076 【 領域の確認 】
ホテルを出てまだ廃墟の街。これから様々な領域を廻らなければいけないのだが、なんかいきなり詰まってしまう。
廃墟の壁に生えている蔦や小さな木立の葉に、茶色い色が目立つ。枯れているのだ。
「ここも結構やられているな……」
「ウイルス等も多く漂ってオリマス。それの影響デショウ」
「領域を移動して細菌などが入ってきているのであるぞー」
ゲルニッヒとスースィリアが状況を教えてくれるが、言われる前から予想はついていた。領域の中は温度や湿度等がきちんと管理され、それに合わせた生き物が生息している。当然それを繋げてしまえば、それぞれに齟齬が出るのだ。
だが分かってはいても……。
「これどうすりゃいいんだ?」
「魔王の判断にお任せシマス」
聞いては見るが、ゲルニッヒは相変わらず丸投げだ。スースィリアは『さあ?』という感じに首を傾げている。こいつら……。
「先ずはその辺りを何とかしないとだめだな。だけど領域移動を禁止したとして、もう入ってきたのはどうなるんだ? 確か灼熱の翼竜なんかは所属している領域に帰るんだよな?」
「ハイ、その命令に逆らうことは出来マセン。デスガ自力で移動できないものはそのままと留まりマス。自然の力を借りても、戻る経路以外の領域移動は出来マセン」
すると風で流れてくる微生物やウイルスなんかはどうにもならないって事か。
あれ? ふとした疑問が湧く。
「なあ、領域ってのは溶岩とかも防ぐんだろ? 風……特に大気なんてのはどうなっているんだ?」
「地面に近いほど領域の影響を受けマスガ、上の方は結構緩やかデス。大気は領域ごとではなく全体で賄われてイマスヨ」
「なるほど、微風なんかは普通に突き抜けて通っているのか」
それでは微生物の侵入は、単体ごとにきちんと設定しなければ防ぎようがないのか……結構大変だぞ。
「悪い事ばかりでもないのであるぞー。そうやって進化や分化する生き物もいるのであるー」
「あー、そう言えば蜜蟻なんかはどこにでもいるって言ってたな」
あれは何処かの領域から、流れ流れて様々な場所に適応していったのだろう。生物の進化……確かに環境が最適になっている領域では滅多に起きない事だ。
だがやはり、それは相応に危険を伴う。魔人達全てがそうかは解らないが、出会った連中は皆、根本的には誠実だ。おそらく多くの失敗をし、やがて放り投げたのだろうか……魔王に。
「そういや、大型の生物にくっついている微生物なんかはどうなっているんだ? まぁ俺の……排泄物とかもそうなんだが」
「常に大きな方が優先されるのであるぞ。まおーは結構色々バラ撒いているのであるー」
うーん……だよねぇ。デリケートな環境は維持が大変だな。だがとりあえずは……。
「この微生物やウイルスの許可不許可をしたい。だけど、ここまで小さいのはどうやるんだ? さすがに電子顕微鏡でもないと姿すら見えないぞ」
「ハテ、電子顕微鏡とは何なのデショウ?」
ゲルニッヒは顎の辺りを押さえながら、大豆頭を高速でくるくる回している。何気ない一言だったが、結構興味を惹いたようだ。
「それは道中に教えるよ。先にこちらを頼む」
「吾を使うとよいのであるぞ」
そう言うなり、スースィリアがいきなり俺を飲み込んだ。それこそ何の心の準備も無いまま、あっという間だ。
そして暗闇の中、神経が繋がっていく不思議な感覚。そして次の瞬間、ふいに視界が弾けた。
それはまるで銀河の様。無数の命が発する熱、振動、匂い……そういったものが視覚情報として送られてくる。様々な輝きと色と波紋の世界。これがスースィリアの視界か……。
周囲にある無数の光、一つ一つが命だ。光る葉を拡大していくと、さらに内部までが判る。内部に輝く光、細胞だろうか。さらに拡大すると、その中にはまた無数の光が存在する。
成程……後は健康な葉とそうでないのを見比べて、異物を排除していけばいいのか。
やり方は解ったが……これはかなりの手間だな。
「スースィリア、君の体に負担はないか?」
「無いのであるぞー。いつまででも大丈夫なのであるぞ」
お言葉に甘えて色々試してみよう。
このスースィリアの感覚のまま、意識を空へ、高く……天空の俺の元へ…………。
次第に世界が広がっていく。より遠く、より高く……領域全体を星全体へと拡大していくと、何処も大量の生命で溢れている事が分かる。
なるほど、これが本来の管理システム、魔王の力なのか。同時に、やはり人の身には余るような気もする。
目の前に広がる景色は銀河の中心のように輝いているが、いつもこんなのを見ていたら逆に神経がいかれそうだ。それにしても、1種類の大型生物がやたら多い。考えるまでも無い、人間だろう。
――あれ?
ふと思う、これって人間の領域移動を不許可にすれば解決するんじゃないのか? なんで人間は許可されっぱなしになっているのか知らないけど、これは歴代魔王の怠慢か?
とりあえず――人間の領域移動は不許可っと。
どうだろう、いかんせん何の実感も無いから分からない。
「人間の領域移動には干渉出来まセンヨ」
ゲルニッヒの言葉が、心にぷすっとささる。折角の閃きが萎んでいく感じだ。
なんでかを聞こうと思ったが、おそらく無駄だ。魔王と人間の関係、そもそも何で魔王が人間なのか、おそらくそうした根源部分だ。
「その通りなのであるぞー」
「相変わらず考えはお見通しだな」
魔人達に意識を向けると、やはり魔人は魔人だ。その命は文字となり名前となっている。分かり易い……ん?
再び意識を空に向け地上を見渡す。
ホテルの位置にエヴィアとヨーツケールがいる。その近くにはウラーザムザザ。おそらくいつもの博物館だろう。そして離れてここの二人。すぐ近くに魔人テルティルト。そして少し離れた所に魔人アン・ラ・サム。これ以上広げるとさすがに一つ一つの命が小さすぎて文字には読めないが……。
「何でこんな近くに知らない魔人が二人もいるんだよ!」
意を察したスースィリアから、スポンと吐き出されたと同時にダッシュ。場所はすぐそこ、水路の辺り。
覗き込むと、そこには大きな――およそ1メートルほどの尺取虫が、水路の壁に張り付いてくつろいでいた。
「もしもし、テルティルトさん」
〈 ん? あー、魔王。どうしたの? 〉
とてもか細く小さな、やさしい声。見た目からは全く想像できない……いや、でも案外違和感が無い。
つか、どうしたのじゃない!
「魔人を探していたんだよ。色々知りたいことがあるんだ。協力してくれないか?」
〈 いいけどー、多分ご期待には沿えないわよー 〉
え、なんで? と考えるが答えは別の二人から飛んできた。
「テルティルトはいつもホテルに来ているのであるぞ? 記憶のやり取りもよくしているのである」
「魔王の服やシーツ、カーテンなど、布関連は全てテルティルトが作ってイマス。確かに直に魔王と会話した覚えがありまセンガ、粗方の記憶と認識は共有済みデス」
知って驚く意外な事実。だがそっちのお礼はまた今度だ。普段会っているって事は、また会う機会も多そうだしな。
「じゃあ魔人アン・ラ・サムを知っているか?」
「最近は会っていないのであるぞー」
「ならそっちが本命だ! またな、テルティルト」
〈 うん、まったねー 〉
体を大きく左右に振って挨拶してくる。かなりフレンドリーな魔人の様だ。ついでに服の趣味に関してじっくり話し合いたいところだが、それはまた次回だ。
こちらは急ぎスースィリアに飛び乗り、もう一人の下へ。今度の魔人こそ、詳しい事を知っていますように……。
◇ ◇ ◇
空の視点から見た時は近く感じたが、実際には2キロくらい離れていた。だがスースィリアの速度からすれば、あっという間の距離だ。
周りはホテルのある廃墟の街の中。まだ領域を出てもいない。互いが互いを感知できないとはいえ、ここまで近い世界に魔人がいた事が驚きだ。もしかしたら、俺が考えているより魔人は沢山いるのだろうか?
「イエ、魔王に興味がある魔人が集まって来ているのではないでショウカ?」
「だったら普通に訪ねてきて欲しいよ」
「魔王は怖い存在なのであるぞー。吾もエヴィアに頼まれるまでは会う気はなかったのである。だが今は楽しいのであるぞー」
魔王が怖い? 正直意味が解らない。魔人の力は相当なものだ。もしかしたら完全な魔王とやらになれば、その力は魔人を凌駕するって事なのだろうか?
だがそれが違う事はすぐに分かる。俺の場合は、一番最初に魔王の魔力放出という事故があった。この世界の空を覆った不完全な魔力を、魔人達は見ているはずだ。怖がるような力が無い事は明らかだろう……。
「魔王の力を恐れる事はありマセン。魔王が我等を滅ぼすのであれば、そこには楽しさすら感じマス」
またゲルニッヒが物騒な事を言いだした……。
「それのどこが楽しいんだ?」
「死とは絶対的な終局を意味シマス。ソレを知る事は、多くの魔人達にとって大変興味深い。デスガ、それを知る魔人はイマセン。知ったその時、この世から消えてしまっているのデスカラ」
確かにギリギリまでは体験できるだろうが、死んだ瞬間か……それは確かに、蘇生でも出来なければ知る事なんて無理な話だ。
まぁ、俺は別の意味で体験しているのだが……。
「ソレは本当に羨ましい。我等はその能力を得る事が出来ませんデシタ。貴方のソレは我等魔人にとって究極の命題、決して得られぬ知識を叶えるユメ……ソウ、夢の力。是非その脳を頂きたいデスネ」
「絶対にやらない! つかスースィリアも興味あるのか?」
「ゲルニッヒほどではないが、吾もあるのであるぞー。死んだ瞬間、この世から消える狭間、それがどんなものかを知りたいと思うのは当然であるぞー」
「実際にそれを体験するタメニ、人類と戦って死んだ魔人もいるのデスヨ」
それはとんでもないな。いくら好奇心旺盛とはいえ、限度ってものがあるだろうに。だが悠久の時を生きる彼らにとって、実際に死んでこの世から消えると言う事は、生きている限りずっと付きまとう興味なのだろう。
それで……あれが魔人アン・ラ・サムか。
名前自体は姿を見れば解る。しかしどんな魔人かまでは、その外見からは想像もつかない。
かなり高い場所に浮かぶ3つの玉。原色そのものと言った赤、青、緑色で、それが互いが互いの衛星のようにぐるぐると回りながら飛行している。大きさは玉一つが俺よりも少し大きい位だろう。移動速度も結構早い。
「おーい、アン・ラ・サムー」
大声で叫んでみるが、全く反応が無い。聞こえていないのか無視しているのか……。
「あれってどうにか下ろせないか?」
「魔法で攻撃すれば墜ちるのであるぞー」
「却下だ!」
いきなり喧嘩を売っても仕方がない。食べ物で釣れないかなとも思うが、あれでは生体も予測できないか。
「仕方がない、しばらく追跡しよう」
せっかく見つけた新しい魔人。そう簡単には諦めたくはない所だ。幸い飛んでいるし目立つ。魔人も休息が必要なのだから、飛びっぱなしって事もないだろう……。
この作品をお読みいただきありがとうございます。
もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。
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