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この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦います  作者: ばたっちゅ
【  第五章   それぞれの未来  】
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086   【 服と武器(2) 】

 ユニカはエヴィアとヨーツケール、それにゲルニッヒの3人の魔人を伴って水路へ食料調達に出かけていた。

 魚や貝を採るのは主にヨーツケールの仕事であり、ユニカは指示役。他二人はただの見物人だ。

 そんな中、魔人ゲルニッヒの視界の先に魔王が映る。


「オヤ、魔王があそこにイマスネ」


「スースィリアもいるから分かりやすいかな」


 そんな二人のガヤを無視しつつも、やはりユニカとしては魔王が気になって視線を動かしてしまう。

 そこでは今まさに、魔王が服を脱ぎ全裸になっているところだった。


「服を脱ぎ始めたかな。温かくなってくると、おかしな人が出るって誰かが言ってたよ」


「マァ、まだ冬なのデスガネ。ハハハ。ユニカさんは見ないのデスカ?」


「そこ! うるさいわよ! 口だけじゃなく手だけを動かしなさい!」


 指示された二人の魔人がすごすごと水路に降りていくのを見送りながら、魔王はいったい何をやっているのだろうかと、少し腹立たしさを覚えていた。




 ◇     ◇     ◇




「一応全部脱いだけど、これでいいのか?」


 魔王相和義輝(あいわよしき)は言われるがままに真っ裸になっていた。

 この領域にも四季があるとはいえ、本来の自然よりずっと暖かい。凍える事は無いが、それでも少し恥ずかしい。


 〈 いいわよー。じゃあお邪魔して…… 〉


 そう言うなり、尺取虫(シャクトリムシ)の体が白い餅のように変化する。

 あれ? これは確か、魔人が他の魔人と融合する時になる形では……。

 嫌な予感が全身を駆け巡る。だがそんなこちらの感情などお構いなしに、テルティルトは液状になってぞわっと両足から登ってくる。かつて掘られた記憶が呼び覚まされ、慌てて尻穴を抑えてしまうが……。


 〈 それとは違うわよー 〉


 そう言うと体に張り付き、その姿、色合い、質感が見る間に変化する。

 白い液状だった体は、革とも金属とも言えないような質感に変化し、見た目は服とも鎧とも言えないような奇妙なデザインに変化する。高い襟が付いているが、全体は甲殻類の外骨格を纏ったと言えば良いのだろうか?

 色は赤と黒を基調にし、甲殻の接合部分は鈍く金色に輝いている。この配色は、やっぱりこいつの趣味だったか。

 だがこんな変化をしてしまっては――テルティルトの命のカタチが崩れてしまう!?


 しかしそんな心配をよそに、テルティルトは以前その名を保っている。

 不定形……それが本来の姿なのだろう。とは言え……。


「この格好で人間世界に行ったら、それこそ一触即発なんですが」


 〈 ここから変えるのよー 〉


 よく見れば、首もとに小さな尺取虫の顔がある。声はここからか。そんなことを考えていると、ふぁさっといつもの魔王服に変化した。


「おー、こうやって変えるのか! これなら確かに、デザインさえ別にすればバレそうにないな」


 そう言いながら足を上げると、靴底部分もしっかりと覆われる。一応手と顔は剥き出しだが、必要に応じて(おお)ってもらえばいいだろう。

 だけどこうしたって事は――


「もしかして、付いて来てくれるのかな?」


 〈 あたしもいくよー。魔王一人だと危ないしねー。他に付いて行けるのはエヴィアくらいでしょう? 〉


 確かにその通りだ。幸い、エヴィアは人間と見分けがつかない程に仕草と表情を覚えている。一緒に行っても問題無いだろう。だがやはり、共が魔人一人だけなのは心もとなかったところだ。


「吾も行きたいのであるぞー」


 スースィリアは少し不満そうだが、それは無理だ。今回は戦争に行くわけじゃない。


「スースィリアはお留守番を頼むよ。それとテルティルト、武器も作れるか?」


 生兵法は大怪我の元と言うが、生きるか死ぬかの一線を越えるかもしれない状況になるかもしれないのだ。選択肢は多い方が良い。


 〈 どんなのが良いの? 〉


「そうだな……」


 思いつくのはやはり、この世界の人間が使っている大きな武器だ。その中でも、やはり刀剣が自分にとっては馴染み深いか……。

 そう考えると、テルティルトの体の一部が伸びて全長2メートルほどの大剣に代わる。質感はやはり昆虫の外骨格だが、見た目ほどには重くはない。中も昆虫みたいに空洞になっているのだろうか? 多少そんな疑問もあるが、一度は使ってみたかったデカい武器。散々苦しめられた力が、今度は自分のものに!


 ……なんて思ったのだが、何だこりゃ。

 何と言うか、長すぎて地面が近い。力の入れどころや抜きどころも分からない。引きがうまく出来ないから、刃物で叩いているだけだ。これでは猿が棒切れを振り回しているのと変わらないぞ。


 〈 全然ダメねぇ…… 〉


「こんな武器は馴染みが無さすぎるんだよ」


 頼んだ身で言い訳をするのもみっともないが、本当に槍で叩くような感じにしかならない。この世界の人間は皆、子供の頃からこういった武器の修練をするから扱えるのだろう。だが素人には難しすぎる。仕方が無いか……。


 結局、自分のイメージによく馴染む日本刀の形態になってもらう事に。これなら子供の頃に勇者ごっこで振り回したし、中学時分には多少の心得がある。

 切れ味も、腕程の太さの枝なら簡単に切り払えるほどだ。自衛用としては十分だと言える。

 俺が前線で剣を振るう事はまずないと思うが、ケーバッハの件もある。万が一の時は、自分の身は多少なりとも自分で守らないとな。


 〈 でもこれだけ短いと、重甲鎧(ギガントアーマー)の相手は無理ねぇ 〉


「うーん……」


 重甲鎧(ギガントアーマー)……確か、あのパワードスーツの名前だ。言われるように、この剣の切っ先が相手の胴に届く時、こちらは既に蹴られているか、踏まれている。武器と鎧、どちらが先に大きくなったのかは知らないが、恐竜的な進化を遂げたのが今の姿なのだろう。


「とりあえず、重甲鎧(ギガントアーマー)とやらとは戦わない事にするよ」


 〈 それが無難ねー。じゃあ、細かいデザインを煮詰めましょう 〉




 ◇     ◇     ◇




 ホテルに戻ったのは、もう日が落ちてからであった。

 当面の服装はいつもの魔王服。だが実際にはテルティルトだ。細かい部分を詰め切れなかったので、ホテルで話し合う事にしたのだ。


 この時間に戻るのは珍しい。なにせ街灯なんかは無い世界だ、夜の闇に覆われると、足元すら見ることが出来なくなってしまう。移動はスースィリア任せだが、この黒に包まれた世界は少し怖い。

 だからだろうか、こうしてホテルの明かりを見ると、なんだか安心するな。いつ何のために作られたか知らない魔王の居城には悪いが、俺にはこちらの方が住処という感じがして心が癒される。


「ただいまー」


「お帰りかなー」


 食堂にはエヴィア、ゲルニッヒ、それに死霊(レイス)のルリアにユニカと勢ぞろいだ。何だかんだで、このメンバーにも普通に馴染んできたユニカの姿を嬉しく思う。

 人と魔族、こうやって当たり前の様に過ごせる日が来て欲しいと心から願う。

 エヴィアが着ているのはユニカが編んでいたセーターか? 模様が微妙に文字になっているようないないような……しかし羨ましい。

 いつか、俺にも編んでくれるのだろうか。


 〈 遊びに来たよー 〉


 そう言って、するっと体から離れ、尺取虫の姿に戻るテルティルト。

 オイ、ちょっと待て!

 当然ながら、すぐさまマッパ! 全員の視線が集中する。


「いきなり何脱いでるのよ!」


 ユニカの叫びと共に、股間に飛んで来る蒸した芋。


「ぎやああぁぁぁぁぁ!」


 その丸い物体の熱量と質量は、俺に断末魔の悲鳴を上げさせるのに十分な物だった。

 そうして転がる俺の頭元に、ゲルニッヒがやってくる。


「お楽しみ中に申し訳ありまセンガ――」


「お前は……俺が今、楽しんでいるように見えるのか……?」


「ソウですね……とても複雑な思考と感情が渦巻いてイマス。実に興味ブカイ。デスガ、比較的穏やかな状態デスネ」


 そうか……まぁ確かに怒ってはいないし、全裸になった恥ずかしさや、団欒を見た和みの余韻も残っている。色々と理解できない点もあるのだろう。しかし、なんとなくゲルニッヒの興味の方向が分かって来たな。


「ところで、何の用だったんだ?」


 真面目に聞くが、全裸で股間を抑えて(うずくま)ったままでは格好がつかない。近くにあったタオルで股間を隠しながらとりあえず座る。


「服を着てから座りなさい!」


 ハイ、すみません……。



 彷徨う死体(ゾンビ)が持って来てくれた予備の服に着替えてから、改めて座る。


「なんだかいきなりドタバタになってしまってすまないな。それで何があった?」


「壁を越える手はずが整いマシタ。そのご報告デス」


 そうか……遂にこの日が来た。まだこの世界に来てから1年も経っていない。だが本当に長かった気がする。

 1回行って話し合って全てが解決――そんな甘い話ではない事は理解している。もしかしたら逆に怒らせてしまい、更なる戦いに突入する可能性だってある。だけど、やらなければいけない。今まで殺してきた命、それに報いるためにも。


「時間と場所、それに相手は誰だ?」


「時間と場所に付いテハ、現地に着いてから詳細を決める手筈デス。その方がよろしいデショウ」


 確かに、ここから壁を越える定期便などが有るわけではない。先ず向こうに行ってから、会見の時間を決めるのが正しいだろう。


「それで、相手は?」


「ハルタール帝国を治めるオスピアです。実に楽しみにしていマシタヨ」


 まるで会ってきた口ぶりだが、実際に、ゲルニッヒには会った記憶があるはずだ。おそらく何人かの魔人の記憶を経由してここまで運ばれてきたのだろう。


「聞いた事がある国だな。大きいんだっけ?」


「世界四大国の一つかな。北のハルタールって呼ばれているよ」


「ちょっと待ってよ! オスピア女帝陛下様が、なんでアンタに会うのよ!」


 エヴィアは記憶をやり取りして知識を得たのだろうが、ユニカが食いつくとは思わなかった。それにしても――


「俺、一応魔王なんだけどな。むしろユニカが知っている方が驚いたよ」


 本気で呆れました――今のユニカの顔を評するならそうなるだろう。ジト目で溜息を吐きそうな感じで睨んでいる。


「世界のトップが魔王に会うなんて聞いたことないわ。それに女帝陛下様を知らない者のなんて人類にはいないわよ。なんと言っても、いつ即位したかも分からない人間なんだから」


「長く生きているのか……」


 同時に、頭の中で余計な事は言わないように魔人達に注意を促す。

 そもそも会う事は教えてはいけない情報だった。今更こんな場所で知った所でどうにもならないとは思うが、それでも人間世界の情報は、彼女の心に不安の影を落とす可能性がある。


「長いも何も、言ったでしょ。誰が生まれた時も、ハルタールの皇帝はオスピア女帝陛下様なのよ」


 フォークを摘まんでプラプラしながら教えてくれる。まだ壁と棘はあるが、こうして会話出来るようになっただけ上出来だ。もう少し詳しく聞きたいと思うが、俺の話術ではその為にやばいことを口走りそうだ。この話はここまでにしよう。


「明日から、人間の世界に行くための準備をすることにする。協力を頼むよ」


 屍喰らい(グール)が夕食を運んで来たところで、この話は終了となった。明日からは、いよいよ行動開始だ。

 期待と不安が、俺の中をぐるぐると渦巻いていた。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

この物語がいいかなと思っていただけましたら、この段階での評価も入れて頂けると嬉しいです。。

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