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この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦います  作者: ばたっちゅ
【  第五章   それぞれの未来  】
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088   【 二人の逃避行(3) 】

 碧色の祝福に守られし栄光暦218年3月18日

 ハルタール帝国に反旗を翻した国は、コンセシール商国の飛行騎兵隊によって壊滅的な打撃をこうむっていた。

 それは直接的な戦闘だけに拠るものではない。補給や撤退に使用する経路の切断、帝国軍の誘導、そして救護所の襲撃など、とにかく嫌がる事は全てやられたといった結果だ。


 特に、コンセシール商国が拠点としていたケルベムレンンに近かったラッフルシルド王国軍の被害は甚大であった。

 度重なる襲撃により、既に軍勢の形は取れていない。装備を捨て、分散しての敗走劇。しかも飛行騎兵隊により発見されれば、すぐに帝国民兵が集まってくる。


 国王サウル・ハム・ラッフルシルドの部隊もまた例外ではなく、今まさに、王の体を包む黄金の全身鎧(フルプレート)からは、飛行騎兵から発射された3本の投射槍が生えていた。


「バロウズよ……後は……すまぬ…………」


「絶対に……奴を、リッツェルネールめの首を墓前に捧げましょうぞ!」


 突き刺さった槍により倒れる事も許されない王を見取ると、バロウズは敗残の兵を分割し、自らは少数の近衛兵と共に深い山間へと進軍した。

 黄金の鎧は敗走では悪目立ちする。だから平地を行く部隊には、装備を隠しながら敗走させた。

 一方で自らは、飛行騎兵が容易に侵入できない山中を、鎧を着用したまま騎馬で進む。味方の為にあえて程度目立ちつつも、被害を押さえて逃げるためだ。


 一方この山道には、同様に逃走中の一組の男女があった。マリッカ・アンドルスフとサイレーム・キスカだ。

 上空を警戒飛行している飛行騎兵隊は味方である。だが本来ならば味方と言い換えた方が良いだろう。二人ともこの状況では、いわゆる不慮の死が起こり得るものだと重々承知していたのだ。

 しかも周りには本来の敵もいる。のこのこ平地など通っていたら、いつどちらの軍から攻撃されるのか分かったものではない。

 そこでこうして、山中を奪った農耕機で移動していたのだが……。


「あ……」


 マリッカの少し驚いたような呟きに反応し、サイレームはふとそちらの方を見る。

 ほぼ真左からやって来る、30騎程の騎馬集団。全員が黄金の鎧を纏い、それがラッフルシルド王国軍であることは一目見て判った。言うまでも無い、敵である。


 しかもその先頭を走る一騎。左右垂直に伸びた角が付いた面壁付き兜(フルフェイス)により顔は見えないが、その鎧の中央には剣、斧、槍、槌、鉤爪が輪になった鞭に囲まれている独特の紋章――如何なる武器を用いても必ず勝利する。”百刃の剣聖”の異名を持つ男、北国の英雄バロウズのマークがついている。


「ちょっ! 冗談じゃないよ!」


 肌が白く碧眼のマリッカは、まだゼビア人で通じるかもしれない。だがサイレームの緋色の瞳と少し褐色の肌は、誰が見たって商国人だ。


「そこの二人! とまれぇー!」


 既に抜刀し、殺到してくる騎兵隊。こんな農耕機では追いつかれるのは時間の問題だ!


「何でこんな事になるんだよぅ!」


 叫びながらも必死で農耕機を操るが――


「え!? 分からないんですか?」


 馬鹿ですか? そう言いたげな声が後ろから飛んでくる。


「分かってるよ!」


 この状況でも発動されるマリッカの天然が恨めしい。

 だが恨んでも呪ってもどうしようもない。ここは商人らしく、口八丁手八丁で誤魔化すしかない。

 サイレームは覚悟を決めて、農耕機を止め地面に降りた。



「貴様らは何者だ!」


 馬を降りながらバロウズが叫ぶ。

 他にも数人の騎士が下馬して不意の事態に備え、騎乗者は素早く囲むように展開する。彼らが熟練の兵士である事は疑いようもない。


「ここで何をしている! 名と所属を名乗れ!」


 バロウズは彼らの身なりを見た瞬間、軍人で無い事は察していた。だが一般市民で無い事も明らかだ。

 男の方は泥だらけのスーツ……こんな山の中で、あんなものを着ている事が先ずおかしい。

 女の方は血まみれのブラウス――いや、そんな生易しいものでは無い。まるで血に漬けて染めたかのようだ。

 下はタイトスカートだが、左右ともにウエストラインまで深い切れ込みが入っている。もう前後の布としか言えない状態だ。靴だけは山を歩くにふさわしいものだが、重心から今一つ履き慣れていない様子が判る。誰かから奪ったのか……。


 だが二人とも武器は持っていない。殺して奪ったのであれば、武器位は携帯していてもおかしくはないはずだ。

 となれば、女の血は死体の山にでも隠れて敵をやり過ごした際に付いたものか……。


 観察するバロウズに対し、サイレームは両手を上げ、武器を持っていないことを示しながら頭をフル回転させる。

 ここからが渉外担当、サイレーム・キスカとしての腕――いや舌の見せ所だ。なんとかコンセシールの人間である事を誤魔化し、騙し、切り抜けなければいけない。

 ――そう考えていたのに!


「自分はコンセシール商国、アンドルスフ商家所属警護武官、マリッカ・アンドルスフであります」


「君は馬鹿かーーーー!」


 一歩前に進み出て、キリっと敬礼しながら素直に自己紹介をした彼女に対して、つい意識せずに叫んでしまう。

 だがその瞬間にはバロウズは無言で突進し、二枚刃の特殊な形状をした大鉈を彼女に対して振り下ろしていた。

 絶体絶命! もうおしまいだ! と思ったその瞬間、大鉈は空中でぴたりと停止する。

 同時に噴き出す赤い線。それが血である事は、サイレームにも分かる。だが理解が出来ない。

 マリッカの向こうでバロウズの体が崩れ落ちるのと、いつの間にか彼女の手にあった小剣が、その首から引き抜かれたのはほぼ同時であった。


(鎧を着ていなかったのが、幸いしましたね……)


 きちんと鎧を揃えて武器を所持していたら、ここまで不用心に斬りかかって来る事は無かっただろう。そしてマリッカの血にもっと注意を払い、剣聖らしく熟練の技と駆け引きを駆使しただろう。

 だが非武装、それにいきなり名乗った事と、裏切り者の商国人に対する怒り。全てが組み合ってしまったために、何の警戒も無く、単純に殺そうとして動いてしまったのだ。


「どんな達人でも、草を刈る時には普通の人と同じ動きをすると言いますが……」


 小剣を振り、刃に着いた血を払う。その柄は黄金の色。遠くで騎士の一人が、自分の剣が無い事に気づき、慌てている様子が見える。いったいいつ、どうやって手にしたのか!?

 だが周囲の騎士達に分かる事、それは目の前の相手が”百刃の剣聖”を一撃で屠ったという事実のみ。そして、それだけで十分だった。


 鎧が大地を踏みしめる音が鳴る。蹄鉄の音が響く。全員が一斉に、マリッカめがけて殺到した。

 自分めがけて振り下ろされた長柄斧(ハルバード)を斬り払いなが、らちらりと後ろを確認する。

 騎士達と同じくサイレームの動きも速い。直ぐに農耕用の飛甲板を操り、限界高度まで上昇していた。とはいっても、たったの2メートル弱。だがそれだけでも、当分騎士たちはあちらに行かないだろう。

 逃げれば追うだろうが、それは彼にも分かっている。だから浮遊しただけなのだ。


(下に猛獣がいる間は、自分の方には来ないとか思っていますね……)


 ふう……一つ溜息を吐きながら、背後から迫る剣を騎士の腕ごと斬り捨てる。


「戦闘は全任せですか?」


 一応、声は掛けるが返事は来ない。もう彼は、操縦席で亀のように丸くなっているだろう。


 再び背後から迫るランスを掴み、そのまま騎士を地面へと引き落とす。突然の事に嘶いた馬にふわりと跨ると、その後ろから迫る騎士を目がけてランスを投げる。

 命中と同時に胸の中央から鮮血を上げる騎士の長柄斧(ハルバード)を掴み取ると、そのまま2名の騎士を葬り去る。

 その動きは流れる様に淀みなく、見ていた騎士達からは恐怖と共に感嘆が上がる。


「一応、確認したいのですが」


 手綱を惹いて馬を止めながら、周囲を見渡す。


「このまま見逃しては貰えませんか? 当方としても、無駄な争いは避けるよう言われていますので」


 ブラウスの赤黒さは新たな血で新鮮に染まり、右手に持つ血塗られた黄金の長柄斧(ハルバード)がきらりと輝く。騎乗したまま周囲を一瞥するその姿には一切の隙が無く、もしサイレームがちゃんと見ていたのなら、戦乙女が降臨したのかと思っただろう。


 周囲の騎士達がピクリと動く。だがそれは離れるのではなく、戦闘継続の合図だ。

 囲んでいたうちの4騎が、一斉に彼女目がけて突撃する。大型武器で4方から同時。それは最悪同士討ちの危険も孕む。だが、目の前の相手にはそれだけの価値があった。


(もう少し、命を大切にすればいいのに……)


 右に振るった長柄斧(ハルバード)は、鎧など着ていないかのように軽々と2人と騎士を4つの肉に変える。同時にマリッカの乗っていた馬には槍が突き刺さり、大型剣が首を飛ばす。だが居ない――もう彼女は反対側に降りており、別の騎士を屠った処であった。


「化け物め!」

「貴様、魔族か!?」


「お呼びですよ」


 その小さな呟きは他の騎士には聞こえなかった。だが、ちゃんと聞いている者もいる。

 周囲にススーっと霧が掛かり、辺りの視界を遮ってゆく。だが完全にでは無い。まだまだ10メートルほどの視界は十分に確保されている。


「これだけですか? 面倒なので貴方がやって下さいよ」


 〈 やだよう。まだサイレーム生きてるじゃん 〉


「じゃあいっその事……」


 〈 物騒な事を言わないの! あーん、やっぱり育て方間違ったわー 〉


 そんな二人のやり取りは周りの騎士には聞こえない。

 だがこの不気味な霧、本当に魔族なのでは……そんな不安を感じながらも、騎士達はマリッカめがけて殺到した。



 辺りから聞こえてくる金属の響き、馬の嘶き、悲鳴、絶叫。サイレームは祈りながらそれを聞いていた。

 もし彼女が死んだら、次は間違いなく自分だろう。だが素手で騎士と戦うなど、到底出来はしない。命令が下ればやっただろうが、幸か不幸か今は兵役には付いておらず、当然ながらそんな命令をする上官もいなかった。


 周囲の音が止んだ事にすら気付かず、農耕機に必死で魔力を送る彼の肩を誰かがポンと叩く。


「うわあああぁぁぁぁ! ご、ごめんなさい! 命だけは!」


「何を言っているんですか。もう終わりましたよ」


 そう言われてようやく周囲を見ると、既に騎士たちは全滅していた。辺りに散らばる血と肉と内臓、そして死臭。だがサイレームは、安堵の方が遥かに大きかった。一応、死体は見慣れているのだ。


 一方マリッカは酷い有様だ。怪我こそしていないが、血で真っ赤に染まったブラウスは肌に張り付き、胸の先端まで形が顕わになっている。紐が切れたブラは、邪魔だったから捨ててしまっていたのだ。

 しかも少し怒っているご様子。当然だろう、援護もせずにぷるぷる震えていただけなのだから。


「え、ええと……そうだ! 街に戻れたら、ブラジャーを買ってあげるよ!」


 そう言ったサイレームの顔面に、マリッカの右ストレートが飛んだ。





「それで、何処へ向かっているんですか?」


 遅くて目立つ農耕機は捨て、騎乗した二人は北東へと向かっていた。

 当初の予定では南のゼビア王国と南西のラッフルシルド王国の国境沿いを越える予定であったが、サイレームの提案で方向を変えたのだ。


「金ぴか連中、敗走中だったろ。ハルタールが勝ったんだよ。今南へ行っても敗走連中とかち合うだけだし、どうせなら近いハルタール領に逃げ込んだほうが早い」


「意外と考えているんですね」


「君にだけは言われたくないよ!」


 このまま北東に行けばケルベムレンンの街がある。連中がそこに籠っていないという事は、確かにハルタールが守り切ったのだろう。なら確かに其方へ行った方が安全ね――マリッカはそんなことを考えていた。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 山岳都市エルブロシーを包囲していたスパイセン王国軍は、既に殆どがいなかった。壊滅したのではない、まだコンセシールの飛行騎兵隊はここまで到着してはいない。

 この国は、結局戦闘らしい戦闘をせず、エルブロシーを包囲したまま終局を迎えた。そしてすぐさま撤収したのである。


「本当に、これでよろしかったのでしょうか?」


 撤退中の行軍の中、スパイセン国王リーシェイム・スパイセンに、配下の一人が進言してくる。

 リーシェイムは傷一つない全身鎧(フルプレート)で騎乗し、金色の瞳は楽しそうな色を湛えている。何の成果も無く敗走中とは思えない様子だ。


「ああ、これで良かろうよ。まあ俺は国王を降りて、後は幾許かの賠償金で事は足りるだろう。そうだな……確か魔族領で生き残った軍がランオルド王国にいたな」


「確かクラキア将軍とその配下であったはずですが……」


「よし、では彼女を今後は代理王とする。落ち着いたら、俺が直々に女帝に頭を下げに行くとしよう。なに、女帝陛下は寛大なお方だ。安心せよ」


 周囲の幕僚は少し呆れた様子だが、リーシェイムは元々そのつもりであった。

 ある程度の人間を適度に減らしつつ、ハルタール帝国に言い訳が立たない程の損害は与えない。そしてゼビア王国との長年の確執を解消する。それが狙いであったのだ。


 こうしてスパイセン王国は、正規兵のほぼ全軍を残しこの内乱を終えた。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

この物語がいいかなと思っていただけましたら、この段階での評価も入れて頂けると嬉しいです。。

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