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078   【 ハルタールの女帝 】

 ハルタール帝国首都ロキロア。巨大なクレーターの内側に作られ、周囲を高く盛り上がった山に囲まれた円形の都市である。

 都市と言っても、直系は12キロメートル。それはもう、一つの地域と言っていい規模だ。

 この都市単体でも、数年なら独立運営すら可能である。

 出入り口は周囲4カ所に設置されたトンネルのみとなっており、今は完全に塞がれていた。


 碧色の祝福に守られし栄光暦218年1月40日。ゼビア王国軍はこの都市を四百万の兵で包囲した。

 だが包囲と言うにはあまりにも心もとない。本来であればラッフルシルド王国やスパイセン王国など、最低でも1千万人は集まるはずであった。

 しかし実際に辿り着いたのはゼビア王国軍だけであり、しかも占領各地にもある程度の人数を割かねばならなかった。


「やはり足りないね。でもそれは解っていた事さ。さあ、始めようかね」


 ククルスト・ゼビアには、この人数でもなんとかなるだけの自信があった。

 根拠があるわけでもない。絶対と言えるわけでもない。だがそもそも、ここまで来た以上はやるしかなかったのだ。


 現在稼働できる60騎の人馬騎兵を中心に、ゼビア軍が一斉に登頂を開始する。

 事前調査で、人馬騎兵でもなんとか登れる場所の調べはついていた。

 当然、防衛側のハルタール帝国も十分に理解している。おそらくかなりの激戦が予想されるだろう。

 しかしもう後戻りは出来ないのは王だけではない。それは将兵達も同じだ。全員が覚悟を決めて、絶対防衛線に対して猛攻を開始した。




 ◇     ◇     ◇




「始まったかの」


 山を越えて人々の声が聞こえてくる。それは声というより、不気味な呪いの呻きの様。現在、山の防衛線では、人馬騎兵を中心とした機甲部隊と防衛部隊が激闘を繰り広げている。


「では参るか。ククルストにも、少し挨拶をしてやらねばならぬ」


「オスピア様、鎧の支度が整っております」


 黒の燕尾服(モーニング)を着こなした男が、小さな主に対して深々と頭を下げる。


 だがハルタール帝国女帝、オスピアは手だけで静止し、そのまま廊下へと出る。

 彼女は下着が透けるほどに薄い、絹のワンピース型のドレスにレースの長手袋。それにニーソックスに革のハイヒール。

 全て白に統一され、ドレスの腰から下には金糸で美しい花が一面に刺繍されている。長手袋やニーソックスの裾も同様だ。

 頭には宝石を散りばめた白銀のティアラが、光を受けて美しく輝いていた。


 舞踏会ではさぞ美しい花であろうが、これから彼女が向かう先は戦場である。

 だが、周囲に仕える者達は誰も異を唱えない。

 彼女の床に付くほど長い金髪は、まるで地面に付くことを嫌がるかのように浮き、中空で揺れている。それは溢れ出る魔力によるものであり、彼らが敬愛する女帝が戦闘態勢に入ったことを示していた。





「十七番隊は後退、予備の三十五番隊が出ます!」

「アウロスの人馬騎兵隊が登頂成功! 現在、十番隊と共にトーチカにて投射槍を制圧中」

「四十八番隊の民兵隊に深刻な損害が出ています」


 ククルスト・ゼビアが構える本陣・装甲騎兵の内部では各隊からの報告が次々と入って来る。予想よりは苦戦していない……そう、あくまで予想よりはである。

 だが元より苦戦は覚悟の上だ。それに急斜面に難儀しているとはいえ、人馬騎兵は善戦している。一度突破さえしてしまえば、市街地など脆い物。勝機は十分にある。


(ククルスト、聞こえるかの)


 突然頭に響くその声は、紛れもなくオスピア帝のもの。

 ああ、彼女の魔法か――ククルストは即座に状況を察すると、話しかける様に思考する。


(お久しぶりで御座います、オスピア帝。この度はご機嫌麗しゅう御座います)


 軽く会釈をするような仕草をするが、周囲の者は気が付いていない。


(良い。此度は、其方のこれまでの労をねぎらおうと思っての。今まで、良く尽くしてくれた。)


(勿体なきお言葉。私はそのような言葉を掛けられるに値は致しません。今もこうして、貴方様のお命を狙っております)


(良いのだ。其方には其方の考えがあるのであろう。やはり……魔族とは戦えなんだか。国王が壁を越えなかった国はゼビア位なものだの)


(我が魂は、人でなく魔族に捧げております。魔族領遠征など、これ以上させるわけには参りません)


(……分かっておる。せめて、その亡骸はあの地に埋めてやろうぞ)


(有難きお言葉。それでは、貴方様の亡骸は何処へと埋めればよろしいか?)


(ふふ、そのような場所は無いの。しいて言うのなら海の彼方……いや、これはまだ誰も到達しておらぬな。忘れよ……。これまでの其方に報い、暫しの時を与える。我を倒して見せよ)


「ククク……このククルスト・ゼビアめが、必ずや貴方の呪縛を断ち切って見せましょうぞ」


 突然に独り言を呟いた君主に配下達は驚くが、同時にその様子がただ事ではないと察する。そして、長椅子から立ち上がるゼビアに対し、一斉に直立不動の姿勢を取った。


「オスピアが出てくるよ。我らのこれまでの献身に対する褒美だそうだね。さて、私も支度をするとしよう」


 そして配下の一人、長身で岩のような男を指差すと――


「グルトマン、もし私に万が一のことがあれば、君を代理王とする。なに、敗戦の責は私が負うよ。君は一人でも多くの領民を逃がしてくれたまえ。苦難の道のりとなろうが、しっかりと頼むよ」


 そう言い残し、装甲騎兵の外へと出る。

 外は肌を凍らせるような冷たい強風が吹き、街を囲む山のあちらこちらから、火の手や煙が上がっている。そこでは、人馬騎兵や装甲騎兵、そして多くの兵士や民兵が、今この瞬間も戦い続けている。


「陛下、重甲鎧(ギガントアーマー)の支度が整っております」


 王を見て慌てて飛んできた整備兵が進言するが――


「いや、徒歩で行くよ。彼女の戦いを見たことがあるんだ。重いのはダメだし、武器も邪魔だ。これだけあればいいよ」


 そう言って一本の杖を見せる。それは1メートル程度の樫の木の枝先に、銀色の金属の球をつけた粗末な物。普段は、王が遠くを指し示すときに使う為の指揮棒だ。

 整備兵はそんなもので何を? と言いたげな顔する。


「そうか、君はまだ新人だね」


「はいっ! 兵役2年目であります!」


「なら、よく見ておくといいよ。”女帝”と呼ばれるものの存在をね」


 ククルストはその凶悪な馬面に満面の笑みを浮かべると、整備兵を労う様に肩を叩き、悠然と歩きだした。


(勿論、負けるつもりも無いけどね……)


 強い風が足元を吹き、土煙を巻き上げながら王のマントをはためかせる。そんな彼の向かう先、山頂に響く巨大な炸裂音。同時に飛び散った流星のような火の玉が、彼の体を赤く照らしていた。




 ◇     ◇     ◇




 人馬騎兵が急斜面を登り、その巨大な長柄戦斧で射出槍の発射台を破壊する。その周辺を少し離れて、正規兵や民兵も山をよじ登っている。

 ハルタール帝国軍も弓矢で防戦するが、ゼビアの勢い――特に人馬騎兵を止める術が無い。


 だが突如として、人馬騎兵の一体、それの顔、首、手足の関節部分から、紅蓮の炎が噴き出すと、離れていた兵士達を巻き込むほどの大火球となって炸裂する。

 体高12メートルの人馬騎兵が、10倍にも膨れ上がったかのような炎の塊。

 爆風は兵士達を山の斜面から引きはがし、轟音は戦場全体に響くほど。そして、飛び散った破片や炎は、まるで燃え盛る流星雨の様に戦場に降り注ぐ。


 その燃え上がる大地の中心に、オスピア女帝が立っている。周囲の大気は渦巻き、その姿は蜃気楼のように揺らめいていた。


 静まり返るゼビア兵に対し、一斉に沸くハルタール兵。だがどちらも、彼女には近づけない。一方は恐怖で、もう一方は巻き込まれることを恐れたからだ。

 そんな中、オスピアは優雅な歩みで山を下る。真っ直ぐに、ゼビア王の本陣を目指して。


「射掛けよ!」


 だがゼビア兵もいつまでも動けないわけでは無い。すぐに体制を整えると、弓兵隊が一斉に矢の雨を降らせる。それは光を遮り、辺りを暗くするほどの密度と量。矢が風を切る音は唸りとなって、大気すら震わせる。

 だが、それは渦巻く大気に触れると、まるで藁屑のように燃えて飛ばされて行く。


 遅れて装甲騎兵隊が到着し、強力な射出槍を射掛けんとする。

 ――が、それは射程内に入る前、人馬騎兵がそうであったように紅蓮の炎を吹き上げると、周辺の装甲騎兵を巻き込み火球となって弾け飛んだ。


 再びの爆風を受け、131センチの小さな体が宙を舞う。気流に巻かれるように山の下まで落ちるが、落下寸前でふわりと止まり、静かに着地する。

 下はゼビア兵で埋め尽くされている。すぐに周辺の兵士達が群がるが――


「ぎゃああぁぁ!」

「ぐああああぁぁぁ!」


 一斉に悲鳴が上がる。彼女の周囲を渦巻く灼熱の大気、その高温は飛来する矢さえ焼き落すもの。人が近づける物ではないのだ。

 そして、彼女の体に光る銀の鎖が浮かび上がると同時に、無情にも兵士達の中に生まれる三度目の大火球。轟音と共に吹き荒れた爆風は、荒れた平野を走りながら兵士達を焼き、薙ぎ倒す。


 爆風が消え去った後、戦場は静寂に包まれた。

 敵はおろか、味方の歓声すら聞こえない。まるで世界が凍り付いたかのようだ。

 そこに、オスピアの静かな声が響き渡る。


「「どうした、まだ始まったばかりであるぞ。この程度で臆した訳ではあるまい。お主等は魔王を倒すのであろう? そう考え生きて来たのだろう? 空を見よ、あの雲が魔王の魔力ぞ。何処からでも見える、世界全てを覆う魔力。わらわなぞ遠く及ばぬ、神にも匹敵する力。そんな存在を相手に戦うつもりだったのであろう」」


 相和義輝(あいわよしき)が聞いていたら赤面しながら『ごめんなさい』するような物言いだが、彼女としては誇張しているわけでは無い。単に、彼女の知る魔王とは、そのような存在であったと言うだけの事だ。


 そして言い終わるな否や、更に左右に展開中の部隊からも爆炎が上がる。吹き付ける爆風が互いにぶつかり、オスピアを中心線とするように幾つもの竜巻が巻き起こる。

 その中心に、“無眼の隻腕”ククルスト・ゼビアが立つ。


「ヌグアァァァァ! オスピアァァァァァァァァ!」


 五角形に五本爪の紋章が施さされた黄色く塗装された胸甲。そして右一本だけの腕には手甲。鎧はそれだけで、他は豪華なマントと軽素な軍服だけ。手には一本の杖を持ち、まるで理性の無い凶戦士の様に、一直線に女帝に迫る。


 だが近づくことは出来無い。彼女を覆う灼熱の大気、それは生身で越え得るものでは無い。渦巻くそれに突入したククルストのマントが炎に包まれる。ただの自殺、無謀な特攻……誰もがそう思った――だが、


 オスピアを中心に炎の柱が吹き上がり、彼女を覆っていた熱風の渦が吹き飛ばされた。

 そこへ、杖を握りしめたままのゼビアの剛腕が炸裂する。


「その魔法は知らぬと思うたが、新しく覚えたか……重畳(ちょうじょう)よの」


 その剛腕を、ククルストの親指ほどしかない腕が軽々と受け止めていた。


「貴様をぉ! 倒すためだぁ!」


 その姿勢のまま、ククルストは更に自らを巻き込み炎の柱を吹き上げる。天空をも焦がすかのように高々と上がる炎。互いがその中でじりじりと焼けていく。しかしその中で、オスピアは微笑みを浮かべていた……本当に、楽しそうに。


(狂戦士でありながらも、自我を保てるまでに成長したか……人とは、良いものだの)



 その瞬間、6度目の火球が炸裂する。それは睨み合う互いの中心。飛び散る炎の中には、双方の姿があった。

 ククルストは流星のように燃えながら五百メートルは吹き飛び、勢いで跳ねながらゴロゴロと転がって行く。

 一方でオスピアは、再び灼熱の大気を纏いふわりと降り立つ。


「耐える事にかけては、お主よりも上と思うておる。さて、もう終わりか?」


 真っ白かったドレスはあちこちが焼け落ちており、長かったスカート部分は腰から下が完全に千切れ飛んでいる。ティアラもどこかへ吹き飛んでしまっていたが、美しく艶やかな髪には焦げ目一つ付いていない。


 一方のククルストの体は全身火傷で真っ赤に晴れ上がり、杖は粉々に砕けている。だが倒れたままの顔には凶悪な笑みが浮かんでいた。


「私もそれなりには自信がありましてね。ククク……それに、勝ち誇るのは早くはありませんか?」


 言うなり、オスピアの足元に真っ黒な奈落が出現する。それは急速に周囲の小石や空気を吸い込み、彼女の周囲に張られた灼熱の大気もまた飲み込まれ消える。

 立っている彼女が飲み込まれる様子はない。だがハイヒールは両方とも、そしてニーソックスも見えない何かが引っ張っているようにずるずると落ちて行く。


「これはまた……パンツまで持って行くつもりかの?」


 本来は人間ごと奈落へと落とす必殺の魔法だ。だが女帝の体には効かなかった。しかしその衣服には効果を発揮している。別に下着など脱がされようが気にはしないが、彼の最後の業績に“女帝のパンツを脱がした”が追加されるのは、いささか気の毒に思う。


「いいえ、動けなくすれば十分ですよ」


 ククルストの焼けた巨体がゆっくりと立ち上がる。そして再び全力でオスピアの元へと駆ける。

 その背後から疾走してくる1騎の装甲騎兵。国王専用騎だ。


「陛下ぁー!」


「ぬあぁぁ!」


 右手でそのタラップを掴むと、一人と一騎は一つとなって女帝へと特攻を仕掛ける。


「オースーーピーーーアァァァーーーーー!」


 タラップを掴む腕に光の鎖が走る。同時にオスピアの体にもまた、呪文の詠唱を示す光る鎖が浮かぶ。


 僅かにククルストの炎の柱が早く吹き上がった。それは天から闇へと吸い込まれる様に流れ、中心の女帝を焼き続ける

 一方、僅かに遅れて炸裂した火球により装甲騎兵は内部から爆裂する。だがその炎も、また残骸も、黒い穴へ吸い込まれるようにオスピアへと襲来した。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

この物語がいいかなと思っていただけましたら、この段階での評価も入れて頂けると嬉しいです。。

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