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魔物との遭遇


 夕食の時間までに屋敷へ戻ってきた私は、ご飯を食べ、湯浴みをし、すぐに就寝した。

 そして翌朝、日が昇る前の早い時間に起き出し、隣国との国境である大河の様子を見に行く。

 本当の姿であれば馬に騎乗していくのだが、変身後の姿なのでまた転移魔法を発動させた。


 隣国である対岸は深い森となっており、時折魔物が大河を越えて領地へ侵入してくることがある。

 一応、ココが国全体に掛けている結界と、私が彼女の真似をして領地に掛けた二重結界はあるが、それは中程度の魔物までしか弾くことができない。

 そもそも、激流の大河を渡ってこられるくらいの大物を弾こうと思ったら、どれほどの強力な結界が必要となるのだろうか。私には想像もつかない。


 父が暇を見つけては監視していることを知っている私は、彼に代わりこうして見回りにやってきたというわけだ。


「うん、特に異常は無し。では、母様が来る前に戻らないと……」


 母は侯爵家の令嬢だったにもかかわらず、食事の支度は出来る限り料理長たちと一緒にやり、朝食が出来上がると私と弟を起こしに部屋までやってくる。

 幼いマルクならまだしも、十六歳になった私には必要ないと何度も言っているのだが、母に止める意思はないようだ。


 母が部屋に来る前に帰らなければ、外出していることが知られてしまう。

 「心配するから」という父の意見で、母には私が『冒険者フィー』として活動していることは一切伝えていない。

 それだけでなく、本当の能力のことを含め全てを把握しているのは、父や騎士団長、執事のベンゼルフなどごく一部の人物に限られていた。



 ◇



 森に魔物が出たという報告があったのは、昼食を終え執務室で書類の整理をしていたときだった。

 父は大雑把な性格のため、書類整理が壊滅的に苦手だ。

 後から見直すときのためにきちんと整理したほうが良いと何度も言っているのだが、「はいはい」と生返事を返すばかりで一向に改善されない。

 仕方なく私が手を付けたが、膨大な作業に気が遠くなっていたところにベンゼルフが飛び込んできたのだった。


 森の中で冒険者たちが魔物に襲われたという一報で、もうすでに騎士団が討伐に向かったとのこと。

 私は変身後に転移魔法を発動させ、まずは治療院へ駆けつける。

 幸いケガ人だけで死者はいないようだが、軽度から重度の火傷を負った者たちが大勢運びこまれていた。

 私は『冒険者のフィー』と名乗り、治療の手伝いをしながら合わせて情報収集を行う。

 彼らの話を総合するとある魔物の姿が思い浮かぶが、これまでダンケルク領内で目撃されたことは一度もない。

 おそらく、隣国から大河を越えてやって来たのだろう。


『冒険者フィー』とは、私が表立って活動するときのために作った架空の人物だ。

 わざと目立つ容姿にしているのは、ソフィアとはかけ離れた人物像を作り上げることで、万が一にも私と同一人物だと気づかれないようにするため。

 もし何か不都合が起きたときには『冒険者フィー』の存在を完全に消し去り、見た目をがらりと変えた別人をまた作ればいいだけ。


 フィーの姿のときは遠慮なくバンバン魔法を行使している私だが、治癒魔法が使えることだけは隠していた。

 一介の冒険者であるフィーに治癒魔法が使えることがわかれば、治癒士として治療院に縛られることは明白で、自由に活動ができなくなってしまう。

 皆に気づかれないようこっそり広域魔法を展開し、全員へ治癒魔法をかけておいた。


 急にケガが完治し驚いている冒険者たちを治療院に残し、私は魔物の討伐に向かった騎士団へ加勢すべく森へと向かう。

 魔物の気配を手繰り森へ転移した私の目に飛び込んできたのは、辺り一面焼け焦げた森の姿だった。

 状況からみても、やはりあの魔物で間違いないようだ。


 ケガをして倒れている騎士たちに治癒魔法をかけながら先に進むと、ついに元凶が目視できた。

 全長が三メートルはあろうかという大きなサラマンダーが、一人の騎士を相手に火を吹き尻尾を振り回し暴れていた。

 重傷を負いながらも戦っている騎士はガイエル。

 彼は学園内では優秀な騎士として有名だったこともあり、本人も多少慢心があったのだろう。

 皆が次々と戦線離脱していく中で獲物を深追いした彼は、追い詰められていた。


 このままではガイエルが死んでしまうと判断し、躊躇なく氷魔法を発動させる。

 サラマンダーの口を閉じたまま凍らせると、魔力で作製した槍で一気に止めを刺す。

 崩れ落ちるようにして倒れこんだガイエルに治癒魔法をかけて、私はようやく一息ついた。

 こんな瀕死の重傷にもかかわらず命が助かったのは、彼がいつも身に着けている指輪のおかげだろう。

 これは魔導具の一種で、守護の魔法陣が組み込まれている物。

 ガイエルから延々と自慢話を聞かされたことを懐かしく思い出しながら、彼の呼吸が安定したことを確認する。

 この姿をあまり人目に晒したくないので、そろそろ撤収しようと思う。

 

「お大事に」


 そっと離れようとした私の手首を、ガイエルが掴んできた。


「俺はガイエル。君の名を……教えてくれ」


「ガイエル様、私は冒険者のフィーと申します」


「ありがとう…フィー。この礼は…必ず……」


 気を失ったガイエルの手をそっと地面に置くと、ざわざわと人のやってくる気配がする。

 死人が一人も出なかったことに安堵し、私は転移魔法を発動したのだった。





 今回のようなことは年に数回ではあるが、確実に起きている。

 解消するには原因を取り除く(魔物を討伐する)しかないのだが、対岸は他国の領土であるため手出しできないのが何とも歯痒いところ。


(やはり、結界の精度を上げる? でも、継続できなければ意味はないし……)


 執務室で、騎士団長と顔を突き合わせ今後の対応についてあれこれ協議する。

 私たちにお茶とお茶菓子を持ってきたベンゼルフが、冒険者ギルドで得たある情報を教えてくれた。

 

「それは、本当の話なの?」


「はい。念のためギルド長にも確認を取りましたが、事実で間違いないようです」


「そうなのね……」


 これは是非とも行かねばならないが、母への口実・日程をどうするのかなど考えることがたくさんある。

 まずは自分の希望を述べ、二人に協力を仰ぐ。

 騎士団長は「レイモンド様が、何とおっしゃるか……」と渋い顔をした。

 私が「父様なら、『ダンケルク家の娘として、存分に働いてこい!』って言うと思う」と返したら苦笑していたが、反対はしなかった。

 ベンゼルフは「旦那様に報告できないような事態にならないよう、十分お気をつけください」と、私が無茶をしないよう釘を刺してくれたのだった。



 ◇



 数日後、全ての準備を終えた私はフィーの姿で自室にいた。


「お嬢様、()()()は私のほうで引き続き調査いたしますので、ご安心を」


「よろしく頼むわね。では、行ってきます!」


 ベンゼルフへ挨拶をし転移魔法を発動させた私は、隣国へと旅立ったのだった。




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