087 【 人間の世界へ 】
人間の世界に行く事が決まって10日。エヴィアらの魔人と共に様々なパターンをシミュレートし、ようやく俺は人間界に向けて出発した。
まるで面接練習の様相だったが、実際どんなきつい追及が来るか分からない。考えすぎと言う事は無いだろう。
並行して人間社会の事を勉強したが、理解できたのは精々国の名前くらいだ。実際の所は、行ってみないと分からない。何と言っても、常識も文化も俺の世界とはまるで違うのだから。
途中までの移動はスースィリア。人間世界まで一緒に行くのはエヴィアとテルティルト。
エヴィアは既に人間に交じっても、全く遜色がない程に表情と仕草を学んでいる。多少常識に問題ありだが、これは目をつむろう。いざというときの頼もしさは折り紙付きだしな。
問題は……。
「今度はいきなり剥がれないでくれよ。会談中にマッパになったら全部お釈迦だ」
〈 わかってるわよー 〉
本当は下に服を着ておきたいが、裸でないと張り付けないというのだから仕方がない。
形状は、現地で用意してくれた服を真似ると言う事で決着がついた。今はいつもの魔王服だ。
ヨーツケールはユニカの移動手段としてホテルに残すことに。なんだかんだで一番相性が良いらしく、いつも収穫に連れて行っているので問題ないだろう。
《 任せろ、魔王よ 》
ウラーザムザザはもうじき南極行きという事で今回はパス。
そしてゲルニッヒには付いて来てほしかったが、やはりあの姿は人間社会では目立ちすぎる。そんな訳でお留守番だ。
「一応、海岸まではついていきマスヨ」
多少の不安はあるが、このメンバーで確定だ。
「海岸までは火山帯から、西に行っての竜の住処、それに更に西の幽霊屋敷? だったな」
「そうなのである。吾の足ならすぐに通り抜けられるのであるぞ」
まあスースィリアに乗って行けば大丈夫だろう。
俺は最初、また偽の身分証明書とかを使って入るのかと思ったが、それは無理らしい。セキュリティは万全という訳だ。おそらく、最初に身分証を貰えたのはカルター王の計らいみたいなものだったのだろう。
因みに飛んで行くか、地下を進むかとも思ったが、こちらもダメ。地上はおよそ上空1000キロまで揚力が失われる仕掛けで、鳥すらも一度壁の上に降りないといけないらしい。地下も結構深くまであり、しかもその下にはセンサーがあるそうだ。
どちらにしても、越えることは出来ても同時にばれてしまう。あまり騒ぎになったら、今度は人間世界で移動が困難になるだろう。
「じゃあ行ってくる。みんな、朗報を楽しみにしていてくれ」
そう言いながら、2階でこちらを覗いているユニカに手を振って出発だ。
これでやっと人間と話し合える。これ以上、無駄な血が流れないように……。
◇ ◇ ◇
魔王がホテルを出発した日。
碧色の祝福に守られし栄光暦218年3月13日。
東の大国ジェルケンブール王国は、ティランド連合王国へと攻め入った。
第一次動員総兵力は、正規兵士800万人。民兵7500万人。飛行騎兵2千騎。大型飛甲板12万枚。そしてその中に、鋼のケンタウロスの姿が混じる。
およそ4000キロメートルに渡る国境線全域からの進軍。正規の兵士だけでも、1回の魔族領遠征に相当する軍勢だ。
もし人工衛星などがあれば、国境線に沿って燃え上がる炎が見えただろう。
その報告を、カルターは執務室で聞いた。
「そうか……仕掛けてきたか」
慌ただしく報告に来た事務官に対し、カルターも、また同席していたハーバレス宰相にも、動揺は見られない。
内心では驚いている。だがそれ以上に、結局こうなったかという思いの方が強かったからだ。
(お互い生きていたら……か。オスピアめ……)
おそらく、あの通信会談の時点で既に分かっていたのだろう。慧眼には恐れ入るが、もし条約違反をする国があればジェルケンブール王国だろうとの予測もあった。
彼らが魔族領の次は自分達の番だと思っていたように、世界もまた、魔族領の次はあの国だと思っていたのだから。これはある意味、お互い様というものだ。
「しかし、我々も舐められたものだな」
多少、面白そうな感情の籠るカルターの言葉に、ハーバレス宰相も頷いた。
「我々がどんな国だったのかを、少し思い出せてやるのも一興でしょう」
ティランド連合王国。徹底した軍事政策を行ってきた軍事国家。
軍事しか知らない、戦しか出来ない……その弊害は、何処の国もが知るところだ。
だが逆に言えば、ただそれだけで人類社会を生き抜き、超大国にまで拡張した国家。こと戦争においてのみなら、何処の国にも負けないだけの事をしてきたのだ。
「北の飛行騎兵は残し、他は動かす。コンセシールの包囲も解いて良い。先手は取られたが、ただそれだけの事だ」
既に続々と、各地からの急報がもたらされている。カルターの意識は完全に軍務にシフトし、対策を考え始めた。だが頭の隅に、一人の男の影が浮かぶ。
ジェルケンブール王国軍に混ざっているという人馬騎兵――コンセシール商国、いやリッツェルネール……奴が動いていた事は間違いない。さて、いったいこの戦争に、どれだけ関与しているのか。
常識で考えれば、小国の一武官が大国の戦略に係わる事は無い。だが商人という側面から考えれば、関与の余地はいくらでもある。
「俺も出る。王位継承順位を軍事態勢に変更しておけ」
「畏まりました。それで、浮遊城はいかが致しますか?」
浮遊城、人類最強の決戦兵器。この世界には、現在11の浮遊城が存在する。
中央を介して作れらた、七つの門を守護する七つ。ティランド連合王国、ハルタール帝国、ジェルケンブール王国がそれぞれ1つ。そしてムーオス自由帝国が建造中の1つだ。
建設には最低でも三百年、長いものでは七百年の歳月がかかっている。更に武装の準備にも百年以上が必要となる。膨大な物資と資金、そして時間を消費し、維持するだけでも大変なものだが、その戦闘力は折り紙付きだ。
もし万が一失えば、残った方がこの戦争で勝利する。誰もがそう考えるだけの物であり、それ故にいきなりの博打では使えない。
出すとしたら、最後の最後、それを使わなければ滅びる所まで追い詰められてからだろう。
その為――
「動かさん、向こうも動かさないだろうしな」
深々としたハーバレス宰相の礼を見ることなく、カルターは慌ただしく執務室を飛び出していった。
◇ ◇ ◇
火山帯――
魔王が到着すると同時に、大量の灼熱の翼竜が群がってくる。
「魔王ー、今日はどこ行くの?」
「なになにー? 用事?」
「また魔力の供給? いいよー、自由に入って行って」
その手前、亜人達の森で集まって来なかったのは、彼らなりに他の領域を気遣っての事だろう。俺が考えているより、彼らの意識は高かったのだ。
「いや、今日は移動ともう一つ用事があってな。首無し騎士はいるかー?」
「なんでしょうか、魔王様」
俺の声に応えたのは、なんかいつもより少し小さく、可愛らしい声の首無し騎士だった。見た目は全身鎧の首無し幼女といった感じだろうか? 等身の関係で妙に可愛らしく見える。馬も、なんかポニーの子供のような感じだ。いや待て――
「シャルネーゼはまだ戻ってないのか? それと、次に指示した奴は?」
「さぁ? 誰も戻っていませんのよ。わたくし、新人ですし」
ちらっとエヴィアを見る……。
「リアンヌの丘で一人死んだから、代わりに一人湧いたかな。精霊は環境と魔力があれば一定数が維持されるよ」
沼の精霊もそうだったか……と思いつつも、やってしまった感が重くのしかかる。
「完全に失敗した―!」
二重遭難の可能性を考えてはいたが、本当にやらかすとは思っていなかった。
彼女らの脳筋っぷりを甘く見過ぎていた。ここで残る一人に指示を出したら、そのまま3重遭難確定だろう。やむを得ない、最後の手段だ。
(首無し騎士の領域移動を禁止する)
「魔王様! 酷いですわ!」
すぐさま新人首無し騎士から苦情が来るが、それは知った事ではない。と言うよりも……。
(首無し騎士の領域移動を許可する)
新人首無し騎士は不思議そうに首をかしげているが、おそらくこれで伝わったはずだ。
シャルネーゼは馬鹿ではない……いや訂正、ものすごく馬鹿という程ではない。異変を察知すれば、何かあったと理解して戻って来るだろう。
ただ死霊の様な速さは無いから、それまで待つわけにもいかない。
「領域に描いた文字は、どのくらいで消えるんだっけ?」
「軽い傷程度でアレバ、1日もあれば修復されマスネ」
笑う仕草のゲルニッヒ。うん、そうだよね……。
結局またもや灼熱の翼竜の子供達に揉みくちゃにされながらも、何とか卵の殻をゲット。
「上陸ポイントを書き込んでくれ」
エヴィア……ではなくゲルニッヒに渡す。昔見たエヴィアの書いた地図は、結構アバウト過ぎたからな。
それで試しに任せたわけだが、こちらはこだわりの逸品という奴だろうか。海岸線のギザギザまでかなり細かく書き込んでいる。まだ実際には行った事は無いが、かなり正確なのだろう。後は――
「魔王はぷんすか丸だぞっと。この場所に集合せよ」
首無し騎士語でメッセージを書き込んでようやく完了。まさかシャルネーゼを呼び戻すのに、これほど手間がかかるとは思わなかったよ。今度合流したら、もう絶対に手放さないようにしよう。
「ソレは結婚すると言う事デスカ?」
「絶対に違うからな!」
心の底からきっちり否定しておかないと、何をしでかすか分からないのが魔人の怖さでもある。だがそれよりも、俺は先ほどの正確な地図を見て少し思う所があった。
「ゲルニッヒ、世界地図を書いてくれ。地形の詳細とかは拘らなくていいが、面積とかは少し正確にだ」
「地面にで良いのデスネ」
こちらの意図を察し、地面にガリガリと地図を書き始める。
やはり、世界はかつてエヴィアが描いたように歪んだ菱形だ。だが少し違う点がある。
続いて描かれた魔族領を囲う壁。その内側は大陸全体からすれば確かに小さいが、俺が思っていたほどには小さくない。おおよそ、地球でいえばEUくらいの広さがありそうだ。
そしてその中に描かれる残っている魔族領。これは本当に小さなものだ。東西に広がる白き苔の領域以南は全て取られ、北側も炎と石獣の領域や亜人の森、それに火山帯周辺まで――およそ全体の半分ほど侵攻されている。
「ありがとう。大体判ったよ」
初めて壁まで行った時、取られた魔族領の広さは予想が付いていた。だがこれで確信に変わったと言って良いだろう。
「まおー……」
スースィリアの心配そうな様子も判る。あの日から、この件に関してずっと気にされている事も。だがこれは、いつかどこかで決断しなければいけない事だった。
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