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079   【 裏切りの空 】

 黒い穴に吸い込まれる、燃え盛る金属片。それがハルタールの小さな女帝を切り裂いて行く。

 だがそれは、切れども斬れども端から塞がり、かすり傷一つ残さない。

 包まれた炎によりその姿は遠巻きにしている兵士達からは見えないが、ククルストの義眼にはっきりと映る。裂かれた肉と肉の間から噴き出すもの。それは血ではない、極彩色の煙――魔力。


(ああ、そうだったんだね……)


 時間としてはわずか数秒。黒き闇と炎が消えた時、そこに残ったのは真っ赤に(ただ)れ、芯まで焼けて黒い煙を漂わせるククルストの巨体と、それを支える女帝の姿。


 オスピアの衣類はもはや一片すら残さず失われているが、その肌は傷一つなく美しいままだ。


「大義であったの……ククルスト。よくぞここまで生きた。約束通り、其方の遺体は彼の地に埋めようぞ。魂は、魔族の元へと行くがよい」


「有難き……しあわ……せに…………」


 女帝の体に微かに銀の鎖が浮かび上がると、ククルストの失われた瞳にかつて望んだ景色が映る。


 地平線の彼方まで生い茂る、緑映える大草原。柔らかな風が吹く暖かな世界。その中に、誰かが立っている。

 上半身は草原の色をした肌の子供の様。下半身は真っ赤な花で、そこから生えた根っこでぎこちなく歩いてくる。

 両手を広げ、満面の笑顔で自分の名を呼んでいる。


「ああ、君はそんな姿をしていたんだね。うん、分かるよ。目は見えなかったけど、何度も触れあったからね。ただいま……もうこれからは、ずっと離れないよ」


 ゴトゴトと、ククルストの2つの義眼が焼けた大地に落ちる。

 戦いの決着を知り、ハルタール帝国軍から歓声が巻き起こった。


(真っ直ぐな男であったの……)


 だからこそ、付け込まれたのだ。その心の隙に……あの男の囁きに…………。





 その上空400メートル――


「こちら飛行騎兵隊ラウ・ハルミール。目標を発見。これより全騎突入する。繰り返す――」


 音もなく飛来した空を飛ぶ騎兵隊。角ばった細長い胴に2枚のデルタ翼。先端には二匹のエイを十字に重ねた形の衝角が光る。全体は青く塗装され、7本の尾を持つ白き三つの星マークが見える。

 コンセシール商国飛甲騎兵隊、その数2千騎。それが一斉に、ゼビア王国残党軍に襲い掛かった。


「魔力注入!」

「魔力注入良し!」


 先端の衝角とデルタ翼の翼刃を輝かせながら、風切音だけを上げて呆然とする兵士達の群れに突入する。

 鎧袖一触――地を走る飛甲騎兵が、民兵はおろか鎧を着た兵士達すら、何の障害にもならず切り裂いていく。

 数百メートルを駆け抜け再度上昇した後には、真っ赤な線と大量の地肉が残るだけだ。


「な、なぜコンセシールが!」

「奴等、裏切ったのか!」

「条約違反じゃないか! 何を考えているんだ!」


 ゼビア王国軍は大混乱に陥った。自分達に兵器を売り、この戦争を支えた張本人から攻撃されるなど、夢にも思っていなかったのだ。


「人馬騎兵で防戦に入れ! 民兵は散開! 各個の判断で撤退せよ!」


 兵士達を守るために立ちふさがる人馬騎兵。そこへ、騎体後部のアンカーフックを下ろした飛甲騎兵隊が殺到する。

 そしてワイヤーが武器や手足に当たると反動でフックが回転し、手や足にガッチリと固定された。


「こ、こいつら、何を!?」


 人馬騎兵の操縦士も必死で操作するが、四方から、それも上から引かれては身動きが取れない。

 その動きを封じられた人馬騎兵の人体部分に、背後から衝角を輝かせた飛甲騎兵が突撃する。

 響き渡る金属を切り裂く音。そして真っ二つに引き裂かれた人型部分(コクピット)は、轟音を立てて大地に落下した。


 アンカーフックを装備した飛甲騎兵は商国の物だけだ。人馬騎兵を開発した時に、将来に向けての対抗手段を同時に考えていた結果であった。





 飛甲騎兵隊の襲撃を受けているのは、ここだけではなかった。

 ゼビア王国が各地に残した物資集積所や防衛拠点といった要地、更にはラッフルシルド王国やケイネア王国も同様に攻撃を受けていた。


 リッツェルネールからすれば、赤子の手を捻るより簡単だった。

 ゼビア王国や他の国は、人馬騎兵という強大な力を手に入れた。だが一方で、それは運用方法すら確立していない新兵器。その扱いは生産国であるコンセシールのアドバイスによって用いられた。


 更に長年の商売により蓄積された国家事情。これらを踏まえれば、どんなルートを通り何処を拠点にするか、もう地図を見ただけで分かる。

 後はそれらを潰しつつ、敗残兵の脱出口に要地を築き殲滅する。残るは微調整だけの簡単な仕事だけだ。


 彼が――というよりコンセシール商国軍が拠点としていたケルベムレソンの街の戦いは、予定の12日どころか、実質的には7日で終わってしまっていた。

 果敢に攻めたラッフルシルド王国軍であったが、マリクカンドルフの防衛陣を崩せず、逆に7日目に折角掛けた橋を落とされてしまったのだ。


 結果として、多数の民兵を街の包囲に残しつつ、人馬騎兵と本隊は進む羽目になった。だが当然ながら、出口の山には小さいながらも要塞が築かれている。そこで苦戦している間に予定日となり、その軍は背後から飛甲騎兵隊の襲撃を受け壊滅したのであった。


「では、俺は包囲している民兵どもをかたづけてくる。カリオン殿はどうする」


「ああ、もうリッツェルネールで良いですよ。当面はここで指揮する事になります。暫くは忙しくて動けないですね。言う必要も無いとは思いますが、ご武運をお祈りしていますよ」


 地図と配置図を確認しながらそう言う彼を見て、マリクカンドルフは少し人間的な違和感を感じていた。


 元々マリクカンドルフは戦術家に属する人間だ。こういった方面で名を残す人間は、得てして人情家が多い。

 戦場に立った人にはそれぞれ拠るところがある。金であったり名誉であったり、また上官の能力への信頼であったりだ。だが自分の命が失われようとする時、それらが一体何になるのか。そんな最後の線を繋ぐ要素が、自分の死後の世界であり、残してきた家族や友の行く末を託せるかどうかだ。たとえ自分が捨て駒であっても、そこから先を信用できる相手。

 戦場において最初に捨てるように言われる人間性が、結局のところ、極限状態に置かれた兵士の心を繋ぎ止めるのだ。


 だが一方彼――リッツェルネールは戦略家に属する。

 彼らは兵士達の先にある生活や家族は見ない。兵達とは単なる数字であり、最終目標までにどれだけ減って良いかを冷徹に判断して計算する。負うべき責任は対局の結果であり、人ひとりの生死などに心を動かす人間には務まらない。しかもその中でも、特に軍略のみに特化した存在。

 個人として見ても、人間の繋がりで避けては通れない、国家、民族、宗教等から隔絶した商人という人種。合わせて考えてみれば、この世で最も人から遠い位置にいる人間だ。


 だがそれでも、以前リアンヌの丘で出会った時は、そこはかとなく人間性を滲ませていた。彼の心を社会に繋ぎ止める何かがあったのだ。

 商人らしく金か? だが彼が贅沢を志向する人間とはとても思えない。


「君は何のために戦っている?」


 マリクカンドルフは聞かずにはいられなかった。


「今日という日が明日も続くためですよ」


 彼の返答の意味をどう取るべきか暫し悩んだが、結局それ以上は言葉を発せずにマリクカンドルフは出陣した。





 ◇     ◇     ◇





 カルタ―は執務室で、送られてきた報告書を読みながら頭を掻いていた。その顔には、苦虫を噛み潰したような表情が浮かんでいる。


「やられたな……先手を取られたか……」


「陛下、いかがなさいましたか?」


 カルタ―の言葉に反応し、ハーバレス宰相が声をかける。


「コンセシールが、ハルタール帝国で軍事行動を起こしやがった」


 イラつくように報告書を机に放り投げる。実際、彼の怒りは凄まじく、少し前だったら机を叩いて怒り狂っているところだ。


「それは条約違反ではありませんか? いっその事、それを口実に攻め込む手もありますが……」


 既にティランド連合王国の軍勢450万人と民兵2千万人が、コンセシール商国に攻め込む支度は整えてある。

 だがそれは、あくまで商国の軍事力が帰国し、正式に独立を表明してからの予定だった。

 一度は従属させた国に圧力をかけ、更に攻め込むというのは、さすがに国家としての体面が立たない。

 たかだか一つの小国を潰すのにそんな悪歴を残しては、他の従属国家との関係だけではなく、今後の国際的な信用にも響きかねないのだ。


「それは話にもならん。潰せば良いと言うだけの話じゃねぇ」


 実際、その程度の事はハーバレス宰相も分かっている。一応、王の考えを確かめておこうという意図の提言であった。


 それに四大国同士の介入が条約違反と言っても、そもそもがコンセシール商国は世界連盟に加盟していない。より正確に言うなら、かつては加盟していたが、属国になり外交権を失った時点で脱退しているのだ。他国の国境を超える事に、条約上の制限はない。


 本来であれば連合王国の認可が必要だが、交易封鎖を行った時点で双方の関係は壊れている。もう実質的には戦争に突入しているのだ。だからその行為を咎める権限も無い。


「ハルタール……どう見る?」


「おそらくは、商国軍を容認するでしょう。我々は、常に北面を脅かされることになるでしょうな」


「だろうな。一応、北方諸国には援助物資を送れ。いつ始まっても良いようにな……いや、飛甲騎兵隊も送るとしよう。歩兵じゃどうにもならぬ相手だ」


 今の段階で商国本土を落としても、工場などは全て破壊されるだろう。手にするものは、精々1千万人が暮らせるかどうか程度の焦土となった土地。

 一方で、ハルタール内部には飛甲騎兵隊という実働部隊が残る。今回の一件で、帝国はそれを保護せざるを得ない。

 世界各地に残る商国の莫大な財、そして技術力。今後何年……いや、何十年と、隣接する北方の連合加盟国は、神出鬼没なゲリラ戦闘に苦しめられる事になる。


「小さな国と侮っていたことは認める。だがあまりにも早い……手際が良すぎる」


「先ほど、ランオルド王国郊外に駐屯していた商国軍隊はダミーであったと報告がありました。相当早くから……おそらくは開戦前から移動していたと考えられます」


 もしかしたら、この内乱の裏で糸を引いていたのが奴、リッツェルネールではないのだろうか? そんな考えが頭をよぎる。

 だとしたら、終結点はどこに設定されている? 何を目標にしてこの戦いを起こしたのか。単なる金儲け、そんな単純な理由だけでここまでの事を計画するだろうか。


 コンセシールの独立……それを目論んでいるのは前々から察しがついている。

 しかしこちらが攻め込んだとして、主力部隊は北方にあるから国家は守れない。しかも貿易封鎖を解除しそれなりの違約金を払えば、ビルバックなら直ぐに再度の従属に従うだろう。


「考えても解らねぇな。今のまま南と北に戦力を集中させて様子を見る。出来る限り早くオスピア帝との会談を開けるように調節しろ……それとだな、それは何だ」


「ああ、これでございますか」


 ハーバレス宰相のスーツには、いくつもの略式勲章が刺繍されている。金属の勲章をジャラジャラとぶら下げていては面倒なので、こうして簡略化しているのだ。だがその中に、毛色の違うものが混ざっている。


 それは1枚のワッペン。3頭身くらいにデフォルメされたウインクをしている女性の図柄で、服装は蝙蝠柄のチューブトップブラにビキニパンツと扇情的だ。全体はピンク色で、ハートの形をしている。

 とても軍属の人間が付けるようなものではないが……。


「これは巷で流行りの物です。不思議なもので、とても良い夢を見た後に枕元に置かれているのですよ。シールは比較的多いのですが、ワッペンは希少です。今では金貨60枚前後で取引されております。何と言いましょうか、とても強い愛着がわきまして、こうして身につけておる次第です」


「随分と胡散臭い話だな。魔族がらみではないのだろうな?」


 カルターはハーバレス宰相をジロリと睨むが、当の本人は涼しい顔だ。


「こちらは人間の世界です。どうぞご安心を。これは神の恩恵に属する類でしょう」


「まあいい。世の中、何が流行るか分からんものだな」


 そう言って、カルターはこの話題を打ち切った。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

この物語がいいかなと思っていただけましたら、この段階での評価も入れて頂けると嬉しいです。。

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