073 【 ケルベムレンの戦い 】
ゼビア王国の西、ラッフルシルド王国とケイネア王国、そして賛同した小国家群もまたハルタール帝国首都を目指して北東へと進軍をしていた。
鎧も無く、厚い冬コートに武器だけを持った民兵の軍団が国境を侵す様は、まるで領域攻略のようだ。
そしてその中には、重装備で固めた正規軍、そして人馬騎兵もいる。
どちらの国も、ゼビア王国からそれぞれ4騎を与えられていたのだった。
これらの国も200キロ程は順調に侵略し、存分に殺戮と略奪を行った。
だがラッフルシルド王国がハルタール帝国の都市、ケルベムレンを攻めた時、状況は一変する。
ケルベムレンは、最大直系7.3キロメートルの楕円形の台地に出来た街であり、周囲から40メートルほど高地にあった。土台は石垣で補正され、見た目はまるで都市規模の城の様だ。
ここには現在、ハルタール帝国軍18万人と民兵11万人が籠城していた。
対するはラッフルシルド王国軍77万人、民兵528万人、そして4騎の人馬騎兵。
スパイセン王国が攻略中の山岳都市エルブロシーと違い、ここは完全に要地だ。
周囲には広い平野部が広がり、その外周は高い山で塞がれている。
この平野への出入り口は3本しかなく、1本がラッフルシルド王国軍の侵入口、もう一本はハルタール帝国内部への道、最後は山中にある別の小さな街へと続いている。
これだけの大軍に冬の山を越えさせることは出来ない。何としてでも、この地を落とさなければ先へは進めないのだ。
「全民兵隊、突撃を敢行せよ!」
碧色の祝福に守られし栄光暦218年1月17日。
ラッフルシルド王国国王、サウル・ハム・ラッフルシルドの号令が戦場に響く。
全身を覆うのは黄金色の全身鎧。その右肩から腰に掛けては黒で竜の姿が彫られている。
兜の上には2本の牛の角。面壁は空いている様に見えるが、そこには水晶のレンズが嵌め込まれ、僅かに濃い茶色の髪と同じ色の瞳が覗いている。
手にする刃渡200センチの大型剣の柄の根元には、多数の紐による房。刀身も鎧に合わせた黄金色。見るからに派手な装束だが、これはこの国の正規軍全てがそうだ。勿論メッキではあるが、見た目の派手さなら北方国隋一であろう。同時に、勇猛果敢さでも名を馳せた兵団であった。
王の指示の下、街の周囲を包囲していた民兵隊が一斉に石垣へと殺到する。
街に入るための坂道は既に土魔法により潰されている。人馬騎兵は上ることが出来ず、また重武装の兵士も登れない。こういった戦場は民兵隊の出番だ。
輜重隊や後方の支援を除いても、その総数は400万を超える。その大集団の叫びは、声だけで街を飲み込んでしまいそうな勢いだ。
街はその雄たけびだけで戦意を失ったように沈黙し、一切の反撃をしてこない。その間に民兵は悠々と石垣に取り付き、長いはしごをかけ一斉に上り始める。
「よし、いいぞ! いいぞ!」
「これなら楽勝ね。もしかしたら、防衛隊なんていないのかしら」
「お前ら、油断するなよ」
小さな村から出てきた、まだ若い兵士達――いや、正しくは兵士ではない。単に武装しただけの市民だ。
彼らは抵抗無く登れる石垣に、何一つ疑問も持たずに上まで一気に登りきる。
この戦いで戦果を挙げれば、今までよりももっと良い生活が出来る。もしかしたら大活躍をして新たな血族を名乗る資格が得られるかもしれない……そんな、夢を抱いていた。
石垣を登りきった所は、ごく普通の平らな地。周囲には奥行き数百メートル程の畑があり、その内側が市街地だ。
畑の向こうに、彼らのような田舎者では滅多に見ることが出来ない近代的な金属ドームが見える。もし観光であれば、それだけでも十分に満足してしまっただろう。
だが、彼らがまず目にしたのはそれではない。畑となっていた部分にあるのは、巨大な落とし穴。深さは20メートル程だろうか。最初はカモフラージュされていたのだろう。奈落の底では、先行した者達の生き残りが苦痛に呻いている。
内堀ではなく落とし穴なのは、最初に偽装されたいたからだけでは無い。数百メートル間隔で、穴は橋により分断されていたからだ。
手前は広く、奥に行くほど狭くなる漏斗状の端。
恐怖で身がすくむが、後ろからは次々と味方の民兵たちが昇ってくる。何人かが慌てて振り向き警告を発するが、その声は味方の声にかき消されて届かない。
「そろそろ頃合いだな。奴らに教えてやれ、みじめな侵略者の末路というものをな」
防衛隊指揮官“歩く城塞”マリクカンドルフ・ファン・カルクーツ将軍の命が発せられると共に、防衛隊が一斉に民兵めがけて矢を射かける。
慌てて石垣から逃げ落ちる者、落とし穴に自ら飛び込む者。そして多くの者が状況を理解できずに橋に殺到するが、広いのは入り口だけだ。すぐに詰まり、落とされ、そしてそこに矢が降り注ぐ。
阿鼻叫喚の悲鳴が上がり、石垣を登り切った部隊はパニックに陥りながら次々と討ち果たされていく。だがまだ、登って来る者は状況を把握できていない。上で戦闘が行われている程度の認識で、早く到着せねばと焦って上る。
登ってくる民兵にも弓矢を持つ者はいるが、予想外の狭さのため味方が密集し、矢を射る事が出来ないままに撃ち倒される。
守備兵達で、魔族領に行った者は僅かだ。これまでの遠征軍に参加した将兵は、殆どが死んでいるからだ。だから魔族と比べてどうかは知らない。だがマリクカンドルフは、しっかりと感じ取っている。
(人間とは……これほどまでに弱く、脆かったのか……)
今までも何度も人間と戦ってきてはいる。彼の異名はその過程で付いたものだ。だが魔族領で亜人の軍団と戦った彼にとって、粗末な武器だけしか持たず、満足な統率も取れていない民兵はあまりにも脆弱だった。
戦闘開始から4時間。ただそれだけの時間で、百万を超える民兵が虐殺される。しかも守備隊は3交代制の編成の第一陣。数百人の負傷者を出しつつも死者は0。全く戦いにもならない、一方的な殺戮であった。
「全員を一時後退させよ」
サウル王の命令によりようやく民兵隊が後退する。だがどういう事だ、この街にあのような防衛手段が作られているなど聞いたことが無い。ゼビア王国と共に侵攻して丁度30日目。まだ、たったそれだけの日数しか経っていないのだ。
「かなり早い時期から予想していたのでしょうか?」
長身ではあるが細くしなやかなで、猫科の獣を思わせる体に黄金色の全身鎧。
兜は外しており、シャープな顔立ちと糸のように細い目が顕わになっている。髪は薄青色で、後ろは短く刈りあげているが、前髪は目に掛かる程に長い。
サウル・ハム・ラッフルシルドの直系の孫である、ツェミット・ハム・ラッフルシルド将軍は、顔色を窺うように王に進言する。
「フム……それは有り得ぬだろう。分かっていればここまで侵攻はさせまい」
こちらは身長はほぼ同じだが、その分厚い筋肉のせいでツェミットの倍ほどにも見える。やはり黄金色の全身鎧で身を包み、兜も同じく外している。
短く揃えた白い髪、そして黒い瞳には思案の色が濃く浮かぶ。
バロウス・バロウス。”百刃の剣聖”の異名を持ち、またバロウス血族初代党首でもある。この北国では、その名を知らぬものは居ないと言われるほどの英雄だ。
他の諸将も、事前に情報を掴まれているとは思っていない。それは、ここまでの進軍の容易さが如実に物語っていたからだ。
だがサウル王は、凡その察しを付けていた。
(いや、やられたな……)
おそらく早い段階から動きは掴まれていたのだ。そうでなければ、このご時世に畑を潰してまで防衛体勢を敷く必要性が無い。
だが問題は、その理由。バロウスの言うように、分かっていればもっと万全の体制で迎え撃てるはずなのだ。
不確かだったから中途半端な防御態勢になった……そう考えるのが妥当だろう。
ならば、他が更に固まる前にここを突破する必要性がある……。
「防衛指揮官は誰だったか」
「領主のペニー・ダミスか、駐屯兵隊長のラウリア・ダミスだとは思われますが、どちらが総指揮をしているかは不明ですが、両名共に戦場では大した武功を上げていない人物ですな」
王の言葉に対し、バロウスがすぐに返答する。
「これといった特色は無しか。ならば正攻法を良しとしよう。北と西を主攻とし、東と南は牽制のみで良かろう。だが手薄となれば、そのまま突破して構わぬ」
ラッフルシルド王国軍が再度の攻撃を仕掛けたのは、翌日の昼過ぎだった。再び全方位から進軍するが、今度は正規の兵も混じる。
先ほどまでの民兵だけとは違う、主攻部隊だ。
ケルベムレンの街、大きな建物の中にぽつんと立つ小さな住居。そこにマリクカンドルフは本陣を構えていた。
さほど広くない部屋には10数人の部隊長や通信士が控え、中央に置かれたテーブルには配置図が置かれている。
「今回は正規兵も含まれている様です」
「早くも出してきましたか……数日は牽制しながら囲むのみと思ったのですが」
部隊長達としては、いきなり主攻を仕掛けてくるとは予想していなかった。確かに外は厳しい冬の寒さだ。あまり長居はしたくないだろう。だがいくらなんでも強硬策が過ぎるのではないだろうか?
だがマリクカンドルフとしては、相手の意図ははっきりと判る。
「北と西が本軍だな。半分は東と南から3割の人員を割いて、それぞれに移動させよ」
奴等はここの防衛が整えられている事に危機感を覚えたのだ。このままでは、この先も予想以上に防備が整えられて益々不利になると。だから急ぐ。
今の季節は北西から強い風が吹く。山に囲まれた平野の中心にあるこの高台は、更に影響が大きい。弓矢による被害を少しでも減らすには、北と西から攻めるのが基本だ。
(基礎は出来ている。だがそれ故に読みやすい……)
「では、迎撃を始めよう。手筈通りにな」
この作品をお読みいただきありがとうございます。
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