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隣国の魔物討伐作戦に貢献しよう


 雲一つない青空の下、私は隣国メルカトロフ王国内にある冒険者ギルドにいた。

 これから、国境の大河沿いにある深い森……我がダンケルク領の対岸にあるあの森で、魔物の討伐作戦が始まろうとしている。


 年々魔物による被害が増加していることから、ついにメルカトロフ王家が本腰を入れることにしたようだ。冒険者ギルドを通じ、近隣諸国の冒険者へ参加を呼び掛けたのだ。

 この情報をベンゼルフから聞いた私も決して他人事ではないので、冒険者フィーとして協力することをすぐに決めた。


 釣りに出かけ行方不明だった父と王弟殿下は、やはりメルカトロフ王国へ流れついていた。

 こちらで無事に保護され、近々帰国することが両国の話し合いで決まったこともあり、今回迷惑をかけたお詫びとお礼も兼ねて精一杯作戦に貢献したいと思う。


 私が討伐に参加することを知っている者以外へは、父の引き渡しの件について王都で話を聞いてくると説明をしてある。

 討伐が何日で終了するかはわからないが、いつものように転移魔法を使用するので、移動時間も含めて最低でも半月はフィーとして活動ができる計算だ。


 私が転移魔法で移動できるところは、一度でも足を踏み入れた場所や目視で確認できる場所に限られる。そのため、大河の対岸へならば移動は簡単なのだが、さすがに不法入国になってしまうので今回は自重した。

 メルカトロフ王国へ繋がる街道がある町には行ったことがあるため町までは魔法で移動し、そこから街道を進んで正式ルートで入国する。


 王都にある冒険者ギルドで、まずは詳しい説明を受けた。その後用意された馬車で森に近い村へと移動し、そこを拠点として作戦を進めていくそうだ。

 今回討伐に参加するのはAランク以上の冒険者と、メルカトロフ王立騎士団内でそれと同等以上の実力を有する者のみとのこと。

 森に生息している魔物が相当強いようで、少数精鋭で行いなるべく犠牲者が出ないよう配慮されているらしい。


 私の冒険者としてのランクは『S』。

『S』の上には『SS』も存在し、私が本気の本気を出せばもしかしたら……かもしれないが、そこまでになるともはや国の英雄、勇者レベルになってしまい悪目立ちしすぎるだろう。


 私のように一人や二人で参加している者は数名一組の即席チームを組まされるそうだが、周囲を見回す限り複数名の既存チームが多いように感じる。

 今回は成功報酬が破格の上に、討伐した魔物はすべて自分たちの物にできるため冒険者たちの鼻息は荒い。皆がやる気に満ちており、活発に意見を交わしている様子は見ていて微笑ましく、そしてちょっぴり羨ましかった。

 準備を終えると、各々必要な物資を持ってさっそく出発だ。

 私が必要なのは魔力回復用のポーション二本のみ。それを腰に巻いた革ポーチに入れ、常時持ち歩いている。

 自分で治癒魔法は行使できるし、魔法で武器も作成できる私は荷物は少ないほうが動きやすい。

 冒険者フィーとして活動する時は、いつもこのような軽装備にしていた。


 私と同じチームになったのは、二人組の男性。一人がAランク、もう一人がSランクと聞いている。

 一つのチームにSランクを二人も配置したのは三人しかいないからなのか、それとも、私が女性だからなのか。

 女一人だと同ランクでも下に見られ、あからさまに尊大な態度をとってくる男性冒険者もいるが、果たして彼らはどうだろう。


「こんにちは。俺はエドで、こっちは相棒のトムだ。初めて見かける顔だけど、どこの国から来たの?」


「私はフィーといいます。隣国のナジム王国からよ」


 話しかけてきたのは、帽子を深く被った年齢が私より少し上くらいの若い男性。髪色はわからないが、鍔の奥からターコイズのような水色の瞳が見える。

 トムの方は、エドよりかなり年上だ。言葉は発せずペコリと頭を下げてきたので、私も同じように返しておいた。

 彼らの態度に、女性を軽視するような感じは受けない。


「フィーさんは、いつも一人で活動しているのか?」


「私に『さん』付けはいらないので、『フィー』と呼んで。一人のほうが身軽に行動できるから、私は好きなの」


「そうか、さすがSランクの冒険者だな。あっ……俺のことは『エド』、あいつは『トム』と気軽に呼んでくれ」


「わかったわ」


 エドの話から推測すると、トムがSランクのようだ。

 私とエドが会話をしていても、トムは仲間に入ってこない。視線は常に周囲を警戒しており、冒険者というよりもまるで護衛のような雰囲気だ。

 エドも口調は砕けているが、言葉の端々に育ちの良さを感じる。

 それなりの家のご子息が護衛を連れ、腕試しにやってきたというところなのだろう。





 討伐が始まって五日が過ぎた。

 慎重に作戦を進めているので、今のところ死人も大きなケガ人も出ていない。


「トム、一頭仕留め損ねた!」


「任せろ!」


 エドの攻撃を(かわ)して、牛のような魔獣が猛然とこちらへ向かってくる。

 しかし、迎え撃つトムは剣を振り下ろし、あっさりと倒してしまった。


「やっぱり、俺はまだまだ修行が足りないな……」


 悔しそうに苦笑いを浮かべるエドの頭を、慰めるようにトムがポンと叩く。そこには師弟のような信頼関係も見てとれて、思わずほっこりとしてしまう。


 森に入ってすぐは頭数が多いだけの低ランクの魔物ばかりだったのが、奥へ進むにつれ上位種のガタイのよい個体が増えてきた。

 基本的に武器を携帯しない私は、氷魔法を駆使して次々と倒していく。

 魔物の数が多いので本当は火魔法を行使して一気に片付けたいが、森への延焼を考慮して地道に駆逐していくしかない。


「フィーは、どうして冒険者になったんだ?」


 魔力と体力を回復させるために束の間の休憩を取っているとき、エドが尋ねてきた。


「君ほどの腕前なら、危険を伴う冒険者をしなくても仕官する道がいくらでもあると思うが……」


「理由は特にないけど……まあ、あえて言えば『自由が利く』から、かな?」


 冒険者フィーは仮の姿なので、私はソフィアとしての務めを優先させなければならない。

 でも、エドに本当のことは言えないから、ここは言葉を濁しておく。


「だったら、自由行動を許可してくれる(あるじ)のもとでなら、働いてもいいってことだよな?」


「う~ん、どうだろう……」


「誰かのもとで働く気は、全くないのか?」


「そんなこと、今まで考えたこともなかったから……ホホホ。そういうエドこそ、どうなの?」


 真剣な表情でやけに突っ込んで聞いてくるエドを、笑ってはぐらかす。

 もし私が平民だったら、そんな道を選んでいたのだろうか……って考えても意味はないけど、貴族の煩わしさがない点は非常に魅力的に思えた。


「そういえば、昨夜はどこかに出かけていたのか? 夕食を一緒にどうかなと部屋まで誘いに行ったら、留守のようだったからさ」


「……昨日は疲れたのか夕食も食べずに寝てしまったみたいで、起きたらもう朝だったの。全然気づかなくて、ごめんなさい」


(まさか、エドが部屋まで来ていたなんて……)


 咄嗟に嘘を吐いてしまったけど、不審に思われなかっただろうか。





 短い休憩を終えるとさらに奥へと進んで行く。どうやらこの辺りが森の最奥部のようだ。

 遠くからゴウゴウと聞き馴染みのある水が流れる音が聞こえてくる。

 ようやくここまで来た。この辺りの魔物を駆逐すればダンケルク領へ侵入してくるものもいなくなるのだろうと思うと、感慨深いものがある。

 私が気合を入れ直し次々と魔物を倒していると、先の方で煙が上がった。何かの合図のようだ。


「どうやら、瘴気溜まりが見つかったらしい」


 立ち上る煙を見上げながら、エドがつぶやく。


「それさえ浄化できれば、魔物の脅威はかなり減るだろう。良かった……」


 口にはしていなかったが、やはりこの国では相当な被害が出ていたのだろう。

 エドは嬉しそうに微笑んでいて、普段は無口で無表情なトムも、どことなく喜んでいるように見える。


「フィーたちのような実力者が参加してくれたおかげで、国の民が安心して暮らせる国に一歩近づいたよ。本当にありがとう!」


「ふふふ、どういたしまして。でも、まだ終わっていないのだから油断は禁物よ!」


「あはは、そうだね……」


 エドのまるで為政者のような発言に笑いつつ、気を緩めないよう注意を促すと、彼は破顔した。





 それは、私が残り最後のポーションを飲んで魔力の回復をしているときだった。


「フェンリルだ!!」


「かなり大きいぞ! 気を付けろ!!」


 別チームの冒険者たちの叫び声と共に突如現れたのは、大型のフェンリル。

 通常はここまで大きくはならないので、おそらく瘴気の影響を受けていると思われる。

 大きく開いた口からは(よだれ)が溢れ、攻撃してくる人間に嚙みつこうと向かってくる。

 あれに嚙まれたら最後、命は無いだろう。


「エド、闇雲にいってもやられるだけよ。まずは遠距離から攻撃を仕掛けて、隙が出たところを狙う」


「そうだな、トム行くぞ!」


 人を威嚇するように大きく見開いた目に向けてエドが氷の矢を放つが、敏速に動き回るフェンリルへ命中させることは至難の業だ。

 動きを観察していた私は、攻撃を避けるために跳躍したフェンリルの着地点に土魔法で落とし穴を作る。これは昔、父と猟へ出かけたときに教えてもらった獲物を捕獲するための罠だ。

 時間があれば体全体が入る大きな落とし穴を作るのだが、時間がないため前足だけが埋まる小さな物になった。それでも、十分に効果を発揮したようだ。

 

 前足がはまり体勢を崩したフェンリルをエドの氷魔法が襲い、片目の視界を遮られたフェンリルが穴から抜け出そうともがいているところにトムの剣が突き刺さる。

 他のチームも一斉に攻撃を仕掛けるが、なかなか仕留めきれない。


 このままでは、罠から逃げられてしまう。私の懸念が、現実のものとなってしまった。

 力一杯尾を振り体を捻り転がったフェンリルが前足を罠から抜き、一目散に大河方面へ向けて疾走していく。


「まずい、川を越える気だ! 至急、隣国へ緊急連絡を!!」


 エドが叫ぶ中、私は転移魔法を発動させていた。

 手負いのフェンリルが川を渡りダンケルク領へ侵入すれば、間違いなく領民に被害が出るだろう。それだけは何としても阻止しなければならない。

 私は両手にありったけの魔力をこめ、森を抜けた河川敷でフェンリルを迎え撃つ。

 周囲に人はおらず巻き込むおそれもなく、森を抜けているので延焼の心配もない。

 一撃で決着をつけるため、遠慮なくやらせてもらうつもりだ。


 フェンリルが狂ったようにこちらに向かって駆けてくるが、私の姿は視界に入っていないようだ。

 時間をかけて練り上げた特大魔力弾をフェンリル目掛けて撃ち込むと、爆発音とともに大地が震えた。

 振動と衝撃波で森の木々が数本倒れたが、これくらいは許してもらおう……と思ったところで、私の意識はぷっつり途切れたのだった。



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