075 【 拒絶 】
灼熱の翼竜との交流が終わり、俺はようやくホテルに返ってきた。
かなりの強硬スケジュールで本当に疲れたが、こうして帰る場所があるってだけで意外と励みになるものだ。
夕日に照らされたホテルの建物は相変わらず不気味さを漂わせているが、かつての様な薄気味悪さは感じない。もうすっかり、ここは俺の家なのだ。
「ただいまー、疲れたよー」
……が、中に入るとエヴィアはすっかりぐーたら状態だ。
食堂のソファにごろりと寝ころがり、右足を床に、左足を背もたれに乗せての大股開き。
そして右手に持つ蒸し芋のようなものをもぐもぐと食べている。
「お帰りかなー」
出迎えてくれとは言わないが、なんだこのだらけきった状態は。
「魔王は暇かなー。お茶淹れてきて欲しいよ」
しかも空いてる左手をひらひらさせてお茶まで要求してきた。初めて会った時の、ミステリアスな美少女っぽさはどこへ消えた!
結構驚いたが、かなり感情が豊かになってきている事を実感してちょっと嬉しくもある。だがこのぐーたらは誰をモデルにしたのだろう。
ちらっとユニカを見ると、編み物をしている最中だった。
「あたしは、そんなにぐーたらじゃないわよ!」
俺が思った内容を察したのか、彼女はキッと睨みながら怒鳴る。こちらはあまり変わらない……。
しかし魔人に表面的な誤魔化しは通じない。エヴィアがユニカから学んだ事、この笑顔や態度、それは彼女自身の本質を表している。今のエヴィアの態度こそが、ユニカの本当の姿なのだろう。
そして彼女も、自身の内面を読まれている事に薄々勘づいているようだ。
やはりもう少し、仲良くしたい……。
だがどうしても、互いの間には越えられない溝がある。魔王と彼女、魔族と人……双方が歩み寄り、本当の友好的な関係を築く。それは不可能なのだろうか……。
いや、たった一人との関係すら構築できず、どうやって人類と仲よくしようって言うんだ。ここは多少無謀でも、挑戦すべきじゃないのか!?
「なあ、ユニカ……」
――バシ!
話しかけると同時に、彼女は持っていた編み棒を床に叩きつけると、無言で部屋を出て行った。厳しい……結構本気で心が折れたのでエヴィアの頭の横に座る。
「ユニカの様子はどうだ?」
「凄く不安定かな。でも大丈夫だと思うよ」
ゴロンと俯せに態勢を変え、俺の太腿の上に顎を乗せながら答える。
こうしていると、妹が出来なような感じだな……。
このまま平和な時が訪れないものだろうか?
戦いをやめ、お互いがお互いを尊重し、それぞれの良さを認め不足を補う。
そんな人と魔族の境界の無い世界は無理なのだろうか?
一度人間と、それも政治の中枢にいるような人物と話し合いたい。
だが会ってどうする? 何を話す? 戦いをやめてください――そんな事を言いに行って何になる。それで解決するなら、そもそも争いなど起きてはいないのだ。
その先……ならどうする? の答えを見つけなければいけない。その為にも、もっとこの世界の事を知らないといけないだろう。
知りたいことは山ほどあるが……一つ目巨人や灼熱の翼竜、そして人。彼らは何時まで生き続けるのか。
「なあ、エヴィア。この世界って寿命は無いよな?」
「無いかな」
「ソレはまた、今更デスネ」
エヴィアと、いつの間にかススッと入ってきたゲルニッヒの声が重なる。
おそらく、ユニカがすごい剣幕だったので廊下で待機していたのだろう。
(やっぱり無いのか……)
確かにゲルニッヒの言うように今更な事だ。その辺りはとっくに察している。だがずっと心に引っ掛かっていた……それが有る無しよりも、どうしてそうなったかをだ。
「俺の世界には寿命があった。期間は種類によって色々あるが、どんな生き物も時間が経てば死ぬ。不老の世界は、それこそ夢物語だ。どうしてこの世界にはないんだ?」
「ソノ様ですね。ドノ魔王も……イエ、これは不確かな情報となりマス」
「不確かな部分は省いてくれて構わない。確定の範囲で教えてくれ」
ゲルニッヒの大豆の頭がぐるぐると回転する。何度も何度も回っているところを見ると、結構難解な問題らしい。
「纏まりマシタ。カツテは全ての命に寿命がありマシタ。魔王、貴方の世界と同じデス。デスガ、アル時を境にその制限は解除されてイマス。理由は不明デス」
テーブルの上にあった蒸し芋を食べようとしていた手が止まる。制限や解除、これは翻訳の都合の可能性があるから深く考える意味は無い。だが、それが出来た事が重要だ。
寿命をコントロール出来れば、生物を繁栄させる事も、逆に衰退する事も思いのままだ。それこそ絶滅させる事すらも……。
だが理由は不明……つまり方法も不明という事だ。だが間違いなく魔王と魔人が関わっている。もう少し魔人が増えないと、これ以上の情報は得られないだろう。
「よし、明日から暫く各領域を回る。一応見回りも兼ねているが、最重要は魔人の探索だ。連れて行くメンバーは……」
スースィリアは確定だろう。足の速さもそうだが、今は俺と一緒にいて楽しそうだ。
逆にエヴィアは難しい。あの子の興味――生きる目的は人間との交流だ。それはようやく実現し、表情やしぐさなどをユニカから急速に学び取っている。今は動かせないだろう。
不測の怪我を考えるとゲルニッヒは欲しい。一方でユニカの移動手段兼食材調達係としてヨーツケールは外す……うん、結局灼熱の翼竜の時と同じメンツだ。
「今回も同じでいいか。エヴィア、ちゃんとお留守番するんだぞ。ユニカの事を頼むな」
「大丈夫、分かっているかな。大船に乗った気持でいろって誰かが言ってたよ」
◇ ◇ ◇
夜、ユニカの部屋の扉がギィっと開く。
ビクッ! 慌てて扉に目をやりながら庭で拾った短剣を握る。多少はこの生活に慣れてはいる。だが魔族領来てから、そしてここに連れて来られてから、本当の意味で気が休まる余裕なんて一度も無い。周りは全て敵なのだから。
だが入ってきた人影を見て、なんだ……と思いながら安心した。
部屋に入ってきたエヴィアは、何も言わずに同じベッドへと潜り込んでくる。そしてすぐに寝てしまうのだった。
最初の内は床で寝ていたが、散々ベッドについての説明を聞いてからは、こうして一緒に寝るようになった。
自分の仲間を殺した魔族。自分を攫ってきた怪物。
最初に出会った時は、表情も無くもっと恐ろしい魔族に見えた。だけど色々と話をする内にどんどん表情や仕草を覚え、僅かの間に人間とさほど見分けがつかない程に成長……いや、学習した。
今では、この世界で唯一まともに話が通じる相手だ。
だからだろうか? こうしてこの魔族が横で寝ている時が、この世界で一番安心できる。
あたしの味方? 一瞬過った変な考えを振り払う。これは敵。あたしの敵であって、当然人類の敵。そう、これは敵なんだ!
そう考えながらも、寝ているエヴィアの頭を撫でながら眠りについた。
◇ ◇ ◇
朝、相和義輝が出発の支度をしていると、一階の厨房から芳しい香りが漂ってくる。死肉喰らい……じゃないな。最近料理を作っているのはユニカだ。衛生面を気にしているのか、不死者は一切立ち入らせないからな。
さてどうしよう……これから朝食を食べてから出立なのだが、今ここで挨拶するべきだろうか。お腹の子の父親としては、やはりもっと仲良くなりたい。だが彼女はこちらを徹底的に拒否している状態だ。下手に刺激しない方が良いのかも……。
だがそんな風にいつまでも逃げていても仕方がない。これから当分は会えないのだし、せめて少しは和解しておきたい。
「おはよう、ユニカ」
そんな訳でさりげなく朝の挨拶をして様子を見ようと思ったのだが、彼女の反応は予想以上……いや、ある意味予想通りだった。
一瞬で振り向くと、手にした包丁をこちらに向けて構える。紺色の瞳は親の仇でも見るように鋭く睨みつけ、刃を持つ細く白い手はふるふると震えている。
「いや、大丈夫だよ。何もし……」
「来ないで!」
話しかけながら一歩踏み出そうとするが、その小柄な体からは想像もつかないほど大きな声で拒絶される。
何と言うか――辛い。
何処でこうなったのだろう……いや、そもそも出会いからして悪かったのだ。一番最初にボタンを掛け間違えたからだ。そういった考えが頭をよぎる。
だが違う。そんな近い所からではない。もっともっと根本から、俺達はズレていたのだ。魔王と人間、それは互いに敵同士。本来なら殺しあう関係だ。
これが、本来の俺と人との距離なのだろう。どうあったって変えられない……それこそ、悠久の時をかけて築き上げてきた関係の、延長線上に立っているのだ。
だがここで諦めたら、俺は何のために戦っているのだろうか。倒す相手は人類じゃない、この関係をこそ壊さなければいけないんだ。
勇気をもって一歩進む。
「ユニカ、聞いてくれ」
「お願いだから来ないで!」
ユニカの顔面は蒼白になり、その瞳は恐怖に完全に染まる。そこまで憎いのか……。
悔しさのあまり、怒りが滲みだしてくる。握った拳が震えているのが自分でも分かる。そんなこちらの様子を察してか、彼女はじりじりと、逃げ場を求めて下がって行く。
ギュっと、後ろから誰かが俺の袖をつかむ。エヴィアだ。
そして無言で首を横に振ると――
「今はダメかな」
そう小さな声で呟く。悲しそうな、だが非難するような眼差し……まさか魔人に人の心の機微に関して窘められるとは思っていなかった。だが、少しだけ冷静になれた。ここは退散だ。
結局俺は、朝食も取らずに領域巡りの旅に出たのだった。
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