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親友の恋を成就させたい


 まずは、父たちの居場所を確認することから始めたいと思う。

 その為には、王都にいる彼女へ会いに行く必要がある。

 少し出かけてくるとベンゼルフに告げ自室へ入ると、動きやすい服装に着替え、最後に自分へ魔法をかけた。

 姿見に映っているのは、鮮やかな赤い髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ女性。あえて目立つ容姿にした、変身後の私の姿だ。

 この姿のときは、『冒険者のフィー』と名乗って活動をしている。

 王都では、本当の姿であるダークグレーの髪にアメジスト色の瞳。さらに眼鏡をかけた地味な姿だったので、今の私を見ても誰もソフィアとは気づかないだろう。


 今から悠長に馬車で長旅などしてはいられないので、さっそく転移陣を床に描いて魔力をこめる。

 いつものように王都にある神殿の路地裏に着いた私は、堂々と正面玄関から中へ入っていった。


「お~い、ココはいる?」


 私の呼びかけに、祭壇の前にいた女性が振り返る。彼女の傍にはぴったりと護衛騎士が付き添っていた。


「ソフィア? 領地へ帰ったばかりなのに、すぐに会いに来てくれたんだ!」


「ふふふ、今回はちょっと訳アリで。ココ、卒業パーティー以来一週間ぶりだね!」


 親友にギュッと抱きつくと、彼女も抱きしめ返してくれる。

 この私たち独特の挨拶を、護衛騎士が微笑ましく眺めていた。



 ◇



 場所を移して、神殿内にあるココの自室で私たちは向き合う。護衛騎士の彼も一緒だ。

 ココが淹れてくれた美味しいお茶を一口飲んで、私はホッと一息ついた。


「式の準備で忙しいときにごめんね。それで、ドレスは決まったの?」


「一応決まったけど……私はそんな大事(おおごと)にはしたくないんだよね」


 少し気恥ずかしそうに綺麗な艶のある黒髪を揺らして微笑む姿は慈愛に満ちていて、まるで女神様のよう。「私の親友は、世界一綺麗なんです!」と、世の人々に触れ回りたいくらいだ……ココが嫌がるからしないけど。

 金色の瞳がすぐ傍に控えている愛しい人へと向けられる姿を見ていると、本当に良かったと心から思う。


「でも、しょうがないよ。だって聖女様の結婚なんだからさ」


 ココはこの国の聖女で、半年後に結婚することが決まっている。そのお相手は隣にいる彼、侯爵家の三男ギルバートだ。

 この相思相愛の二人をくっつける為に、学園内で私は全力を尽くして暗躍した。


 すべては、大切な親友の幸せのために……



 ◇



 私がココと出会ったのは二年前、王立学園高等科へ入学した十四歳のときだ。

 王都内では、初等科のころから常に瓶底眼鏡をかけ目立たないようにしていた私。入学式で目に留まったココを見て、慌てて校舎の陰に引きずりこんだのだった。


「あの、えっと……」


「いきなり乱暴なことをして、ごめんね! 私はソフィア・ダンケルク。辺境伯家の者です」


 突然の暴挙に出た私に怯え、金色の瞳を不安そうに揺らしているココに、まずは自己紹介をした。


「私は……ココ。平民です」


「うん、知ってます。聖女様候補の方ですよね?」


 ココのことは、高等科へ入学する前から知っていた。

 孤児の平民でありながら豊富な魔力量を持つことで国から目を付けられ、半ば強制的に聖女様にされかけている美少女だ。


「とにかく、何も考えず今日からこの眼鏡をかけて通学しよう! あなたの素顔は、絶対に人に見せちゃダメ!!」


「えっ? それは、どういうこと──」


「理由は気にしなくていいから、じゃあ行きましょう」


 本人の許可も取らず私は勝手にココに眼鏡をかけると、鞄からもう一つ予備の眼鏡を取り出し自分にも掛ける。

 理由がわからずあたふたしている彼女と一緒に、何食わぬ顔で入学式に戻ったのだった。

 今考えれば、私の行動はかなり強引で意味不明。よく、ココが恐怖で泣かなかったなと思う。

 第一印象はあまり良いとは言えなかったが、それでもココは私と友達になってくれた。


 学園に通い始めてしばらくすると、二人共に『辺境伯の変わり者眼鏡娘』と『地味な平民眼鏡聖女候補』という不名誉なあだ名を付けられた。

 私にとっては願ったり叶ったりの状況に、思わずニヤリとしてしまう。

 多くの貴族の令息・令嬢が通うこの学園内で、目立って良いことなど何もない。

 出る杭は必ず打たれる、ではなく、打ちにくる(やから)がいる。これが貴族の日常だ。

 ひっそりと周囲に埋没することが、最良の選択。面倒ごとを回避する(すべ)として、私は初等科のころからずっとこうしてきた。





 ココと交流を深めるうちに、彼女には想い人がいることを知る。相手は、聖女候補となってから彼女につけられた護衛騎士だった。

 実はココが聖女候補となってから、同じ聖女候補たちから度々嫌がらせを受けていたのだ。

 そんなココを護衛騎士のギルバートは盾となりしっかり守ってくれ、この件がきっかけで二人は親密になった。


「ココさん、僕はここで失礼するよ」


「ギルバート様、ありがとうございました。また、明日もよろしくお願いいたします」


 学園の寮の前でギルバートは姿勢を正し、ココへ挨拶をする。

 それに応えるように、彼女も笑顔で挨拶を返す。寂しい気持ちを押し隠して。


「ソフィア嬢、彼女をよろしくね」


「はい。学園内では、何人(なんびと)たりとも聖女様(候補)へ指一本触れさせませんので、ギルバート様はご安心ください」


「ハハハ……これは、僕よりも頼もしい護衛騎士様だ」


 穏やかな微笑みを浮かべたギルバートは、再び来た道を戻っていく。その後ろ姿が見えなくなるまで、ココはいつも見送っていた。

 全寮制の学園に通ってはいるが、ココは週に何度か聖女候補としての務めのため神殿へ行くことがあり、私は毎回付き添っていた。

 このときのココは、愛しい人に会えた喜びで恋する乙女の顔になっていてとても可愛らしい。そして、護衛騎士として寮と神殿の間を送迎しているギルバートは、そんなココを優しいまなざしで見つめていた。

 二人は決して口にしないが、お互いがお互いを大切に想っていることが伝わってくる。

 私は、そんな二人を傍で眺めているのが好きだった。


「ねえ、ココ……ギルバート様へ気持ちを伝えてみたら?」


 いつまでもその場に佇み、彼が歩いて行った方向をぼんやりと眺めている彼女へ声をかける。

 ココは振り返り、私を見つめた。

 

「……ギルバート様は、侯爵家のご子息よ。平民の私ではつり合わない」


「でも、ココが聖女様に認定されれば──」


「聖女になれば、おそらく王族の方と婚約させられるの。だから……」


 金色の瞳を悲しげに伏せたココは、力なく首を横に振る。

 平民のココと侯爵家のギルバートの間には、到底乗り越えられない身分差がある。もし正式に聖女と認定されても、今度は王族との婚約が控えているのだという。

 いずれにせよ、彼とは結ばれない運命なのだとココは諦めていた。


 一方、侯爵家の跡取りでもスペアでもない十六歳のギルバートには婿入りの話がいくつか持ち上がっているが、彼が頑なに拒否しているのだと風の噂に聞いた。

 

「彼女の婚約が正式に決まるまでは、傍に居たいんだ……」


 私だけに心情を吐露したギルバートは、そう言うと寂しそうに笑っていた。

 もしココが聖女に認定され王族との婚約が決まれば、ギルバートは護衛騎士の任を解かれてしまうのだそう。


「…………」


 愛し合っている二人がこのまま引き裂かれてしまうのを、私は黙って見ているつもりはなかった。

 

 結論から言えば、ココが聖女に認定されるのはほぼ確定事項。ならば、要は王族と婚約しなければいいだけの話。

 現在、ココの婚約者と(もく)される王族はただ一人。第一王子殿下だけだ。

 異母弟である第二王子殿下は四つも年下で、もうすでに同学年の侯爵家令嬢の婚約者がいる。

 第三王子殿下はさらに年が離れているので、婚約者になる可能性はまずない。

 ナジム王国は一夫多妻制の国だが一応順序というものがあり、婚約した順に結婚をしていくのが慣例となっている。

 そして、在学中に婚約はできるが、結婚は学園を卒業する年齢……つまり、成人するまではできないのだ。

 

 第一王子殿下ことカーチス殿下は私たちと同い年で同学年にいるため、彼の人となりは十分すぎるほど知っている。残念ながら、彼はびっくりするくらいのサイテーな男だった。

 自身が王族であることを鼻にかけ、『傲慢な態度は取る』『女癖は悪い』と良いところがまるで無い。

 こんな男と結婚したらココは絶対に幸せにはなれないと、はっきり断言できた。


 その後、妃候補たちが数名選ばれ辺境伯家の私もその中に入った。が、まだ聖女認定をされていない平民のココは入っていない。


 それから数か月後、カーチス殿下の婚約者に決まったのは───私だった。




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