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077   【 無眼の隻腕 】

 碧色の祝福に守られし栄光暦218年1月32日。

 遂にケルベムレソンの街、北面の石垣に橋が架かる。四角く組んだ丸太を土台に積み重ね、その上に鉄板を敷いた粗末な造りで、人馬騎兵の様な重いものは登れない。だが飛甲板が登れればそれで充分であった。


 それまでの間も、昼夜を問わず攻撃は続いていた。防衛側が十分な防衛拠点という利点を持つのに対し、攻撃側も一つの利点を持つ。攻撃の時間を選べることだ。

 相手に十分な休息を与えない事が攻城戦の鍵であり、 サウル王は十分にそれを弁えていた。


 だが一方で、マリクカンドルフもまた兵達の様子を確認し、十分な休息を与えていた。

 互いに何の派手さも華麗さも無い地味な戦い。だが、石垣の下に積まれた百万を超す死体の山が、無言で戦いの凄まじさを物語っていた。


「各員突撃! 橋頭保を作れ!」


 斜めに掛けられた橋を一斉に上る飛甲板。その上には黄金の鎧を纏った正規兵が満載だ。

 石垣を登り切った飛甲板は落とし穴に架かる橋を超え、その先へと侵攻する。


「ここが正念場だ! 橋頭保を作らせるな!」


 兵員を下ろすために停止した飛甲板に防衛隊の兵士が殺到する。一度橋頭保を作られてしまえばおしまいだ。以後は飛甲板が次々と新たな兵員を輸送してくる。ここで止められなければ後は数で押し包まれるだけとなってしまうのだ。


「では、俺も出るとしよう。君はどうするのだね、リッツェル……いや、カリオン・ハイマー君」


「僕はまだ到着していない事になっていますので。そうですね……あと12日ほどもたせてもらえれば十分です」


 マリクカンドルフの問いに、淡い栗色の髪と緋色の瞳をした青年が答える。

 服は、何の紋章も入っていない茶色の薄い革のコートに同じズボン。完全に私服といった風体だ。手にした書類を確認しては、同じような服装の人間に忙しなく指示を出している。


「それだけあったら勝ってしまうがな。まあ、それでこの茶番劇も終わると言う事かね?」


「いいえ……茶番劇はこれから始まるんですよ」


 その緋色の瞳に人ならざる者の色を感じたマリクカンドルフであったが、それ以上は何も言わずに戦場へと向かった。



 橋頭保を作るべく進行してきたラッフルシルド王国兵士達に、明らかな動揺が走る。

 地響きを上げて目の前に現れた者……いや、物。


 全身を淡いブルーに塗装された重甲鎧ギガントアーマー。両肩はさらに山のように盛り上がり、頭も同様の形態をしている。その体高は約4メートル。左手には同じほどの大きさの、丸みを帯びた巨大盾(タワーシールド)、右手には体高の倍ほどもある鎖が7本ついた鞭。

 モーター音とともに現れた凶悪な巨人。その凶悪な外見に似合わない、胸元についたピンクのハートマークが際立って浮いていた。


「マリク……カンドルフ……」


 黄金鎧の兵士達は、ここで初めて自分達が戦っていた相手を知る事になる。その血肉を代償として……。





 ◇     ◇     ◇





 ”無眼の隻腕”ククルスト・ゼビア。今でこそ国王の地位に就いているが、ゼビア血族は元々王家では無い。ゼビア王国は大昔、コストネフ王国と呼ばれていた。

 ククルストはそこそこ裕福な農民として生まれ、また早くから魔術師の才覚が認められた。そこで彼の血族は奮起し、一族中の金を搔き集め、彼をハルタール首都の魔術師学校に通わせたのだった。


 そこで優秀な成績を覚め、帰国後はコストネフ王国魔道士長として働いた。

 温和で優秀で人望も厚い。誰もが認める偉人の一人として認められていた。ただ一つの欠点を除いては……。


 ある日、彼の双子の孫娘がコストネフ血族の一人に連れ去られてしまう。美貌で知られた姉妹であり、それに目をつけられてしまったのだ。

 急ぎ王に面会し許可を得てその屋敷に行くと、既に二人は冷たい躯となって番犬の餌になっていた。その男の愛人になる事を拒否した――ただそれだけの理由だった。


 一度怒りに火が付くと理性を失う――凶戦士、それが彼の欠点であった。

 彼が自意識を取り戻した時、既にその場に生きている者は誰もいなかった。


 誰もが死罪だと思っていたが、双子姉妹を攫った男の悪行はそれだけでは無かった。結果、勇者として名を残される事を恐れた当時の王は、重罪人として鉤爪引きの刑と禁固百年を言い渡す。

 鉤爪引きの刑――額から唇まで、生きたまま鉤爪で抉り眼球を取り出す。それを両方に行うという、義眼のない当時では死刑に匹敵する重刑だった。


 そして百年後、コストネフ王国は滅んでいた。結局、血族全体の素行は治らず、隣国の援助を受けたファイマ血族達に滅ぼされ消えた。

 だがその頃既に、ククルストの記録は混乱の中で失われてしまっていた。結果、彼が誰なのかも分からず、そのまま400年以上の歳月を暗闇の牢で過ごしたのだった。


 釈放されたのは監禁されてから445年後。牢屋が満杯になった時、記録にない人物が入っていると番兵が気付いたからだ。当時、生きているのが不思議な程の状態だったという。

 しかし既にゼビアの血族は皆滅んでおり、盲目の彼を引き取る者も無く、一人領域へと身を寄せた。


 そこで一人の魔族に出会った。小さな人型植物の魔族。盲目の彼にとって、それは唯一の友であり、また自分を生かしてくれる存在だった。

 だが人類は、領域と、そこに住む魔族を許さなかった。豊かな土地を消すことに地元の反発もあったが、結局は人類全体のために涙をのんだ。


 だがそんな事を身寄りのないククルストは知らない。魔族を守るため人類と戦い、敗れ、再び捕らわれの身となった。

 課せられた刑は(ノコギリ)曳き。生きたまま左腕を切り落とされ、再び投獄された。


 200年後、釈放された彼を待っていたのは、解除され凍てついた大地となった領域跡だけであった。

 何もかも失い絶望した彼の前に、誰かが現れる。目は見えない。しかし、声からして男だと判る。


「君は確か……ああ、知っているよ。あの子に良くしてくれた人だね。そうだ、君に新しい眼をあげよう。最近開発された品でね、気に入って貰えると良いけど」


「よろしいのですか、ま……ヘルマン様。勿論、イヤンカイクは決定に従いますが」


 足元から聞こえてくる小さな声。子供のような声だが、位置が低すぎる……!


「魔族、貴方がたは魔族なのですか? 教えてください、ここにいた魔族達はどうなってしまったのですか? もし生きているのなら、私を連れて行ってください、そこへ! お願いです! お願い致します!」


 だが、次第に義眼に慣れ、世界を見ることが出来るようになった時、もうそこには荒涼たる冷たい大地があるだけであった。


 その後3度の代理王を経た時、元々の国であるファイマ王国の血族は見限られ、ククルスト・ゼビアを国王とするゼビア王国が誕生した。


 その後も戦いは続いた。もはや領内に魔族領はいない。共に生きる血族もまた誰もいない。人類の未来、栄光……なんと虚しい事か。自分には、生きる理由すらもありはしない。

 寒さと飢えで苦しむ領民を、彼は冷たい眼差しで眺めた。だが人としての情を捨て去る事も出来なかった。


 互いに痩せた土地を巡って争い、毎日のように続く殺し合いの日々。そんな生活を送るうちにゼビア王国は次第に大きくなり、やがて彼は“無眼の隻腕”と畏怖されるようになった。



「陛下、お疲れのところ申し訳ありません。各地から報告が入っています」


「ああ、いいよ。気にしなくても大丈夫だよ」


 配下の報告で目が覚める。移動用の装甲騎兵の中、疲れて眠ってしまったようだ。中央には射出槍発射装置の代わりに大きな木のテーブルと、赤く塗装された革が張られた長椅子が置かれており、通信兵達が各地からの報告を地図に書き込んで行く。


 ゼビア王国の進軍は順調であった。だが順調すぎたと言っていい。

 西から合流する予定だったスパイセン王国軍は各地で足止めされており、未だに追いついては来ない。

 南から合流するはずだったラッフルシルド王国とケイネア王国軍も、それぞれ要地の攻略に手間取り動けないでいる。

 そんな中、ゼビア王国だけがスルスルと突出している。


(うん、これは罠だね。計画されていたようだね……)


 全軍を停止させるか、足止めされている他国軍との合流を優先する手もある。だが、兵糧にそこまでの余裕があるわけでもない。季節も冬で、長居は出来ない。

 この季節を選んだのはハルタール帝国東方軍の動きを警戒したからだ。予定通り、東方軍は雪と氷に閉ざされ動けない……だが、全く動かないその様子はあまりにも不自然だ。


「ここまでに3千万人は殺したね。それだけの血を流して、オスピアは何をしたいのだろうね」


 侵攻するゼビア王国軍は、いよいよハルタール帝国首都、ロキロアに迫りつつあった。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

この物語がいいかなと思っていただけましたら、この段階での評価も入れて頂けると嬉しいです。。

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