070 【 商国の二人 】
碧色の祝福に守られし栄光暦218年1月18日。
快進撃を続けるゼビア王国はエルグシス・リオンやラプサラントの街を陥落させ、ハルタール帝国の国境から東へ700キロ程の侵攻を果たしていた。
「いやあ、ようこそいらっしゃいました。さぁどうぞ、外は寒かったでしょう」
ゼビア王国国王、”無眼の隻腕”ククルスト・ゼビアは、新たに侵略したボロネオの街でコンセシール商国からの来客を出迎えていた。
元は人口75万人を抱える巨大都市であり、建ち並ぶ金属の建物に上下水道を完備。他国との交易をおこなうために道路網も整備されており、郊外には様々な物資保管施設が整備されている。
当然のように、都市規模や重要性に見合うだけの防御設備や人員を配置。ほんの数日前には、100万を超える正規軍に200万以上の民兵からなる防衛隊が配備されていた。
だが、その抵抗はわずか4日余りで終結した。
100騎を超える飛甲騎兵も投入されたが、人馬騎兵の進撃を止めることは出来なかったのである。
案内された建物はかつての高級ホテルだ。3階建ての金属ドーム。その外見には多少の焼け目が残っていたが、調度品などは比較的無傷で揃っている。天井のシャンデリアには魔法により明かりが灯され、冬の寒さにも関わらず暖房により中はコートを脱げるほど暖かい。
絨毯は全て剥がされていたが、理由は聞くまでもないだろう。こういった場所は、民兵や民間人が立てこもって最後の抵抗をする場所なのだから。
「お初にお目にかかります、陛下。私はキスカ商会ゼビア王国担当、サイレーム・キスカでございます」
きっちり整えた薄グレーの髪。切れ長の紅蓮の瞳。その身に纏うのは濃いグレーのスーツとベスト。右襟にはコンセシール商国の階級章、左にはキスカ商家の紋章を付けている。背は158センチとさほど高くはなく、見た目は15歳程度と童顔だ。だがこれでも、キスカ商家の中でも敏腕で知られる営業マンであり、同時に技術屋でもある。
「今回は人馬騎兵22騎の組み立てが完了いたしましたので、ご報告に上がりました。こちらが受領書でございます」
そう言って数枚の書類を国王に渡す。それはこれまでに確認したゼビア王国の大臣、将軍、整備官などが確認した書類の数々だ。それにゼビア王が捺印し、ようやく受け渡しがが完了する。
リッツェルネールがゼビア王国に売った人馬騎兵は300騎。だが、その全てが一括で渡されるわけではない。したのはあくまで契約までだ。
これまでにゼビア王国に納入されたのは62騎。そして今日22騎が新たに納入された。残りは今現在輸送中であったり組み立てテスト中であったり生産中だ。
そしてこの国は、その一部を周辺国に供与することで近隣諸国と連携して、ハルタール帝国に反旗を翻したのだった。
「いやあ、良いね、実に良い。人馬騎兵は素晴らしい。あれだけの性能なのに、飛甲騎兵よりも安い所がまた良い」
ククルスト王は実に機嫌が良い。何と言っても人馬騎兵の強さは圧倒的だった。
人間の城塞は、全て同じ人間を相手にする事を前提に作られている。それ故に、人馬騎兵の巨体に対抗する術を持たない。
そして飛行機関のような複雑で高価な機器を使わないため、飛甲騎兵に比べて量産に向いている点も大きかった。
「これからの主力は人馬騎兵になるよ。うん、間違いないだろうね。さて、そろそろ座ってくれても構わないよ」
「お喜びいただき光栄です。生産・開発を行っている我らが党首、キスカ・キスカもお喜びになられるでしょう。それでは、失礼いたします」
そう言ってサイレームはククルスト王の前に座る。
細長いテーブルと長いソファ。まだ人が座る余裕は十分にある。
「君も座ってくれて構わないよ、さぁ遠慮せずに。我々は君達を客人としてもてなしたいのだよ」
そう言って、サイレームの後ろに立つ少女にも座るように促す。しかし—―
「お心遣いありがとうございます。ですが大丈夫です。職務上、こうせよと言われておりますので」
青いスーツに清楚な白のブラウス、それに青いミニのタイトスカートを履いた少女。
背は決して高くはないが、スーツに押さえつけられた双胸は今にも弾けて飛び出しそうに見える。
如何にも武官といった、自然体だが警戒を怠らない姿勢を崩さないまま、マリッカ・アンドルスフは目の前の凶悪そうな男に恐縮する素振りも全くなく、サラッと言い切った。
「ああ、すみません。彼女は融通といったものが一切できませんので」
サイレームは慌てた様子で言い訳をする。だがゼビア王には気を悪くした様子が無い。それだけ上機嫌なのだ。
「それで、リッツェルネール君は来ていないのかな? これを勧めてくれたのは彼でね、是非お礼を言いたいのだよ。いや彼は慧眼だね、実に良い。」
「大変申し訳ございません。彼は今現在、国防軍最副委員長の地位に付いております。それ故に、紛争中の四大国への出入りは法で禁止されておりますので……」
ぺこぺことにやけた笑みと共にお辞儀をして誤魔化すサイレーム。
四大国に対する軍事介入は、いかなる場合であっても禁止する条約が世界連盟で結ばれている。
だがコンセシール商国は正式には世界連盟に加盟していない。あくまでティランド連合王国の属国であり、対外的には独立国家とは認められていない立場だ。
従って、戦時に赴くことは実際には禁止されていない。
だが一方で、元独立国であった事は誰もが認めている。
名目上や対外的はどうあれ、行動自体は条約に従わねば色々と海外での活動に支障が出る。そのため、中央の指示でもない限り、軍務に就いている者の行動は厳しく制約されていた。
従って、リッツェルネールのような軍の重責がこの場所に赴く事は許されない。動けるのはせいぜい民間職くらいなものだ。
一方で、マリッカの職責はあくまでアンドルスフ商家所属警護武官であり、軍属ではない。
腕の立つ護衛を求めた結果、紹介されたのが彼女だったわけなのだが……。
全ての書類の確認と捺印が終わり、無事ホテルを出た後、サイレームは深いため息をつくと共に同行者に苦言を呈していた。
「あそこはにっこり微笑んで、ありがとうございます、だろ? 正直生きた心地がしなかったよ。相手はあの“無眼の隻腕”だよ? 冷酷非道の怪物だ! もう生きた心地がしなかったよ。もう少し常識をわきまえてくれよっ!」
「兵が4人配置されておりましたので、護衛としては座るわけには参りませんでした」
だがマリッカは涼しい顔で怖い事を言う。サイレームは先ほどのホテルの部屋を思い出すが、ククルスト王と自分たち二人しかいなかったはずだ。
確かにドアの外には歩哨が二人立ってはいたが、人数が合わない。
「南の壁の色が少し違うのに気が付きませんでしたか? あそこは新しく作った壁で、その後ろに兵が配置されていました。ククルスト王は用心深いので有名な方です。万が一を考えたのでしょう」
まるで彼の考えを見透かしたかのように、マリッカは話を続けるが――
「そうであったとしても、僕らには襲ってこないだろう、一応は味方なんだかから。それにこちらは丸腰だよ、素手! 襲われたら両手を上げて命乞いをするしかないよ」
大仰な動作でそれを遮る。実際、戦闘になったらサイレームにはどうしようもない。戦闘技術など皆無なのだ。
こんな事なら、外で待たせておけば良かったと思う。女性がいた方が華やかだと思ったのが間違いだった。
どちらかと言えば、護衛は敗残兵対策だ。コンセシール商国は、ここハルタール帝国の人々に相当に恨まれている。彼らにとって、我々は死の商人なのだから。
◇ ◇ ◇
その頃、ゼビア王国の北にあるスパイセン王国も順調に勢力を拡大していた。
正規兵力22万、民兵750万人。国家総人口は1千万を少し超える程度であり、国家のほぼ全員が参加している。
こうした民族大移動の戦争中、祖国が陥落することは決して珍しい事態ではない。
だからこの世界の人間は土地に執着しない。自分達を率い、活かしてきた実績のある血族が治める地、それが国家なのだ。
だが今までは、代理王であるシコネフス・ライン・エーバルガットが治めていた。
ゼビア王国との戦争の為だ。国民は十分に納得していたが、それでもやはりスパイセンの血族に治めてもらいたいという気持ちを常に抱いていた。
そして彼が死にリーシェイム・スパイセンが跡を継ぐと、因縁であったゼビア王国と正式に和解。そして人馬騎兵10騎を供与され、彼らと共に所属していたハルタール帝国に反旗を翻したのであった。
国境を越えて約360キロメートル。ここまでは大小様々な都市を蹂躙し、順調な侵略を行っていた。
しかし現在、たった一つの都市の抵抗で足止めを受けていた。
山岳都市エルブロシー。かつての領域跡の天を突きさすような山々の中に、その街は作られた。
住居等は点在する尖った山頂を削って建てられ、建物と建物の間はローブウェイで行き来する。その景観は、まるで天頂に張られた巨大な蜘蛛の巣を思わせる。
元々は領域解除のための拠点だったと伝えられているが、今でななぜそんな場所に街を作ったのかを知るものは居ない。
「不便な街だ。こんなところ一刻も早く出て、俺は都会に行くんだ……なんて思っていたんだけどな」
都市防衛隊長、ミルクス・ラスコンは眼下にひしめくスパイセン王国軍の群れを見ながらそう呟いた。
身長169センチ。上背は人並みであるが、人より少しだけ丸みのある脂肪を持つ。灰色の髪に少しいたずらっ子の様な青い瞳。
真っ赤な胸甲に、同じく赤い手甲、脛当て、肩甲。鎧から見える内側には白に緑の横嶋三本ライン――ハルタール帝国の軍服を着用している。
肩に担いでいるのは巨大な金属性のバリスタ。通常持ち歩くような物ではないが、この男にはこれが一番手に馴染んだ。
「数はそうだな……人馬騎兵とやらが6騎と、軍民合わせて400万人くらいか。こっちの100倍くらいか。ご苦労な事だな」
この地は決して戦略上の要地ではない。迂回しようと思えばいくらでも出来る。
だがそうしないのは、この周辺が鉱山地帯だからだ。
人間が使う魔力で硬くなる金属――魔道鉱。その産出地としては世界でも有数の場所だ。この街を作った理由は不明でも、維持するには十分な理由があったのである。
「連中登ってきますね、ご苦労な事です」
「撃っちゃって良いですよね?」
部下達はやる気満々だ。数は圧倒的に不利だが、それを補って余りある程の地の利を得ているのだ。
建物は麓からおおよそ300メートル登った場所にある、切り立った崖の上。そこへスパイセン王国の民兵が、ハーケンを打ちながら崖をよじ登ろうと躍起になっている。
矢を打ち込めば、殺虫剤をかけられた虫のようにポロポロと落ちて行くだろう。
一方で人馬騎兵はここまでは攻めて来られない。
地上では圧倒的な戦闘力を誇る新兵器も、崖を相手には無力だったのだ。
「鎧も着ていない連中だ。ギリギリまで引きつけてからでいい。むしろ、ここを離れられると面倒だ」
防衛指揮を任された ミルクス将軍は、スパイセン王国の状況を分析していた。
(奴らは欲をかいたのだ。進むのであれば、ここは要地でもなんでもない。迂回すれば済むだけなのだ。だがスパイセンの新国王リーシェイムは、ここの鉱山に目が眩み、対局を見失った。後は向こうが気が付くまで、精々遊んでやるとしよう……)
だが同時に、気の毒にも思う。シコネフスが存命であれば、このような暴挙は行わなかっただろう。また行ったとしても、こんな鉱山一つに頓着しなかっただろう。
だが負けてやることは出来ない。同時に、早々に攻略は無理だと思わせてもいけない。損害を抑えながら、尚且つ攻略できる希望を与え、出来る限りの時間を稼ぐ。
用兵家としての、腕の見せ所であった。
この作品をお読みいただきありがとうございます。
もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。
この物語がいいかなと思っていただけましたら、この段階での評価も入れて頂けると嬉しいです。。






