エピローグ ~その後の、あれこれ
エドと結婚をしてから五年、私たちは魔物の討伐作戦へ参加するため、メルカトロフ王国内のとある森の中にいた。
ここ二、三年で、私たちは『エド』と『フィー』という冒険者夫婦として、メルカトロフ王国の冒険者ギルドで名を知らぬ者はいないほどの有名人となっていた。
この噂は隣国ナジム王国の冒険者ギルドにも伝わり、思いを寄せていた『フィー』が他国の冒険者と結婚していたことを知ったガイエルは、ショックのあまり一週間寝込んだそうだ。
しかし、その後彼にも良き出会いが訪れ、今もダンケルク騎士団の騎士として元気に働いている。
エドは努力の末、ついにSランクの冒険者となった。
以前は金髪を帽子で隠していたが、今は私の変身魔法で自身の瞳の色と同じ水色の髪色に変わっている。
私の赤髪と、エドの水色髪……うん、夫婦でなかなかに目立っていると思う。
今日の私たちのチームには、あともう二人仲間がいる。
一人はエドの元近衛騎士で、現在は公爵となった彼の大事な右腕、正式名はトーマスだったトム。
そして、もう一人は幼い男の子だ。
「とうさま、こちらの森にはどのようなマモノがでるのでしょうか?」
頭にバンダナを巻き、私に似た紫の瞳でエドを見上げる、四歳になる長男のアンドリューだ。
髪を隠しているのは、エドと同じ理由……平民には滅多にいない金髪を見せないため。
しかし、恰好は平民の子供のようでも言葉遣いは丁寧なので、その可愛さに私はついつい抱きしめてしまう。
「かあさま、くるしいです……」
目を白黒させているアンドリューを私がようやく離すと、エドが腰を屈め目線を合わせて彼へ説明を始めた。
その間に、私は皆へ加護魔法を掛ける。かなり強力なものを、幾重にも重ね掛けするのだ。
愛しい家族、大事な従者、誰一人ケガをしないようにと願いをこめて。
「ローズベルも、いっしょに来られるとよかったのですが……」
「あはは……アンディ、ローズはまだ二歳だし女の子だからな」
「でも、かあさまも女性ですよね?」
「それは、そうだが……」
言葉を濁し困った表情で私を見るエドに目配せをし、不思議そうに首をかしげるアンドリューの頭を優しく撫でると、私も彼と目線を合わせる。
「私は、自分から行きたいと父様にお願いをしたの。だから、ローズがアンディのように自分から望むのであれば、その時は一緒に行きましょうね」
「はい、わかりました」
納得しコクリと頷いたアンドリューの手を引いて、エドが歩き出す。そろそろ作戦開始の時間だ。
私たちが今も冒険者の真似事のようなことをしているのには、理由がある。
これも、立派な公爵家としての仕事なのだ。ただし……裏側の。
メルカトロフ王国は、あの国境沿いにある深い森以外にも、多くの森林に囲まれた国だ。
世界情勢が不安定だった昔は、それが他国を寄せ付けない鉄壁の守りとなっていたのだが、もうそんな時代は終わった。
国内外へ魔物を排出している状況を収めるべく、順次、魔物の討伐を進めている。
私がエドと結婚してからは戦力として大いに期待され、私もそれに応えるように貢献してきた。
国王陛下と王妃殿下、王太子殿下、その側近たちはこのことを知っているが、その他の貴族たちには内密に行っているため、『エド』と『フィー』の変装は必須なのだ。
もちろん、表の仕事……公爵夫人としての務めも果たしている。
求婚されたときにエドは自由にしてよいと言ってくれたが、その言葉に甘えるわけにはいかない。
きちんと義務(役目)を果たしてこその権利(自由)なのだから。
それでも、他の貴族の奥様方と比べると、かなり好きなようにやらせてもらっている。
エドには、感謝の言葉しかない。
彼と結婚して、本当に良かったと思う。
◇
今日も多少のケガ人は出たが、一人の死者も出さずに無事討伐作戦は終了した。
屋敷へ戻り湯浴みや夕食を終えると、アンドリューは初めての討伐に疲れたのかすぐに眠ってしまった。
今は、就寝前の夫婦二人だけの時間をゆっくりと過ごしている。
「手紙には、何と書いてあった?」
私が読み終わった手紙をローテーブルへ置くと、隣でグラスを片手に寛いでいるエドが尋ねてきた。
「マルクの婚約者が、無事に決まったそうよ」
「相手は、どんな人だ? あのお義父上のお眼鏡に適ったのか?」
私との結婚を父に認めてもらうために果し合いまでしたエドが、苦笑いを浮かべている。
「同じ王立学園に通っている、子爵家の三女の方。騎士科の好敵手だと書いてあったけど……」
「ハハハ、女性なのに勇ましくて、まるで誰かさんみたいだな」
楽しそうに笑うエドを軽く睨みつけ、私はもう一度手紙を手に取る。
母からの手紙によると、弟の婚約者である彼女は女性ながらかなり腕の立つ騎士とのこと。
入学当初からマルクと彼女は良き好敵手で、互いに切磋琢磨しながら腕を磨いてきた同士のような存在らしい。
マルクのたっての希望で子爵家へ婚約の打診をしたところ、彼女のご両親は喜ぶどころか、娘では辺境伯の奥方は荷が重すぎると青ざめたそうだ。
私がエドと結婚したことで、メルカトロフ王家との繋がりを持ちたいナジム王国中の貴族家からマルクへ見合い話が殺到するなか、彼女の実家の反応は意外だったそう。
マルクとしては彼女に無理強いをする気はなかったが、婚約話をきいた彼女本人は「海も森もあるダンケルク領なら、騎士としての腕が活かせる。マルクの良き相棒になれるわ!」と快諾。
そんな頼もしい女性ならば大歓迎と、従者も結婚に賛成しているとのことだった。
「婚約者といえば、ギルバートが『うちの次女を、アンディの婚約者にどうだ?』って言っていたが……」
「ふふふ……まだ、生まれて半年の子のお相手を、もう決めるの?」
ココとギルバートには三人の子供がいる。
一番上の長女はアンドリューと同い年だが、ココに似て美人で魔力量が高く、もうすでに次期聖女様の呼び声が高い。
ギルバートとしては彼女とアンドリューを婚約させたかったそうだが、他国へ嫁入りさせることに反対意見が多く、断念したとのこと。
「ギルバート様とココの子供なら私も歓迎だけど、一番大事なのは本人たちの気持ちだと思うから」
たとえ政略結婚だとしても、好ましいと思う相手と幸せになってほしいと思うのは、私がそうだったからだろうか。
私と結婚するために、あの手この手でいろいろな根回しをしていた、いま隣に座っている誰かさんの横顔を見つめていたら、彼がこちらを向いた。
「それで……フィーが懸念していた、例の案件はどうなった?」
「あっちは……」
内容が内容だけに、思わず苦笑してしまう。
私の懸念とは、サイモンとジェシカのことだった。
◇
海賊の一件の後しばらくおとなしくしていたサイモンは、早々に実家に見切りをつけ、商売で羽振りのよい子爵家の跡取り娘を捉まえてちゃっかり婿におさまっていた。……が、徐々に商売が傾いてきたようで、今は資金繰りに四苦八苦しているらしい。
これまで、まともに働いたことのないサイモンには、商才などなかったのだろう。
私の実家にも何度か借金の申し込みに来たが、父と会う前にベンゼルフたち従者によって追い返されているようだ。
彼の妹のジェシカは、結婚式前の私の顔に傷をつけようとして捕まった。
本人は、ただの従姉妹同士のケンカだと高を括っていたのだが、エドが厳重に罰するよう声を上げたためナジム王家が動くことになり、最近まで、王都にある罪人を収容する塔送りになっていたのだ。
先月、私たちも参列した第二王子殿下の結婚により恩赦を受け、ジェシカは数年ぶりに塔から出てきた。
私は、また父たちへ難癖をつけにくるのではないかと心配していたのだが、彼女は没落寸前の実家には戻らず伯母のいる商家へ向かった。
裕福な母の実家で贅沢な暮らしをしようと目論んでいたようだが、伯母の兄が「働かざる者、食うべからず!」と厳しく、あくせく働くくらいなら結婚する!とジェシカは宣言したそうだ。
ジェシカ本人は外見の自信もあり、それなりの貴族から第一夫人、最低でも第二夫人として迎えられると思っていたようだが、現実は甘くなかった。
恩赦になったとはいえ、ジェシカは隣国の第二王子殿下の婚約者相手に傷害未遂事件を起こした人物。
まともな貴族家から話は出ず、申し出があったのは親子ほど年の離れた男爵の後妻か、祖父くらい年の離れた大商会の会長の愛妾とのこと。
どちらも、数年のうちには相手の介護要員になるのでは……と言われているらしい。
爵位は男爵でも貴族という身分にしがみつくか、それとも、平民となって金持ちの妾になるか、選択を迫られているそうだ。
「そんな話を聞いても、彼らが君へしてきた仕打ちを思えば、当然だとしか思えないが……」
「私は、大切な人たちへ害が及ばないのであれば、それでいいわ」
「君はいつも周りの人のことばかりで、自分のことは後回しだ。まあ、そんなところも好ましいのだけれど」
手に持っていたグラスをテーブルの上に置くと、エドは私を抱き寄せた。
長い口付けを終えたあとも、彼は私を離してくれない。
「私が、その分も君を幸せにする」
「ありがとう。でも、私はもう十分に幸せよ……」
縁あってエドと出会い、結婚をして子宝にも恵まれた。
理解ある旦那様のおかげで、結婚後も自由にやらせてもらっている。
数年前には、私にこんな未来が訪れるなんて想像もしていなかった。
この愛しい家族・大切な人たちを守るためならば、私は遠慮なく自分の能力を(こっそり)発揮していくだろう。
この先もずっと、全力を尽くして……
これで完結です。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。