片道切符
――――――ガタン……ガタン……ガタン……
『次は……駅~、……駅~』
電車の揺れに体を任せ、体を支えているのはつり革を握った手だけ。 電車通勤にも、もう慣れた。 学生の頃に考えていた未来は遠く、今はしがないサラリーマンだ。
――――――ゴウン……ゴウン……ゴウン……
窓から見える景色を眺め、もう何度目かわからないため息をつく。 周りの客は俺を一瞥するが、すぐに視線を元に戻す。 そんなものだ。 余程なことをしない限り、他人の興味が自分に向くことはない。
――――――ドンッ
電車の揺れで、隣に立っている乗客の肩が俺の体にぶつかる。 苛立ちを含めた視線を向けるが、そいつは俺の方を見ても居なかった。 小さく舌打ちをして、俺も目線を元に戻す。
――――――『これから、車掌が車内へ参ります』
ポーンと、車内アナウンスの音が聞こえた。 車掌が車内に来る? 用があるのは乗り越した客くらいだろう。 俺には関係ない。
――――――ガラッ
車両の間の扉を開けて、車掌が俺の居る電車内へと入ってくる。 やけに通り過ぎるのが遅いと思っていると、車掌は片っ端から切符を確認していた。
「ちっ」
面倒くさい、無賃乗車の確認か? 段々と近づいてくる車掌を疎ましく思いながら、俺は再び舌打ちをする。 そいつはとうとう、俺の隣の客の所までやってきた。
――――――パチンッ!
差し出された切符に、車掌は無言のままスタンプで穴を開ける。 なんだ? 無賃乗車の確認じゃないのか?
「お客さんは、どうします?」
隣のやつの次は俺の番だ。 車掌は、どうするかと聞いてきた。 意味がわからん、切符を確認するんじゃないのか? 俺は無言で首を振って、再び窓の方を向く。 何か言われるかと思ったが、車掌はそのまま通り過ぎていった。
不審に思って、そいつの事を横目で眺めた。 次の客も切符を出さなかった。 その次の客は……何も言わずに切符を差し出してる。 なんだ? 気味が悪い。
――――――『間もなく、……駅~。 ……駅~』
車掌が次の車両に移った辺りで、車内アナウンスが聞こえてきた。 そこは俺が降りる駅だ。 扉の方へ移動しようとするが、近くの客が通す気配がない。
「……通してもらえますか?」
片手を上げ、彼らに頼み込む。 普段なら、これで道を開けてくれるはずだ。 しかし、今日に限って誰も動くことはなかった。 思わず苛立ち、無理矢理にでも押し通ろうとした時。
――――――ゴオッ……ゴウン……ゴウン……
電車は突然トンネルに入った。 こんな所にトンネルがあったか? 俺は仕方なく元の位置へと戻る。 駅についたら無理やり通ってやろう。
――――――『……駅に到着します。 お出口は……』
車内アナウンスが、やけに遠く聞こえる。 おかしい、気分も悪くなってきた。 そろそろトンネルの出口という所で、俺は意識を手放した。
――――――『……すか!』
次に目覚めた時、俺は地面に寝かされていた。 近くで必死に呼びかける駅員を見ると、彼は安心したような顔をする。 体を起こそうとするが、駅員に止められてしまった。
「じっとしていて下さい。 すぐに救急車が来ますので」
駅員の言っていることが理解できなかった。 周りを見ると、俺と同じように床に寝かされている人。 それを遠巻きに眺めている野次馬。 線路に停車している電車。
「なに……っ!」
何が起こったのか聞こうとするが、体を打ちつけたような痛みが走る。 悶える俺を支えながら、駅員は静かに口を開いた。
「駅のホームに居た数人が、線路へと雪崩落ちたんです。 貴方は後ろの方に並んでいたので、他のお客様に引き上げられました」
俺は絶句した。 目線だけを電車に向けると、隣接するホームの一部に飛び散ったような血の跡が見える。 俺は電車に乗っていたはずだ。 それがどうして、こんな事に? わけのわからないまま、到着した救急車で病院へと運ばれた。
――――――『次のニュースです。 今朝、……駅のホームで乗客が線路内に落下する事件が……』
病院のベッドで、俺に起こった事件がテレビに映るのを見た。 そこに並べられた犠牲者の写真を見て、俺は生きた心地がしなかった。
――――――そこに写っているのは、車掌に切符を切られた乗客だったからだ。