ラブコメフラグ…立つわけないかぁ
「--ば……、伊庭!」
「え、あっ、はい!」
「なにをぼーッとしてるんだお前は…、なんだ?もしかしてお前、葛城に見惚れてたのか?ノンケなのか?(笑)」
「はっ!?なにを馬鹿なこと言ってるんですか!そんなんじゃないですよ!」
急にノンケなのかと指摘されて焦る。
どうやら転入生の圧倒的オーラにやられて頭が少しボケていたようだ……。
しかし、先生も本気で俺をノンケだと思ったわけではないようで、すぐに「冗談だ」と言ったのちに続けた。
「お前、持ってきた机と椅子はどこにやった?アレ、新しく座席に足すからちょっと持ってこい」
あぁ、なるほど。
俺が持ってきた机はこのためだったのか。
というか、机が必要になるなんてよくよく考えたらそれ以外に用途ないもんな、もっと早く気付けたかもしれない。
「わかりました」
と言って俺が立とうとすると、
「あっ、私が座る席でしたら私が自分で運びますよ」
と、転入生が俺を止めに入った。
どうやらとても親切な性格のようだ、ポイント高い。(ポイント上昇幅5 ちなみにノンケじゃなかったらポイント減少幅10000)
しかし転入生のその言葉に対して翠先生が言う。
「いや、、あの机にお前が座ると言うわけじゃない。お前が自分の座る訳でもない席を運ぶのは筋違いってもんだろう。ソイツに任せておけ」
それを聞いて転入生は、身を引いた。
あ、それ先生が断るんですか?俺じゃなくて?
…、まぁ、俺だって女の子に机を運ばせるなんてさせたくないからいいんだけどさぁ。
机と椅子は教室の後ろ隅に置いておいたのでそれを取りに行く。
教室の後ろまで歩く間に藍と目が合い、軽く手を振ってきたのでこちらも同じ仕草で返す。(やっぱり可愛い)しかし俺と視線が切れるや否や前にいる転入生をじっと見て、少し不機嫌そうな顔になった。
なんだろう?やっぱ女子でも可愛い子には嫉妬するもんなのかな?藍だって同じくらいかわいいと思うけど。
ちなみにこの間、流とも目が合ったのだが、気色の悪いキス顔を見せつけてきたので完全スルー。
机と椅子を先生の指示に従って窓際の1番後ろ(俺の列の1番後ろ)に運んでから自分の席まで戻る。
すると、葵が話しかけてきた。
「さっき翠ちゃん『転入生がそこに座る訳じゃない』って言ってたよね…?」
「あー、なんかそんなこと言ってたな。どういう意味だ?」
今のこのクラスに余分な生徒用の椅子は無い。
だからあの机に誰も座らないということはまず無い。……となると?
教卓の脇で何かしらの事務連絡や書類の受け渡しを転入生としていた翠先生が、顔を上げて言う。
「葛城を含めた出席番号順で座り直せ!私は転入生に1番後ろの席をくれてやるほど素直な女じゃない!」
まぁ、そういうことですよね。
てか、この先生本当にタチ悪ィな…。美人なのに三十路近くになっても結婚できてないのはそのせいだろ………。
そんなんじゃまた他の先生方に、『翠先生って吾妻って苗字なんですねー、結婚してないのに"妻"ですか(笑)』って言われちゃいますよ…。
翠先生の残念さに辟易としていると、視界の端に青ざめた葵が映った。
……?
今日のコイツはいつにも増して変だな。(いつも変だということは否定出来ない)
「伊庭くん、私の苗字って…、なんだっけ?」
「はぁ!?お前とうとう自分の名前すら記憶できなくなったのか!?」
「神楽坂で合ってる?」
「合ってるよ……」
良かった……、流石に名前は忘れてなかったか。脳外科行きの救急車は呼ばずに済んだな……。
蒼白な顔のまま葵が続ける。
「じゃあ、葛城と神楽坂ってどっちが出席番号先かな?」
「そりゃ神楽坂の方が先、……あぁ、なるほど。」
今このクラスの机の並び方は5×7の長方形に1番窓際の席の縦列に1つだけ机を足した形になっている。
出席番号順で座りなおすとなるとその1つの空白によって、出席番号が6番以降であり、かつ葛城よりも出席番号順の早い奴が、1つ席を動くことになる。
このクラスで出席番号6なのは葵。7番の奴の苗字は神田(ホモ、身長172センチ、メガネを掛けており、そのイメージに違わず秀才である一方で、このクラスでは珍しく運動部である陸上部に所属している。ストイックな印象を受けるものの、基本的には気さくで、特に性に関する話題に対しておおらか。事あるごとに自分の性癖について語り出す癖がある。最近ハマっているホモビのジャンルは、"クラス委員男×メガネ男。……ハハッ、笑えねぇ……)なので、葵だけしか席が変わらなくて……。
「おぉ!良かったな葵!1番後ろの席に移動じゃん!」
葵は普段から授業中の居眠りが多く、教師から注意を受けることも少なくない。その都度、『後ろの席ならバレずに寝れるのに……』とか言っていたので、当然本人も喜んでいる、とおもったのだが……、
「良くないよぉ……、最悪だよぉ……」
と、本人は涙目だった。
えぇ…、なんで?
これだから女心は分からない。いや、男心だって分からないんですけどね。
「私はこの席が良かったの!移動したくないよぉ」
「なんで?おまえ、後ろの席が良いって言ってたじゃん」
「それはそうだけど!この席は特別なの!」
「この席に特別要素なんて無くね?」
恋人と席が近いとかならともかく、藍は出席番号23(転入生込みで24)だからそんなこともないし。
「うぅ、それは……」
「おーい、神楽坂。早く移動してくれ!いつまで葛城を待たせてるつもりだ」
いつまでも席を動こうとしない葵を翠先生が急かす。
しかし葵はそれでも動かず、
「くっ、ぅぅ……、い、異議ありです!翠ちゃん!」
と言った。
"異議あり"て……、いつからこの教室は法廷になったんだよ。
「異議は認めないし、"ちゃん"付けはやめろって何度言ったら分かるんだ……」
「異議ありです!翠ちゃん先生!」
「ふむ、言ってみろ聞いてやる」
え、聞いちゃうんだ!?
あんた直前に『異議は認めない』って言ってたし、"ちゃん"付けだってちゃんと治ってないのに……。
なんだよ"翠ちゃん先生"って、反則的に可愛かったのはまちがいないけどさぁ……。
「転入生が1番前の席っていうのはちょっと可哀想だと思うので、あの席は私が譲ってあげたいと思います!」
「私は転入生を特別扱いしない」
「もし私があの席に行ったら、毎時間寝ることになりますよ!それでもいいんですか!?」
「別に構わないぞ、成績不振になって来年このクラスにいられなくてもいいのなら。…というか、そもそもお前は1番前の席でも寝るだろうが」
「ね、寝ないですよ!?」
「嘘をつけ!」
「今年度から心を入れ替えました!『1番前の席ではねない!』と!」
「なんなんだその中途半端な覚悟は……」
「だから私は席を移動しなくてもいいですよね!」
「そんな理屈が通るとでも思っているのか?」
「通る、通らないの話じゃないんです。通すんです!」
「残念だがここは通行止めだ」
「うぅ……、じゃあ、私目が悪いのであの席だと黒板の字が読めません!」
「"じゃあ"ってなんだ"じゃあ"って。それ以前に嘘をつくな。お前、裸眼で左右AAだろ」
「身長が低いので黒板が見えなくなっちゃいます!」
「お前より葛城の方が身長低いぞ」
「くっ、……」
長くて無意味な論戦だなぁ。
言ってることの大半屁理屈か嘘だし、そうまでして席を移動したくない理由もよく分からない。
そしてここで葵が最後の手段で説得を試みた。
「その、えっと……、実は私ずっと前から翠ちゃんに憧れてて、出来るだけそばにいたいなっていうか、あの席だとちょっと遠すぎて寂しいっていうか……」
「却下、早く移動しろ」
「ハイ、スミマセンでした……」
最後の手段が封殺された葵は、流石に諦めて席を立った。
結果的に俺の隣の席には転入生が座ることになったのだが、その後の始業式が終わり、帰りのSHRが終わっても、俺と彼女の間には一つの会話も生まれなかった。
話しかけようとはしたのだが、いつ見ても周囲を女の子に囲まれて質問責めを食らっていたので、タイミングが無かったのだ。
美少女転入生という噂が広まったのか、他クラスからも見物人がいるくらいだったからな。
クラスの女子で人だかりに加わっていなかったのは、葵と藍くらいだった。
既に美少女の恋人がいると、転入生に対する興味も薄れるんだろうか?
チッ、俺も美少女の恋人欲しいなぁ。『実は転入生がノンケだった!』みたいな展開は……、ないよなぁ、流石に。
マンガじゃあるまいしなぁ……。