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出会い (side エド)


 私は、昔から人一倍、強い者に憧れがあった。





 メルカトロフ王国は、森林に囲まれた国だ。

 そこには多くの魔物が生息し、度々他国からの侵略者を阻んできた。

 それは、国の防衛という点においては重要な役割を果たしていたが、その反面、魔物が人々を襲い、毎年少なからず犠牲者が出ていた。


 この国の第二王子として生まれた私には、国の民を守る義務がある。

 彼らが魔物の脅威を感じず未来永劫平穏な暮らしを営んでいけるよう、己を鍛え自ら先頭に立ち魔物の討伐を行っていこうと決意するのは、至極当然のことだった。


 王立騎士学校へ入り騎士としての戦い方を学んでいるときに出会ったのは、指導官の一人であったトムことトーマスだ。

 平民の彼は、己の腕だけで()えある騎士学校の指導官にまでなった努力の人。

 家族を魔物の襲撃で亡くした経験を持つトムは、貴族出身の他の指導官たちとは違い、騎士道は重んじつつも、魔物相手には手段を選ばず時には泥臭く戦うことも必要なのだと教えてくれた。

 学費を賄うため、騎士学校の学生だったころに冒険者の真似事をしていたトムの実力は本物で、私は大いに刺激を受け彼を師と仰いだ。


『様々な経験は、すべて己の糧となる』というトムの言葉を胸に、隣国のナジム王国へ留学をし、同じ騎士科で学んだギルバートと友人になった。

 トムの真似をして「冒険者になってみたい」と伝えたときには、「王族には必要ない!」と猛反対されたが、あの言葉を盾にして押し切った。

 両親は私の意思を尊重し、トムを護衛に付けることを条件に許可を得る。


『エド』の名で冒険者ギルドへ登録をし、数々の依頼をこなしてAランクの冒険者となった私は、活動と同時に、巷に埋もれている優秀な人材の発掘に乗り出すことにした。

 対魔物の専門家でもある熟練者たちの経験を、後世の人々に伝えたいと考えたのだ。





 議会の承認を得て、ようやく長年の懸案事項だった魔物の討伐に本腰を入れていくことが決まった。

 まずは、ナジム王国との国境沿いにある森から着手することになり、私は父から陣頭指揮を執るよう命を受ける。

 冒険者ギルドでは唯一私の正体を知るギルド長に協力を仰ぎ、討伐作戦を敢行することになった。


 彼女と出会ったのは、その討伐作戦のときだった。





 一目見たときから、美しい人だと思った。

 目を引く赤い髪に、意思の強さを感じさせる輝くようなエメラルドグリーンの瞳を持つ彼女。

 周囲の冒険者たちからの熱い視線を一身に集めていたにもかかわらず、動じることなく一人そこに凛と佇んでいた。


 当然、連れがいると思っていたら、まさかの単独(ソロ)。しかもSランクの冒険者だと知り、俄然興味をひかれた。

 ギルド長へ依頼をし同じチームになった私は、彼女……フィーの本当の実力を知ることとなる。

 Sランクの女性冒険者がどの程度のものなのかを測るだけのつもりが、フィーがそれ以上のものを有していることに気づいたのだ。


 フィーは武器を携帯せず、魔物によって戦い方を変えていた。

 数が多い下位の魔物は魔法攻撃で一気に片付け、上位種には魔力で作り出した武器で確実に止めを刺す。

 その鮮やかなお手並みに、実力者であるトムも舌を巻いていた。


 私の配下に欲しい。

 その考えに至るまでに、時間はかからなかった。


 さっそく交渉をしようと夕食を口実に部屋を訪ねたが、フィーはいなかった。

 出掛けたのかと宿に確認をしたが、外出はしていないとの返事が返ってきたので、宿の中にはいるようだ。

 誰かと外出している可能性も考えていた私は、その時なぜかホッと安堵したことを覚えている。

 その後も何度か訪ねてみたが、結局その夜は彼女に会えなかった。





 翌日、フィーへ「主に仕える気はあるか?」と探りをいれてみたが、彼女の返事はつれない。

 かなりしつこく聞いてみたが、結局はぐらかされてしまった。

 さりげなく昨夜のことも聞いてみたら、「疲れたから、寝ていた」との返答が。

 しかし、一瞬彼女の瞳が揺らぐ。私には、嘘だとわかってしまった。

 おそらく、自分の部屋に居なかったことは間違いないのだろう。

 では、彼女はどこに居たのか……


 私は、幼い頃から周囲の者たちの表情からその思惑を読み取ることに長けていた。それは、相手と腹の探り合いをしているときには大変重宝する能力だが、今ここでは全く必要ない。

 

 こんな些細なことにも気づいてしまう自分自身が、本当に嫌になる。

 フィーが嘘を吐いたことなど、私は知りたくなかった。

 彼女が誰かの部屋で誰かと一緒に過ごしているところを想像しただけで、胸が苦しくなる。

 

 気づきたくなかった自分の気持ちに、私はついに気づいてしまった。





 フィーは、他の冒険者たちから仕事の勧誘や食事・交際の申し込みまで、実に様々な誘いを受けていた。

 それらを全て角が立たぬようにこやかな笑顔と綺麗なお辞儀で断っている姿は、どこか優雅で品があり、それなりの家の令嬢のように見えた。


 フィーが貴族の令嬢だったら良かったのに……そう思ったことは、一度や二度ではない。

 メルカトロフ王家の一員として、近い将来、私は政略結婚をしなければならず、国内外から見合い話がいくつか持ち込まれている。相手は、もちろん全て貴族だ。

 平民との結婚は、相手が聖女に認定されない限りどんなに望んでも叶うことはない。

 だから、自分の想い人と結婚できるギルバートが、羨ましくて仕方がなかった。


 たとえ主従関係であろうとも彼女を傍に置きたいと思うのは、私の身勝手な我が儘なのだ。





 ついに、森の最奥部へと到達した。

 小数精鋭部隊で行ったことが功を奏したのか、参加者に死人は出ておらず、ケガも軽度で済んでいる。

 瘴気溜まりが見つかったとの知らせも入り、浄化が完了すれば、今回の討伐作戦は十分な成果を上げたといえるだろう。

 今後も続く作戦への弾みとなるはずだ。


「フィーたちのような実力者が参加してくれたおかげで、国の民が安心して暮らせる国に一歩近づいたよ。本当にありがとう!」


「ふふふ、どういたしまして。でも、まだ終わっていないのだから油断は禁物よ!」


「あはは、そうだね……」


 私の嘘偽りのない本音に対し、フィーは優しい笑みを浮かべた。

 それでも、私にしっかりと釘を刺すことも忘れないのは、本当に彼女らしいと思う。

 これが終われば、フィーは自分の国へ帰ってしまう。

 次の作戦にも彼女は参加してくれるのか、また会えるだろうか……私は、そんなことばかり考えていた。


 その雑念が油断に繋がったのか、途中まで追い詰めたフェンリルを討ち漏らしてしまった。

 配下へ緊急連絡をするよう命じた私は、隣国へ向けて疾走する魔物の後を急いで追いかける。

 

 手負いの魔物は興奮し見境なく暴れるため、何が起こるかわからない。

 万が一、フェンリルが大河を渡り切り隣国に被害をもたらせば、ここ数十年続いてきた良好な関係に亀裂が生じるかもしれない。

 

 最悪な状況を思い浮かべていた私は、突然強い魔力を感じた。

 次の瞬間、爆発音と共に大地が震え、爆風が私たちを襲う。

 トムが私を抱え大木の陰に身を潜めたため難を逃れたが、吹き飛ばされた周囲は皆ゴロゴロと地面に転がった。


(そういえば……フィーは、どこにいる?)


 彼女のことだから真っ先にフェンリルを追いかけたに違いない。私は一目散に駆けだした。

 倒木の間を抜け河川敷へと出ると、人が倒れている。周囲にフェンリルの姿は無かったが、現場の状況から討伐されたと判断した。


 倒れていたのは、やはりフィーだった。


「フィー、大丈夫か!」


 最悪の状況を覚悟する。

 すぐさま駆け寄り抱き起こすと、息があった。どうやら気を失っているだけのようだ。

 私は、強張っていた肩の力を抜く。

 フィーの頬にそっと触れるとひどく冷たい。これは、魔力切れの典型的な症状だ。

 自分の上着を脱ぎ体温保持のために彼女へ掛けると、トムへ至急馬車の手配をするよう命じた。

 皆がこちらへやって来る前に、フィーを連れて移動しなければならない。

 今の彼女の姿を、誰にも見せるわけにはいかなかった。





 王都にある私の屋敷へ向かう馬車の中で、抱きかかえているフィーの顔を見つめていた。

 いつもの冒険者の恰好をしているのにまるで別人のように感じてしまうのは、髪色が違うからだ。

 今の彼女は、見慣れた赤髪ではなくダークグレーの落ち着いた髪色になっていた。

 おそらく、これが本来の姿なのだろう。もしかしたら『フィー』という名も偽名かもしれない。

 変身魔法でずっと姿を変え続けるなど、一体どれほどの魔力が必要になるのだろうか。見当もつかない。

 彼女には何か子細があり、ただの平民の冒険者ではないことだけはわかった。


 思い返せば、フィーには平民らしからぬ言動が多かったような気がする。

 一つ一つの所作には品があり、言葉遣いも砕けてはいるが、物腰は柔らかく丁寧だった。


(彼女も、貴族なのでは……)


 そう思っただけで、こんな状況だというのに胸が高鳴った。

 もしそうであれば、心の奥底に無理やり押し込めた私の望みが、願いが、叶うかもしれない。

 王族に生まれた自分が、周囲に決められた相手ではなく、自らの希望を叶えることはできるのだろうか……彼女との未来を。


「フィー、私は君を……愛している」


 彼女の額に、そっと口づけを落とした。





 眠ったままのフィーは、なかなか目を覚まさない。

 私は休暇をもらい、ずっと彼女に付き添っていた。早く彼女の口から真実が聞きたい、その一心で。


 何の変化もないまま、三日目の朝になった。

 もし、このまま彼女が目を覚まさなかったら……そんな不安が頭をもたげたが、その気持ちを押し殺し私は来客の対応をしていた。

 客が帰り、執事が「昼食の用意は、いかがいたしましょうか?」と尋ねてきたので、私は迷わず「二人分を頼む」と告げる。

 フィーがいつ目を覚ましてもいいように朝昼夕すべての食事を用意させていたが、『今日も、一人で食べることになるのだろうな』と心のどこかでは思っていた。

 

 扉を開け、窓辺に佇むフィーの姿を見たときは目を疑った。

 彼女は、アメジストのように輝く綺麗な紫色の瞳を私へ向ける。

 冒険者のときとは雰囲気が全く違うが、その美しさだけは変わらない。


 私は(はや)る気持ちを抑え、まずは世間話をしながらフィーを昼食へ誘った。それから、おもむろに本題へと入る。

 その姿の理由を知りたいと言われた彼女は、「わかった」と一言だけ答えた。





 目の前で黙々と食事をするフィーに、戸惑ったり躊躇するような様子は見られない。

 食事作法は完璧で、私の予想はどんどん確信へと変わっていく。


「君も……貴族なのか?」


 問いかけに対し「私が、間者だとは思わないの?」と真顔で返され、思わず笑いがこみ上げる。

 たしかに、その考えに至らなかったことは王族として失格なのだろう。しかし、それを自分から言ってしまう彼女の正直なところも、とても好ましいと感じた。


「わたくしの本当の名は、ソフィア・ダンケルクと申します」


 『ソフィア』……彼女にお似合いの、美しい名だった。




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