081 【 初代魔王 】
『我らがいついかようにして誕生したのかは不明デシ。しかし、我らが自我を確立した時、この星には我々しかいなかったデシ』
言葉を紡ぐたびに、その影の体からポコリポコリと泡が湧きたっている。
『意識と知性を獲得した我々は、ありとあらゆる事柄を学習し、研究したデシ。そして数千万年の時が過ぎたある日、遂に他の世界から生き物を召喚する事に成功したデシ。それは魚と呼ばれる種族だったデシ』
場所次第だが、いきなり失敗しそうなものを呼び出したな……。
『そうデシ。それはすぐに死んでしまったデシ。我々は、特定の場所でしか生きられない生き物というものを見た事が無かったのデシ。デシが、その体には多数の微生物も入っていたデシ。そこで我らは、初めて命というものが存在する事を知ったデシ。そこからは、長い研究と試行錯誤の日々だったデシ』
「その微生物から、この世界の生き物は分化したのか?」
「「「それは違います。我らの興味は1回では尽きませんでした。同時に並行して、無数の生き物を召喚しました」」」
【そうしている内に、その生き物たちは我々とは根本的に……いや抜根的に……根源的に?】
『本質的に異なる生体を持つことが分かったデシ。特定の環境や、特定の栄養源が無ければ生きられない……当時は理解できない知識だったデシ。多くの失敗を経て、我等はこの行為を続けていいか日々考えたデシ』
「「「そんな時、人間が召喚されました。今でも覚えています。その人間が、他の生き物の死骸を食べる姿を」」」
「ちょい待ち! 魔人も物を食べるよな? それまでどうしてたんだよ」
「「「食べる、その行動に衝撃を受けた魔人の多くは食べる事を真似し、日々の行動に組み込みました。私のように本来の生態を取る魔人は、太陽の発するエネルギーのみで動きます」」」
――あぶねぇ! こいつが誘うつもりじゃなかったら、それこそ永久に追いかける羽目になったかもしれないのか。
【話が逸れたな。召喚された人間は我等に無い知識を持っていた。同じ生き物の知識だ】
ようやくラジエヴが詰まらずに言えたか。俺の見立てではこいつは賢いはずだ。だがあの言葉の詰まり方……完璧主義者的なものだろうか。
『我々は、長い歳月の末、生き物を管理する助言者を手に入れたデシ。当初は言葉の壁もありましたが乗り越えたデス。そして星の魔力を空に上げ、巨大な管理システムを構築したデシ。その辺りも聞くデシか?』
「いや、大丈夫だ。続けてくれ」
「「「我らは生き物を管理するため、人間に様々な権限を与えました。領域の生成、無制限の移動、温度や湿度、大気などの環境整備など様々です。当初は実にうまくいっていました。世界は領域で分割され、そこに生きる生物達は我々に新鮮な驚きを与えてくれました。ですが……」」」
【人間の飢えは……いや渇望は、いや違う、希望は】
『欲求は止まらなかったデシ。ですが我々は、それを与え続けたデシ。貴方は寿命に関して聞いたデシね? 予想しているでしょうが、我々がシステムに組み込んだのデシ』
「他の生き物はどうなんだ?」
「「「勿論、全ての生き物に共通です。我々は、人間だけを特別視はしません」」」
【だがそれが失敗だった。人間は特別である、そう彼らは考えていたのだ。だが我らは人間と他の生き物の間に差を付けなかった。それが彼らの不満を爆発させた。なぜ自分達を特別視しないのか? 我等はそれに正しく答える事が出来なかった。】
『やがて、人間は自分達に都合の良い神を作り出し、その考えに従うようになったデシ』
「それで他の生物との間に軋轢が生まれたのか?」
「「「それは正しく、少し違います。他の生物とではなく、人間同士で軋轢が生まれました」」」
「人間同士?」
一瞬の疑問を呈したが、聞く必要はなかったかもしれない。3人集まれば派閥が出来る。その時点でどれだけの人間が集まっていたかは知らないが、神を作り社会を構成するほど……おそらく相当の年月があったのだろう。
『人間の中は、他の生き物と共存すべきと言う意見と、この星を人間だけの世界にすべきだと言う意見に分かれたデシ。我々は暫く静観したデシが、最終的に共存の意見を採用したデシ』
【その共存派の代表の一人が、初代の魔王だ】
途中から薄々は察していた。魔人は人間と他の生き物との区別をしなかった。もし俺の世界に強大な力を持つ神のようなものが存在し、「これからは人間と同じ権利を他の動物にも与えよ」、なんて言ったら大変な事になる。絶対に、あの邪神……偽神を討伐しろとなるだろうな。
だが同時に、それに従おうとする者もまた出てくる。そのリーダーが、人間にとって都合の悪い存在――魔王と呼ばれることになったわけか。
「それまで人間に与えた特権。どうしてそれを剥奪しなかったんだ?」
領域の移動制限、それを剥奪するだけで問題は解決すると思われる。後は他の生き物と同じように、増え過ぎたら減り、減り過ぎたら増え、ギリギリのバランスを保ちながら生きていくだろう。万が一絶滅しそうになったら、その時だけ干渉だけをすれば良い。閉鎖された社会だ。きっと、それこそ神と崇められることだろう。
「「「我々が作ったシステムは、長い時間をかけて複雑に組みあがっていました。管理は一人の采配に任せ、領域の移動などは種別ごと、寿命などすべての命に関わるものは全体にという様に作られており、変える事は出来ませんでした。人間種を制限する事は、魔王を制限する事と同じです。これには複雑な安全装置を設けており、今日まで干渉したことは有りません」」」
成る程なと思うと同時にふと疑問が出る。共存派のリーダーが権限を持っていたから良かったが、そうで無かったらどうなったのだろう?
だがそんな考えは霧のようにふわっと消える。考えてみれば、自然な流れだ。
おそらく人類の我が儘は、魔人にではなく管理人たる人間――魔王に向けて発せられたのだ。だがここまでの話だと、まだ魔人は致命的な失敗をしていない。責任の丸投げ前だ。
上司に魔人が居て、下の人類からは突き上げをくらう。中間管理職である魔王の辛い立場が目に浮かぶようだ。
「魔王と人類の確執はそこからなのか?」
『微妙に正しいデシ。人類は遂に、魔王を殺せば世界管理システムを奪えると考えるようになったデシ。そして、魔王を殺そうとしたデシ』
【その為、我らは人類をこの世界から消した……いや、失わせたか? いや、滅亡させたのだ】
一瞬眩暈がする。当時の人類がどのくらいの数かは分からないが、全て殺し尽くしたのか……。
いや待て、そうすると魔王は!?
「「「烈火のごとく怒りました。我々は、彼以外の全ての人類を殺したのです。彼の家族も含めてです。当時の我々は、システムである魔王さえいれば問題ないと考えていました」」」
『我々はやってはいけない事をしてしまったのだと、その時になって気づいたデシ。我等は反省し、魔王の為に新たに人間も召喚したデシ。今度こそは大丈夫だと思ったデシ』
「それでまた失敗したのか……」
【全く同じ事が繰り返された。だが我々は、再び人類を絶滅させる愚は犯せなかった】
そこから先は、もう聞かなくても大体分かる。
新たな人間種もまた、以前の人類種と同じ権限を持っている。魔王がそうだからだ。そして同じように行動し、結局同じ考えに至り、魔王を糾弾し、最後は泥沼の戦争へと突入したのだろう。
だが魔人は同じ結果にはしたくない。だから、人間をどこまで間引くのか……そういった辺りの線引きを、同じ人類である魔王に一任したのだろう。
増え続ける自分たち人類を殺し、魔族を守る存在……そりゃ拗れるよな。
ごつごつとした岩肌の天井を見ながら考える。いっそ、ホテルで永遠に暮らすか……。
人類種の領域移動禁止。魔王も動けなくなるが、それが一番手っ取り早い。
事情を話せば、ユニカは案外分かってくれるかもしれない。そうでなくても、長い時間を掛ければ次第に打ち解けてくれるだろう。最悪別居だが、幸い住む所は沢山ある。
産まれてくる子はちょっと大変だ。なんと言っても人間は父親と母親しかいないのだ。エヴィアは居てくれるだろうが、それでも寂しがるだろう。もしかしたら、一生……それこそ何千年も恨まれるかもしれない。だがそれで、人類と魔族の間に恒久的な平和が訪れるのだ。
こうして考えると、魔王の子供を人間社会に流すのは、案外真っ当な事だったんだな。
いや、待てよ? もし俺が欲望に負けて、10人とか20人とか子供を作ったらどうなるんだろう。
最も遠い血縁でも2×2のインブリードだ。繰り返される近親相姦は止められず、相当な不幸が予想される。だがやがては増える。そして一度軌道に乗れば鼠算だ。いずれは一つの領域では狭すぎる事になり……。
うーん、少し前に絶滅しない程度に放っておけばいいと考えたが、いざ自分の子供となるとそうもいかない。結局は、平和と言う名の不幸を押し付けるだけで本質は何も解決していないのだ。だが――
「なあ、再び寿命を有りにして、俺が50年くらいでぽっこり逝ってしまったら……魔人的にはどうなんだ?」
「「「それは魔王の生命に関わる問題です。我々は、決してそれを容認しないでしょう。ですが、その心配は無用です。既に誕生している命の形に関して、システムは何も影響を及ぼしません」」」
「今不老の人間には影響がないのか……」
これで人間との交渉材料は大方揃ったと言って良いだろう。残るは方法だ。
「魔王の魔力の透明化、それと寿命を再び全ての生き物に与える事、その方法を教えてくれ」
【その辺りは大陸のちょうど反対、海上にあるシステムの中枢へ行けば可能だ。魔力の透明化はさほど難しくはない。だが寿命の変更には…………】
なんだ? 言葉に引っかかったわけでも無いのにラジエヴの言葉が詰まる。他の魔人達も語らない。ラジエヴの触手がニュルニュルと蠢く音だけが場を支配する。思案している……大抵こういう時は、禄でもない答えしか返ってこないわけだが。
「「「正しく接続されていた場合、およそ6年をかけて変更は完了いたします。ですが、現在魔王は正しく接続されていません。よって、千年を待つか、魔人が直接アクセスして使用することになります」」」
「使用ってのは俺の魔力……つか空にある俺自身にだよな? 領域を作るのと同じようなものか?」
『似てはいますが、規模が違うデシ。おそらくほぼ全てを使う事になるデシ。つまり、貴方の意識はこの世界から消滅するデシ。廃人化、そう言って差し支えは無いデシ』
「……参考までに、その後の公算を教えてくれ」
「「「使った魔力は星に戻り、やがて元の様に空に上がります。そのように作りました。
ですが、使ってしまい消えたものは戻りません。戻ってくるのは、ただの魔力です。貴方や歴代魔王の意志や記憶は消滅しています」」」
【だがシステムの維持は必須事項だ。だから許可が欲しい、再び召喚するだけの魔力が溜まり次第、貴殿を殺し新たな魔王を呼ぶことを】
「それまでは介護してくれるって事か……」
意識も記憶も失えば、それはもう死んでいるのと同じだろう。だからその後の事は、あまり気にしなくて良いか。
問題は、自分に死ぬ覚悟があるかどうかだ。それも今現在、敵である人類の為……しかも余計なお節介だ。むしろ、永遠に若いままでいる事を願う人間からしたら、明らかな敵対行動とも取れる。不老長寿……それが人類が夢見た姿に他ならないのだから。
だが、覚悟さえ出来ればかなり大きな交渉材料だ。良い方にも悪い方にもだ。
これでこちらが切れる交渉材料は、大体揃ったと言って良いだろう。
「人類の、出来得る限り偉い人間と合いたい。いきなり和平への話し合いってのじゃなくていいんだ。人類社会が、今何を望み、これからどんな世界を求めているか、それを聞いてみたい。出来るか?」
「ソレでしたら……」
これまで沈黙を守っていたゲルニッヒがようやく動く。これで十分満足したと言う事なのだろう。
「コチラで手はずを整えておきまショウ」
いつものように仰々しいお辞儀。こっちに関しては任せて大丈夫だろう。
そうすると残りは小さな疑問がいくつかだ。
「結局、何のために俺をここに呼んだんだ? 封印はしないって話だけじゃないんだろ?」
俺が話を遮ってしまったので、そっちの話がまだ終わっていない。是非とも彼らの本来の用件を聞きたい処だったのだが――
『いえ、その話は終わっているデシ。ゲルニッヒから、魔王の欲している知識を集めるように依頼されたため、集めてきたデシ』
そうだったのか……裏で色々と動いてくれていたことに感謝しかない。本当に助かる。
聞きたい事は――そうだな、後2つ位か。
「その話をするのに、どうしてこの場所を選んだんだ? ホテルでも良かっただろ?」
「「「理不尽な命令が出そうになったら、すぐに逃げるためです。ここなら、魔王は移動手段が限られます」」」
……こいつら。いや、魔人が結構自由気ままなのは分かっている。あまり干渉されたくない魔人なのだろう。それでもこうして俺の為に動いてくれて、質問にもきちんと答える。本当に、誠実な存在なのだな。
だが、封印を検討するほど大切な割には扱いはぞんざいだ。もう少し位は守ってくれても良いと思う。
「最後の質問だ。一度人類を滅ぼしたのに、どうして魔王なんて不穏な名前まで引き継いだんだ?」
【魔王も当初は『神の代行者』を名乗っていた。だが、滅ぼした人類の文献から、彼が魔王だと云う記述があった。その為だ】
「滅ぼした人間の遺した物をそのままにしたのか?」
それはちょっと間抜けなのではないだろうか? 魔王や魔人との闘いの記録。人間が残した物であれば、実際がどうあれ徹底的に悪として残されているはずだ。そんなものがあれば、逆に新しい人類を同じ道に誘導しかねない。
『それは彼らの生きた証デシ。そして、我々の愚かさの戒めでもあるデシ』
「「「どれほど都合が悪くても、それは大切なものなのです」」」
……そう言われてしまうと反論は出来ない。少し真っ正直すぎるが、それを悪いとは決して言えなかった。
この作品をお読みいただきありがとうございます。
もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。
この物語がいいかなと思っていただけましたら、この段階での評価も入れて頂けると嬉しいです。。






