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番外編 アーデルハイトの日記

アーデルハイトの脳内日記。

終末装置としての行動記録なので胸糞展開があります。

大丈夫な方だけどうぞ。




王国暦819年5月1日  4歳


国字習得が完了した祝いに父から日記を渡された。

「日々思う事を書き綴る様に。年を経て読み返す時、きっとお前の支えになる」ときた。実に下らない。この様な物に頼らずとも、私は自身で体験した事を決して忘れない。忘れられない。その様に生まれ落ちたのだから。

文法も書写も初回で習得していたが、あまりに早過ぎると奇異な目で見られる。この辺りが頃合いと思い、完了した様に見せたが随分面倒な物を貰った。中を見られる危険性を考慮し、年相応の内容を年相応の字で綴らねばならない。ひとまず「大すきなお父さまから日記をもらいました。赤いひょうしがとってもきれい!」とでも書いておくか。



♦︎



王国暦820年6月14日  5歳


父に頼み込んで屋敷内の庭園に薬草園を作らせた。表向きは病がちな母の治療目的だ。愛妻家である父は二つ返事で聞き入れた。

今日より他国から取り寄せた植物を育てる。

クサノオウ、ニオイスミレ、バイモ、ナンテン、クララ。

全て量が過ぎれば毒となる植物だ。愛する者を失った時、人はどのくらい脆くなるのだろうか。これからの事を思えば丁度良い実験になるだろう。



♦︎



王国暦822年10月17日  7歳


母が漸く死んだ。粥に、茶に、香に。複数の薬物を少しずつ投与していたが、あの女は最後まで気付かなかった。事切れる寸前まで痩せ細った手で私の頬を撫で、涙を流していた。こんな目に合わせたのは私だと告げればどの様な顔をしただろうか。ーーどうでも良い事だが。


そう言えば、父が神殿から呼び寄せた腕利きの神官達は母を回復させるどころか、その原因も突き止める事すら出来なかった。神聖な力を扱う者なら或いはと思っていたが、拍子抜けだ。単に治癒魔法に特化している唯の人間という事か。神殿内部を腐敗させ掌握するのも、予定より早められるかもしれない。



♦︎



王国暦822年11月8日  7歳


最愛の妻を失い憔悴した父を傀儡にするのは実に簡単だった。毎日毎日「アデルがお側にいます。ずっといます。泣かないでお父さま」と囁き続けた。私に縋りつき咽び泣くその姿に、財務大臣としてその座を守り続けた強い精神性は欠片も窺え無かった。もっと保つと思っていたが、随分と呆気ない。

父は、否この男はもはや私が居なければ息すら出来ない。愛とはこれ程人を弱く脆くするのか。悍ましいな。


兎も角、バルザック侯爵家はもう私の思う儘だ。すべき事は山の様にある。さて、どれから取り掛かろうか。



♦︎



王国暦823年4月6日  8歳


今日はとても愉快な日だった。エドワード・アル・トーリス第二王子。私を蛇と呼び怒鳴りつけたあの男。誰にも気取られた事の無い私の異常性を初めて暴いたのだ。

使命に則り粛々と事を成して行くつもりだったが、私の対となる存在がいるとは。あまりにも思い通りに行き過ぎて、どうにもやり甲斐が無かったのだが、これは面白くなって来た。

この婚約が滞りなく結ばれるよう手配させなければ。



♦︎



王国暦823年8月15日  8歳


正式にエドワードの婚約者となり、今日より王宮で礼儀作法を学ぶ事になった。同席するのはアーサー王太子の婚約者、イザベラ・メルク・リュミエール。かの婚約に纏わる話は私の耳にも入っている。成程、随分と母親に似ている様だ。内も外も。

少し言葉を交わしただけで、身分に胡座を掻いた傲慢さと隠し切れない浅はかさを感じる。己より優れた者を見れば立ち所に嫉妬し、見当違いな怒りを向けて来るだろう。

やれやれ、此奴より無能に振る舞うのは中々に骨が折れそうだ。



♦︎



王国暦826年2月21日  11歳


王宮内でリカルド・コラーダ伯爵に会ったエドワードが悲鳴を上げて転び、頭から出血する大怪我を負った。暗殺を疑われた伯爵家に調査が入り、横領と河川の手抜き工事が発覚した。


半年前、私はトーリス南部を流れる一級河川・トラウト川の護岸工事を手抜き工事にさせ、一帯の氾濫を起こす計画を立てた。その工事担当となるよう手を回したのがコラーダ伯爵だ。外面が良く優秀だと評されているが、実際は下位の者に圧力をかけ成果を横取りしているだけ。欲深い小物ではあるが根回しと情報操作に長け、上手く立ち回って来た。

想定通り工事に関わる人足は減らされ、払われるべき給金の大半が彼奴の懐に入っている。少なくともトーリス川の氾濫が起きるまで露見する事はあるまい。そう思って居たのだが。これくらい隠蔽しておけ、無能めが。


後にはルイス・ロンド子爵が任じられた。爵位は低いが留学先のタルシム王国で、最先端の土木工学を学んで来た秀才だ。此奴が担当にならない様、手を回していたというのに。今から取り込むか?

いや、この件はロンド子爵にとって一世一代の名誉ある仕事だ。そうそう意を翻さないだろう。妨害するにしてもこの件は既に目立ち過ぎている。これ以上の干渉は切れ者と名高い宰相に見咎められかねない。

仕方ない、今回は手を引くか。



♦︎



王国暦826年2月24日  11歳


間抜けな理由で怪我をしたエドワードの見舞いに私は王宮を訪れた。実家を通じ先触れを出していたというのに、往生際の悪い彼奴は寸前まで自室に閉じこもっていた。まぁその堅牢な扉も、哀しげな私の涙を見たエドワード付きの騎士によりあっさりと開かれたけれど。


無様な姿を見に来たのもあるが、今日は別の用件があるのだ。その眼の事だ。相手の本質を見抜く稀有な力。間者に対しても外交に対しても恐ろしいほど効力を発揮するだろう。

だがその度に先日の様な恐慌に陥っていては、いずれ狂人として離宮にでも幽閉されかねない。そうなれば私との婚約は破棄されるだろう。それは面白くない。私の不戦勝になってしまう。

それ故、私は忠告に来たのだ。

今後周りの者が何か別のモノに見えても決して口にしないように。その眼は脅威を見抜くと同時に安全なものも判別できるのだから、それらに詳細は濁しつつ助けを求めよと。


話している最中、エドワードは珍しく私に目線を合わせていた。何故だか妙な物を見る目で。あの瞳には何が映っていたのだろうか。



♦︎



王国暦826年6月9日 11歳


トラウト川が氾濫した。改めてロンド子爵の指示のもと護岸工事が進められていたが、予想より早く雨季が来たのだ。しかし想定よりかなり狭い範囲に収まり、田畑は勿論領民の居住区画に至るまで被害に遭う事は無かった。これもエドワードの干渉によるものだろうか?



♦︎



王国暦827年10月1日  12歳


エドワードが風邪を引いた。間者の類いは即座に見破る筈がどうした事かと仔細を確かめると、本当にただの風邪らしい。貧弱者め。

面会を申し出ると今回はあっさり扉が開かれた。見舞いの文句を口にする私に目も向けず、寝台の上からボソボソと愚痴を溢してきた。

ーー曰く勉学も武術も何一つ兄に及ばない。周りの皆は同じ様に出来るはず、出来ないのは怠慢だと言い募り、いつまでも訓練を課してくるのだ、と。


呆れた。此奴は自分の価値を分かっていない。

兄の複製品に成り下がるつもりか?多少小器用なだけで凡庸な事この上ないあの男と?お前はこの世界で唯一無二の役目を授かっているというのに。

そもそも学問はともかく、剣術の習得が何になるというのか。私がこの国に齎す滅びに剣一本で対抗できるとでも?騎士階級ならいざ知らず、この者たちはそれらを動かす側だというのに。大体、戦が起こらぬように努めるのが為政者のあるべき姿であるし、実際に自ら剣を取らねばならない状況に陥る者に最早王たる資格は無い。

溜息をつき、私はエドワードを諭した。


兄が葡萄を好んで食すなら、同じ様に葡萄を好きになるつもりか?お前はアーサー王太子と別の人間であるのだから、差異があるのは当然だ。全てこなす必要が何処にあると言うのか。

裁縫が得意な者が縫製師になる様に、料理が得意な者が料理人になる様に。それが得意なものが成せば良い。政に関わる者に必要なのは、畢竟彼等の能力と信頼性を見抜く力だ、と。

エドワードは熱で潤んだ瞳でまた此方を見つめていた。あの妙な物を見る目で。


まあ国内情勢や歴史、他国の言語については習得しておいた方が良いだろう。あまりに出来が悪いと後見たるバルザック家の失態と受け取られかねない。仕方がない、座学については私が嚙み砕いて教えてやる。

ひとまずエドワードの教育係を変更するよう手配しておくか。私は帰りの馬車で目ぼしい候補を思い浮かべた。



♦︎



王国暦828年6月27日  13歳


バルザック領内で疫病が発生した。発熱から始まり徐々に体全体が燃えるように熱くなり、やがて死に至る。幻覚や手足の壊死も確認されていた。かつて大陸で猛威を奮った黒死病の再来かと思われたが、どうも様子が可笑しい。あの病にしては死者が少な過ぎる上、家畜まで罹患したというのだ。明らかに症状に食い違いがある。

詳しく調べさせた所、何らかの理由で麦が汚染されそれを食べた者が感染したと分かった。


汚染された麦は焼き払ったが、一部を屋敷に持ち帰った。培養すればいずれ他領にばら撒く事が出来る。そうだな、以前失敗した南部穀倉地帯が良いだろう。今回の疫病の詳細については多少歪めて報告してある。いざ彼の地で同じ事が起これば、事態は深刻化するだろう。



♦︎



王国暦829年1月15日  14歳


長く王宮の政務を牛耳っていた宰相ギュスター・ロンベルク公爵の排除に成功した。建国初期から続く軍閥の家系であり、一門が保有する軍事力は馬鹿にならない。老いたりと言えどもその弁舌は鮮やかで、さらに始末の悪い事に彼奴は身分に驕る事なく王家に変わらぬ忠誠を捧げ続けて来た。正にこの国を滅ぼすにあたり最大の障害であった。

けれど猛将と讃えられたあの男にも一つだけ弱みがあった。若い頃、身分違い故引き裂かれた恋人との間に成した庶子トーマスだ。昨年の冬トーマスは練兵場で「急に」暴れ出した馬から新兵を庇い亡くなった。


見る影もなく憔悴した宰相は、こちらが手を降す間もなく簡単に失脚した。かの公爵家は当主たるギュスターの強烈なカリスマ性で一枚岩となっていた一門だ。それが失われた事で今公爵家は分家、寄り家を巻き込んだ壮絶な跡目争いが発生している。庶子トーマスは王立学院を主席で卒業するほど優秀であったが、正室の子はいずれも凡庸な者と聞く。跡目が誰になろうが問題は無いだろう。


「公爵が跡をトーマスに継がせようとしている」などと言う根も葉もない噂を信じるくらいなのだから。



♦︎



王国暦830年7月9日  15歳


次期神官長選定会議の投票権を保有する、司祭共の取り込みが完了した。

最後まで賄賂を拒否していた司祭は、妹の難病に効く薬と引き換えにあっさりと此方へ降った。その薬は確かに病を一時的に緩和させるが、必要とする量が徐々に増えて行く代物だ。あの司祭はもう私の下から離れる事が出来ない。

今後は私が用意した傀儡を新しい神官長として選出させる。


王都に程近い正神殿の奥深くには、神官長以外立ち入りが禁じられている聖域がある。トーリスの結界は国民から徴収した魔力で維持されているが、その統括・制御はこの聖域で行われている。つまりこの計略が上手くいけば、この国を守る結界術式への干渉が可能になるのだ。



♦︎



王国暦831年5月7日  16歳


以前から計画していた汚染麦を使った疫病の流行だが、南部穀倉地帯の3割を感染させた所で突如蝗害が発生した。虫は麦を貪り、結果汚染範囲を含め全体の4割が消失した。

調査によると、原因は5年前のトラウト川氾濫により河口付近の樹木帯が流失、広範囲に虫が大繁殖しやすい草原が出来たためであった。

あの日、エドワードが怯えて怪我さえしなければ上手く行っていたというのに。救済装置の性能がここまでとは。


仕方ない、麦は別の国で使うか。予期せぬ疫病に主食である穀物の汚染。慈悲深い顔で援助を申し出れば縋り付いてくるだろう。後は徐々に内部に入り込み抜け殻にすれば良い。



♦︎



王国暦832年4月1日  17歳


アーサー・フィル・トーリスの王位継承権返上及び王族籍からの除籍に伴い、エドワードが新しい王太子となった。来月には正神殿で婚儀が開かれ、私は王太子妃になる。これまで以上に動きやすくなるだろう。


それにしても、あの女ーーイザベラは最後までどうしようも無い馬鹿だった。ここまでの失態、アウギュステ帝国は決して許さないだろう。港まで会いに行ったのは、此方の算段に勘づいている者がいるかの確認だったが杞憂だった。誰も彼も己が前途は希望に満ち溢れていると妄信していた。ある意味これがイザベラの才能だったのかも知れない。


♦︎











♦︎


王国暦877年10月7日  62歳


エドワードの風邪が中々治らない。貧弱者め。仕方がないから調合した薬を飲ませ、治癒魔法を施してやる。全く、こんなつまらない事に手を煩わせるな。

来月のお前の誕生日には留学している孫達も帰って来るのだ。皆を驚かすのだと随分前からチェンバロを練習していたが、あの程度では到底披露に値しない。私が教授してやるから早く熱を下げろ。



♦︎



王国暦877年10月15日  62歳


エドワードの熱が下がらない。毒を盛られたか?あり得ない。今や王宮どころかこの国全体が私の監視下にある。即位からずっと私が毒味している上、どの国の間者もエドワードに近付けていないというのに。

まさか遠隔地からの呪詛か?急ぎ神殿に調べを付けさせなければ。



♦︎



王国暦877年11月2日  62歳


何だコレは?

話が違う。勝負はまだついていない。

駄目だ。目を開けろ、エドワード!


♦︎



エドワード………なぜ…



♦︎



エドワード……………



♦︎



………………………………。



ーーあぁ、私はずっと前に負けていたのだ。もう随分前に。

今さら気付くなんて。

もはや私にこの国を滅ぼす気力など無い。そう言えばあの蛇の声が聞こえ無くなって久しい。

父も、この様な気持ちだったのだろうか。



愛とは本当に悍しいものだな。


序盤の展開が順調過ぎて舐めプしていたら、光落ちしたアーデルハイトのお話でした。


関係ないのですが、エドワードは普通に寿命です。もう少しアーデルハイトが冷静だったら、彼の死と共に救済装置が完成した事に気付き、そうあれとした世界そのものに叛意を抱く所でした。


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[良い点] 光落ちというお言葉。 光昇り、昇華・・・なんか違いますね。 [気になる点] 世界ーーー! 救済装置完成、じゃねぇわ!!! [一言] 世界存続のための非情により、利用される愛情。 番外編…
[良い点] 泣いてもいいですか? 時間を掛けた光落ちとは、こうも素晴らしい。 [気になる点] 17歳から62歳までのも見たいー! …と思ったが、単なるイチャイチャ日記になって 壁が必要な作品になるだ…
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