領地と領民を、全力で守りたい
隣国の魔物討伐作戦へ参加する数日前、私は自室で執事のベンゼルフから報告を受けていた。
「伯父の動きが怪しい?」
「はい。旦那様がいらっしゃらなくても、お嬢様が立派に辺境伯代理としての務めを果たしていらっしゃるので、先日の魔物の被害も最小限に抑えられ、領内では他に何も問題は起きておりません。あちらとしては、思惑がはずれたのでしょう。部下からの報告では、ならず者たちを集め、良からぬことを企んでいるようです」
長年我が家に仕えているベンゼルフは、執事の仕事のほかに諜報員としての顔を持っている。
騎士団長が表側の父の右腕なら、彼は裏側の右腕といえるだろう。
「私が、ダンケルク領を留守にする時期を狙っているのね……」
対外的には、父たちの引き渡しの件で私は半月ほど不在になる予定なので、その話が伯父の耳にも入ったのだろう。
相手が多少でも血の繋がった親族だけに、頭が痛い。
現在、ナジム王国と隣国の関係は良好なので、ベンゼルフは主にダンケルク領内で不正や不穏な動きはないか陰から探る役目を担っている。
しかし、そのほとんどが伯父たちの監視にあてられているのが現状だ。
伯父は、本来であれば辺境伯を継げなくなった時点で王宮に出仕するか、商売を始めるなどして独立するのが当たり前。それなのに、金持ちの商家出身の伯母を娶ったあとは仕事もせずに、妻の実家の財力で遊び呆けている。
そんな彼に父は、「不出来な兄を頼む」という祖父の遺言を守り、領内にある海に突き出た小さな半島の自治を任せてきた。
どうやら、その地に漁師から身を持ち崩したらしき怪しげな人物たちを集め、領内でひと騒動を起こす。その責任を、留守にしている私たち親子に取らせようと画策しているようだ。
彼の最大の目的は、父から辺境伯の地位を奪い、自分ではなく息子のサイモンへ継がせることらしい。
「密かに、何艘か小型船を購入しているようです」
「元漁師たちに、小型船をね……」
疑わしい行動でも、現時点では伯父は罪に問われるようなことは何もしていない。
「そのならず者たちの『元漁師』という肩書きが事実なのか、詳しく調べさせております」
「とりあえず、調査結果が出るまでは監視を続けて。討伐作戦中も私は毎日こちらへ戻ってくるから、結果が出次第すぐに報告を」
「かしこまりました」
こうして、私は魔物の討伐を終え宿に戻ると、毎夜、部屋から転移魔法で抜け出しては屋敷の自室に戻り、ベンゼルフからの報告を受けるという日程をこなすことになった。
その後、報告された調査結果は、やはりというべきものだった。
◇
討伐作戦が始まってから数日後の夜、ついに彼らが動いた。
前日に、今夜あたり何かを起こす兆候があると報告を受けていたので、この日は宿で夕食も取らずに直接半島へ出向いて伯父たちの様子を窺っていた。
ならず者たちが船に乗り、どこかへ出かけていくようだ。
彼らは武器を携帯しており、その手慣れた様子は元漁師の姿ではない。
予想通り、やはり海賊だった彼らは伯父の策に便乗して港町を襲撃するつもりらしい。
実際に、ダンケルク領は過去に何度か海賊の襲来を受けている。その度に、当時の領主(辺境伯)たちが退けてきた歴史があるのだ。
彼らの目的がはっきりしたので、一度屋敷へ戻る。
ベンゼルフへ打ち合わせの通りに動くよう指示を出し、ついでに重要な書類を預けると港町へと急いだ。
ベンゼルフが手配した追加人員の騎士団が到着するまでには、多少時間が掛かるだろう。
港町に常駐している騎士たちは皆屈強なので、彼らだけでも十分対処は可能かもしれないが、念には念を入れておきたい。
間違っても領民に被害が及ばないよう、父に代わって私が海賊たちを迎え撃つ。
もちろん、今回の元凶となった伯父も纏めて断罪する。今度ばかりは容赦するつもりはない。
日が暮れた夜の港町に、海賊たちが次々と上陸してきた。
総勢二十名くらいはいるだろうか。武器の他に、松明を持っている者もいる。
付け火でもされたら、辺り一帯に燃え広がり被害が拡大してしまうだろう。
もちろん、そんなことは私が絶対にさせないが。
初手から、遠慮なく全力でいかせてもらう。
松明を持っている・持っていないに関係なく、侵入者全員の頭上に水魔法で巨大な水の塊を作ると、一斉に落下させた。と同時に火魔法を行使し、彼らが乗ってきた船を逃げられないよう火球で破壊する。
もちろん、一艘だけ証拠品として無傷で残すことを忘れずに。
ドーン、ドーンと、まるで砲弾が撃ち込まれたかのような音と振動が鳴り響く。これで非常事態に気づき、駐在している騎士たちがすぐにやって来るだろう。
海賊たちは、突然、頭上から降ってきた大量の水の勢いに流されて転がる者、武器を失って慌てて探している者もいる。
伯父の穴だらけの作戦を鼻で笑い、自分たちの勝利を確信し油断していたのだろう。その後、すぐに駆けつけてきた騎士たちによって全員呆気なく捕縛された。
この場は騎士たちに任せ、私は伯父がいる屋敷へ移動したのだった。
◇
しばらく屋敷外の木の陰で待っていると、騎士団長を先頭にして騎士団がやって来た。思ったよりも早い到着だ。
騎士たちの中に、ガイエルの姿が確認できる。彼が先日のことを覚えているかはわからないが、私は姿を見られるわけにはいかない。
暗闇でも目立つ赤髪を持っていた布で覆い隠し、こっそりと成り行きを見守ることにした。
門を挟んで屋敷の従者と騎士団が小競り合いをしていると、騒ぎを聞きつけた伯父とサイモンが外に出てきた。
「おいおい……こんな時間になんの騒ぎだ」
全く事情を知らないサイモンが居丈高なもの言いで騎士団長を睨みつけている横で、伯父の目は忙しなくキョロキョロと動いている。
「ルモンド様、恐れ入りますが詰所までご同行をお願いいたします」
「な、なんで儂が……」
「そうだ、父上が何をしたと言うのだ?」
「『外患誘致罪』と言えば、お分かりになりますでしょうか? まあ、今回の場合は国ではなく異国人…海賊でしたが」
「か、海賊だと!?」
驚きに目を見張るサイモンの目の前で、騎士団長がおもむろに懐から二通の書類を取り出し掲げる。伯父の顔が一瞬にして青ざめた。
これは、伯父が金庫に隠し持っていた小型船の売買契約書と、海賊の頭領とみられる人物に書かせた誓文書。
私が様子を探るために伯父の屋敷へ忍びこんだときに、執務机の上に封書のまま置きっぱなしになっていたものを、中身だけ入れ替えておいたのだ。
誓文書には、『今回の騒動に際し、一切の略奪・暴行行為は行いません』と記されていたが、端から海賊たちに守る気はなかっただろう。
一歩間違えば、大量虐殺が起きていたかもしれない。
自身の犯した罪の重大さに気づき、伯父はその場に座り込んだ。
ようやく開けられた門を堂々と通り抜け、騎士団は彼を捕縛する。
さすがのサイモンも、これ以上は何も言わなかった。
事の顛末を最後まで見届けた私は、再び隣国の宿屋へ戻ったのだった。
◇
私が魔物の討伐を終えダンケルク領へ戻ってから一週間後、父たちも隣国から無事に帰ってきた。
父は私から、リンドール王弟殿下は国王陛下から厳しく叱責されたことは言うまでもない。
◇◇◇
騎士団の牢にいる伯父は、憔悴していた。
『外患誘致罪』は、死刑になってもおかしくないほどの重罪だ。
私からの手紙で事前に知らされていたとはいえ、伯父と面会した父の心情はどのようなものだったのか。推し量ることはできなかった。
結論から言えば、伯父は死刑を免れた。しかし、ある塔に一生幽閉されることになる。
もう二度と、生きて地上に戻ることはない。
伯母とサイモン、ジェシカは今回の件には関わっていなかったこともあり、父の恩情で連座は免除されたが、以前のような生活はできなくなった。
財産はすべて没収され、これからは領主である父から与えられる禄だけで暮らしていくことになる。
伯母は伯父と離縁して平民へと戻り実家の商家へ戻っていったが、サイモンとジェシカは貴族の身分にこだわっているようだ。
男のサイモンはともかく、ジェシカが新しいドレスも満足に買えないような今後の生活に我慢できるのだろうか。
私は疑問に思っている。