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大変お世話になりました


 目を覚ますと、私はベッドに寝かされていた。

 ゆっくりと起き上がって辺りを見回すが、村の宿屋ではない。豪華な内装の見知らぬ部屋だ。

 窓から外の景色を眺めても、手入れの行き届いた立派な庭園が見えるだけで、ここがどこなのか全くわからない。


 着ている服も冒険者の恰好ではなく上等な寝間着で、誰かが着替えさせてくれたようだ。

 とりあえず手近にあった上着を羽織っていると、扉がノックされ侍女を伴った若い男性が入ってきた。

 仕立ての良い服を身に纏った金髪に水色の瞳の彼は、私を見てにっこりと微笑む。


「良かった、目が覚めたようだね」


「その声は、もしかして……エド?」


「そうだよ。フィー、君は魔力切れを起こして丸二日間も眠っていた」


 エドによると、駆けつけたときにはフェンリルの姿はどこにもなく、河川敷に私が倒れていたらしい。彼は死んだように眠る私を馬車に乗せ、急ぎ王都にある自分の屋敷まで運んでくれたのだ。

 迷惑をかけたことを詫び感謝の気持ちを伝えると、エドは気にするなとまた笑った。


「礼を言わなければいけないのは、こちらの方だ。君のおかげでフェンリルを討伐できたのだからね。それにしても、あんな大魔法は初めてだったよ。フフッ…皆が爆風に吹き飛ばされて、あまり物事に動じないトムも驚いて──」


 楽しそうに当時の状況を語るエドを、恥ずかしさもあり私は軽く睨む。

 たしかに、今回は自分でも無茶をした自覚はある。それでも、フェンリルの国境越えを許すわけにはいかなかった。


「ああ、長話をしてごめん。フィーさえよければ、これから昼食を一緒にどうかな? 君もお腹が空いていると思うし、それに……その姿の理由(わけ)をぜひ教えてほしい」


『その姿』と聞いて、私はようやく自分の髪色に気づく。

 冒険者フィーの赤髪ではなく、ソフィア本来の髪色であるダークグレーに戻っていた。


「……わかった」


 ここは他国だし、変身魔法を使用していれば間者と思われて警戒されるのは当然のこと。眠っている間に殺されていても、おかしくはなかったのだ。


 私は昼食会という名の審問会だと思っていたが、着せられたのは豪華なドレス。おまけに、それに合わせた装飾品まで用意されていた。

 部屋まで迎えに来たエドにエスコートされ案内されたのは、大きな広間だ。しかし、長いテーブルに用意されているのは二人分の食器だけ。

 食事が始まっても先日の討伐作戦の話ばかりで、一向に尋問らしきものは始まらない。

 お腹が空いていたこともあり遠慮なく食事をしている私を、向かい側に座るエドが嬉しそうに見つめているだけなのだ。


 デザートが運ばれてきたところで、エドが人払いをした。

 侍女や従僕たちと入れ替わるように広間に入ってきたのは、一人の騎士……トムだった。


「やっぱり、トムは護衛騎士だった。そして、エドは高位の貴族なのよね?」


「そういうフィーだって、本当は平民ではないのだろう? あんな恰好をしていても君の所作は洗練されていたし、食事の作法だって完璧だ。君も……貴族なのか?」


「私が、間者だとは思わないの?」


「あはは! 間者がわざわざあんな目立つ髪色にしないし、皆を助けるために魔力切れを起こしてまで魔物と戦う理由がないからな。それに、出された食事を躊躇せずに食べているし……」


 エドは終始笑っていて、後ろに控えているトムも無言で大きく頷いている。

 私だって多少は毒殺される可能性も考えたが、その時は自分で治癒できるし、それよりも空腹のほうが(まさ)ってしまったのだ。

 もちろん、恥ずかしいから口にはしないけれど。


 私は姿勢を正すと、真っ直ぐにエドを見据えた。


「では、改めて自己紹介を。わたくしの本当の名は、ソフィア・ダンケルクと申します」


「ダンケルクというと、ナジム王国の……」


「ええ。大河を挟んだ対岸にあるダンケルク領で、わたくしの父は辺境伯です。今は、こちらの国でお世話になっておりますが……」


「……たしかに、レイモンド殿と髪色は同じだな」


 エドが父と面識があったのは意外だった。父たちの件を知っているのであれば話は早いと、私はさっそく説明を始める。

 今回討伐に参加したのは、父たちを保護してもらったお礼を兼ねていること。

 年に数回、大河を超えて領内に大型の魔物が侵入してくることがあるので、決して他人事ではなかったこと。

 変装していたのは、自分の能力を周囲に知られ面倒ごとに巻き込まれるのを回避するためで、自国でも普段から行っていること。


 私が全てを話し終えると、エドはまず、長年森を放置してダンケルク領へ迷惑をかけていたことを詫びてくれた。それから、納得したように頷く。


「君ほどの実力者がなぜ『SSランク』ではないのか、なぜ正体を隠しているのか不思議だったが、ナジム王家に知られれば間違いなく取り込まれてしまうだろうな……」


「ふふふ、でも、もうその心配はありません。婚約を破棄してもらいましたので」


「……えっ!? ナジム王国の第一王子殿下が、突然、継承権を剝奪されて僻地送りになったと噂に聞いていたが、もしかして……君との婚約を破棄したからなのか?」


「わたくしは理由を聞かされておりませんので、詳しくは存じません」


 他国のことなのに、エドは本当に何でも知っている。さすが、高位の貴族は情報収集も抜かりはないようだ。

 しかし、この件に関して私から物申せることは何もない。


 目を丸くして驚いているエドと、後ろで苦笑いを浮かべているトムを眺めながら、私はただにこやかに微笑んでいた。





 私は大丈夫だと何度も言ったのだが、エドの強い勧めで二日間屋敷で静養させてもらったのち、ようやく国へ帰ることになった。

 エドは「希望すれば、レイモンド殿に会うことは可能だ」と言ってくれたが、それは辞退しておいた。

 父と王弟殿下は王城内で国賓級のもてなしを受けているようで、たとえ家族であっても簡単に面会はできない。

 特に私は他国の人間なので、入城するのが容易ではないことくらいわかる。

 

 それにしても、驚きだったのは彼がそんな権限まで持っているということ。どうやら、ただの高位貴族ではなさそうだ。


(エドは、侯爵家の人じゃないの? まさか、公爵家とか……)


 つい詮索したくなってしまうが、世の中には知らない方が良いことがあることを知っている。

 私は、この件に関して深く考えることを早々(そうそう)に放棄したのだった。


 面会しない代わりに、父への手紙をエドへ託すことにした。

 貴族言葉で回りくどく書いてあるが、要約すれば用件は二つだけになる。

 一つ目は、『帰ってきたら、皆に心配をかけたから大説教だよ!』の一言で片付けられる内容。

 もう一つは、父と私がダンケルク領を留守にしている間に伯父が仕出かした件について、父だけに通じる言葉で報告をしておいた。





 エドは、両国が繋がる街道のある町まで馬車で送ってくれた。


 貴族としての仕事は大丈夫なのか?と、私は何度も尋ねた。「これも、大事な仕事だ」と笑っていたが、トムの目が泳いでいたのを知っている。絶対に大丈夫ではなかったと思う。


 ナジム王国へ入ってからどうやってダンケルク領まで戻るのかと聞かれたので、転移魔法で帰ると告げたら、苦笑交じりに「そういえば、君は行使できるのだったな……」とすごく遠い目をされてしまった。

 行きも自室からそこまで転移魔法で移動してきたし、エドには私の能力も含めて正体を知られているので深く考えなかったが、周りから見ればやはり()()()常識外れのことのようだ。

 私を『異形な者』とは見ないエドにすっかり気を許し、この二日間のびのびと生活をしていたが、国へ帰ったら改めて気を引き締めなければならない。


 私は、この何とも言えぬ空気を誤魔化すかように、にっこりと微笑みながら手を差し出した。

 今は冒険者フィーの姿なので、彼とは握手をして別れるつもりだ。


「エド、今回は本当にお世話になりました。この恩は、一生忘れない」


「こちらこそ、ありがとう。フィーが来てくれて、君に会えて良かったよ」


 エドは私の手を取ったが、握手ではなく指先を軽く握りしめた。


「では……ソフィア嬢、()()お会いしましょう」


 手の甲に軽く口付けをしたエドが貴族らしい意味深な笑みを浮かべていたことに、私は気づかなかった。




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