父親との対峙 (side エド)
すぐに国へ帰るというフィーを押し止めて、私は二日間『静養する』という口実のもと、屋敷で彼女とのんびりとした時間を過ごした。
そこで、誰かと過ごしていたのだと思っていたあの日の彼女の行動が明らかに。
なんとフィーは、部屋から転移魔法で毎日屋敷の自室へ戻り、領地対応をしていたのだという。
すべてのことが規格外過ぎる彼女に、果たして私は選んでもらえるのだろうか。
不安だけが募ったことは、私だけの秘密だ。
◇
フィーを国境まで送り届けた私は、自分の望みを叶えるべく、さっそく行動を開始した。
ギルバートの結婚式へ出席するためにナジム王国へ行く前に、何としても全ての準備を終えなければならない。
まずは両親へ、結婚したい人がいると報告をした。
相手は隣国の辺境伯の令嬢で、見目麗しく教養もあり、ナジム王国の王子殿下の元婚約者なので妃としての素質も十分にある……との私の説明に、王妃である母がクスッと笑った。
「エーデルワルド、対外的な理由はわかりました。それで……あなたはそのお嬢さんの、どこが気に入ったのかしら?」
「先日の討伐作戦では、多大な貢献をした女性冒険者がいたと聞いている。おまえにしては珍しく、かなりご執心だったとの報告も上がってきているが、それと関係があるのか?」
両親は全てを知った上で、あえて私に尋ねているのだろう。
少々気恥ずかしさを感じつつ、フィーの人となりも含めてきちんと自分の想いを伝えた。
ここで二人に反対をされてしまったら、彼女と結婚をすることができなくなる。
私は必死だった。
「おまえの気持ちはわかった。それで、これからどうするつもりなのだ?」
「エーデルワルドが王族だと知らない相手に、いきなり婚約を申し込むのは……」
母は、私が自分の正体を明かしていないことに懸念を示した。が、表立って反対意見がないということは、フィーは両親から認められたのだろう。
私は、俄然勢いづいた。
「まずは、お父上であるレイモンド殿へ申し出て、婚約の許可をいただこうと思っております」
「ハハハ! 先に周囲を固めて、ソフィア嬢が逃げられないようにするのだな」
「当然です。私は、彼女を逃す気は毛頭ありませんので」
フィーと結婚するためならば、私は自分の持つ金と権力を総動員することも厭わないだろう。
◇
騎士団の鍛練場へ向かうと、やはりレイモンド殿がいた。
王弟殿下と共に保護され離宮に滞在中の彼は、暇さえあればここへ顔を出し体を鍛えている。
最初は隣国の辺境伯ということで遠巻きに彼を見ていた若い騎士たちも、次第に彼に触発され、一緒になって稽古をする姿が多く見られるようになってきた。
豪快な性格で辺境伯でありながら身分に関係なく誰とでも分け隔てなく接する姿は、温和な性格の好人物といえる。
しかし、模擬戦となればそれは一変し、彼は剣鬼と化す。
そんな彼と互角に渡り合えるのは、騎士団内でもごく僅かの者だけ。
今、護衛騎士として私に同行しているトムも、その中の一人だ。
もし世界情勢が安定していない時代であったならば、我が国は彼と戦っていたかもしれない。
自分が平和な時代に生まれたことに、心から感謝したいと思う。
「ごきげんよう、エーデルワルド殿下。本日も、良いお天気ですね」
フィーと同じダークグレーの髪を無造作に手で整え、レイモンド殿は挨拶をしてくれた。
周りに騎士たちがいるため、彼に大事な話があることを告げると私たちは場所を移動した。
「実は、ソフィア嬢から手紙を預かってきた」
防音対策の取られた部屋でレイモンド殿と向き合うと、私は一通の書簡を差し出す。
筆跡からこれが間違いなくフィーからの物であると確認した彼は、首をかしげた。
「先ほど、エーデルワルド殿下は『預かってきた』と仰いましたが……」
私が事情を説明すると、レイモンド殿は苦笑いを浮かべた。
「昔から跳ね返りな娘でして……お恥ずかしい限りです」
「いいえ。ソフィア嬢は、誰よりも強くて美しい聡明な女性だ」
「ははは、殿下からお褒めの言葉をいただき、大変恐縮でございます」
「……だから、私は彼女を生涯の伴侶にと望んでいる。レイモンド殿、お許しいただけないだろうか?」
私が前置きなく本題を切り出すと、彼の表情が変わる。
それは、貴族らしい取り繕った顔ではなく、娘を想う父親の顔だった。
「……ソフィアは、この件に関して何と言っているのでしょうか?」
「彼女には、まだ何も伝えていない。私が、この国の第二王子であることも」
「私に許可を求めずとも、エーデルワルド殿下であれば事を進めるのは簡単ではないかと存じます」
「できれば、そんなことはしたくないのだ。私がソフィア嬢に相応しい男であると、あなたに直接認めてもらいたい」
私がレイモンド殿と会うのは、今日で二度目。
一度目は、ギルバートに頼まれて離宮へ様子を見にいったときだ。
事前にギルバートの大恩人の父親であるとは聞いており、その大恩人が女性で、彼らを結婚させるために彼女が一計を案じたことも知っていた。
しかし、それがフィーのことで、その一計が、一度王子殿下の婚約者になったあと婚約破棄をされるという壮大な計画だったとは、彼女の口から聞くまで私は知らなかったのである。
フェンリルを討伐した時もそうだった。
己のことを顧みず、ただ周囲の人たちのために全力をつくす姿に感銘を受け、やはり彼女しかいないと私は気持ちを新たにしたのだ。
「…………」
レイモンド殿は、そのまま黙り込んでしまった。
彼に認められるのは、そう簡単なことではないとわかっている。しかし、私はフィーを諦める気はさらさらない。
「誠に恐れながら……エーデルワルド殿下へ、果し合いを申し込む!」
「……えっ!?」
レイモンド殿は、意外なことを言い出した。
◇
果し合いとは言われたが、もちろん命をかけて戦うわけではなく、木刀で模擬戦を行うことになった。
表向きは、私が直々にレイモンド殿から剣術の指導を受けることになっている。
娘との結婚をかけた戦いとは、さすがに大っぴらにはできなかった。
◇
私たちは、人払いした鍛練場で静かに向き合う。立会人はトムだ。
レイモンド殿と対峙した途端、恐ろしいほどの闘気と覇気……そして、殺気が私を襲う。
やはり、辺境伯の名は伊達ではない。気圧されないよう、深呼吸をし自分自身に気合を入れる。
レイモンド殿の剣先が真っすぐに向かってきた。一撃を受け止めただけで手がビリビリと痺れ、木刀を握ることさえままならない。
次々と繰り出される一撃一撃が、素早い攻撃にもかかわらず重い。それでも、私は負けるわけにはいかないのだ。
私も果敢に責めたてる。打ち返されても、打ち返されても、何度でもがむしゃらにぶつかっていく。
トムと練習した日々を思い出しながら、どこかに勝機があると信じて。
しかし、これまでの経験と技量の差なのか、レイモンド殿の勢いにどんどん押されてきた。
(このままでは、負ける……)
焦った私は、彼の攻撃を木刀ではなく腕で受け止めていた。激痛がはしるが構わず攻撃を続ける。
私の思わぬ行動に一瞬の隙が生じたレイモンド殿の木刀を強引に巻き上げると、刀は飛んでいきカタンと遠くへ落下していった。
「……参りました。私の負けです」
レイモンド殿が、静かに口を開いた。
「しかし、私は勝つために騎士らしからぬ戦い方をしてしまった。だから、この勝負は……」
これは横紙破りの手段で、決して褒められるものではない。
武器が木刀ではなく模擬刀や真剣であったならば、腕で受け止めることなどできないのだ。
腕の骨が砕け散り、私は今ごろ地べたをのたうち回っていただろう。
まあ、骨は折れずともヒビがはいっているのか、今でもかなり痛いが。
「……己の死力を尽くして目の前の敵を倒そうとした方を、褒め称えることはあっても咎めるようなことは何一つございません。今回は、私の負けです」
私の目を見てきっぱりと言い切った彼は、乱れた服装を直し、姿勢を正す。
「あなたになら、安心して娘を託すことができます。どうか、ソフィアをよろしくお願いいたします」
レイモンド殿は、私へ深々と頭を下げた。
◇
何とか父親の許可をもぎ取った私は、着々と準備を進めていく。
彼女のためのドレスから靴、宝飾品に至るまで、金に糸目を付けず最高級の物を用意させた。
そして、私はナジム王国へ向かったのだった。
◇
お見合いパーティー当日、私は期待と不安で緊張していた。
王家から直々の招待状が届いている以上フィーが欠席することはないと思うが、彼女の性格を考えると万が一ということもあり得る。
対外的には、今日のパーティーで彼女と初めて出会い私が見初めたことにしたい。
しかし、いざとなれば王子の強権を発動させることも辞さない覚悟だ。
会場へ入り、さりげなく辺りを見回す。私の視線は、女性の髪色にしか向いていなかった。
目指すはダークグレーの髪色の持ち主だが、人が多すぎて見つからない。
パーティーが始まり、私のファーストダンスの相手に選ばれようと女性たちが押し寄せてきた。
王子らしい微笑みを浮かべながら一人一人と挨拶を交わしていくが、肝心のフィーの姿はどこにもない。
(まさか、本当に欠席したのか……)
落胆を隠せない私に、トムがこそっと耳打ちをしてきた。「彼女は、テラスに居る」と。
部下に私の護衛を任せた彼は、一人でフィーを捜しにいってくれたようだ。
気が利く従者に最大級の感謝を伝えたあと、側近たちへ「少し人混みに酔ったので、外の空気を吸ってくる」と伝え、足早にテラスへと向かう。
護衛騎士たちが他の者がテラスへ出ないよう目を光らせているので、二人きりでゆっくりと話ができそうだ。
静かにテラスへと出た私は、ランタンと月明かりに照らされたフィーの後ろ姿をしばらく見つめていた。
久しぶりの再会に何と声をかけようか迷ったが、空のグラスが目に入り、給仕のフリをすることに決めた。
私の呼びかけに振り返ったフィーは、奇妙な眼鏡を掛けていた。
瓶底と言われる分厚いレンズが付いた物で、彼女の綺麗な顔は全く見えない仕様になっている。
これが、この国での彼女の(公の)姿なのだと、私は瞬時に理解した。
「ソフィア嬢、私と一曲踊っていただけるかな?」
「わたくしでよろしければ、喜んで」
彼女の手を優しく握りしめると遠くから悲鳴が上がったが、私の耳には届かない。
目の前のフィーのことで、頭が一杯だった。
さあ、ここからが本番だ。
(必ず、君を口説き落としてみせる)
フィーをエスコートしながら、私は静かな決意を固めたのだった。