表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/5

イザベラ・メルク・リュミエール公爵令嬢の憤慨

公爵令嬢の婚約破棄を発端に、三人の令嬢がそれぞれの視点から語る話。全三話。

本当の事を知っているのは誰なのか?




「心から愛する人が出来たんだ。」

ーーついては、婚約を解消して貰いたい。

王宮の中庭から程近い東屋で告げられた其れを、私は扇子の陰で溜息をつきながら聞いた。あぁ、この方はこれ程愚かだったかしら。この婚約の重要性を理解していないなんて。


私、イザベラ・メルク・リュミエール公爵令嬢とアーサー・フィル・トーリス第一王子殿下の婚約の経緯は20年前にまで遡る。

我が母エカテリーナは元々北に広大な版図を誇るアウギュステ帝国の皇女であり、トーリス王国王太子オルガとの婚約話が持ち上がった為、この国に滞在していた。しかし、オルガは幼馴染であった侯爵令嬢と恋に落ち、あろう事か母との婚約を白紙撤回したのだ。

当然皇帝は激怒し、あわやアウギュステとトーリスとの戦にまでなりかけた。宰相の必死の説得により何とかそれは回避され、代わりに母の娘(つまり私)とトーリス王家の王位継承者が婚約を結ぶ事で何とか折り合いが着いたのだ。

異国の地で裏切りに会い傷ついた母を優しく癒したのが、当時リュミエール伯爵家の三男だった父だ。帝国皇女の夫が伯爵では風聞が悪いので、父は新しく公爵位と領地を賜った。元より優秀だった父によりリュミエール公爵領は栄え、今に至るまで領民皆に慕われている。


「お話は分かりました。けれどお相手の方はどなたです?王国法では、王太子妃となる事が出来るのは伯爵家以上ですわ。主だった家の令嬢には既に婚約者がいる筈ですが。」


マリーカ?それともソフィアかしら。私は社交界で持て囃されている令嬢の顔を思い浮かべる。いずれ家臣となる者の婚約者を奪うなど、およそ為政者の姿ではない。王家も世継ぎの教育は失敗したようね。元婚約者への失望をおくびにも出さず、紅茶に口をつけた。


「彼女は貴族では無い。王都にあるパン屋の一人娘だ。お忍びで城下を散策中、立ち寄った店で出会ったんだ。一目惚れだったよ。」


頬を染め、はにかみながら話す殿下の言葉に耳を疑った。

平民?下級貴族ですら無いなんて!そんな者を王太子妃にすると言うの⁉︎

あり得ない。例え王家が許しても貴族達が認める訳が無い。恋に溺れてこんな簡単な事も分からなくなっているなんて。


「お待ち下さい、殿下。平民を王家に迎え入れた前例はございません。両陛下はこの事をご存知なのですか?」


「ああ。きちんと話したとも。お前の好きにしなさいとお許しも頂いたよ。」


駄目だ。もはや王家は取るべき道理すら見失っている。これ以上は面倒を見切れない。王太子の婚約者として、国を守る聖女としてずっとこの国に尽くしてきたけれど、もう無理だ。

両親に急ぎ早馬を飛ばさなければ。この国は内部から腐敗し早晩終わりを迎えるだろう。

せめてリュミエールの領民たちだけでも助けたい。幸い母の実家、アウギュステは広大な領地を保有している。私に甘いお祖父様ー皇帝陛下にお願いすれば、すぐにでも用立ててくれる筈だ。


「ご事情承りました。以降の事は両親に伝え、事を進めたく思います。御前、失礼致します。」


教育係にも賞賛される美しいカーテシーをして私は東屋を後にした。殿下はまだ何か話したそうだったけれど、下らない恋愛話に時間を割く暇は無い。私は私のやるべき事をしなければならないのだから。

 



------------------------------------------------------------






その日、アウギュステ帝国の離宮・アンツィオ宮に私は足を運んでいた。

故国トーリスより、客人が来訪したと耳にしたからだ。国を守る結界を張り、土地を肥やし、適切な時期に雨を降らせ、浄化の力で民を癒す。多種多様な奇跡を行っていた聖女の私が居なくなったのだ。国が立ち行かなくなるのは当然の事。真摯に国に尽くして来た私にあんな無礼を働いたのだから、本来なら会う必要すら無い。


けれど、彼女ーアーデルハイト・リヴェ・バルザック侯爵令嬢は私の古い友人なのだ。王族の婚約者として礼儀作法を身につける為、かつて共に王宮で学びあった仲だ。

おっとりとしていつもニコニコと微笑んでいた優しい子。婚約者のエドワード第二王子から偶に邪険にされても、宥めていつの間にか一緒にお茶を飲んでいた事もある。

高位貴族の令嬢として色々と足りない所はあったけれど、何処か放っておけなくて面倒を見てあげたものだ。最後に旅立つ時も駆け付けてくれて、「本当に行かれてしまうのですか?」なんて泣きそうな顔でいうものだから、一緒に船に乗せてしまいそうになったし。


あの後、エドワード殿下が新しい王太子になったと聞いているけど、大丈夫だろうか?アーサー様に比べて凡庸だと評されていたし、あの二人では今トーリスを襲っているであろう国難にはとても対処できないだろう。

トーリスの事は気に入らないけれど、アーデルハイトには少しだけ力を貸してあげようかしら。





離宮の庭園に設けられた茶席に、懐かしい姿を見つけた。思わず駆け寄り声を掛ける。


「久しぶりね、アーデルハイト!」


少しだけ目を見開いた彼女は、あの頃と変わらないホワホワとした笑みを浮かべ挨拶をする。


「まぁ、イザベラ様。お久しゅうございます。お元気そうで何よりですわ。アウギュステに渡られてから随分経ちますが、陰ながら御身を案じておりました。」


「相変わらずのお人好しに心配性ね。確かに婚約破棄されて多少傷つきはしたけれど、私は平気。それより、あなたは大丈夫なの?」


「はい。家族もエドワード様も皆元気にしておりますわ。」


ニコニコと笑うアーデルハイトに危機感が募る。まさか国の異変が王都にまで届いていないのだろうか?


「私がいなくなって国のあちこちで異変が起きているでしょう?今日はその救援要請の為に来たんじゃ無いの?」


「異変ですか?特に聞いておりませんが…」


「そんなはず無いわ。聖女である私がいなくなったのよ。国を守る結界が無くなり、雨乞いも浄化も行えない。国家の危機じゃない。」


あぁ、やっぱりこの子には荷が重かった。国の内情が全く把握できていないなんて。



「ーーここで何をしているのです?イザベラ。」


涼やかな声が庭園に響く。

振り返った先にいたのはウルスラ・ジレ・アウギュステ皇太子妃。私の従兄弟ジオルグ皇太子の正妻で、昔から姉のように慕ってきたお方だ。

久しぶりのお姿にカーテシーをしながら挨拶をする。


「ご機嫌よう、ウルスラお姉様。古い友人が来訪すると聞いたので、会いに来たのですわ。

今トーリスを襲う異変について聞いていたところです。救援の要請ならば何か役に立てればと思い、馳せ参じました。」


「ーー異変とは?今日はトーリスとの貿易協定に関する意見交換のはずですよ。

アーデルハイト様、貴国で災害が発生したのですか?我が国にはその様な報せは届いていませんが。もしそうなら、急ぎ救援の手筈を整えねばなりません。」


「まあ何と有難いお言葉でしょう。なれど、それには及びませんわ。我が国ではこれといった災害に見舞われておりませんもの。」


ふわふわと微笑みながら、アーデルハイトが答える。

ああ、話にならない。せめてウルスラお姉様に危険を伝えなければ。


「聖女である私がアウギュステに来た事で、トーリスの結界が消失したのです。極めて危険な状態ですが、王都中枢まで正確な情報が伝わっていないようなのです。」


お姉様に説明している私の言葉を聞き、不思議そうな声でアーデルハイトが口を開く。


「あの、イザベラ様。我が国の結界は消失していませんわ。担い手の一人がいなくなっても出力が低下することはありませんもの。」


「…担い手の『一人』?」


「えぇ。我が国では魔力を持つもの全員から結界維持のため僅かばかりの力を徴収しております。貴族税の様なものでしょうか。トーリス建国当初、国の防衛を任された大賢者サトリーヌによる献策と聞いております。

彼女は結界維持をたった一人に任せるのはあまりに危険と考えました。予期せぬ事情でその者が失われた場合、国が瞬きの間に無防備になってしまいますもの。

ですからイザベラ様がご心配なされる様な事は起きていませんわ。ご安心なさって。」


「ーー何を言っているの?私は生まれた時、神殿から聖女の称号を得ているのよ⁉︎雨乞いも浄化も全部私がして来た事。神官長がリュミエール公爵家を謀り、偽りの称号を授けたと言うの?」


嘘よ。そんな筈は無い。

名誉ある尊いお役目なのだと、幼い頃からお母様に繰り返し繰り返し教えられて来た事なのだから。


「あぁ、それについては我が国とアウギュステとの認識の違いがあるのです。

アウギュステ帝国では、神託により選ばれたたった一人の聖女が全てを担います。そのお力は凄まじいものであるとか。国の要ゆえ、神殿の奥深くで大切に守護されていると聞き及んでおりますわ。


イザベラ様がお生まれになった時、エカテリーナ公爵夫人より、神殿へ聖女の神託について問い合わせがありました。

しかしながら、トーリスにはアウギュステのような仕組みがありません。勿論聖女と言う存在もです。公爵夫人に聖女について詳しく聞いた所、主な役割は結界の維持であると分かりました。貴族は大体魔力を持って生まれ、その瞬間から結界維持の為に自動で魔力を徴収されます。


イザベラ様も魔力をお持ちでしたので、夫人の仰るいわゆる『聖女』の条件に当て嵌まりました。

それゆえ、神殿は『結界の維持に力を注ぐ者』の総称として聖女と言う称号を新たに作り、貴方様に授けたのですわ。」


アーデルハイトが何を言っているのか理解出来ない。したくない。


「あぁ、雨乞いについては神殿より資格を得た天地雷鳴士が、土地の浄化や民の治療については神官が行っております。


イザベラ様は彼らの仕事を『見学』なさるのがお好きであったと聞いておりますわ。様々な場所に赴き、彼らの為にお祈りをなさる程に。私からもイザベラ様が案じていた、と皆にお伝え致しましょう。」


「あ……ぁ…」


いつもの通りにこやかに微笑むアーデルハイトに怖気が走る。全部全部知っていて、ずっと傍で笑っていたのだろうか?

何も信じられなくなった私は後退り、震えながら美しい庭園を走り去った。






イザベラ

元リュミエール公爵令嬢。後亡命貴族。

魔力を持っているだけで聖女でも何でもないただの令嬢。見たいものしか見ず、聞きたい事しか耳に入らないおばかさん。アーデルハイトが説明した事は貴族なら大体皆知っている一般常識。聖女の事は母親から聞かされ、鵜呑みにしていた。

今までの身分・待遇は薄氷の上を踏むような酷く危ういものであったと認識していない。

またこの婚約の本当の意味も全く理解していないし、婚約者の動向や交友関係すらきちんと調べていない。本来なら、婚約者の浮気相手を排除してでもその立場を守り抜かなければならなかった。

次の手として第二王子を自身の新たな婚約者とするよう、王家に働きかけていればまだ何とかなったが、さっさと帝国に亡命してしまった。

そうこうしている間に、トーリス側で第二王子の立太子及びアーデルハイトとの結婚が済んでしまったので、もはやイザベラの入り込む隙は無くなっている。

ちなみに離宮には呼ばれてもいないのに勝手に乗り込んでいた。ただの亡命貴族と一国の王太子妃・皇太子妃とでは、既に身分が違う事にも気が付いていない。

アーデルハイトが懸念していた通り、その内始末される。



アーサー

トーリス王国第一王子。後パン屋の主人。

平民の娘アリスと恋に落ちた結果、イザベラとの婚約を解消した後、王位継承権と王族籍を返上し平民として幸せな生涯を終えた。

アリスを愛しているけれど、平民に王妃が務まらない事も、仮に愛妾として後宮に招いても彼女を苦しめると分かっていた。しかし彼女以外と結ばれる事もまた耐えがたかったので、全て捨てて弟に後を託した。

今回の事は自身の過失と認識しているので、婚約「解消」を申し出ている。婚約破棄と思っているのは話をちゃんと聞かなかったイザベラだけ。両陛下が一体何を許可したのか、もっとよく聞いておけば良かったね。

イザベラの事は幼馴染以上に思っていないけど、大切な友人であるので両親と公爵に頭を下げ真摯に説明した。

皆の前ではなく王宮の東屋で告げたのは、イザベラが好奇の目で見られないよう、彼なりに気遣ったから。

弟に丸投げしたり自己中心的な所はあるものの悪い人間では無い。


聖女を追放した国が滅茶苦茶になるという展開を良く見ますが、リスク管理ガバ過ぎないか?と思って書いた話です。

国の防衛の要なのに軽率に追放するのも変だし、普通保険は何重にもかけておくべきなのでは?


関係ないけど、帝国側の聖女は国外への流出を防ぐ為、自我を持たせないよう、幼少期から昏睡状態にした上で神殿の最深部で厳重に「保管」「運用」されています。聖女は国家防衛において必要不可欠な装置であるので、人としての運用はされていません。手足や感覚器官?もう無いよ。

次の神託が下るまで長持ちさせないとね。


この聖女の取り扱いについては、皇帝と神官長を初めとした帝国上層部しか知らない最重要機密。

エカテリーナ(イザベラの母)は大変名誉なお役目であるとしか認識していません。その為、自分の娘が聖女の認定を受けて有頂天になっていました。実際は、トーリス王国が帝国皇女に気を遣って用意した紛い物の称号だったのに。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >手足や感覚器官?もう無いよ。 次の神託が下るまで長持ちさせないとね。 人間に限らず生き物は元々あったものが欠けると長持ちしないのでむしろ削ぎ落とさずにそのままの方が長持ちすると思いますよ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ