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虹の選択~恋愛ゲーム症候群~  作者: 野良ガエル
五日目・金曜日
25/32

天才と超人

「それは、マジ情報っすか」

 尋が語り終えた後、最初に口を開いたのは松本だった。

「わたしが実際に見て、聞いたこと。一切嘘はついてないよー」

「紗枝が、消える」

 辻先輩は、消え入りそうな声で呟く。

「さて、御津宮さんが言ってたことが本当だとしたら、わたしたちはどうするべきかな? ゲームは一週間、今日で最終日だし、彼女はあと数時間で舞花に変わる。そしたら、次に戻ることはもうないかもしれないねー」


 エンディング破壊工作超絶会議。尋がふざけ気味に言った名前に含まれているエンディングとは、御津宮が、御津宮紗枝という人格が消えてしまう終わりなのだ。

「あなたたちは、このままでいいの? 御津宮さんの話が本当なら、近日中に彼女は消えてしまうかもしれない。二度と会えないかもしれない」

 尋は全体を見回し、問う。

 しばしの、静寂。


「そんなことは許容できない。僕たちで、止めよう」

「そっすねー。あたしらを助けといて我先にフェードアウトってのは、なんか感じ悪いですし」

「信じ難い話であろうと、そういう可能性が少しでもあるなら、僕たちは動くべきだ」

 辻先輩と松本が計画の阻止を宣言する。

「よし、そうと決まれば、行動あるのみだね。とりあえず御津宮さんを確保すること。これは必須だね。彼女は自分が消えることを受け入れている。目を覚まさせないと」

 尋が、御津宮を確保する具体的な方途を検討しようとした矢先、辻先輩がヘッドフォンを片手で押さえた。ぼそぼそと何事かを喋り、沈黙する。


「どうしたの? 水瀬先輩」

 辻先輩の身体は、なにかに耐えるように小刻みに震えていた。

「――――――――」

 尋の問いかけに答えず、辻先輩が、俺の前に立つ。一瞬のことだった。

「先輩?」

 俺の声掛けに、彼女は反応しない。その手がゆっくりと俺に向く。

「ユウキちゃん、逃げてっ!」

 危険な空気を察知した尋が叫ぶ。俺はとっさのことに反応できず、次の瞬間。

 鈍い打撃の音が美術室に響いた。


「せん、ぱい……」

 俺は呆然として呟いた。

 辻先輩が、自らの顔を殴っていた。

「先輩! どうしたんですかっ! 大丈夫ですか?」

 辻先輩は唇から垂れた血をそっと拭う。

「問題ない――――。実行中のコマンドを、強制的に削除した」


 どういうことだ?

「光久から、命令でも飛んできたっていうの」

 尋は、なにか分かっている風だった。松本に目を向けるが、両手を交差させ首を横に振っていた。俺たちは蚊帳の外だ。

「キミ達を取り押さえろ、と。そういう指令が飛んできたんだ。雪島さん、彼がそういう手段に出てたという時点で、君の話は真実で間違いない。僕は紗枝を救いたい。だからこの命令に従うわけにはいかない」

「そう、よかった」

 尋は構えていたスタンガンを下ろす。

「僕が命令を無視した以上、彼が直接ここにやって来るだろう。時間がない」

「わたしたちの居場所はバレバレか。発信機かでも付けられてるのかもね」

 光久がこのゲームを効率よく進めるため、なんらかの手段で登場人物の行動を把握していたとしても不思議ではない そして、しかるべきタイミング外で全員が一堂に会するこの事態を不審と見たのか。


「でも、辻先輩がいれば光久もどうにかできるんじゃないか?」

 という俺の楽観的な意見は、即座に却下された。

「場所が割れていたら、人数が来るかもしれない。それに、彼一人でもおそらく止めることは出来ない」

 辻先輩は言った。戌井光久という男は、そこまで恐ろしいのか。

「でも、医者なんだろ?」

「確かに彼は天才的な医者で、別に戦うことに精通しているわけじゃない。ただ、難易度の高い手術をなんなくこなすという点一つをとっても、彼は次元の違う集中力と身体操作の技術を持っていることになる。おそらく彼からすれば、一般レベルの人間の思考や行動は止まっているようなもの。その超人的な彼が本気で捕えにくるというのは、とてつもなく恐ろしいこと」

「超人、っすか。やんなりますねぇ」


「とりあえず、ここを離れた方がいいね。発信機を探している時間もないし、とりあえず上着だけ脱いでから、バラけて逃げる。しかないか」

 尋が悔しそうな声を出し、ブレザーを脱ぎ捨て、部屋から出ようとする。俺たちもそれに倣う。が、松本だけはその場にじっと佇んでいた。

「皆さん、ちょーっとだけ、待ってください。やってほしいことが、一個だけあるんす。んで、それをしたらあたしのことは置いて先に逃げてください。自分、足遅いんで」

「で、でもお前一人を置いていくわけには」

「んなこたいいっすから! 天才美少女の提案には四の五の言わずに乗ってください!!」

 松本は俺を一喝し、とある指示を出す。俺たちはそれに従い、美術室を抜け出した。


「んじゃあ、北原先輩。紗枝さんをよろしくっす!」



******



 あたし、松本さくらが蜘蛛を好きな理由。

 まず普通に格好いい。でも単に格好いだけじゃなく、いるだけで異質を感じさせる存在感がたまんないっす。虫のようでいて虫ではない孤高。巣の主として君臨する在り方。なにより、蜘蛛の巣は人が手入れをしていない場所に作られる。そういうとこに、憧れる。

 あたし、松本さくらは一般人が嫌いです。

 能力的な話じゃなく、都合のいいときに『常識』を振りかざして群れを成す一般人共が嫌いです。まー、あたしにも言葉足らずなところはありましたけど、散々馬鹿にされました。あたしはただ、昔から景色を見るとその場所の廃墟となった姿を見ることができて、それがとても綺麗だと思ったから皆にそのままを伝えてただけなのに。彼らは理解できないものにはとても傲慢になる。だから『一般人様』なんです。


「松本は顔は可愛いのに、頭がおかしい。折角の美少女なのに、残念な奴だ」


 それと類似する台詞を、もう何度言われたか分かんないっす。『のに』とか、ふざけんな。

 だから、あたしは言ってやるんです。

 美少女『で』天才で、すみませんねぇ、ってね。

 

 そして、あたしが世間から評価されたのは中学の終わり頃。もちろん、世間様だって一般人様の集合体ですから、本当に認められたなんては思ってなかったです。とりあえず、まだまだ一般人様を見下したりないあたしは、同じ中学の人間が一番多く進学したこの高校に行くことにしました。あえて普通な場所に行って、群れねーとなんもできねーような奴らをあざ笑ってやろうかと。まぁ、そんな調子でいたらひどい目に遭わされるってのが分からないくらい調子に乗ってたわけなんすよ。んで、結局ひどい目に遭いました。


 そっこーでしたよ。入学後一週間と経たないうちに、誰が呼んだのかガラの悪い連中に囲まれて、手始めに腕を折られそうに。

 そんときようやく、自分が馬鹿だったって気づいたんです。こんな連中と関わらずに、高みを目指して絵を描いてればよかった、ってね。そう思ってあたしが目を閉じた瞬間でした。

 

「一人の女の子を集団で……最低だな。僕はキミ達のような輩には、容赦しない」


 男たちの悲鳴、殴られ、投げられ、倒れる音が次々と。

 そして、静かになった後。


「いやはや、君は実によいキャラをしているねぇ! 傲岸不遜な天才美少女アーティスト。しかも一年生。私はちょうど後輩キャラを探していたところだったんだ。さっそくだが今週の日曜日、会議に出てもらうとしよう!」


 あのことがなければ、あたしは今、絵が描けてないかもしれない。

 そんでもって、さくらちゃんははクソ生意気ですが、恩はしっかりと返す派なんでね!



******



「ようこそ、あたしの蜘蛛の巣へ」

 美術室に入ってきた光久とその他数名は、部屋にあたし一人しかいないのを見て少し困惑しています。いい気味です。あたしたちの服ににつけられていた発信機は、この天才美少女さくらちゃんの華麗なる第六感に暴かれ、机の上に全部転がっています。

「彼らは、どこに行きましたか?」

 質問に答える代わりに、あたしは中指を立てます。あたしは会議とかで見たときから、なんでも涼しい顔でこなしてしまうこの男が気に入らなかったんです。でも、一つの才しかないこのあたしでも、なんとか一矢報いることができましたよ。


「さあて、どこっすかねぇ! 自分で探したらいかがっすか? 『完璧超人様ぁ』! あたしには見えますよ。あんたのその鉄壁の牙城が、廃墟となって崩れ落ちる様がね――――」


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