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イースト・ヤードの魔法使い  作者: さびお
走れトロイカ編
10/37

10 今宵はじまる楽しい宴



どおんっ



物理的な音に続いて感じるのは、圧倒的な圧力。



びぃぃぃぃぃん!

ずぃぃぃぃぃん!



脳の中に直接働きかけるような超重低音。

聴こえなくても理解る、骨が、組織が、全細胞が震える大音量。

耳を押さえようと、目を瞑ろうとお構いなしに入ってきて響き渡る。


耳鳴りがする。目が回る。


立っていられなくなり、ヨリはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。

オリヴィエルが抱え込むように支えてくれる。

そのオリヴィエルの顔も不快に酷く歪んでいる。


『大丈夫かい?お嬢さん。もうすぐ終わるから、我慢だよ。そこの少年はまだ平気そうだ。ああ、だめだめ』使()()』のはだめだよ。』


スキー氏が励ましてくれるついでに、オリヴィエルに何か注意している。

脳がわんわん鳴っていて、耳の奥がガンガンしていて、聞こえてはいるが全く頭に入ってこない。


そのままその場で耐えること数分。

…もしかしたら数十秒だったのかもしれない。


体感的には遥かに長く感じられた時間、耳を押さえて蹲っていたのだが、ふと気がつくと、耳鳴りも頭鳴りも止んでいた。

地面に縫い獲られているような圧力もすっかり消えており、辺りはまたしんしんと雪の降る他は静寂に包まれている。


『さあさあ、終わったよ!お嬢さんの石に、基木の記憶をインプットしたからね。基データが大きいので圧縮する必要があった分、力こもっちゃったみたいだねぇ!』


溢れないうちにお持ち帰りよ!


上機嫌なスキー氏がイイ声で促してくる。

見えないけどきっと笑顔も渋イイのだろう。

見えないけど。


ヨリは力の入らない足腰に号令をかけながら立ち上がり、木の(うろ)からそっと導き石を回収した。

そのまま身に付けるとすぐに再生が始まってしまうそうなので、入れてきた革袋で厳重にグルグル巻きにしてしまいこんだ。


「今聞かないの?」


オリヴィエルが不思議そうに尋ねる。

耳にまだ違和感があるのだろう。指を入れてみたり、頭を振ったりしている。

かわいい。天使がおる。


「うん。町に戻ってからにする。もうすぐ報告の時間だし、一緒に見てもらう方が早いかなって…え、これ『再生』するときにもさっきみたいなことになります?」


先ほどの物理攻撃(?)で既に満身創痍なのだ。

もう一回とか、絶対に無理。

慌てて巨樹を振り返り尋ねると、ぶおおおん・・・と申し訳なさそうな声が返ってきた。


(えっどっち?!)


青くなってスキー氏に通訳を求める。

大丈夫とのこと。

ほっと胸をなでおろした。


安心したところで、帰り道のことを考えなければならない。

トーマニカは沢沿いに開拓された村だ。

馬車道からここに至るまで、なだらかな下り坂が続いていた。

だからこそスキー氏が大活躍し、想定の半分の時間でたどり着くことができたのだ。帰りも同じ道のりを辿って戻るとなると、今度はずっと上っていかなければならない。


(いや、それはちょっと‥勘弁だわね)


どうしたものかと思案していると、巨樹の後ろの山肌に小人が集まり何やら指さしている。

近づいてみると、斜面に沿って蔓草で編んだロープが張られ簡易な階段が作られていた。

小人たちが代わるがわる、ロープを掴んで上る仕草とスキーで滑走する仕草を繰り返している。


なるほど。

ロープを伝って山を登り、高度を稼ごうというわけか。傾斜があれば馬車道までスキーを使って滑り降りることができる。

一番の問題は、今だにふるふると笑っているこの膝で、登り切れるかどうかというところか。


「よし、女は気合よ。オリヴィエル、ここから上に登って、スキーで滑り降りよう。急げば叔母さまへの報告に間に合うかも」


ヨリたち国家職員(ロッタ・スヴァルト)は、派遣要請での遠征中、日に1度、上司である担当官に報告することが義務づけられている。

「夕礼」と呼ばれており、調査の進捗や今後の方針を上司と共有するためである。

ヨリの担当官は、推薦人でもある叔母だ。


「おばさまって、ノーリッツ先生??わあい。僕会うの久しぶり!」


オリヴィエルがきらきらとした笑顔で振り返る。

ここで、はたと違和感に気がついた。

先ほどからオリヴィエルがやけに素直じゃないか。

ここ数年ヨリを悩ませていた、思春期特有の尖ったナイフ感が全く感じられない。

一人称が、ぼく。


…嫌な予感がする。


「オリヴィエル・・って今、何歳だっけ?」

「僕?9歳だよ!」


恐る恐る尋ねるヨリに、元気いっぱいに答えが返ってくる。


おっふ。


(いつの間に『使()()()』しまったの?!)


よく見ると身体も一回り小さくなっている。

もこもこの防寒具で気がつかなかった!


周囲の「力」のあるものから、その力を引き出すことのできる『使い』手。

大抵は熟練した職人などが、物作りの過程で『使い』手としての力を発露させ、本人の意志や意図に関わらず魔法の道具を生み出すものだが。

稀に何をも作ることなく、周囲の「力」を従わせることのできる者がいる。


オリヴィエルは強力な『使い』手で、強力かつ従順に、周囲の「力」を従わせることができた。

原石があれば、原石の「力」を。

小人や精霊がいれば、彼らを自らの「力」に変えてしまう。


では「力」のないところでは、『使う』ことができないのか?

否。自分の生命のエネルギー、成長に必要なエネルギーを『使()()()』しまうのだ。


その結果、無理に「力」を使うとオリヴィエルは幼子に戻ってしまうのだ。今回は3年分の「力」を消費してしまったらしい。


いつだ。先ほどの巨樹の歌の時か。


ちなみに分別のつかない子供の方が、加減がわからず無茶しやすかったため、オリヴィエルの幼少期は逆行との戦いでなかなか成長しなかった。


9歳ならまだ…「力」の使い方と加減を覚えた頃か。

叔母様への報告がひとつ増えた。


「…とりあえず、街に帰ろうか」


オリヴィエルや小人達に手伝って貰いながら、ロープ伝いに山肌を登りきることができた。ここからはスキー氏の出番である。

12歳のオリヴィエルと違って、9歳のオリヴィエルはスキーには乗れないようだった。


少し進んではぺしょっと転ぶ様子を見て、背中に負ぶさって行かないかと提案すると、「ええー?」と、恥ずかしがりながらもオリヴィエル(思春期前)は了承してくれた。

ヨリにはスキー氏という強い見方がいるのだ。

背中に乗ってくれれば進みが早い。


なお、帰りの乗合馬車も犬橇いぬぞりだった。

体力的にも精神的にもすでに瀕死のヨリはぐったりだったが、オリヴィエルはきゃあきゃあと喜んだ。


御者マッシャーは行きと同じ、宿屋の赤毛の次男である。

オリヴィエルの変わりように首を傾げていた。


雪はまだ、しんしんと降り続いている。

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