聖女様の結婚式にて(前編)
エドと再会した日から二日後、今日はココとギルバート様の結婚式だ。
聖女様と三男とはいえ侯爵家の令息の結婚とあって、式は王都の大聖堂で、披露パーティーは侯爵家の大邸宅で盛大に催される。
私はココの友人として参列するため、華やかな祝いの場に水を差さないよう相棒の眼鏡は封印していた。
普段より気合の入っている侍女頭のマーガレットの手により、いつもの数倍着飾られた私。
動きにくいゴテゴテの衣装に躓かないように、盛りに盛られた頭がふらつかないように、聖堂内の通路を慎重にゆっくりと進む。
先ほど、控え室へ顔を出したらココがとても緊張していたので、先日我が家で起こった騒動……父が従者と馬の早駆け競争に負け、「不甲斐ない自分は辺境伯に相応しくないから、すぐにでもマルクへ継がせようと思う!」と突然宣言し、私からお説教をくらったという至極どうでもいい話をしておいた。
私のくだらない話をココは楽しそうに聞いてくれたので、少しは緊張が解れたのであればいいけれど……
◇
私が案内されたのは、かなり前方の席だった。
この辺りは、身内である家族や親族、もしくは高位の来賓の方々が座する場所だと思う。
こんなところに、私が座ってもいいのだろうか。
ココは孤児なので血の繋がった家族は誰もいないから、もしかしたらココの身内枠に入っているのかもしれない。
ギルバートが、私に気を遣ってくれたのだと思うことにした。
今日は眼鏡を掛けていないので、視界は良好だ。
初めて目にする大聖堂のステンドグラスを綺麗だなと眺めていると、隣に誰かが腰を下ろす。
挨拶をしようと横を向くと、座っていたのはエドだった。
「エド……エーデルワルド殿下、ごきげんよう」
「ごきげんよう。ソフィア嬢は、今日もお美しいですね」
「ありがとうございます。ところで……なぜ、殿下がこちらに?」
エドがココとギルバート様の結婚式に参列しているのが気になって、作法をすっ飛ばし尋ねてしまった。
「なぜって、ギルバートは私の友人だからな。結婚式に出席するのは、当然だろう?」
「そうでしたか……」
以前ギルバートが言っていた『隣国の友人』がまさかエドのことだったとは、本当に世間は狭いなと思う。
説明によると、二人はエドがナジム王国に留学していたときからの友人とのこと。
「……今日は、あの眼鏡はかけていないのか?」
「はい、ココの……友人のお祝いの場ですから」
私の顔を覗き込むように見つめたエドが、柔らかい笑みを浮かべる。
「君のアメジストのような綺麗な瞳がよく見えるのは嬉しいが、ちょっと心配だな」
「心配、ですか?」
心配とは、どういうことなのか。
首をかしげた私の手を、エドがそっと握りしめてきた。
「ソフィア嬢は、この後の披露パーティーにも出席するのか?」
「その予定ですが、何かございましたか?」
尋ね返した私に、エドは「じゃあ、やっぱりダメだ」と呟くと、にこりと微笑む。
「君の傍に従者がいないということは、今日も移動は例のアレだよな? ドレスは着替えないのか?」
続けざまの質問にコクリと頷くと、突然エドが右手を上に伸ばし振った。
どこからともなく現れた侍女に何かを耳打ちしたエドは、先ほどから握りしめている私の手を口元に持ってきて囁く。
「……今日は、私に君のエスコートさせてもらいたい。もちろん、移動も私と同じ馬車に乗ってもらう。そして、申し訳ないが……この件に関しての異議は一切認めない」
(はあっ!?)
淑女らしからぬ声を心の中だけで叫んだ私を、誰か褒めてほしい。
今日の私はココの友人として来ているのだから、些細な失態も見せることはできないのだ。
言いたいことを言い終えると、エドは満足げに手の甲へ口付けを落とし、ようやく私の手を離した。
この間から、エドはやたらと私の手を握ってくるし、距離も非常に近いと思うのは気のせいだろうか。
私は「大変申し訳ございませんが、そのような周囲の目を引く行為は謹んでお断り申し上げます」の言葉をグッと飲み込み、代わりにエドへ冷ややかな視線を送るが、彼は全く意に介する様子もない。鼻歌なんか歌ったりしてむしろ楽しそうに見えるところが、何とも腹立たしい。
そして気づけば、結局、前回と同様に私たちは周囲の注目を集めていたのだった。
◇
結婚式は、終始厳かに進んだ。
純白のドレスを着たココは、やっぱり聖女の名に恥じない美しさだった。
隣に並ぶギルバートと見つめ合う姿に思わず涙がこぼれそうになるが、マーガレット渾身の化粧を崩してはいけないとグッと堪える。
しかし、感極まって泣いてしまった彼女を見て結局もらい泣きしてしまった私に、隣からさりげなくハンカチが差し出された。
先ほどの有無を言わせぬエドの強引なやり口に私の苛立ちはまだ治まっていなかったが、ハンカチに罪はないので有り難く使わせてもらう。
少々の仕返しとばかりに鼻もかんでおいたが、もちろん、後で洗浄魔法で綺麗にしてから返すつもりだ。
◇
「ソフィア嬢は、まだご機嫌斜めなのか?」
移動中の馬車の中で、エドがからかうような口調で向かい側に座る私を眺めている。
「当たり前でしょう。エドが強引に事を進めて、私の意思なんて一切無視だもの……」
式が終わると、身分の高い者から先に退場していくのが暗黙の了解。そして、当然隣国の王子殿下であるエドが一番最初。
彼は恭しく手を差し出し、堂々と私をエスコートした……衆目を集める中、宣言通りに。
「私が目立つことを避けているのは、エドも知っているでしょう? それなのに、わざわざ注目を集めるようなことばかりして」
「ソフィア嬢が今日もあの眼鏡をかけていたら、私もここまではしなかった。しかし……」
エドは身を乗り出すと、私をじっと見つめる。
「……君は、自分から溢れ出る魅力について、もう少し敏感になるべきだと思うぞ」
「私が生まれながらに人より優れた能力を持っていることは、十分自覚している。だから、初等科のころから他人に知られないようにして生きてきたの」
「中身ももちろん魅力的だが、いま私が言っているのは外見のことだ。君はとても美しい。他の誰よりも……だから、先ほども男性は皆君を見ていた」
「あはは……本当に男性貴族は大変ね。でも、私と二人きりのときにお世辞は不要よ。まったく必要ない!」
真剣な表情で話をするエドに、笑いを堪えきれなかった。
暗い灰色の髪に紫の瞳の地味な容姿だった私は、魔法の能力を妬まれたことはあっても、外見で嫉妬を受けたことなど一度もない。
しかも、婚約破棄された傷物に誰が興味を示すというのだ。
笑いのおさまらない私を見て、エドがハア…と深いため息を吐き「こうするより、仕方ないか……」と呟いた。
「実は、私から君の将来についての提案がある。仕事の提案だが、受ける気はあるかい?」
「内容によるけど……」
「聞くところによると、辺境伯は弟君が継ぎソフィア嬢はいずれ家を出るとのこと。これは、本当の話なのか?」
「うん、その通りよ。マルクの成長に合わせて、私は家を出て独立する予定なの。自分にできる仕事を探して、自由に生きていくつもり」
「その仕事を、私に斡旋させてもらえないだろうか? 衣食住の付いた待遇で、最低限の義務さえ果たしてくれれば、それ以外は自由にしてもらって構わない。もちろん、君が希望するのであれば、冒険者として活動することも可能だ」
エドの話を聞く限りではこれ以上ないほどの好条件だが、そんな仕事が本当にあるのだろうか。
「そんな条件の良い仕事があるとは思えないけど、具体的にどんな仕事なの?」
「『エーデルワルドの妃』としての仕事さ。それとも、『契約婚』と言うべきか……」
「……冗談よね?」
「冗談ではなく、私は本気だ。そもそも今回この国へやってきた目的は、ギルバートの結婚式に参列するためと、君を口説き落とすためだったからな。そのために、わざわざナジム王家の名であのようなお見合いパーティーを開催してもらい、結婚式では君を私の隣の席にしてもらったのだ」
「だから、私だけ場違いな場所に座っていたのね。パーティーも、私が欠席できないように……」
(王子殿下の強権を発動したわけね……)
「よく考えてみてくれ。貴族なんて、政略結婚が当たり前だろう? だったら、自分にとってより良い条件の相手を選ぶのは当然のことだ。だから……」
エドは私の前に跪くと、手を取る
「私にはソフィア嬢、あなたしかいない。どうか、私と結婚してほしい」
澄んだ水色の瞳が、真っすぐに私を見つめていた。