おおかみさんとうさぎさん
おおかみさんは森の中、大きな切り株の上に座っていました。
秋の穏やかな日差しが森に降り注いでいます。色付き始めた木々の葉が目に鮮やかで、おおかみさんはじっと、自然が創り出した美しい風景を眺めていました。
紅葉を楽しむおおかみさんの前に、一匹のうさぎが姿を現しました。うさぎさんはおおかみさんを怖れることもなく、ひょこひょこと正面から近付くと、
――ぴと
おおかみさんの足に抱き着きました。おおかみさんはじっとうさぎさんを見つめていましたが、やがて小さくため息を吐くと、うさぎさんの首に噛みつきました。傷付けぬように、優しく。おおかみさんは狼の赤ちゃんに親がするように、首を噛んでうさぎさんを持ち上げると、うさぎさんをうさぎさんのお家の前まで運び、そして去って行きました。
おおかみさんは森の中、大きな切り株の上に座っていました。
紅葉は盛りを過ぎ、森の木々はその葉を落とし始めています。枯れ葉がくるくると回りながら地面に降り積もっていきました。おおかみさんはじっと、冬へと向かう時の流れを眺めていました。
枯れ葉色に思いを馳せるおおかみさんの前に、一匹のうさぎが姿を現しました。うさぎさんはおおかみさんを悲しげに見つめると、
――ぴと
おおかみさんの足に抱き着きました。おおかみさんは困ったようにうさぎさんに顔を向け、小さくため息を吐くと、ぽふっと優しく頭を撫でました。うさぎさんは目を閉じます。おおかみさんは首を噛んでうさぎさんを持ち上げると、うさぎさんをうさぎさんのお家の前まで運び、そして去って行きました。
おおかみさんは森の中、大きな切り株の上に座っていました。
木々はその衣を脱ぎ捨て、冷たい風が森を渡ります。間近に迫る雪の気配に、おおかみさんはじっと、耳を澄ませていました。
冬の足音に触れようとしているおおかみさんの前に、一匹のうさぎが姿を現しました。うさぎさんは泣きはらした瞳でおおかみさんを見つめると、
「どうして」
と問いかけました。おおかみさんはゆっくりと、諭すように首を振ります。
「あなたが、死んでしまう!」
ぎゅっとこぶしを握り締め、うさぎさんは叫びました。おおかみさんの蒼い瞳が穏やかに微笑みます。
「同じだよ。命が一つ、消えることに変わりはない」
理解したくないというように、うさぎさんはさらに大きな声を上げました。
「命は、数じゃないよ!」
おおかみさんは驚いたように目を見張り、そして感心したように言いました。
「君の言うとおりだ」
心に沁み込ませるように、おおかみさんは言葉を繰り返します。
「命は、数じゃない」
うさぎさんの目から、ぽろぽろと涙がこぼれます。弱々しい太陽が山の端に姿を消し、空が少しずつ藍色に染まっていきました。
「ああ」
おおかみさんは空を見上げ、つぶやくように言いました。
「誰も傷付けずに、生きていけたら――」
うさぎさんはおおかみさんに抱き着きました。涙はとめどなくあふれ、おおかみさんの毛皮を濡らします。おおかみさんは一度だけうさぎさんの頭を撫でると、そっとその身体を離しました。
「もうお帰り。日が暮れてしまうよ」
いやいやをするように、うさぎさんはうつむいて強く首を振りました。おおかみさんは泣きじゃくるうさぎさんを優しく抱きかかえると、うさぎさんをうさぎさんのお家の前まで運び、そして去って行きました。
おおかみさんの姿はもう、森のどこにもありませんでした。
森にはしんしんと雪が降り積もり、世界を真っ白に染め上げています。喜びも、悲しみも、すべて覆い尽くしています。森の生き物たちは皆、息を潜め、春の訪れを待っています。
うさぎさんは森の中、大きな切り株の上に座っていました。
うさぎさんはじっと、切り株の上から世界を見つめています。おおかみさんが見ていた景色を、探しているかのように。
その種として生きられぬものたちは――