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この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦います  作者: ばたっちゅ
【  第一章   出会いと別れ  】
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008   【 出会い(3) 】

((  嘘です  ))

( 背後から聞こえてくる女性の冷たい声 )

( その瞬間、今度はよりはっきりと、3か所から金属の刃物のようなものが体に突き立てられる! )

( 自分は叫んでいるのか? 自分でも分からない、声にならない、ただただ激痛のみが掛け巡る )

( 目の前の大男が、立ち上がり唾を吐くのが見えた……… )



「うわああぁぁぁぁぁ、あ、ああ、ああああああああ!」


 思わず叫んでいた。

 慌てて確認するが、体には傷も痛さも残ってはいない。


 今のは何だ!? いや、最初にもあった気がする。確かに自分の体に槍が突き刺さったのを感じた。流れ行く血、痛み、絶望感、全部本物だ。


「フム、少し質問を変えよう。魔族に襲われた経験は?」


 質問を変える……では確かにさっきの質問は行われた。時間が巻き戻ったとかではない。未来視――死の予感。死なない選択……その言葉が思い出される。

 だが、今それを考えている余裕は無い。


「魔族っていうのが何なのかは分かりません。さっきの触手みたいのがそうでしたら、あれだけです。他には見た事もありません」


「真実です」


 背後で確かに女性の声がする。


「ここに入れられる前は何をしていた?」


 思い出す……いや、思い出そうとするが、どうやって入れられたのかは見当もつかない。そもそも自分は、その前は何をしていたのだろう。だがそれすらも闇の中、記憶に存在していない。


「わ、分かりません」


「真実です」


 何とか大丈夫だったようだ。真実――答えられない、本当に知らないなら、確かに分からないという答えも真実だ。この声は嘘発見器のようなものか……。


「ティランド連合……あ、いや、国は分からねえとかだったな。じゃあ魔族に襲われる心当たりは?」


「全くありません」


 やはり背後から聞こえてくるのは「真実です」の言葉。


「役に立たねぇな……」


「スミマセン……」


 それしか言えなかった。どうやら王様と青い鎧の青年は協議に入ったようで、しばらくは暇だろうか。今のうちに後ろを……と思ったが、すぐに青い鎧の青年がやって来た。早いなー。


「さっき確認しようと思ったのだけどね、これは読めるかい?」


 そう言うと、青年は懐から金属の板を取り出す。


「読んでごらん」


 そう言って渡された板は長さ16センチ、幅6センチ、厚さ3ミリほどの薄く小さな金属板だった。見た目より軽い、触れたことも無いような質感の不思議な金属。

 表に幾何学を模したような模様が刻印されており――


「アルドライド商家42-941-10-40-1-74-0。リッツェルネール・アルドライト。第三侵攻軍最高意思決定評議委員長。階位7、ですね」


 くるりとひっくり返す――裏には引っ掻き傷のような刻印。


「金は正義であり、金は忠義であり、金は真実であり…」


「ああ、そっちは良いから。文字が読める事が分かれば十分だよ」


 ひょいと金属板を取り上げる。

 一瞬だが、彼の目の中に危険な光を感じた気がした。


「では次だ」


 ――そう言って今度は腰のポーチから二重円の周囲にひし形を並べたような模様の石を取り出す。

 それは彼の手の中で、その手を覆い隠そうとするように――音もなく、だがボボボと炎のような音が出てもおかしくない勢いで黄色い煙が沸き上がっていた。


「これを持って。ああ、拒否すれば周りの兵士が君を殺すよ。黒い煙が出ても同様だけどね」


 ――いやです。とはさすがに言えない。

 安全であって欲しい。どうか黒い煙だけは出ませんように!

 祈るように受け取るが、幸いにして皮膚に当たっている部分からチョロチョロと黄色い煙が出るだけだった。


「どうです?」


 青い鎧の青年が王様に尋ねる。



「ふむ……」


 これはショック性の記憶喪失だな――カルターはそう確信した。

 多くの戦場で、魔族領で、こういった症状になる兵士は決して少なくはなかった。


(見たところ、身長は175センチ。黒い髪に黒い目……東方の上か下か。服はカルネス森林同盟の物に似ているが、どう見ても軍服ではないか。筋肉はそこそこあるが、戦闘で付いたものではないな)


 そして檻を見る。

 魔族に捕らえられた人間が食料として、または玩具(おもちゃ)として(なぶ)りモノにされる例もまた、決して少ないわけではない。

 見たところ水や食料が与えられた形跡もない。


 仲間が決して来ないであろう魔王の本拠地で、孤立し慰み者になる。

 それがどれほど精神的な負荷を与えたのか。


(魔族どもめ、卑劣な真似を……)


 それにしてもと、リッツェルネールを見る。


(あいつもそう思っているのだろうな。だから助け舟を出した。博愛主義の奴らしい)


「檻を上げてやれ!」


 カルターは部下たちにそう命じた。





「ヨイッショォォォ!」


 檻は6人がかりでようやく落ちあがり、ガシャンと耳障りな音を立てて横に落とされる。

 その間、相和義輝(あいわよしき)は頭を抱えて小さくうずくまっていた。


 その様子を見ながらリッツェルネールは思う――これは記憶操作だなと。

 情報を聞き出したら即殺す――それは下の下策だ。

 真偽を確かめなければならないし、真実だったら更に先、その情報の枝葉まで聞き尽くす。

 そうして相手よりもこちらの情報が上回った時点で処分すればいいのだ。


 だが、こちらが知った情報を誰かに別の人間に知られてしまったら、それはもう意味を失う。相手からすれば、何を知って何を知らないか――それ自体が大きな武器になるからだ。

 だから利用価値があるうちは記憶操作をして、一部の記憶を封じるのだ。

 コンセシール商国に属する彼にとっては常識であった。


 それに彼は認識票の裏を読んだ。

 表には大した情報は無い。誕生日や血族――いわゆる一族の等級と人数、それに肩書程度であり、共通語で描かれたそれは、誰にでも読む事が出来る。


 だが裏はコンセシール商国の文字だ。こちらは商国関係者か、それなりの勉強をしないと読むことが出来ない。しかも彼の目はその下まで……暗号化された、一見するとただの模様。だがそこまで読んでいたように見えた。

 その辺りが魔族に捕まっていた理由であろうか……。


 それにしても冷静過ぎる。

 普通ならもっとパニックを起こし、こちらの質問など遮って当然聞いてしかるべきことを聞いてくる。

 リッツェルネールはここまで自然な形での記憶封鎖を見たことが無かった。


(だが、こう云ったものは元々が魔族の技術だ。魔法魔術は魔族の範疇(はんちゅう)、ここに上手が居たとしてもおかしくはないな)


 そしてカルターを見る。


(色々聞いてみたが、この状態で役に立つ人間ではない。これから安全に戻れるという保証もないのに、足手まといを確保する理由は一つ。いざという時の囮……そして餌。正直、その位しか役には立たないだろうが、殺すために、生かして連れて行くというのも皮肉なものだ)


 自分にはまだそこまでは割り切れない――そう考えていた。





 さようなら檻。こんにちは自由。

 これでようやく体を伸ばせる!

 そう思い立ち上がるが、すぐに立ち眩みが起きて再びへたり込んでしまう。


「あらあら、もう少し安静にしていないとだめでよぉ~」


 そうだ、後ろから聞こえてきた声!

 急いで振り向いた先には、先ほどのビア樽……いや、魔法を使っていた女性だ。


 改めて見ると、やはりすごい迫力だ。こちらを上から覗き込んでいる姿勢なので、どうしても恐怖を感じる。熊とかに出会ったら、こんな感じを受けるのだろうか。しかも首に掛けられた、黒い髑髏(ドクロ)の首飾りが更なる威圧感を醸し出す。

 だが、何よりも目を惹いたのはその髪。

 肩までかかる緩くカールしたそれは、鮮やかな緑色をしていた。


「あんまり美人だからって、ジロジロ見るのは失礼ですよ!」


 思わずハァ!? と言いそうになる。


 見ると、亜麻色(あまいろ)の髪の少女が少し怒ったような顔をしてこちらを見ている。

 先ほどの青い鎧を着た青年と同じ鎧だが、左肩の部分が破壊されている。触手がもう少しずれていたら、間違いなく死んでいただろう。

 緋色の大きな瞳に褐色の肌。それに水晶で出来たような、美しい装飾が施された片眼鏡に肩掛けの大きなカバン。

 身長は150センチもない。鎧で分からないが、胸は確実に平らと予想できた。


 どう見てもこちらの方が美少女と思えるが、イヤミを言っているようには見えない。


「うふふ~、わたしは気にしてないわよ」


 男性の視線には慣れている、そういった感じの余裕だった。

 やっぱりあれ、この世界では美人なのか。そもそもいきなり檻の中では別の世界も何もあったものではなかったが、こう見たことも無い人間、装備、価値観に触れると日本じゃないと実感してくる。


「い、いや、髪の色が気になって……」


 慌てて答えると――


「真実です」


 胸の髑髏(ドクロ)がそう答えた。お前かよ!


「あらら~ごめんなさいね。ちゃんと切っていなかったわ」


 髑髏(ドクロ)と同じ声。それより、それオンオフできるのか。

 まあ、あんな嘘発見器を付けて日常会話なんてしたら、大変なことになるだろうが。



「わたしはエンバリ―・キャスタスマイゼン。カルター様付きの魔術師よ。そしてこちらが我々の君主カルター・ハイン・ノヴェルド、ティランド陛下よ」


 改めて紹介されたが、正直へ―……としか思えなかった。

 何も実感が湧かない。まるで脳の一部が切り取られたかのような違和感が体を包む。


「なんで王様がこんなところにいるんですか?」


 とりあえずの素朴な疑問であったが、全員が一斉に溜息をついた。



「はあ、魔王を倒すために領域攻略で戦っている最中だと……」


 今一つピンと来なかったが、先ほど見た戦いは本物だ。だが同時に感じる違和感……そう、彼らがあまりにも平然としている事だ。

 勿論(もちろん)、触手が出てきた穴は警戒している。のんびりしているように見えても、彼らの戦いは続いているのだ。

 だが一方で、死体には一瞥もくれない。共に戦った仲間ではないのか? だが、それを聞く勇気が起きない。

 それに魔王……魔王か。そもそも――


「魔王って何ですか?」


 何気ない一言。だが、周囲の空気が重く澱んだものに変わる。

 周囲からはマジかよ、それを忘れられるのかよ、とヒソヒソ聞こえてくる。


「魔王か……一言でいえば悪、この世の禍の元凶だ。この世界の悪い事は全て魔王に繋がっている。」


 王様はそう断言した。


「今まで大勢の人が魔王や魔族に苦しめられてきたんだ。病、飢饉、災害。連中のしたことを上げていったらキリが無い!」


「つい最近流行った黒骨病を知らないのか? 何百万人と死んだんだぞ!」


「我々から太陽を奪った大悪党だ! 奴を倒す! それ為だけに、俺たちは生きているんだ!」


「俺の息子は魔族が手を引いたせいで馬車に弾かれて死んだ! 絶対に許すものか!」


「そうだ! 魔王を倒す! 魔族も殺せ! 俺達がやるんだ!」


 王様の言葉に一斉に周りの兵士たちも答える。

 だが何だろう、その熱気に乗れない。

 知識がない、自分は体験していない……他人事だからだろうか。


 いや、そうではない。災害や事故、事件の痛ましい報道を見たときの自分はもっと感情が高ぶった気がする。だけど今は目の前の世界が遠い。

 それ以上知るな、考えるな、忘れて生きろ、そう頭に鍵が掛かっているような不思議な気分だ。


 それに、やはり魔王は悪の存在か……この勝手に翻訳に不具合があるのかと思ったが、やはり言葉通りの意味なんだな。

 この世の悪、人類の敵、倒すべき存在。なら、俺の今のこの状況はなんだ?

 とても口には出せないが、俺は魔王として呼ばれたらしい。その辺りはしっかりと記憶にある。なのになぜ、檻に入れられて敵である人間に助けられているんだ?


 そりゃ勿論、今日からお前は人類の敵だ! さあ戦え! 殺せ! なんて言われたら丁重にお断りだ。元居た世界では無いとは言え、再び生をくれた恩は返す。だがそれは、あくまで別の形でだ。俺に人を殺せるわけがないだろう……。



「まあそんな処だ。他に聞きたいことがあったら今のうちに聞いておけ」


 そう言った王様の言葉に甘えて、いくつか聞きたいことを聞いてみる。


「皆さんお若いようですが、大人の人は来ていないんですか?」


 自分の質問の意味が解らない、そういった反応の中――


「若いって言われて嬉しかったのって、10歳の頃までですよね」


 亜麻色の髪の少女が少し黄昏た。


「大人と言えば皆大人だよ、兵役で来ているのだから、当然成人さ。僕はリッツェルネール・アルドライト。今年で276歳になる。カルター陛下は僕より年上で、確か今311歳だよ」


「他人が生まれた年なんぞよく覚えているもんだ。軍服になっても、商国の人間は商人か」


 青い鎧の青年が優しく答え、王様からは突っ込みが入る。

 その言葉に、素朴な疑問がわいた。


「つかぬ事を聞きますが、1年は何日でしょうか?」


「411日だね。因みに1か月は40日で、最後の10月だけ51日だよ」


「1日ってどの位なんでしょう?」


「面白い質問だね……そうだね、起きてから寝て、また起きるまでの時間さ」


 まるで子供に言い聞かせるように言う。


 言葉通りなのだろうか? いや、嘘をつく理由が思い浮かばない。自転が極端に早いとかでは無い限り、彼らは言葉通りの大人であり、自分より遥かに年上の存在であった。


(寿命とかどうなっているんだろう……)


 だが質問は出来ない。また言葉に出来なかったからだ。

 何だか気持ちが悪い……。


「他にはあるか?」


 王様が言うが、沢山あり過ぎて困る。しかも頭の中で整理してからでないと危険でしゃべれない。どれを聞こう、そんな事を考えていると、不意に地面がぐらりと揺れる。

 先ほどの触手!? ではない、もっと激しい揺れ――地震!?


 壁に、床に、激しい揺れと共に亀裂が走る。このままでは――そう思った瞬間、不意に体が浮き上がった。避けた地面、足元に空いた穴……自分は、いや、周りの人間も、その穴へと吸い込まれていった。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

面白いかなと思っていただけましたら評価も是非お願いいたします。

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