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この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦います  作者: ばたっちゅ
【  第五章   それぞれの未来  】
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084   【 東方国家 】

 東の大国ジェルケンブール王国。

 南北に長い国土を持ち、東は全て海岸線に面した海洋国家だ。

 国土面積はティランド連合王国軍の半分にも満たないが、人口では上回っている。それは豊かな海からの恵みと、国内に残る豊饒な領域によるものであった。


 領域はこの国では神の地と呼ばれている。豊かで温和な魔族しか済まない地は楽園と呼ばれ、また一方で、手の出しようもない程に強大な魔族の住む地は冥府と呼ばれていた。

 当然、人類社会はこの領域を解除させようと圧力をかけたが、宗教を盾に断固としてこれを拒否。同様に領域の恵みに浴する国家が集まり、遂に世界の大国と呼ばれるまでに成長した。


 今では他の三大国が手出し出来ない程の戦力を有するが、もし魔族領が終わったら次はこの国だと言うのが世界の常識だった。



 首都カンプールにある、漆と朱漆で塗装された黒赤の豪華な6階建ての木造建築。海に面した離宮として建てられたが、今では祭事を兼ねる神聖な場所となっていた。


 その最上階。東側は吹き抜けで、静かな海の風が吹き込み、他の三面の壁と天井は朱漆、床は漆黒の輝く様な漆塗りだ。木組みの部分には金の装飾が施され、豪華さと優美さの調和がとれた美しい部屋だった。


 そこには今、国王であるクライカ・アーベル・リックバールト・ジェルケンブールと多数の大臣、将軍、そして司祭達が集まっていた。


 クライカはいつもの様に艶やかな黒髪をおさげにし、額には3つの黒点。そして190センチの長身を、緩やかな白の上下の祭事服に身を包んでいる。そして、頭に冠った飴細工の様な網目状の金の長い帽子が、外の光を受けて煌めいていた。


 椅子などは無く、床に敷かれた円形の座布団に座る姿勢。

 周囲の物も、金の帽子こそは無いが、同じ服装に同じ姿勢である。


「それで、やはり北はダメか……」


 国王クライカの口から、重い空気を吐き出すような言葉が漏れる。

 ハルタール帝国は内乱が起きたにも関わらず、結局精強な東方部隊を一歩も動かさなかった。そしてあの一騎打ち(パフォーマンス)

 この世界には動画技術は無いが、通信貝を使った静止画撮影はある。それは一切の検閲なく、世界中に配信されていた。

 その意図は明らか――威嚇である。


 国王の言を受け、重臣の一人が深々と頭を垂れ――


「”女帝”健在と言うしかないでしょう。我々に伝わる文献では、およそ20万の兵にも匹敵するとありました。当初は、それが誇張であると思われていたのですが……」


 だが実際は誇張どころではない。たった20万の兵で倒せるわけがない――それは誰の目にも明らかだった。

 しかも厳しい寒さに包まれた北の大地では、炎の魔法が盛んに研究され発展していった。北方諸国の飛行騎兵の多くが、炎の魔術師を乗せた3人乗りなのもそれ故だ。

 もし女帝がそれを引き連れ攻めてきた日には、この首都など一夜にして業火に包まれるだろう。


 そしてまた別の重臣が同様に頭を垂れると――


「北への口は狭く、また厳重な警戒を崩していません。大軍を率い攻めるのは不可能かと思われます」


 そこからは、まるで堰を切ったかのようだった。


「このまま海を失えば、我々は国土に応じた人口しか維持できなくなるでしょう」


「国民の半分が飢えて死ぬこととなります。それならばいっそ、死に居場所をお与えください」


「ティランド連合王国の部隊は、現在は南北に集中しています。これ以上の好機はありません」


「彼の王は、まだ王位に就いたばかり。百戦錬磨の女帝とは組し易さが違います」


「我々には、コンセシール商国から購入した人馬騎兵があります。その国を救うという名目がある以上、他国に対しては外交で対処できましょう」


 重臣たちの言葉を、目を伏せ静かに聞いていたクライカであったが、既に決心は定まっていた。

 元より、このまま座して死を迎えるつもりはない。

 確かに四大国同士の戦争は条約で禁止されている。だがどちらにせよ、魔族領が無くなれば無効化される事は、誰もが常識レベルで知っている事だ。今破った処で、それがなんだというのか。


 問題は、国境を面している北と中央の、どちらを相手に戦うかという話であった。

 北の大国ハルタールは、内乱により疲弊と混乱の最中にある。だがこちらは隣接する国境が狭く、しかもそのルートは完全に要害化している。東方部隊を動かさなかったのも、こちらの意図に気が付いているからだ。防戦体制は万全であろう。

 そもそも、あのような北の貧しい国を切り取ったところで、あまり国家の足しにはなりはしない。


 一方で、中央のティランド連合王国は接している国境が広い。それは良く言えば攻めやすいが、不利になれば、一転して守りにくいと言う問題も孕む。

 徹底した軍事政策による、強力無比な軍隊と指揮官も脅威だ。同数で当たって、あの国に勝てる軍隊を持つ国家は皆無だろう。

 だがその政策により、軍事以外はまるでダメと言うのが大きな弊害として影を落としている。

 特に、大国家の指導者の地位に立つ者が、政治を何も知らない一介の将軍であることも珍しくはない……と言うより、今の状態がまさにそれだ。


 当然政治参謀(ブレーン)も付いているが、専制政治において国王の影響力は絶対だ。

 数年もすればきちんと学び、政治家としても成長するだろう。だが現在はただの素人にすぎない。


 しかも兵団は南西のコンセシール商国、北部中央のハルタール帝国へと動き、まるで攻めて下さいと言わんばかりに東が開いている。

 やるのなら……今この時しかなかった。


「汝らの意見は解った。我もまた、同じ想いである」


「おお……では!」


 重臣達が一斉に立ち上がり、クライカもまた立ち上がり右拳を上げる。


「我等はティランド連合王国を討つ! その領土と力を以て、我らが神の地を守るのだ!」


「「「オオオォォォォーー!」」」


 碧色の祝福に守られし栄光暦218年2月05日。

 この日、ジェルケンブール王国はティランド連合王国との開戦を決定した。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 魔王相和義輝(あいわよしき)は、ホテルに戻って情報の整理をしていた。

 魔人ゲルニッヒらに人間との会談を頼んだはいいが、それまでに改めて交渉内容を纏めておかねばならないからだ。

 もし内容に不備があったとしても、「では持ち帰って検討します」とは言えない立場である。

 これ1回で全てが決まるわけでは無いにせよ、可能な限りスムーズにやり遂げたい。


「こちらが求める物は和平ただ一つ……シンプルだ。当然恒久的なものにはなり得ないだろうが、長ければ長いほど良い」


 ホテルの部屋には魔王一人だけ。ユニカは魔人ヨーツケールを伴って、食料の調達に出かけていた。結局ホテルに戻ってから、お互い一言も口を利かない関係だ。冷え切った状態だが、今は仕方がない。

 魔人エヴィアは1階。魔人スースィリアは庭に居て、たまに様子を覗きに来る。

 そんな訳で、ぶつぶつと独り言を言ってはメモし、また考えるとういう悶々とした時間を過ごしている。


「こちらから出せるのは、金と太陽と……」


 寿命の件を考えて思考が止まる。これはプラスの意味での交渉材料足り得るのか? 普通に考えればむしろマイナスだ。産まれた時から寿命が無い人々にとっては、「俺が代わりに殺してやる」と言っているのと同義だからだ。


 たが土地は無限ではない。繁殖も止まらない。結局、増え続ける人間には死ぬ理由が必要なのだ。そして今のその理由は……。


「魔族を倒す事なんだろうな……」


 誰かのために死んだのだ、その死は無駄じゃないんだ……だが、それで殺される魔族があまりにも可愛そうではないのか。増えすぎた事が苦であるのなら、素直に自害してくれたらどれほど楽な事かと思う。


 それに、人類は本当にその先を考えているのだろうか? 壁へ行く道中でノセリオさんに聞いた話では、魔族領が終わったら東に残っている領域を滅ぼす。それで終わりのような口ぶりだった。

 だがそうだろうか? 実際には何も変わらない。時間が経てば戦争で失われた数は戻り、魔族領だって人間で溢れてしまうだろう。次は海か? だがこれは、俺の知る限り今の人類には不可能だ。


「そうなったら、結局人類同士で殺しあうんだろうな。ご苦労な事だ」



 そう言えば、ゼビア王国とやらが主人である帝国に反旗を翻したと聞いた。魔族領の撤退と時期が重なるところを見ると、やはりそうなのだろう。魔族を倒せなかったから、人間同士の戦争に戻ったと言う事だ。


「それでいいんだろうか?」


【いいさ、それが人間の本質だよ】


「人間同士の戦争に疲れたら、結局またこちらに攻めてくるんだろ?」


【そうさ、ずっとそうしてきた。次も殺せばいい】


「そうだな。向こうが人間同士で戦っている間に、こちらは力を付けておけばいい。そして追い返せば、また人類同士で勝手に始めるだろ」


【【【そうだよ……それがいい……賛成だ……】】】


「魔王様、お茶が入りましたわよ」


 突然聞こえてくる死霊(レイス)のルリアの声。普段聞きなれているはずなのに、突然聞こえた気がして少し驚いてしまう。どうにも頭がぼんやりする。疲れていたのだろうか。


「ああ、ありがと……」


 礼を言いながら振り向いた瞬間、目の前に飛び込む真っ白い布。輝くような純白に、精緻な技で織り上げた美しいレース。そしてそこから飛び出す太腿は、透けて奥の壁が見えるとはいえ十分すぎるインパクトを与えた。


 しまった――だがそう考える余裕もなく、ごそっと――それこそドバーと擬音が付きそうな勢いで、貯めていた魔力を根こそぎ持って行かれてしまった!


「くそっ、油断した……」


 実際にお茶を持ってきた屍喰らい(グール)が一礼して下がる一方で、ルリアは他の死霊(レイス)達と嬉しそうにハイタッチ。まるで子供の様にキャッキャとはしゃいでいる。

 上半身はいつもと同じで、胸元が大きく空いたフリルの付いたメイド服。だがスカートがやばい。股下0センチと言った、モロ見えのフレアの超ミニスカート。


 魔力もかなり貯まっていたので、そろそろ精霊の皆に渡そうと思っていた頃合いだ。それを横取りしようと、この瞬間の為に入念に準備して来たのだろう。本当に油断のならない連中だ。


 だが取られたものは仕方が無い。こいつらに怒っても効かないしなー。やれやれと思いつつ再び思考を戻し……体から一気に血の気が引く。

 何を考えていたのか、それはしっかりと覚えている。だが、あれは本当に俺の頭から出てきた答えなのか? それに、誰かが相槌を打っていた気がする。しかし実際にはそんな相手はいない。あれは、俺自身が自分の考えを補強していたのだ……それも悪い方向へ。


 窓から見上げた空に広がる油絵の具の空。

 以前にも考えたことがある。この体は俺であり、あの雲も俺だ。だがあちらは俺だけじゃなく、歴代魔王の意志や記憶も混ざっている。

 そしてそれは、さっきの様に魔力の支払いで使わない限り、どんどん俺の内に貯まってくるわけだ。


「魔王様、難しい顔をなされていますわ。もしかして、怒ってます?」


 珍しくルリアが心配そうに覗き込んでくる。だが――今回は助かったのかもしれない。


「いや、良い機会だったよ。むしろ感謝する。だけどもうやるなよ」


 ――まあ、言っても無駄なのだが。

 それよりもと……改めて空を眺める。

 あれは消さなければいけない。透明にするのではなく、根本的にだ。あそこに漂う魔力は、俺であるがやはり違う。何千何万年と、人類と戦い続けた魔王達の意識。それは怨念であり怒り、また諦め、虚無……絶望。

 何時かは俺の次の魔王が呼ばれるだろう。だが、その誰かにアレは残せない。


「まおー、ダメなのであるぞ。吾は寂しいのであるぞ」


 いつの間にか、窓からスースィリアが覗き込んでいる。大きなムカデの顔に表情は無いが……ああ、判る。かなり悲しませてしまっているな。

 だけど……いずれは何かしらの手は打たねばならないだろう。そう感じていた。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

この物語がいいかなと思っていただけましたら、この段階での評価も入れて頂けると嬉しいです。。

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