1 精霊と神秘の大地
初めて連載します。
右も左もわかりませんがよろしくお願いします。
拙文になりますがお読みいただけると嬉しいです!
※抵触を恐れて(何かへの)R15にさせていただいています
※2023.12 加筆修正してます
灰色の空からボタボタと途切れなく降り続く雪は、勢いを強めたり弱めたりしながらも止む様子はない。左右どちらを向いても見渡す限りの雪原は、空と同じく一面ぼんやりとした灰色に見える。
雪野原って銀世界って言うのじゃなかったかしら?
(全然きらきらしていないじゃないの)
あとからあとから降り落ちてくる大粒の雪を眺めながら、花びらみたいだなとヨリはぼんやり考えていた。
精霊と神秘の大地ラップランド
ここは4つの季節が8つに分かれ、沈まぬ太陽と明けない夜が到来する、フィンランディア王国最北の地である。
「あれ?そろそろのはずなんだけどな…」
御者の男が呟き、乗合馬車の速度を落としながら雪原に目を凝らしていた。
ラップランドには深い森と凍った大地を避けるように、5つの主要な町があり、各々を乗合馬車が結んでいる。
人と物資を運ぶために。
フィンランディア王国の人口の80%を占めるのはフィン人だ。しかし王国の北の一角を占めるラップランドに暮らす殆どは、北方民族を祖とするサーミ人である。
フィン人とサーミ人は、同じ国の民でありながら信仰も価値観もまるで異なり・・・生活様式の違いから、多民族との婚姻や他所の土地への移住が極端に少ないサーミの人々は、ラップランドの中で婚姻し、また新しい世帯を持つ。
隣村、隣の隣の村、隣の隣のそのまた隣の町へ、お嫁に行ったりお婿に行ったりで増えていく、兄弟姉妹に従姉妹に再従兄弟。親戚ネットワークがラップランド中に編み目の様に形成されることで、折りにつけた挨拶と手紙と贈り物文化が生まれ、これらを運ぶ配達網が発達していくのはある種自然の摂理。
お陰で今回の目的地である、総世帯数が20にも満たない山中の小さな村へも、比較的近くまで乗合馬車が運行してくれていた。これがなければ、慣れぬ雪原を徒歩で向かわねばならなかっただろう。
ラップランドの文化と民族柄に心から感謝したい。
といった経緯で、ラップランドの入り口でもある西南のケルミという街から、乗り合い馬車のお世話になっている真っ最中だ。
馬を3頭横並びで走らせるトロイカ式は、隣国である帝国の伝統的な形式でフィンランディア王国では珍しい。
なお、帝国の伝統的なトロイカは「三頭だての馬車」であるのに対し、ラップランドの馬車は季節によって犬だったり馬だったりトナカイだったりする。
ちなみに今日は犬である。
車輪の下にも橇がついている。
トロイカ式の犬橇だ。
本来荷物を乗せるはずだろう場所に取り付けられた、向かい合わせの4人掛けの椅子の一角が現在のヨリの全てだ。
思った以上に地面が近くて速い…っ
ぼんやりしていると座席ごとひっくり返るのではないかと、座面を握りしめている手につい力がこもる。
絶妙な角度で顔の前に幌が掛かっているお陰で、降りしきる雪の直接攻撃が避けられているのだが、有り難く思う余裕が全くない。
(明日は確実に筋肉痛だわ)
なんならもう既にプルプルきている。
この乗り合い馬車は、昨晩ケルミで泊まった宿屋が兼業で営んでいるそうだ。
宿屋の主人と3人の息子たちで馬(犬)車(橇)を運行させており、出発時に今日の犬橇の御者は次男が勤めると紹介された。
年の頃は20才そこそこだろうか。
癖毛なのか寝癖なのか、跳ねた赤毛にそばかすが年齢より幼く見えて可愛らしい。幼げな印象の青年だが走行は慣れたもので、人間の子供ほどもある大型犬達に号令をかけながら見事に操っている。
思ったよりも速くて怖いという以外は、道中不安も不満も特になかったが、降り続く雪と視界不良で、降車を告げていた場所の目印が埋もれてしまったらしい。
では、とヨリは灰色の雪野原を見渡す。
どこを見るでもなく、ただ漠然と。
全体が視界におさまるように。
「………5本先の木のところですね。100メートルほど北西の」
「え?!…いち、に、さん、し、…ご。ああ、そうですね!ここだ、ここ!」
犬たちを止めて赤毛の次男がするりと降り、先ほどヨリが示した5本目の木からさほど離れていない辺りの雪塊を手で探ると、目的の地名が記された案内標が現れた。
目的の場所はここから街道を外れ、山道に入っていくとある。雪のない季節には狭いながらも道だったと思われる小路は、辺りと変わらない高さまで雪に埋もれてしまっていて痕跡すらない。
「よく見えましたね!」
目、めっちゃいいっすね!
宿屋の次男の人の良さそうな笑顔に、ヨリも微笑んで返す。
たしかに、目はいい。
『みえ』るのだから。
北欧を舞台としていますが、この物語はフィクションであり、実在の国名・地名・民族・人物・団体とは一切関係ありません。