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074   【 十家会議 】

 巨大な岩を飲み込もうとする蟻の群れ――ラッフルシルド王国軍の様子を遠くから見ればその様に見えただろう。


 今度は民兵だけでなく、金属の鎧、そして盾を装備した正規兵交じりの編成だ。

 石垣を登った民兵たちは次々と数を減らしながらも、落とし穴に梯子を下ろす。そして下に行くと、今度は反対側にも同様に登り梯子を掛けていく。


 だがその過程も簡単ではない。民兵達には正規兵ほどの統率は無く、進み、退き、矢を射られる内に指揮系統を失い混乱する。これでは正規兵も自由に動けないが、防衛陣地の攻略に正規兵だけともいかない。

 混乱する現場と多大な犠牲。だがそれでも戦闘から4時間が経過した頃には、ようやくある程度の兵の支度が整う。

 落とし穴の街側の縁。そこには金属の梯子が外からは見えないように掛けられ、底には完全武装した兵士達が合図を待つ。号令と共に一斉に登り、雪崩れ込み、敵弓兵隊を殲滅するのだ。



「頃合いだな、放り込め!」


 だが先に発せられた守備隊側の合図と共に、簡素な投石機のような機械が丸い塊を射出する。目標は多数の正規兵が下りた落とし穴だ。

 放り込まれたのは巨大な網であった。太いワイヤーで編まれたそれは十数人でなければ運べない程の重量を持つ。空中で広がるように計算して畳まれており、上空で広がったそれが、落とし穴で待機するラッフルシルド王国兵士を襲う。


 一斉に上がる悲鳴と蒸気。ワイヤーで組んだ鋼鉄の網には、所々に茨のような棘が生えている。この網全体が、鏃と同じく水分を沸騰させる人類必殺の武器だ。

 全身鎧(フルプレート)であれば貫通はされないが、全員がそれほどの装備を整えているわけではない。

 棘が刺さった人間は悲鳴を上げ、またある者は即死し、そして棘を運よく逃れた物も恐怖で動けない。だがどかそうにも、重機でもなけば持ち上がらない重量だ。


「では、少し温めてやれ」


 合図とともに、落とし穴に通った下水管から濁流が流し込まれる。

 極寒の冬の中、流し込まれる冷たい真水。だが、その中から上がるのは悲鳴と――蒸気。


 今まで撃ち込まれた矢、それ以上に彼らが持ち込んだ矢。極めつけは、巨大なワイヤーそのものだ。触れた水をすぐさま沸騰させ、その熱湯が兵士を焼く。動けない者は絶叫を上げ、動ける者も足を焼かれ、立ち上った蒸気は肺を蒸す。


「ぐあああああぁぁぁ!」

「助けっ! 誰か! 誰かぁ! がああぁぁぁ!」


 しかし、防衛隊は侵略者の悲鳴などに耳は貸さない。だが――


「よし、水を止めろ」


 成人の脛程度まで水が貯まった時点で一回水を止める。慈悲ではない、温度を見ていただけだ。

 水を沸騰させる金属は、およそ2時間も沸騰させればぐずぐずの鉛の様になってしまう。そうなればもうただの鉄くずだ。だがそれまでは、十分に熱さを楽しんでもらおうという悪意からであった。


 落とし穴の中は地獄絵図と変わったが、攻撃命令は止まらない。だが下には降りられず橋は罠だ。次々上がってきても、もはやどこにも行き場は無くただただ倒されるだけの無駄死にであった。


 だがその頃、北の石垣では工兵隊により大きな登り口が作られつつある。

 木で組んだ櫓を組み合わせたもので、流石に人馬騎兵の様な超重量級は上れない。だが人間の兵士なら十分だ。そしてそれ以上に……。


「後どのくらいで完成しそうだ」


「21日後の朝までには完成いたします」


 現場指揮をするツェミット・ハム・ラッフルシルド将軍に工兵隊長が答える。

 これが完成すれば飛甲板を投入できる。そうなれば、もはや落とし穴など関係ない。一気に雪崩れ込み、数で押しつぶせば良いのだ。





 ◇     ◇     ◇





 碧色の祝福に守られし栄光暦218年1月18日。

 ッフルシルド王国軍がケルベムレンの街に大攻勢を仕掛けたこの日、コンセシール商国でも大きな事件が発生していた。ティランド連合王国による、輸出品の検閲が始まったのだ。


 この国は北と東がティランド連合王国に接しており、西は小国家群、南は海だ。

 西の小国家群から行ける先も、北方はティランド連合王国、南はムーオス自由帝国、西はそのまま魔族領となる。7つの門の守護国と壁沿いの国は中央管轄であるが、こちらは許可のない軍事物資は持ち込み自体が禁止だ。

 海路が使えない以上、結局は輸出の多くはティランド連合王国領内を通過する必要があるのだ。


 食料品や日用品は認可されていたが、厳しい検閲により発送は大幅に滞ってしまう。そして軍事物資に至っては、ムーオス自由帝国行き以外は完全に封じられてしまう事になった。


 これは商業国家であるコンセシールにとって、完全に死活問題である。すぐさま大量の大使がティランド連合王国へと出立したが、おそらく門前払いだろう。これは連合王国からの宣戦布告に他ならなかったのだから。


「我らが主は、従属させるだけでは飽き足らなかったらしいな!」


 すぐさま代表10家が集められた会合が開かれた席で、ビルバック・アルドライトが吠える。

 連合王国を刺激しないように兵員も削減し、求められるままに物資や資金を供与してきた。だがこれで、結局は戦争に逆戻りだ。リッツェルネールの嘲笑う顔が浮かぶ。この有様では、主戦論派が正しい事になってしまうではないか。


 連合王国との長い戦いは、散々に国家を疲弊させた。元々、小さな商業国家が軍事大国と争うこと自体がおかしかったのだ。

 更には支援国であった隣国のエバルネック王国が寝返るに至り、遂に降伏を決意する。国家と人民を守るためには正しい判断だった。


 だが主戦派は未だに納得していない。殆どは魔族領へと送ったが、最右翼のリッツェルネールはまだ生きている。奴はこれを機に、一挙に戦いへの道に突入しようとするだろう。


「アイオネアの門に展開中の部隊を戻しますかねぇ?」


 低い背丈、150センチそこそこと言った所だろうか。丸みを帯びた童顔にグレーの髪に緋色の瞳。子供のような外見に似合わない、黄色に赤い縞の三つ揃え。それに高価そうな茶色い革靴を履いた少年が気楽そうに意見を述べる。

 コンセシール商国ナンバー6、軍事部門を主体とするウルベスタ・マインハーゼンだ。


 軍事部門のトップは三大商家の一つであるファートウォレル商家だが、魔族領遠征軍関連はマインハーゼン商家が担当している。そのため、リッツェルネールは編成上は彼の管理下に置かれていた。

 だが現地司令官である彼の権限は絶大であり、実質的には放置状態だ。


「冗談ではない!」


 ビルバックの激昂が飛ぶ。彼が放置状態にあるのは、帰って来るなという意味だ。それほどまでに危険視されていたのである。

 とことんまで兵員を削減したコンセシール商国にとって、魔族領遠征軍とはいわば隔離した存在。要は、戦争大好きな連中を追い出したのだ。


 だが一方で、国家の体面(メンツ)を守るために、遠征軍には他国に恥じないだけの装備を渡している。

 そんな連中に戻って来られでもしたら、政治と軍事の対立は避けようが無くなってしまう。


「では我らだけでティランド連合王国と戦うと? それはまた面白い事を言う……」


 イェア・アンドルスフは神妙な面持ちだが、言葉の端に楽しさも滲ませる。商国ナンバー2の地位にある者が、国家が滅ぶと言う事の意味を知らぬはずはない。いったい何がそんなに面白いのか!

 ビルバックの額に幾つもの青筋が浮かぶ。秘めた怒りは周囲の空気を震わせ、まるで彼の周りに陽炎が浮かんでいるように錯覚させる。


 だがそんな空気を鎮めるかのように、真っ赤なドレスの男が発言をした。


「まだ確実に戦争が始めるという訳ではありますまい。使節は送ったのです、しばし待つべきではないでしょうか?」


 そのドレスに包まれているのは、長身で逞しい漢の肉体(カラダ)。商国ナンバー4のケインブラ・フォースノーだ。

 そしてその言を受け、隣に座っていた優雅な空気を漂わせる男が発言をする。


「始めれば負ける。それはリッツェルネールが戻って来たところで同じでしょう。何と言っても数が違いすぎます」


 身長は平均より少し高い位だろうか。質素な白いシャツに艶やかな黒い毛皮のベスト、そして黒とグレーの島のスラックス。灰色の髪はオールバックに纏め上げてあり、掘りの深い整った細い顔に小さな紺の瞳。白目が僅かに赤いのは、南方の血が混ざるためか。

 商国ナンバー10、中小の商会を取り纏めるジャナハム・コルホナイツも賛成だ。


 どの国も長い魔族領遠征でそれなりに兵士の数を減らしているとは言え、かの大国はいまだに1千万を超える正規兵士を抱えている。民兵まで動員すれば、近隣だけで1億を超える数となるだろう。たかだか人口5千万人程度の国に勝ち目無いのだ。


 しかも地形的にも問題だ。コンセシールは細長い国土を持ち、約半分を連合王国に接している。同時に攻め込まれたら防衛する事すらかなわない。かつて戦えていたのは、東にエバルネック王国があったため侵入口が細い北面しかなかったからだ。

 そのため国土の長さを生かして戦えた。だが今はそれが無い……。


 結局はどうあがいても戦う術はない。このまま商業国家としての体面が保てず崩壊したとしても、ティランド連合王国に従属する。たとえ隷属と言われても、戦う力が無いのだから仕方がないのだ。


 だがそうした結論が出る中、ナンバー7であるキスカ・キスカは嫌な予感しかしていなかった。

 あの男は、何処まで計画していたのだろうかと……。


 一応関わっている身ではあるが、全てを知らされているわけではない。

 最終地点が何処に設定されているのか。そして此処にいる誰が協力者で、何処まで関わっているのか。それすらも藪の中だ。


 それに、ここにいない3人の商家代表のメンツにも違和感を感じる。

 軍事トップのファートウォレル商家は国境警備の視察と称して出てこない。商家全体の仲介役であるアーウィン家も、各商家取り纏めの為に出席していない。

 どちらも国家の中心に座す商家であり、自分の様な部門代表とは出欠の意味合いが違う。

 もし彼らも関わっているのだとしたら……。


 唯一知っているのは、海運担当ペルカイナ家の結成理由だけだ。表向きは各海運社との会合で出席できないとなっているが、本当の理由をキスカは知っている。


(まぁ、言わない方が良いよね……)


 もう、走り出してしまったのだ。今更止まることなど出来はしない。

 何かを言い出せる空気ではなく、キスカは黙ってビルバックの激高を聞き流すことにした。





 ◇     ◇     ◇





 深夜も激戦は続いていた。

 総攻撃と言うほどではないが、民兵は次々と登り、夜の闇に乗じて攻撃を敢行する。

 だがケルベムレン守備隊も十分な休息を取りつつ応戦し、順調に迎撃を果たしていた。


「北面に登り口を作っている様です。確認できた限りでは6ヶ所ですね」


 白に赤紫の2重の線が入った半身鎧を纏った、くすんだ金髪の女性が報告に入る。

 身長は150を超える程度。小柄で少し痩せているが、しっかりとした筋肉が見て取れる。

 背には巨大な長剣を背負い、腰に下げた二本の斧も大型だ。

 ラウリア・ダミス。マリクカンドルフが赴任する前は、この街の防衛指揮官を務めていた女性だ。


 女帝の命により降格され、後任は部下を見捨てて逃げてきた男。だが彼女は何の確執もわだかまりも持ってはいない。マリクカンドルフの名声や実績、そして人徳がそれだけ信頼されていたのだった。


「まあ予定通りか。だがやるなら四方に作るべきだったな。まあ、向こうもその程度は解っているか……やはり時間だな。この街を攻略する時間の問題もあるが、準備不足で戦いを始めたのは明白だ」


 入念な準備をしていたゼビア王国と違い、同調者であるラッフルシルド王国は準備不足のまま先端を開いていた。その為に食料は勿論、工作物資も足りていなかったのだ。

 だがそれでも、その数と勇猛な兵士達が脅威である事に違いは無かった。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

この物語がいいかなと思っていただけましたら、この段階での評価も入れて頂けると嬉しいです。。

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