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069   【 領域の復元 】

 荒れ果てた大地に、(わず)かに残る湿地帯。そこに生えている植物は、まるで鉄の様な鈍い光沢を放っている。

 そこら中に散乱する人骨を見れば、嫌でもかつての激戦を思い出してしまう場所だ。


「ついこの間の事なんだよな……」


 そこはかつて鉄花草(てっかそう)の領域と呼ばれていた地。そして、魔王相和義輝(あいわよしき)の初陣の地。ティランド連合王国軍と激戦を繰り広げた戦場跡だ。

 そこに彼は、魔人エヴィアと魔人スースィリアを伴ってやってきていた。


「ポストに手紙は……ないよな、やっぱり」


 分かってはいるが、肩から力が抜ける。やっぱり誰かの悪戯かと思われているのだろうか。人類と本気で話し合うのなら、やはりそれなりの事をする必要があるのだろう。

 だが、今日ここに来た目的はそれではない。


「じゃあエヴィア、頼むわ」


「無理そうだったら、そう言って欲しいかな。言えば止めるよ」


 そう言うエヴィアは、微妙に心配そうな表情を浮かべている。ユニカから学んでいるのだろうか? 最近のエヴィアはちょっとした表情や仕草に感情が現れるようになっている。元々人間との交流に興味があった魔人だ、彼女をしっかりと観察しているのだろう。


 だが、そんなしみじみとした考えは、エヴィアの魔法と共に一気に消し飛んだ。


 その小さな体に幾つもの光る鎖の輪が浮かぶと、それに合わせたように空に広がる油絵の具の空に渦が出来る。それは真っ直ぐ俺のところまで下りてくると、今度は魂を掃除機で吸い出すように、ぶわっとエヴィアに向けて引っ張られる。


(ちょっ! ちょい待ち! タンマ!)


 今まで味わった事の無い、奇妙な感覚に翻弄されてしまい言葉が出ない! 心の中で叫ぶが、エヴィアは目を閉じ動かない。多分あれは詠唱に夢中だ!


(ス、スースィリア……)


 体も硬直して動かないので、目だけでスースィリアを探す。

 いた――少し離れたところで、子犬ほどもあるダンゴムシを掘り起こして食べている。こちらも食事に夢中だ!


 そうしている間にも、グイグイ魂が引っ張り出される感覚が続く。

 だが成すがまま……諦めるしかない。多分、物凄い危険があるようだったら、スースィリアはあそこまで呑気(のんき)ではあるまい。そう信じよう。信じるしかない……そんなことを考えながら、俺の意識は暗い闇に飲み込まれていった……………。



「う……うーん……」


 柔らかい……ここはスースィリアの上か。

 いつの間にか気を失っていたらしい。俺はスースィリアの頭、フワフワクッションの上に乗せられていた。そして頭の下にはエヴィアの太腿がある。どうやら膝枕をしていてくれたようだ。


「起きたかな。お疲れ様」


「お疲れなのである」


 見上げるエヴィアは、柔らかな笑顔を浮かべてこちらを(のぞ)いている。なんだかその表情に、今更ながらドキリとした。

 明るさはあまり変わっていない。1日以上眠っていたのでなければ、俺の体への影響はあまり考えなくても良いという事になる。


「どのくらい眠っていた?」


「1時間くらいかな。可愛い寝顔だったよ」


 そうか……それなら大丈夫だ。



「それで領域は?」


 頭をエヴィアの太腿に置いたまま辺りを見渡すと、そこは一面の湿地に姿を変えていた。

 おー……と感心しそうになるが、何か違う。いや、何かじゃない不自然さ。そこにあるのはただの湿地。生物が何もいないのだ。


「そうか……生き物が増えるのはこれからなんだな」


 なぜここを選んだか? それはこの領域にはまだ、この地に住む生物が生き残っていたからだ。領域が少しでも残っていれば、修復が出来る。それを聞いて真っ先に思い浮かんだのがここだった。正確には、残念ながらここしか知らないと言っていいだろう。


 この次の段階。完全な荒れ地を真っ新(まっさら)な領域にするには俺の魔力、記憶や意志といったものを無作為に削り取る必要がある。その決断は(しばら)くは先送りにしたいところだ。


 だが実験は成功し、目的は達した。

 今後も領域が欠片でも残っていれば、こうやって修復できるという事だ。今度リアンヌの丘にも行ってみよう。あそこやその周辺にも、僅かでも領域が残っているかもしれない。



「じゃあ帰るか」


 起き上がりそう言いかけたとたん、湿地から女性の白く細い手がぞわっと生えてくる。それも一本や二本じゃない、何千何万本が一斉にだ。

 完全な意識への不意打ち。そしてホラー。余りの驚愕に声の無い悲鳴が上がる。


 〈 お、魔王やん 〉

 〈 魔王やん 〉

 〈 魔王やん 〉


 なんだ? 男と子供の声がする。男の声が主体で、子供の声は遠距離通話の様に微妙に遅れて聞こえてくる。


 〈 まあ、こんな事が出来るのは魔王以外はおらんよな。久しぶりやん 〉

 〈 やん 〉

 〈 やん 〉


 手か!? 沼から生えてきた手が話しかけてきている。こいつらもしかして……。


「沼の精霊かな。精霊は環境さえ整えば一気に出てくるよ」


「休眠中の種に水をやるようなものか」


 なんにせよ、心臓に悪い連中だ。出る時は一声かけて欲しかった。

 よく見ると大体50本前後で一つの塊になっており、ワシャワシャと(うごめ)いている。それが湿地中に無数に出ているのだからやっぱり怖い。


 しかしこういったのが居るという事は……。


「あるの? 魔王魔力拡散機」


「壊されていなければ、どこかに埋まっているのであるー」


 どこかって言われても、このだだっ広い湿地帯を探すのは一苦労……いや、一大発掘プロジェクトだ。


「沼の精霊よ、魔王魔力拡散機が何処にあるかわかるか?」


 〈 分かるぞ、少し離れたところに埋まっている。深さはそうだな……30メートルくらいだやん 〉

 〈 だやん 〉

 〈 だやん 〉


 ……まあ、話が早くて助かった。スースィリア、悪いが掘り出して来てくれ。



 物自体はすぐに見つかった。スースィリアの採掘力はさすがに素晴らしい。

 だが待っていた間、こちらは湿地に降り立っていたわけだ。そして今、その腰の上まで無数の女性の手が、新鮮な魔力を求めてワショワショ蠢いている。しかもこいつら魔力を引っ張る力がやたら強い。恐怖のせいもあるだろうが、魔力訓練をしていなかったら全魔力を持っていかれたかもしれない。


「今から供給するから、お前ら少し落ち着け!」


 飢えすぎだろう……ちょっと苦笑してしまう。なんだか周囲の環境もあって、池の鯉に餌をやる気分だ。そんな事を考えていると、大きな声が湿地に響く。


 ブオオオオォォォォォォーーー


 ボオオオオォォォォォォーーー


 かなり遠くから、そしてあちらこちらから、ほら貝の音のような声が響く。ここに住んでいた草食動物だ。いや鉄食動物と言っても良いかもしれない。

 遠くてよく判らないが、2~3メートルのアルマジロっぽい外見だ。湿地帯全体が地続きになった為、生き残りの仲間を求めて動き出したのだろう。あの声は仲間を呼ぶ声だ。

 だがそれに混ざって、違う意味を持つ鳴き声が聞こえてくる。


 ――ありがとう


 いや、彼らだけではない。水面を走る小さな水生昆虫。根を伸ばし始めた鉄花草(てっかそう)。意味を持つ言葉を発しない彼らの気持ちが、水の音、風の音に乗って伝わって来る。


 ――――ありがとう――――魔王――――ありがとう――――


 何かが頬を伝うのを感じる。これは涙か……?

 いつの間にか、エヴィアがそっと俺の手を握っている。

 聞こえてくる彼らの意識――それは次第に大きくなり、俺の周りを包んでいく。


 戦いの痕跡はもう沼に沈んで見えないが、この下には俺が殺した数十万人の遺骨が沈んでいる。俺は大量殺戮者だ。

 だけど、その戦いで守れた相手もいたのだ。あの戦いにも、しっかりと意味はあったのだ。

 俺は、溢れる涙を止めることが出来なかった。





 ◇     ◇     ◇





 その頃、魔人ゲルニッヒと魔人ヨーツケールは、ユニカに付き合って廃墟で魚や海老、蟹や貝などの食材を集めていた。

 ここの水路には、かつてヨーツケールが魔王の為に用意した魚の他にも様々な魚介や甲殻類が生息している。それをユニカの指示で二人が集めているのだ。


「これとこれは良し。それは毒があるからダメ」


 そう言いながら集まった食材をてきぱきと選り分ける。


「ホホウ、ハクシキ……ソウ、博識なのですね」


 ゲルニッヒは一対の手は前で組み、もう片方の手で顎を撫でる。感心しているような仕草だ。だが仕草だけではなく、彼女の知識に対して実際に感心していた。


「こんなの、生きるためには大体覚えるわよ」


 ユニカが来てからというもの、魔王の食事は劇的に改善した。それもこれも、彼女が独学で学んできた生物知識によるものだったのだ。

 だがふと、そんな彼女の手が止まる。それは赤と緑の斑模様をした6本腕の大ヒトデ。


「これはどっちだったかしら……」


「分からないノモ、アルのでデスネ」


「そりゃ、あたしだって全部知っているわけないわ。故郷の図書館の知識じゃ、どうしても限界があるし。むしろ知らない種類の方が多いくらいよ。ここは……豊かなのね。あたしの故郷とは大違いだわ」


 とりあえず分からないのはポイと捨てると、ヨーツケールが拾ってつまみ食いをする。


(平和だわ……)


 ユニカは今の生活が分からなくなってきていた。特にこの魔人という存在がだ。

 きつい物言いにも全く動じない。最近では意地を張るのも馬鹿々々しくなってきた。それに襲ってくる様子もない。最初の頃はいつ殺されるかと恐怖に怯えた日々だったが、最近ではすっかり慣れてしまった。


 勿論、それは自分のお腹の中に魔王の子を宿しているからだ。それが無ければ、とっくに自分は彼らの胃の中に収まっていただろう。いや、もっと恐ろしい目に合っていたかもしれない。


 だがそれも子供を産むまでの話だ。産まれたら、敵である自分の命など虫けらほどの価値も無いだろう。

 もしかしたら、次の子を要求されるかもしれない。そうなれば、また暫くは命を繋げられる。だがそれで良いのだろうか?

 最初に生まれた子供はどうなる? 強力な魔力を継いだ魔王の子、人類の敵。きっと多くの同胞を殺すだろう。

 2人目は? 3人目は? やはり同様だ。自分は、人類最悪の裏切り者になってしまうのだろうか……。



 《 奥方、ヨーツケールの支度は出来た 》


 選別された食料を器用に(ハサミ)の上に乗せ、巨大蟹が頭を下ろしてくる。

 鋏や足、体の周辺は赤と白の珊瑚に覆われているが、頭の部分はつるっつるだ。まるで禿げ頭のようだが、乗るとクッションのように柔らかくなる。

 自分の為……そう考えると、逆に居心地が悪くなる。こいつらは憎むべき敵なのだ。


「奥方じゃないわよ!」


 取り敢えずそう言って、よじよじと巨大蟹に乗り込んだのであった。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

この物語がいいかなと思っていただけましたら、この段階での評価も入れて頂けると嬉しいです。。

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