリの母方の祖母の、姉だ。
年齢的には熟女も熟女、大熟女という年のはずだが、見た目と溢れ出るエネルギーから「叔母」として疑う者はいない。
たっぷりとした黒髪を後ろで束ね、前髪は形の良い眉が見える高さで切り揃えられている。
はっきりした目元からも、高く大きな鼻からも、肉厚な唇からも、意思の強さと苛烈さが感じられる。彼女をひとことで表現するなら「強そう」という言葉がぴったりだと、ヨリは常々思っている。
「こんにちは、叔母様」
『報告するときは階級で呼べと言ってあるだろう。エミルドッタ補佐官。』
炎の中のカッサンドラが大音量で答える。
エミルドッタ補佐官は、ヨリのことだ。
誰の補佐なのか。
もちろんこの大叔母カッサンドラだ。
学院で教鞭についていたカッサンドラは、先代の側妃さまに呼ばれて王宮勤めになった。
その後代替わりして、現王妃殿下直属の内務官になり、このたび新官職の立ち上げと共に事務次官となった傑物である。
なお、王宮入りした段階で、学院の方に残した功績が山のようにあったので名誉教授入りしている。
「非常勤職員を補佐官にしないでください。」
『可愛い姪が派遣先で苦労したら可哀想だろう?』
ヨリは気がついたら補佐官職についていた。事務次官のだ。
身内に甘い大叔母が、派遣先で姪の苦労することのないように高い階級を与えたというのは表向きで、その実は推薦人と後見人が気高すぎて、ただの非常勤職員では扱いに困るというのが本当のところだろう。
カッサンドラ付きの補佐官にしておけば、カッサンドラを通した仕事しか受けることはない。
それにしても顔も声も大きすぎる。火加減を弱めよう。
「音量調節するので、少々お待ちくださいね。ノーリッツ事務次官」
火かき棒と灰はあります?と尻餅をついたままの町長の息子に尋ねる。
ぽかんとしていた彼は、何を言われたのかわからないという様子から我に返り火力の調整を買って出てくれた。
「今の2割減くらいでお願いします。あ、中火で。」
みるみるうちにカッサンドラの頭部が小さくなり、普通の人間の頭くらいになったところで止めてもらう。
これで落ち着いて話せるようになった。
大叔母は色々と迫力がありすぎるのだ。
『地味になっちゃったじゃない。』
「十分インパクトありますよ。」
頬を膨らませて抗議する叔母ににっこりと答える。大の男を3人も尻餅つかせるインパクトなんていらない。
「ノーリッツ先生!!」
オリヴィエルが嬉しそうに呼び掛け、カッサンドラの前に出た。
『おや、オリヴィエル。良い子にしてるかい……って、随分といい子になっちまったんじゃないかい。』
ちろりとカッサンドラに見やられ、思わず目をそらした。
カッサンドラは凄腕の『使い』手で、オリヴィエルに『使い』方を教えた先生でもある。
最近は「この糞ッタレが」「なんだ糞ババア」と呼び合う仲だったが、思春期前(9歳の頃)のオリヴィエルはとても懐いていた。
「ノーリッツ事務次官、こちらのご領主と町長さんがご挨拶されたいと。」
尻餅からは辛うじて立ち直ったが、未だにあんぐりとしているお偉方を紹介することにする。
先程名前も伺ったことだ。呼んで戻ってきてもらおう。
「こちらがご領主のエドワルド・ジャッジ・スミスさん。そしてこちらがトルニオ・ユコイネン町長さんです。」
「あ…?は、はい!」
「!お、お初にお目にかかります!」
名前を呼ばれて、我にかえった2人が慌ててカッサンドラの前に出る。
『ごきげんよう、諸君。この度は私の可愛い姪と弟子をよろしく頼みますよ。』
艶然と微笑み、目線だけでヨリを紹介する様は指示を出し慣れている者独特の雰囲気。さすが王宮事務方No.2。現場担当のしがない小役人とは違うのだ。
『ところで、昨日の夕礼時といろいろ事情が変わっているようだけど。報告してくれるね、エミルドッタ補佐官。』